【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第364話 5‐5 悲哀の彼岸

 飛沫が上がり、空へと魚たちが跳ねる。

 夜空を悠々と泳ぐクジラとそれに付き従うクラゲたちの光景は幻想的で夢のようであった。

 

 その中心、人魚のように舞い踊る者こそがこの世界の支配者である。

 悲哀のソルシエラ――深海のような空から彼女は見下ろしていた。

 

「死を拒むなど、生き物の道理から外れています。始まりがあれば終わりがある。何故その摂理を受け入れないのでしょうか」

 

 悲嘆と諦観の籠った言葉は銀の閃光によって返された。

 彼女のすぐ横を収束砲撃が通り抜けたのだ。

 

 ソルシエラは銃口を悲哀のソルシエラに構えたまま冷たい目を向けている。

 

「くだらないわね、貴女の思想なんてどうでもいい」

「これは貴女の願望でもあるのですよ、オリジナル」

 

 聖母のような笑顔を浮かべ、しかし彼女は悲し気に言う。

 それはまるで、聞き分けの悪い子供を諭す母のようでもあった。

 

「主よ、あいつの話は聞かない方がいい」

「最初から聞く気なんてないわ」

「そうか? 我にはそうは見えなかったが? まあいいじゃろう。どれ、少し遊んでやろうか」

 

 赫夜牟の袖口からムカデのような触手が這い出てくると、ねじれ合わさり一つの巨大な砲身へと変化した。

 

「我も作ってみたぞ。今の人類は、これを収束砲撃というらしいの」

 

 緻密な理論など存在しない。

 その場にあった魔力を力任せに無理やり集め収束砲撃を完成させた赫夜牟は、寸分の狂いもなく悲哀のソルシエラへと放った。

 

「人ならざる者……貴女も愚かなようですね」

 

 悲哀のソルシエラに割って入ったクラゲは砲撃を受け止めると、波打ちそのまま砲撃を赫夜牟へと返した。

 赫夜牟は面白そうに笑みを浮かべ、飛び跳ねると砲撃を回避する。

 つい先ほどまで赫夜牟がいた場所は粉じんが舞い、観客席は焼けてベンチが爛れるようになっていた。

 

「ほう、存外やるではないか。気に入った、嬲り殺しにして最後は喰ろうてやる」

「まあまあおチビちゃん、ここからは私達が行くよ」

 

 横からそう聞こえた次の瞬間、突風が巻き起こった。

 なんてことのない、ただラッカが槍を握っただけである。

 

「求道者、昔みたいに合わせてよ」

「そっちが私に合わせなさい」

「うーん、協調性ゼロ」

 

 しかし、会話とは違い二人が飛び出したのは同時だった。

 彼女達の行く手を阻むようにクラゲや飛び魚が現れる。

 一体一体が十分な殺傷能力を持った兵器であることは十分に理解したうえで二人は敢えて正面突破を選んだ。

 

 互いの死角を補い、攻撃を避け、撃ち落し突き進んでいく。

 

「はははっ、やっぱ私達息ぴったりじゃん! あの時以来だったけど、まだまだやれんじゃん!」

「勝手に盛り上がらないで」

 

 ソルシエラは冷静にクラゲを射抜き、大鎌で丁寧に襲い掛かる生物たちを殺していく。

 対してラッカは雑に槍を振り回し、目の前の障害全てをなぎ倒した。

 理論と感情、相反する二つの戦い方は奇妙な噛み合いを見せ、大量の敵を物ともせずに悲哀のソルシエラの前にまであっという間に到達した。

 

「やっほ、悲哀のソルシエラ。じゃあくたばれよ」

「貴女の大好きな死が来たわよ?」

 

 大鎌と槍が悲哀のソルシエラへと迫る。

 

「……死は全ての終焉であり救済なのです」

 

 呟いた悲哀のソルシエラは、まるで幼子を迎え入れるように手を広げる。

 そして一歩前へと踏み出した。

 

 その先にはラッカの槍がある。

 

「は? こいつマジで狂って……いや、これは――」

 

 槍が悲哀のソルシエラへと深く突き刺さる。

 瞬間、彼女の体は水のように弾けた。

 

 泡となった、悲哀のソルシエラの体が宙に上り消えていく。

 

「わ、私が殺したら駄目じゃん……!?」

「先生、張り切りすぎー!」

「だ、だってまさか自分から死にに来るなんて思わないじゃんかぁ!」

「――そうですね。私もあまりそのような方法は好みません。それは死を冒涜することに変わりがありませんから」

「っ!?」

 

 声にラッカとソルシエラは顔を上げる。

 そこには死んだはずの悲哀のソルシエラがいた。

 

「な、なんで!?」

「私は死を悼む者。故に、死と共に常にあなたの傍にいる」

 

 次の瞬間、悲哀のソルシエラの姿はソルシエラの傍にあった。

 

「っ」

 

 ソルシエラの大鎌が確実に悲哀のソルシエラの首を捉える。

 横一文字に切り払われた首は再び宙を舞い泡となった。

 

