【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第347話 この愛は君の為

 銀の黄昏の目標であったトリムの起動は、達成されている。

 問題は、その契約者が予想外の人物であったという事だ。 

 

「――これは驚いた。まさか、君が選ばれるとはね」

 

 ルシエラは、言葉とは裏腹に余裕そうに笑みを携えてそう言った。

 

「その割には驚いていないみたいだけど」

「驚いているよ。まさか、トリムが自ら君を選ぶとは。もっと、強引な方法で私達からトリムを奪うと思っていた」

「……へぇ、じゃあ私がトリムと契約したがっているって事は予想出来ていたんだ」

「当然だよ。だって――君の魂には救世の輝きがない。あるのはもっと利己的で鬱屈としたものだ」

 

 ルシエラは紅茶を飲み干し立ち上がる。

 そして、必死にコンソールを操作している博士の頭に手を置いた。

 

「教授、早く奪い返さないと!」

 

 訴えにルシエラは笑みを浮かべる。

 

「私は君が冷静さを取り戻すと信じているよ」

 

 その瞬間、博士の目が大きく見開かれる。

 やがて彼の表情は普段のように落ち着いたものとなった。

 

「気分はどうかな?」

「最悪だ」

「そうか。けれど、仕事はして貰うよ? 銀の黄昏は、たった今から二人になったのだから」

 

 博士は頷くと、アジトの奥へと姿を消す。

 一人になったルシエラはその道を塞ぐように立った。

 

「あらら、私はもう完全に裏切者判定なんだ」

「まさか、まだ私達とくだらない腹の探り合いをしたいと?」

 

 ネームレスは意地の悪い笑みを浮かべて、親指で首を掻き切る動作をする。

 

「冗談じゃねえっての。今すぐにでも殺してやりたいよ」

「なら、勝負といこう。と、その前に……」

 

 ルシエラはトリムへと目をやる。

 ネームレスの傍に立つ彼女は、つまらなそうにルシエラを見ていた。

 

 幼さなど微塵も感じさせない威光と重圧を放つトリムを相手にルシエラは、何事もないかのようにこう告げた。

 

「君は私と契約すると信じているよ」

 

 ルシエラの言葉により新たな強制力が世界に誕生する。

 それはソルシエラの肉体を一度完全に奪い取ることにすら成功した、絶対の法則と言うべき宣告。

 

 トリムはその言葉を受けて――。

 

「戯言を」

 

 ただ一言。

 彼女がルシエラに対して返したのは言葉だけであった。

 それだけでルシエラの言葉は無力化されたのである。

 

「やはり凄いね。不干渉の力は。世界から自身を隔絶することが可能なその力、やはり天上の意思を殺すのに必要だ」

「知るか。それはお前の都合であって、ボクの都合ではない。おい、黒髪の女」

「ネームレスって呼んで」

「そうか、くだらない名前だな。だが、そう呼ぶとしよう」

 

 トリムはそう言って、ネームレスの手をさらに強く握る。

 辺りに満ちる魔力の中心は、当然彼女であった。

 

「ボクを使う事を許そう」

「そりゃどうも、じゃあ早速」

 

 瞬間、トリムの体が粒子となり一つの武器を形作る。

 それは、夜を切り取ったかのように妖しく輝く蒼の大鎌であった。

 

 眩い光を放つ生物的な大鎌は、生き物のように胎動している。

 

「悪くない握り心地だね。及第点」

『ふふん、そうだろう。ボクは成功体最終号。姉共とは出来が違う。全てにおいて圧倒的だ』

 

 大鎌から聞こえてくる声にネームレスは適当に返事をしながら、その刃をルシエラへと向けた。

 

「ウォーミングアップ、いいかな?」

「勿論、歓迎するよ」

 

 ルシエラは蒼銀の剣を召喚し、切っ先をネームレスへと向ける。

 両者が構えに入って1秒後。

 

「「――ッ」」

 

 彼女たちは同時に動き出していた。

 

「小手調べだ――君の動きは止まると信じている」

 

 ルシエラの言葉に一秒にも満たない時間ネームレスが拘束される。

 しかし、すぐさま拘束を解いて大鎌を振り下ろした。

 

「これで死んでくれてもいいんだよ!」

「残念。それは無理だ」

 

 ルシエラは大鎌の攻撃を回避する。

 次いで振るわれた二撃目もステップで避け、収束砲撃を放った。

 

『成程、面白い技だ』

 

 興味深そうに評価するトリムの声と共に、ネームレスの体が僅かに透ける。

 収束砲撃はその体をすり抜け、背後の壁を消し飛ばした。

 煙を上げる壁の大穴を見て、ネームレスの顔を一筋の汗が伝う。

 

「当たれば死ぬよね、アレ」

『当たるわけないだろう、ボクを舐めるな』

「そうだね。確かに今は当たらない。けど……私の攻撃は君に当たると信じている」

 

 言葉により変化したのはルシエラ自身であった。

 

 彼女は軽やかな足取りと共にネームレスへと距離を詰める。

 そして流れるような動作で突きを放った。

 

「そんなものっ!」

『いや、防御をしろ』

 

