【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第352話 彼女だけの小夜曲

 那滝アイがここに訪れたのは四度目だった。

 一度目からずっと目的は変わらない。

 一人辛い使命を背負った妹と出会う為である。

 

 あの風もない蒸し暑い夏の夜の出来事は今も覚えている。

 そして、秘密の花園で交わした言葉と涙も。

 

 ケイが意図して自分を避けているという事は理解していた。

 おそらくはアレが彼女の別れの言葉だったのだろう。

 

 だからこそ、感情がかき混ぜられたかのようなカイの嗚咽とそれに続けて告げられた事実にアイは驚いた。

 そして、自身の無力さを呪った。

 

「――ここがケイの部屋っす」

「ありがとうございます、ミユメさん」

「礼なんていいっすよ。今の私に出来ることなんてこれくらいっすから」

 

 ミユメは一度目を伏せたが、すぐにそれを打ち消す様に笑顔を作る。

 強い少女だ、アイはそう思った。

 果たして自分はどうだろうか、とも。

 

 そう自問自答を始めようとしたところ、右手の指先が絡めとられるように握られたのがわかった。

 顔を上げれば、シヤクが慈愛に満ちた顔で頷いている。

 

「行きましょうか♥」

「はい」

 

 日に焼け、木目が浅黒くなった扉をノックする。

 間もなく扉の向こう側から「どうぞ」という声が聞こえてきた。

 

 無意識のうちに唾を飲み込んで、アイは扉を開ける。

 

「……えっと、こんばんは」

 

 夜風に揺れる白いレースのカーテンの下、一人で眠るには少し広いベッドの上にケイはいた。

 意地の悪い顔でも、聡明な顔でもない。

 まるでこちらの顔色を伺い、少しでも機嫌を損ねないように気を使っている子供の顔であった。

 

 問いかけるまでもない。

 その顔を見れば、嫌でもカイの言葉が真実であると理解した。

 

「……っ」

 

 声を掛けようとした矢先、ケイの傍に立つ影が目に入る。

 ケイと瓜二つの姿をした少女は、窓際に体を預け腕を組んで目を瞑っていた。

 

「入るなら入りたまえ。私はお前たちの行動に一切関与しない」

「0号」

「あら、お姉様♥」

 

 0号は口を開こうとはしなかった。

 今の彼女はまるでケイを守る騎士のようである。

 

 これ以上彼女に声を掛けても無駄だと悟ったアイは、気を取り直してケイへと口を開いた。

 

「……こんばんは、ケイ」

「こんばんはケイ♥ 良い夜ですね♥」

 

 ケイは二人を交互に見て、一瞬眉間に皺を寄せたがすぐに諦めたように項垂れる。

 そして申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんなさい」

 

 謝らせたいわけではなかった。

 しかし、止めるよりも早くケイはそう言った。

 まるで、今まで何度もそうしてきたかのように。

 

「私、何も覚えていないんです……その、良ければお名前を教えていただけませんか……?」

 

 込み上げてくる感情をぐっとこらえてアイは笑う。

 那滝家の当主として仮面を作ることには慣れている。まさか、こんなことに役に立つとは思っていなかったようだが。

 

「私は那滝アイ。そして、こちらが私の婚約者のシヤクです」

「那滝……?」

「シヤクです♥ 痛いところがあったら遠慮なくわたしに言ってくださいね♥ すぐに治してあげますから♥」

 

 シヤクは変わらぬ調子でケイに近づく。

 そしてベッドに腰を下ろすと、優しくケイの髪を撫でた。

 

 普段の彼女とは違い、長い髪を一つに束ね左胸の手前に垂らしている。

 その姿は、アイの中で死ぬ間際の母親と重なった。

 

「今の髪型も可愛いですね♥ 誰かに結んで貰ったんです?♥」

「あ、はい。蒼星さんに」

 

 今のケイにとっては初対面である筈だが、シヤクはすぐに彼女の警戒心を解くと心の内側に入ってみせる。

 人を癒すことに特化したデモンズギアだからこそ可能な芸当であった。

 

「ケイ、ここでとっておきの内緒話をしてあげます♥」

「え、な、なんですか」

 

 緊張して拳をぎゅっと握ったケイの耳元へと口を近づけたシヤクは、囁く様に言った。

 その時、呼気でケイの肩が一瞬震えた事をシヤクは見逃さない。だからなんだというわけではないのだが。

 

