【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第359話 あの子の望み

 トアが学園に姿を現す少し前、アイは部屋を後にした。

 扉を閉める寸前、わずかに開かれた隙間から部屋の中を覗き込む。

 

 そこには、小さな寝息を立てるケイの姿があった。

 

「……ゆっくりおやすみなさい」

 

 まるで母のような優しい声で、決してケイ本人には届かないように囁く。

 それは、アイの心からの願いでもあった。

 

「では、行きましょうかシヤク」

「はい♥ ですが、その前に」

 

 シヤクは廊下の奥を指さす。

 壁に背を預けるようにして紫色の髪の少女がこちらを見ていた。

 

「……あの子は」

「あ、私知ってますよ♥ クラムちゃんですよね♥」

 

 シヤクはそう言って、警戒心など一切ない様子で近づいていく。

 足元では機械仕掛けの蛙がまるで踊るように跳ねまわっていた。

 

「こんばんは。良い夜ですね♥」

「……そうだね。ところで、私と貴女は初対面の筈だけど、どうして知っているのかな」

「ミロク生徒会長に教えて貰ったんです♥ 紫色の髪をした、蛙使いがいるって。それって貴女の事ですよね♥」

「ミロクか……。まあ、別に私を知っていようがいまいがどうでも良いけど」

 

 クラムはそう言うと、興味を失ったように目を瞑った。

 ケイの部屋に繋がる廊下を守るその姿に、アイは既視感を覚える。

 

(0号と同じ……この子もケイが大切なんですね)

 

 部屋の中は0号が守護している。

 ならば、クラムが守っているのはその外側の領域であった。

 蛙が跳ねまわる光景はまるでメルヘンの国に来たようだが、その一匹一匹に何かしらの仕掛けがされていることは明白である。

 

(本当に、人に恵まれましたねケイ。これなら、今の貴女でも幸せになれる)

 

 アイは安堵から息を吐く。

 クラムは片目だけ開いてアイを見たが、すぐに目を閉じた。

 

 そんな彼女へと、アイは語りかける。

 

「体に異常はありませんでした。摩耗が激しいですが、安静にしていれば問題ないでしょう」

「……別に聞いてない」

「あら、今のは独り言だったのですが。反応したって事は、気になっているのではないですか? まあ、ここでこうしてあの子を守ってくれている時点でそれはわかっていましたが」

「別に守っているわけじゃない。0号がいる時点で、ケイの安全は確約されたようなものだし。……それでも、あの子のために何かをしていないとおかしくなりそうだから」

 

 ひどく憔悴しきった様子であった。

 暗がりでよく見えなかったが、少し近づいてみれば彼女の目は泣き腫らしたようで、真っ赤である。

 

「なら、あの子の話し相手になってあげてください。自分が何者かわからない状態で生きるのはきっと恐ろしい事でしょうから」

「……私には話す資格なんてない」

 

 それだけ言うと、クラムは黙り込む。

 主を元気づけるように、足元で蛙たちは必死に跳ねているが意味はないようだった。

 

「シヤク、塔花には少し遅れると連絡を」

「もうしました♥」

「ありがとうございます」

 

 アイは蛙の一匹をそっと抱きかかえると、クラムへと笑みを浮かべる。

 

「お茶を淹れられる場所ってありますか?」

 

 

 

 

 

 

 まだ薄暗いフェクトムの食堂に、カップ三つ分の湯気がゆらゆらと立ち上る。

 鼻腔をくすぐる優しい匂いに緩みそうになる頬を無理矢理こわばらせ、クラムはカップを見下ろした。

 

「どうして私まで飲むことになっているの」

「たまたま三つ淹れてしまったのです。もったいないので、ぜひ飲んでください。それに、アールグレイにはカフェインが含まれています。これからもああやって守り続けるなら、飲んでおいて損はないと思いますが?」

 

 建前を用意された、そうわかった上でクラムは「そう、なら遠慮なく」とカップへ口を付けた。

 

「……おいし」

「ありがとうございます。実家では日本茶ばかりだったので、この学園都市に来て色々と学んだのです。今となっては趣味の一つですよ」

「アイは丁寧に淹れるんです♥ だから、香りも良いんですよ♥」

 

 一つ椅子を離した位置に腰を下ろしてシヤクも同じようにカップを手にとる。

 そして間もなく、満足そうに頷いた。

 

「クラムさん、ありがとうございます」

 

 唐突な言葉に、クラムは顔を上げる。

 最愛の人によく似たその目は、まるで海の底をさらったように蒼い。

 

「私、少し不安だったんです。ケイが皆とうまくやっていけているかどうか。御景学園では、嫌われ役を演じていたみたいですから」

 

 性別を隠し、本音を隠し、家族すら欺いて生きる、

 そうするしかなかった、そう割り切るにはあまりにも辛い事であった。

 

「何度かこうして足を運んで、一度も本人には会えたことがありませんが……けれどあの子が皆さんに愛されているという事は実感できました」

「……私はね」

 

 クラムはカップに視線を落としたまま言葉を続ける。

 

「あの子の理解者になりたかったんだ」

「……今は違うんですか?」

 

