【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第358話 私たちの望み

 アリアンロッドの先端が崩れ去ったビルが目視できる距離、夜明けと共に一つの組織が壊滅していた。

 

「なんだこれ……誰もいないんだけど」

 

 ネームレスは困惑した様子で声を上げた。

 その後ろでは、勝手にデスクの上に座り、足をばたつかせるトリムの姿がある。

 更にその後ろでは、応接用のソファに腰を下ろした理事長へとソルフィが紅茶を差し出していた。

 

「戦闘にならずに済んで良かったじゃないか。今の君には休息が大事だからね」

「裏の組織のアジトだって言うから期待していたのに、あっさり占拠出来ちゃった」

 

 つまらなそうにネームレスは呟く。

 

 一般企業に上手く偽装していたのか、他のフロアも含めてオフィスや倉庫しか存在していない。

 異能を扱う探索者を相手にするにはいささか準備が足りないように見えた。

 

「おい、ボクの遊び相手がいるんじゃなかったのか」

「いなかった」

「天使もか?」

「血気盛んだねぇ。天使はここにいないよ、貴女が戦う予定だったのはただの悪い人」

 

 あくまで性能テストの一環としてトリムを使い組織を襲撃するつもりであった。

 ついでに数日間の拠点も確保できるという算段だったのだが、半分しか目標を達成できなかったせいかネームレスは不満げである。

 

「だが、天使がここにいた痕跡もあるぞ。ボクは詳しいんだ」

「偉いねぇ。きっとここでは天使の実験をしていたんだろう。何故か一人もいないけど」

 

 ネームレスはそう言って、オフィスチェアに体を預ける。

 明かりはつけておらず、開放的な窓から薄っすらと見える昇り始めた太陽だけが光源であった。

 

「私が不在の間に、Sランクの誰かが壊滅させたのかな? 人だけを消す辺り、タタリ君だろうか」

「どうだろうね。案外、六波羅さんとかだったりして」

「確かに。彼は必要以上に現場を破壊しない。丁寧な仕事ぶりという点では可能性が在るだろうね。血の染みすらないのは疑問だが」

「やっぱ丁寧なんだ、あの人……」

 

 ネームレス達は知らない事だが、数分前ここには確かに大量の組織の構成員が存在していた。

 が、それはとある一体の天使により全てが位相の海へと溶けて消えたのである。

 彼女らがソレと入れ違いになったのは、まさに偶然という他ないだろう。

 

「むう、ボクは何をすれば良いのだ」

 

 戦いがないと理解したのか、トリムはネームレスへの興味を失ったように理事長の元へと駆け足で向かった。

 

「おい、何を飲んでいる」

「紅茶だよ。飲むかい?」

「飲む。ボクの初めての飲み物だ、きちんと記憶領域に刻み込んでおこう。ソルフィ姉さん、ボクにも紅茶をくれ」

 

 理事長の隣にふんぞり返って座ったトリムを見て、ソルフィは少しの間何かを考え込むように停止する。

 そして、同じように紅茶を淹れると大量の角砂糖と共に差し出した。

 

「この白くて四角いものはなんだ?」

「甘くておいしいものですよ、トリム。紅茶に好きなだけ溶かしてください」

「そうか。なら全部だ!」

 

 トリムは角砂糖を紅茶にまとめて放り込む。

 僅かに溢れた紅茶を慌てて啜りながら、トリムは目を輝かせた。

 

「甘い! 美味しい!」

「そうですか」

「ソルフィ姉さん、中々やるな! 戦闘においてはボクが圧倒的に上だが、紅茶では負けるかもしれない! おい、ネームレスお前も飲んでみろ!」

「うーん、子供だなぁ。私はパスで」

 

 ネームレスは手をひらひらと振りながらそう答えた。

 それから静かに目を瞑る。

 

「よし、そろそろ出てって貰うか」

 

 独り言のようだが、確かに誰かにそう告げた。

 途端に、彼女の体から光の粒子が溢れ一人の少女の姿を作り上げる。

 それは髪色こそ違うが、ネームレスにそっくりの少女であった。

 