「実は、アイは男なんです♥」

「え、えええ!?」

「だから、貴女にとってはお兄ちゃん、なんですね♥」

「お兄ちゃん……那滝って名字から家族かなとは思っていましたけど……まさかお兄ちゃんだったなんて」

「ふふふ、家のしきたりでこんなに可愛くなったんですよ♥」

「あまり余計な事を言って混乱させないでください」

 

 アイはそう言いつつ、ベッドの傍にあった椅子に腰を下ろす。

 そしてシヤクへと脳を介して問いかけた。

 

『治せますか』

『うーん無理ですね♥』

 

 塔花救護院は、件の事件で大量に発生した怪我人の処置で大忙しである。

 デモンズギアの契約者であるアイは特に、一息つく暇すらない程だ。

 探索者かつデモンズギアの契約者でなければとっくに過労で倒れていただろう。

 

 そんな彼がシヤクを連れて抜け出した目的はただ一つ。

 ケイの記憶をデモンズギアの力で取り戻すためであった。

 いかなる怪我や病気でも根本からの治癒が可能であるシヤクの権能であれば、そう考えて救護院の仲間たちに無茶を言って抜け出してきたのである。

 

 しかし、アイの淡い期待はあっけなく裏切られることになった。

 

『記憶領域が破壊されているというよりは、ごっそりその部分がなくなっていますね♥ まるで自ら抜け出したかのようです♥ 今のケイはもしかしたら記憶を失っているのではなく抜け殻なのかもしれません……なんて、少し飛躍しすぎですね♥ 私から言えることは、私達には無理だという事です♥』

『……奇跡を信じ願うことしか出来ませんか』

 

 何度かの夜を越え、いくつもの朝を迎えたある日にふと記憶を取り戻す。

 そして今までの孤独と苦痛を忘れるように幸せな日々を送る、そんな夢をアイは思い浮かべて、ふと気が付いた。

 

『思い出す必要なんて、無かったのかもしれません』

『……それは、ソルシエラとして生きた彼女への冒涜になるかもしれませんよ?』

 

 いつもとは違う、真面目な声色だった。

 しかしアイは物怖じせずにその言葉に返す。

 

『それでも、この子が今幸せであるならば何よりも良い事でしょう。そもそも、ケイが背負うべき苦痛ではなかった筈ですよ。ソルシエラの名は、一人の少女が背負うにはあまりにも重すぎます』

『だから記憶を取り戻すことを諦めると?』

 

 アイの結論を、シヤクが代わりに提示する。

 その声はやはりどこかアイを試すようでもあった。

 

『……それが罪だというなら、私が背負います。今度こそ、この子を守るために私が背負うのです』

『…………そうですか♥ それが貴方の選択なら私は尊重します♥ 他の方がなんと言うかわかりませんけど♥』

『私は今のケイを受け入れるだけです。もしも記憶が戻ったのならその時はそのケイを愛しましょう。それが家族というものです』

 

 ケイは何を思ってソルシエラとして生きてきたのだろう。

 孤独を抱えて戦う日々はどれ程辛かっただろう。

 

 それも今となっては本人にすらわからない事である。

 彼女の決意や覚悟は、苦痛と共に彼方へと葬られた。

 

 残ったのは、空っぽで無垢な少女。

 ならばこそ、その空虚な心を埋めるのが兄のやるべき事である。

 アイはそう答えを出した。

 

 その決意を示そうと0号を一瞥する。

 彼女は相変わらず目を瞑り、壁に体を預けたままであった。

 今の0号とコミュニケーションをとるのはやはり難しいようだ。

 

「ケイ、今日はお話をしに来たんです」

「お話……?」

「はい。貴女の昔のお話です。楽しかった事や、嬉しかったこと。そんな思い出を」

 

 幼い頃、無条件にとびきりの幸福が待っていると信じていた自分たちの話をする。

 それだけが今のケイを満たし、そしてアイ自身を納得させる手段だった。

 

「貴女は、紫色の花が好きだったのですよ。アレは確か、3歳になったばかりの事です――」

 

 語り部となり、アイは語り始めた。

 ケイはその言葉に静かに耳を傾けている。

 そんな二人を眺めながら、シヤクは拡張領域から取り出した果物を剥き始めていた。

 夜は、まだ明けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アイケイてえてえ^^』

『おぉ……マイロード、手を離してはいけないぞ。迷子になったらいけないからな』

『これが虚無シエラ……! しかもアイ兄さんとの会話なんて……! こっ、こんなコンテンツがこれからたくさん来るって言うのか!? ソシャゲイベントもあるのに、オイラっこんなにたくさんのコンテンツ食べきれねえよォ~!』

『こ、この光景は何じゃ!? 何故向こう側の景色が我と主殿に流れ込んできているのじゃ……!?』

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