【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
学園都市を覆う根は既に消え去り、日が沈むころには落ち着きを取り戻していた。
アリアンロッドは依然として崩壊したままだが、探索者たちは止まらない。
既に組織の機能を完全に回復させ、この騒動の間も生み出され続けていたダンジョンの攻略を開始している学園すらある程だ。
「じゃあ、私もお仕事が待っているだろうから帰るね。ネイ先生とダイヤちゃんからの着信履歴がすーごい事になってるし」
薄暗いフェクトムのゲート前でリュウコはそう言って苦笑いをする。
そして、がっくり項垂れた。
「六波羅さんもキリカも起こしてくれればいいのに……タタリちゃんに至っては私用のプリンまで食べて勝手に帰るし……」
Sランクは群れない存在であるという事は、リュウコも自覚している。
それでも、少しくらいは労って欲しかったし、ちやほやされたかったのだ。
「それだけ気持ちよく寝ていたって事っすよ。実際、リュウコちゃんの体は半分死んでいたも同然の状態だったじゃないっすか。休むのは当然の事っす」
「で、休んでいるうちにエイナに寝顔を撮られて馬鹿にされたんだけどね……」
30分前、エイナから送られてきたメッセージには涎を流しながら半目で寝ているリュウコの写真が添付されていた。
当然、メッセージ自体も煽りがほとんどである。
「でさ……見送りって、ミユメちゃん一人なの?」
「はいっす」
「私……結構活躍したよね?」
「はいっす」
「でも、ミユメちゃん一人なの?」
「はいっす」
「………………そっかぁ!」
ミユメの真っ直ぐな目と、本当に何も思っていなさそうな声色にリュウコはやけくそ気味に声を上げた。
どこかおどけた態度のリュウコを見て、ミユメが僅かに笑みを浮かべる。
が、すぐに俯いてしまった。
それを察知して、リュウコはすぐさま言葉を紡ぐ。
「ねえねえ、次来たときは色々と案内してよ。クローマほどじゃないけどここも悪くない景色だからさ」
「そうっすね、色々と準備しておくっす」
そう告げるミユメの顔は変わらず暗い。
理由は、既に知っていた。
けれど知っているだけで何もできなかった。
(まさか、たまたま戦いに巻き込まれていたケイが余波で記憶を失ってしまったなんて……)
知っていた。けど、リュウコは微妙に知らなかった。
(ソルシエラも一緒に助けたっていうけど、どこにいるかわからないし……うーん、塔花救護院とかかな?)
終始、若干蚊帳の外であったリュウコの頭の中ではケイとソルシエラは別人であった。それを修正できるSランク達も既に立ち去っているため、誰も訂正は出来ていない。
更に、リュウコ持ち前のそれとなく情報を小出しにして会話を続ける技術のおかげで誰もここまで気が付かずにいたのだ。
「ケイ君の体が良くなったら呼んで。龍位継承で記憶を取り戻せるか試してみるから」
「ありがとうっす。今のケイ君は私の治療や龍位継承も受け付けられない程に衰弱してるっすから……最低でも一週間は安静にする必要があるっすよ」
「そっか。じゃあ、それに向けて記憶にまつわる逸話でもピックアップしとこうかな」
リュウコはそう言って、努めて明るく振る舞う。
彼女の気遣いを理解して、ミユメもなんとか笑顔を作って見せた。
「はいっす。その時は、皆でお出迎えするっすよ」
「いいねぇ、これでも生徒会長だし? それはそれは素敵な歓迎を期待するよ」
リュウコは敢えておどけてそう言った。
しかし、すぐに顔を顰める。
「……そうっすね」
力ないミユメの返答。
それが、気に入らなかった。
「ミユメちゃん」
「なん――わっ!?」
突然目の前に差し出されたものに、ミユメは面食らい声を上げる。
それは、籠いっぱいの果物であった。
「これは……?」
「ミユメちゃんさ、こういう時は辛いって言ってもいいんだよ? 言うだけならタダだし。私を見なよ、弱音を吐いても上手くやってるでしょ? むしろ、それがコツ」
「でも……ケイ君が……」
「それはそれ。そうやって気持ちだけ焦って無理して貴女まで倒れたら意味ないでしょ。だから、これ食べて元気出して!」
そう言うリュウコの様子はここに来た時と全く変わらなかった。
だからだろうか。
ミユメの心は不思議と落ち着きを取り戻し始めている。