「こうして面と向かって話すのは初めてだね、トア」

「……え、あ、あれぇ!?」

 

 トアは驚き自分の顔をぺたぺたと触る。

 それからネームレスと自分の体を交互に見て、恐る恐る口を開いた。

 

「今って、私もネームレスも実体なの?」

「そうだよ。なんで、ビビってんの?」

 

 ヘラヘラと笑うネームレスとは裏腹に、トアは青い顔で首を横に振った。

 

「だって、私と一緒にいないと貴女は消えちゃうんでしょ!?」

「それは過去の話。私には既にもっと強力なアンカーがあるから。ね、トリム」

「ソルフィ姉さん、おかわり!」

「駄目だ、聞いてないや」

 

 ネームレスはそう言っておどけて見せた。

 が、依然としてトアの表情は曇ったままである。

 

「で、でも……」

「何だよ、その顔。既にこっちは王手なの。勝ちが決まったも同然なの。貴女の体に頼らずとも良いの」

 

 トアはまだ何かを言いたそうに口を開閉している。

 言葉は浮かばずとも、思う所があるのは明白だった。

 

 ネームレスはそれを見て、心底面倒くさそうにため息を吐く。

 そして、指を鳴らした。

 

「なっ、何!?」

「ちょっと動かないで」

 

 銀の鎖がトアを拘束する。

 解こうとすればするほど、より拘束は強まっていった。

 ネームレスは立ち上がるとトアへと近づき顔を覗き込んだ。

 自分と瓜二つの顔が、今にも泣きそうに歪んでいた。

 

「そんな顔すんなよ。元の居場所に帰してあげるってだけなんだからさぁ」

「元の居場所……?」

「そうそう。フェクトム、帰りたいでしょ」

 

 悪戯っ子のように、そして姉のようにネームレスはそう言って笑った。

 

「ここから先は私の戦いだ。トア、お前はもういらないんだよ」

 

 ネームレスの手がトアの頭に置かれる。

 間もなく、魔法陣が展開された。

 

「トリム、力を少し貸して」

「勝手に使え」

「うん、ありがと。それじゃあトア、今までの事は全部忘れよっか! この魔法で、ネームレスとの記憶を不干渉状態にする。一生思い出せないから、安心して」

「……え」

 

 トアは顔を上げようとしたが、すぐにネームレスに押さえつけられる。

 やがて魔法陣が光を放ち、動き始めた。

 

「ま、待ってよ! ここまで一緒に来たんだから、最後まで――」

「駄目だよ。私は……ううん、私たちの望みはフェクトムの皆が一緒にいて、いつまでも幸せに生きることなんだ」

 

 その声は今までのネームレスとはどこか違う臆病なものだった。

 

「そこには、(トア)もいなきゃ駄目なの。精々、私に感謝して幸せを享受することだね。あ、これから忘れるんだった」

「ネームレスっ!」

「うるさいなぁ。さっさと送っちゃおうか」

 

 トアの足元に転移魔法陣が展開される。

 それは起動するとゆっくりと足元から転移を始めていた。

 

 何度も名前を呼ぶトアだったが、ネームレスはもう何も答えない。

 間もなく、視界が光に包まれた。

 

「待っ――」

 

 

 

 

 

 

 馴染みのある風が、頬を撫でつける。

 空は夜明けを紫色の濃淡で描き出していた。

 

 古びた校舎、手入れのされた庭園、廃タイヤなどが積み上げられた訓練場、見覚えのあるフェクトムの景色だ。

 

「……あれ?」

 

 トアは首を傾げる。

 そして辺りをキョロキョロと見渡しながら、また首を傾げた。

 

「私、こんな所で何をやっていたんだっけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おや、この気配はトアかな? のこのこと現れやがって、簀巻きにして位相の海に沈めてやろうねェ!』

『星詠みの杖君、ステイステイ』

『おぉ……マイロード、そう言えば組織を一つ潰したぞ』

『今度はこっちか。忙しいのじゃ。頭がおかしくなりそうなのじゃ』

 

 

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