 首肯して、クラムは力なく笑う。

 

「結局、私はあの子の事を何も理解できていなかった。苦しみも、葛藤も、全てあの子が一人で抱えて……最期には自分自身すら消えてしまった。何が理解者だよ……!」

「クラムさん……」

「ケイが裏で何をやっていたかはもう知っているんだよね」

「ええ、ソルシエラとして暗躍していたようで」

「……私はソルシエラの活動を手伝っていたんだ。ほんの少しだけど」

 

 その言葉に、興味深そうにアイは目を見開く。

 

「……そうですか」

「ごめんなさい、もっと優秀な人間が傍にいたらこうはならなかったかもしれない」

 

 もしも、ソルシエラに並ぶだけの強さを持っていたら。

 もしも、作戦を立案できる程の頭脳を有していたら。

 もしも、あの子の心をもっと知ることが出来ていたら。

 望むものは、ソルシエラの隣にいることが許される才であった。

 

 だからこそ、その謝罪の言葉は吐き出されたのである。

 まるで処刑人に首を差し出す様に、懺悔の言葉としてささげられたソレにアイは優しい笑顔を返すばかりだ。

 

「また一つ、安心しました」

「え」

「ケイの傍には友人がいた。なら、ソルシエラとしての彼女の傍には誰かいたのか。それが気になっていたのです。諜報部隊などではない、心を通わせる友がいたのだと今知ることが出来ました」

「違う、私は心を通わせてなんか――」

「本当ですか? 共に笑いあったことは一度もないと? あの子が心情を貴女にこぼしたことは一度もないと、そう言うのですか?」

 

 アイはクラムの傍に座る。

 

「あったのでしょう、貴女達にもそういった瞬間が。なら、それを否定しないでください。それは、あの子と貴女の心を殺してしまう」

 

 カップを持つクラムの手が震える。

 アイはそっと手を添え、震えが止まる様にと優しく撫でた。

 

「どうか、私に聞かせてください。貴女が見た、ソルシエラの事を」

 

 暫く黙っていたクラムだったが、やがて鼻を啜る音と共に頷いた。

 

「私たちが、初めて出会ったのは――」

 

 

 

 

 

 

 開けた窓から入り込んだ夜風が、前髪を揺らす。

 くすぐったさに身を捩り、やがてケイは目を覚ました。

 

 辺りはまだ暗い。

 

「あれ、私アイお兄ちゃんと話していて……」

 

 寝ぼけた頭で考え、思いだす。

 どうやら、自分はアイとの会話の最中に眠ってしまっていたようだ。

 

 ケイは体を起こす。

 

「アイお兄ちゃんとシヤク義姉ちゃん、帰っちゃったんだ」

 

 話している間は、虚無感がなくなっていた。

 胸の中に開いた穴が埋まるような安心感があったのだ。

 

 しかし、辺りを見渡してもアイもシヤクもいない。

 それどころか、0号すらいなかった。

 

「……トイレかな?」

 

 デモンズギアの事をよく知らないケイはこてんと首を傾げる。

 不思議と眠気は覚め、意識ははっきりとし始めていた。

 

 が、特にやる事もなければ、絶対安静と言われているためケイは再びベッドに倒れ込む。

 カメのクッションが優しくケイの頭を受け止めた。

 

(そう言えば、前の私ってカメが好きだったんだね……)

 

 何の気なしに、ケイは枕代わりのカメのクッションを触る。

 そして、指先に固い感触を感じた。

 

「……ん」

 

 どうやら、チャックのようである。

 そして、その向こうに何かがあるようだった。

 

 ケイはカメのクッションを改めて見つめる。

 そのクッションは、何かを入れて隠しておくには丁度良さそうであった。

 

「まさか……」

 

 妙な動悸と期待感が胸を包む。

 自分が求めている何かが、そこにある気がした。

 

 ケイはカメのクッションのチャックを開ける。

 そこには、白い綿に包まれるように一冊の黒いノートが隠されていた。

 

「……っ」

 

 確信めいたものと共に、ケイはそのノートへと手を伸ばして――。

 

「悪い子だ」

「っ!?」

 

 横から手が伸ばされ、ノートが取り上げられる。

 見れば、0号がこちらを見下ろしていた。

 

「0号……」

「今日はもう眠るんだ。君の体はひどく衰弱しているのだからねぇ」

「で、でも、そのノートが」

「ケイ」

 

 0号は諭すようにその名を呼ぶ。

 暫く二人は見つめ合っていたが、やがてケイは渋々横になった。

 

「そうだ。今は、それでいい」

 

 0号は髪を梳くようにケイの頭を撫でる。

 その感覚は、妙に懐かしいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おぉ……ちゃんとカメさんチャックを使ってくれた……なんとも嬉しいものだな……』

『ここでノートをチラ見せして、自ら記憶を取り戻すようにしておくことで、更にコンテンツに味が染み込むんだよ赫夜牟君』

『人の心を弄んで何がしたいのじゃ。主殿は悪魔か?』

『無垢な君も可愛くてエッチだねぇ^^ 正直、頭を撫でるだけでは済みそうにない。おや、この気配は――』

 

 

 

 

 

 

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