 トリムの言葉にネームレスが慌てて大鎌を突き出すと、剣の切っ先を大鎌の柄が弾いた感触があった。

 

「もうこっちに触れられるのかよ……」

『成程な。星詠みの模倣か。確かに干渉の力なら、ボクにその切っ先を届かせることは可能かもしれないな。少しはボクの相手を出来るようだ』

「喜んでいる場合? 最終号なんだからもっと圧倒してくれてもいいんだけど」

「はは、お気に召してくれたようで何よりだよ」

 

 ルシエラはまるで他愛もない会話の最中であるかのように軽く、そして柔らかい笑みと共に攻撃を続ける。

 対してネームレスは回避を続けるばかりで、一切の反撃をしてこなかった。

 

「いつから鬼ごっこになったのかな」

 

 回避し、あるいは壁をすり抜け、ネームレスは辺りを縦横無尽に駆け回る。

 最初の一撃以外、彼女は攻撃を仕掛けてこない。

 

「ネームレス、このままだと私を倒せないよ? もっと積極的にならなくては駄目だろう」

「ウォーミングアップって言ったでしょ」

 

 ネームレスは攻撃を避けながらそう言った。

 わざと大ぶりの攻撃でルシエラは反撃を誘うが、結局距離を取られるだけに終わる。

 

「なら、こっちからもっと熱烈にいこうかな」

 

 そう言うと、ルシエラは収束砲撃のエネルギーを自身の肉体へと流し込む。

 爆発的な魔力の吸収による、身体能力の向上であった。 

 

「はやっ」

「これでもまだ遊んでいるつもりかな?」

 

 収束した魔力が剣に満ちる。

 掠っただけでも致命傷となるであろう蒼銀の剣は、今まさに放たれた。

 

 その時である。

 

『星影――形態移行完了』

 

 無感情な声が、ネームレスの外套から聞こえた。

 瞬間、彼女の外套の中から射出された矢と剣が、ルシエラの攻撃をはじき返す。

 

 ルシエラはこの戦いで初めて驚愕し足を止めた。

 

「……これは驚いた。君が変化できるのは人だけだと思っていたよ、理事長」

「――あれだけのサプライズをされたのだから、こうして返すのが礼儀だろう」

 

 ネームレスの外套が瞬く間に形を変える。

 それはやがて、金髪の絶世の美女へと変化した。

 その手には、影のような直剣が握られている。

 

「成程、好機を伺っていたのか。これで二対一だね」

 

 ルシエラは剣を構え直す。

 しかし、ネームレスはそれを見て馬鹿にするように笑みを浮かべた。

 

「いや、戦わないって。ウォーミングアップって言ったじゃん」

「おや、せっかくのチャンスだとは思わないのかな? 私を殺す千載一遇の機会を逃すと?」

「いいや、無理だろう。私とネームレスでは君を殺せない」

 

 理事長ははっきりとそう宣言した。

 そして、淡々と言葉を続けていく。

 

「トリムは強力なデモンズギアだ。だが、それでも君には届かないだろう。私が作り上げた救世の枷が外れ、信奉の銘を解放した君と戦うには些か戦力が足りない」

「ほう、ならどうすると言うのかな」

「今日は宣戦布告だけにしておこう。こうして姿を見せたのも、嫌がらせでしかない」

 

 その言葉を待っていたかのように、理事長とネームレスの頭上の空間が渦巻き歪む。

 そして、半透明の何かが射出された。

 

「ッ!?」

 

 ルシエラはその攻撃に対して一切の加減なく収束砲撃を放つ。

 空中で激しい爆発が起こり黒煙が辺りを包み込んだが、それはどこかへと吸い込まれていく。

 

 それは、先ほど何かが射出された渦巻きであり、次元の乱れそのもの。

 即ち、鏡界と強引につなげられた穴であった。

 

「……成程、彼女も一緒か」

 

 ルシエラはその穴を見て、今までにない程警戒を強める。

 穴の向こうに、自身が敗北する可能性そのものが在るのだ。

 

「先生……いや、今は桜庭ラッカと呼ばれていたね」

 

 穴の向こうから声は聞こえない。

 代わりに、おびただしい数の半透明の槍がルシエラへと放たれた。

 

「っ、相変わらずの力押し」

 

 雨のように降り注ぐそれは、一撃で熾天使を葬り去る事が可能な威力を込めた必殺の槍である。

 ルシエラは返す様に大量の収束砲撃で完全に相殺した。

 

 激しい爆発が再び巻き起こる。

 視界を黒煙が覆う中、ネームレスの声が聞こえた。

 

「先生がこっちに来たら、改めてお前を殺すよ。墓でも作って待ってな」

 

 威勢の良い言葉を最後に、ネームレス達の気配が消える。

 煙が晴れる頃には、既に彼女達の姿はなかった。

 

「どうやら、決戦が近いね」

 

 ルシエラは剣を消失させ、博士の後を追うようにアジトの奥を見る。

 

「早く、夢現の杖(メビウス)を完成させないといけないな」

 

 鼻歌交じりの彼女の足音だけが、響いていた。

 

 

 

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