「そう恐れないで、哀れな子。私達には死を受け入れるだけの十分な時間があった、そうでしょう?」

 

 声は遥か下から聞こえた。

 観客席の一部に腰かけ、タクトを手の中で弄びながら悲哀のソルシエラはラッカ達を見上げている。

 

「おいおい、転移にしても随分とインチキじゃないか?」

「……あれは、もしかして」

 

 ソルシエラは何かを察知した様子で黙り込む。

 

 彼女の眼下では、今まさに赫夜牟と堕落のソルシエラが悲哀のソルシエラに攻撃を仕掛けるところであった。

 

「殺す」

「ダルい……絶対これ本体じゃない……」

 

 ムカデの触腕が悲哀のソルシエラを貫く。

 泡となり消えたが、彼女達のすぐそばに悲哀のソルシエラが姿を現す。

 読んでいたかのように堕落のソルシエラはナイフを投擲するも、結局悲哀のソルシエラを泡へと還すだけであった。

 

「……やっぱり、悲哀のソルシエラが持つ権能は――」

 

 気が付けば、辺りには更にたくさんのクラゲが舞っている。

 今、悲哀のソルシエラは空を泳ぐクジラの背に立っていた。

 

「末日の夢、それは想像が出来ない程に美しいものなのでしょう。そう、こんな見せかけの世界とは違って」

 

 悲哀のソルシエラが一歩踏み出す。

 その瞬間、彼女の姿は消え、ソルシエラとラッカの傍を横切っていた。

 

「なんだよこいつぅ!」

「間違いないわ、幻覚を見せる力よ……!」

「ようやく理解したようですねオリジナル。けれど」

 

 悲哀のソルシエラはイルカショーのステージに降り立つ。

 そしてタクトを振るうと、プールの中からサメが飛び出してきた。

 

「私の見せる幻覚は、現実の死となりますよ。どうか、無視なんてつまらない事をしないように」

「悪い奴御用達の能力じゃん!」

 

 ラッカは叫びながら槍をサメへと放り投げる。

 サメは抵抗なく泡となり消えた。

 その手ごたえの無さに、ラッカは顔をしかめ舌打ちをする。

 

「チッ、こういう搦め手を使う敵の相手は指揮者か博士だったのに!」

「桜庭ラッカは幻覚を見ない、そう定義づけることは?」

「無理。私に幻覚を見せているというよりは、世界が彼女の干渉で夢のように不安定な世界になってる。私個人への干渉ならともかく、世界への干渉なら意味ないよ!」

「そう、使えないわね」

「はぁ!? 求道者ならいつもみたいに慰めてよぉ!」

 

 ラッカはソルシエラへと抱き着いたが、瞬間彼女の姿は泡になって消えた。

 

「……は?」

「貴女、なにやってるのよ」

 

 ラッカのすぐ傍にはあきれ顔のソルシエラが立っている。

 彼女と、今まさに消えた泡を交互に見ながらラッカは恐る恐る手を伸ばす。

 そして、ソルシエラの頬をつまんだ。

 

「おぉ……こっちは本物だ」

「殺すわよ貴女」

 

 手をはたき落とし、ソルシエラは睨みつける。

 

「何をふざけているのかしら。急に虚空に向かってダイブしたり、人の頬をつまんだり」

「私にはあそこに求道者がいるように見えたんだよね……」

 

 困惑するラッカの肩ごしに悲哀のソルシエラは笑みを浮かべた。

 

「水は全てを映し出します。私だけが偽りだと、誰が言ったのでしょうか?」

「うるさい!」

 

 振り向きざまに槍を放とうとしたラッカだったが、すぐに止まる。

 自身が殺す事に意味がないと思い出した彼女は悲哀のソルシエラを捕獲しようと手を伸ばすが彼女は泡となり消えた。

 

「さあ、共に末日の夢を見ましょう。星を見上げるのではなく、深く蒼い海に沈むことこそ、唯一私達を救う手段なのです」

「……クソヤバ教祖が」

 

 吐き捨てるラッカを見てもなお、悲哀のソルシエラは笑顔のままであった。

 

「おーい二人共!」

 

 声をする方を見れば、堕落のソルシエラの傍に立っているガーデナーが手を振っていた。

 ラッカとソルシエラの二人は頷き、彼女の目の前に降り立つ。

 そして同時に頬をつねった。

 

「い、いたいよぉ!」

「本物ね」

「本物だ」

「本物に決まってるでしょぉ!?」

 

 ガーデナーは二人の手をぺしんと叩く。

 そして何とか払いのけると、咳払いをして胸を張った。

 

「私とダラちゃんから賢い作戦があります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『星詠みの杖君、俺もこんな風に幻覚で弄びたい! やってやってやってー!』

『しかしその場に私たちがいないからねぇ。今は我慢するんだ』

『しゅ、収束砲撃をあんな風に撃つのは初めてじゃ……緊張したのじゃ……』

『おぉ、赫夜牟よきちんと戦えてえらいぞ!』

 

 

 

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