「……ありがとうっす」
「うんうん。これ、美味しいから期待していいよ? なにせ、
やたらと形と色艶が良く、妙な神々しさすら放つその果物達を抱えてミユメはぺこりと頭を下げた。
リュウコはそれを見て、頷くとゲートへと向かい歩き始める。
「じゃあね」
軽く手を上げ、振り返ることなくそのままリュウコはゲートの中へと消えて行った。
それから程なくして、ゲートが波打つ。
誰かを受け入れた合図であった。
「? リュウコちゃん、忘れ物っすか?」
「人違いですよ♥」
妙に色っぽい声にそう返事をされ、ミユメは固まる。
見たことのない美少女が二人、ゲートから現れたのだ。
特に、塔花救護院の白い制服に身を包んだ蒼銀の髪の少女はどこか友人の面影がある。
「あ、貴女達は……?」
「私達はケイの家族です」
那滝アイは静かにそう告げる。
夜は、彼らと共にやってきた。
『……この反応、シヤクか?』
『!? 一瞬だが、幼きのじゃロリの波動を感じたぞ!』
『はーい、お薬増やしときますねー^^』
■
事件は解決し、事態は収束したかに思えた。
しかし、水面下では滅びへの準備が着々と進められている。
銀の黄昏の本拠地にて、ルシエラは優雅に紅茶を楽しんでいた。
その隣では、博士が狂気的な笑みを浮かべながら仮想キーボードを叩き続けている。
「……来たようだね」
彼女の言葉に応えるように、空間が歪む。
そしてネームレスが姿を現した。
「いやぁ、ごめんね。遅れちゃったよ教授」
「遅刻だぞ、ネームレス。大切な時に何をやっているんだ」
博士の言葉を無視して、ネームレスは椅子をその場に出し座る。
彼女の目線の先には、椅子の形をした巨大な装置があった。
大量のパイプが接続されたその装置は、まるで心臓のようにも見える。
その中心では、赤い髪の少女が眠っていた。
病衣のような衣服を身に纏った少女は、眠っているというのに確かな威圧感を放っている。
「本当に目覚めるの?」
「各学園を構築するダンジョン空間から、十分に魔力は吸収できた。後は時間の問題だな」
「孵化を待つ気分だね。どうかな、ネームレス。紅茶でも一杯」
「うーん、遠慮しとくよ」
ネームレスはそう言って、椅子に体を預けて眠る少女を指さした。
「飲んでいる暇はなさそうだし」
「……っ、まさかこのタイミングか!?」
博士は気が付いたように玉座を見る。
装置の稼働率が上昇し、低く地鳴りのような音を立てている。
「女王の玉座が最終稼働状態に移行した! 目覚めるぞ――トリムが!」
興奮した様子で博士が叫ぶ。
ルシエラは変わらず紅茶を一口飲むと、静かに玉座の上のトリムを見据えた。
「長かったね」
多くは語らない。
ただ、深い呼吸と共に吐き出された言葉がルシエラの感情を物語っている。
三人が見守る中、その目覚めは静かに行われた。
「……ふあ」
大きく欠伸をして、背伸びをする。
永い眠りから覚めたにしてはあまりにも子供らしすぎる動作と共に、トリムは目を開く。
と同時に、赤い髪が根元からゆっくりと黄金に染まっていった。
デモンズギア成功体最終号――トリム。
その目覚めに、誰もが息を呑んだ。
「これが、世界か」
中性的な幼い声が、やけにはっきりと聞こえる。
「ああトリム、ようやく目覚めたか! では早速教授と契約を……トリム?」
「ボクが契約する人間はボク自身が決める」
トリムは玉座から降り立つ。
ぺたりと、白い足が地面についた。
その感覚が気に入ったのか、トリムはその場で何度か足踏みをして興味深そうに頷く。
それから、真っ直ぐに歩き出した。
迷いのないその足取りを追って、博士たちは視線を奥へと向ける。
トリムの行く先にはネームレスの姿があった。
「……おい、まさか」
博士は何かを察したのか、青い顔でコンソールの操作を始める。
慌てる博士とは対照的に、ルシエラは変わらず紅茶を楽しんでいるようだった。
やがて、トリムはネームレスの前まで来ると、品定めでもするかのように頭のてっぺんから足の先までを観察する。
そして、手を伸ばした。
「喜べ、人間。お前はボクに選ばれた」
ネームレスは静かにその手を取る。
デモンズギアに触れたというのに、彼女には苦悶の表情は一切なかった。
「だろうね」
ネームレスが驚くことはない。
彼女にとって、それは当然の事なのだから。