【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
ソルシエランドからバスに揺られて30分。
鼻腔をくすぐる豊かな潮の香りが漂うそこは、ソルシエラ水族館である。
位相世界を越えて用意される海洋生物は種類を問わず、何度来ても飽きることはないとソルシエラ達の間では評判だ。
営業時間を終えた水族館では兵士エラ達がせっせと掃除に励んでいた。
戦闘により大きく破壊されていたとしてもやる事は変わらない。明日の開館に向けて頑張るだけだ。
「うおおー館長の為に頑張るぞー!」
「副館長の分もー!」
「イルカさんに気持ちよく泳いでもらえー!」
掃除する兵士エラ達とは違い、新館長こと堕落のソルシエラはというと――。
「ダルい。頑張ったしちょっと休憩」
ベッドに顔をうずめてうつぶせになっていた。
悲哀のソルシエラが自身のために作り上げたVIPルームは、四方を水槽に囲まれ中心にクジラの形をした巨大なベッドが置かれている。
堕落のソルシエラはそのクジラの形をした巨大なベッドを堪能している最中であった。
寝そべる堕落のソルシエラを見て、悲哀のソルシエラは悲し気に「私のベッド……」と呟く。
その服はドレスではなく、水族館で買える白地に『悲しみ』とプリントされたTシャツになっていた。
「悲哀のソルシエラ、お前は私の温情で生きて居られるという事を忘れないでね。このベッドも私のものだよ」
「うぅ……」
「ちょっと悲哀ちゃんが泣いちゃったじゃん。ダラちゃんいじめは駄目だよー!」
「ガーデナー、勝負の世界は残酷なんだ。私はあくまで勝者としての当然の権利を主張しているだけで……さっちゃん、どうして私を持ち上げるんだオイ」
サソリの尾に襟をひっかけられ持ち上げられた堕落のソルシエラは首根っこをつままれた猫のような姿勢でベッドから降ろされた。
不服そうにする堕落のソルシエラを己の背中に乗せたサソリは満足そうに鋏を鳴らす。
「ははは、嫉妬だなんて可愛い奴め。でもパーカーに穴開くからそれやめてね」
サソリは鋏をカチカチと鳴らして返事をする。
それが否定か肯定かは定かではない。
「で、次はどうするの? 悲哀のソルシエラはこうして倒した訳だけど」
ラッカは悲哀のソルシエラの頭を無造作に撫でながら問いかける。
一瞬肩を震わせた悲哀のソルシエラだったが、すぐに安心した様子で撫でられるがままにされていた。
その光景を見ながら、堕落のソルシエラはクラゲクッキーを口に放り込んで唸る。
「んー、どうしようね。勝ち目があるのは勇猛と献身かな。オリジナル、悲哀のソルシエラの力と空想も吸収した訳だけど、調子はどう? それも踏まえて今後の方針を決めたいんだけど……オリジナル?」
問い掛けながら堕落のソルシエラは首を傾げる。
全員の視線がソルシエラへと向くが、彼女は気が付かない様子で水槽の中を泳ぐ小さなクラゲを呆然と見つめていた。
「ハッ、腑抜けているな。みっともないのじゃ」
赫夜牟はその様子を見て鼻で笑う。
そして袖から触手を出してソルシエラの肩を叩いた。
ソルシエラはハッとして振り返る。
「……何かしら」
「悲哀のソルシエラの力を吸収したから体調について聞こうと思ったんだ。けど、その様子を見るに少し休んだ方がよさそうだね」
「余計な心配は不要よ。この後の戦闘も問題ないわ」
「私の呼びかけに気が付かなかったのに?」
「それは……」
ソルシエラは辺りを見る。
ガーデナーやラッカの目には心配の色が浮かんでいた。
彼女はすぐにいつものような不敵な笑みを取り繕い口を開く。
「考え事をしていただけよ。私は大丈夫に決まっているでしょう?」
「ソルソル、無茶は駄目だよ。無理しないできちんと私達に言って」
「ガーデナーは優しいのね。でも問題ないわ。むしろ、悲哀のソルシエラの力を吸収したおかげでより元の私に近づいているのを感じる……。早く、他のソルシエラも倒さないと」
その言葉は彼女の意思の強さを感じさせた。
例え体が不調を訴えていたとしても、迷わず戦場に出るであろうことは想像に難くない。
それを見て、ガーデナーとラッカは顔を見合わせて小さくため息をつく。
ソルシエラが無理をしているのは明らかであった。
やり取りを黙って見ていた堕落のソルシエラは静かに手を上げる。
そして、ソルシエラへ向けてはっきりと言った。
「私は休みたい! やーすーみーたーいー!」
ガーデナーはその姿を見てハッとした様子でダラちゃんに近づくとその頭を撫で始めた。
「おーよしよし。あんなに頑張ったんだから、疲れて当然だよね……!」
「うん、私とっても疲れた。ダルい! 休憩を要求する! あと、美味しいおやつ。悲哀、何か美味しいおやつはないの?」
「え? ええっと……フードコートで何か買ってきたら良いのではないでしょうか。今ならまだ従業員さん達もいますし。喜んで作ってくれますよ。誰かに料理を作るのが好きなシェフシエラを雇ってますから」
「そっかそっか。よーし」
堕落のソルシエラは休む気満々である。
その姿を見てソルシエラは、諫めるように睨みつけた。
「貴女……この状況が理解できていないの?」
「オリジナルこそ、そんなに急いても仕損じるだけだよ。ソルシエラバトルは今に始まった事じゃない。こっちにはガーデナーとラッカがいるんだから慎重に準備を進めた方が良いでしょ。貴女が良くても、ガーデナーと私は駄目なの。HPがもう残り僅かなんだ。わかる?」
「……チッ」
「そんな怖い顔しないでよソルソル」
「そうだよ。ダラちゃんの為にもここは1時間だけ休憩しない?」
ガーデナーと堕落のソルシエラは瞳をウルウルさせてソルシエラに迫る。
ソルシエラはそれを見て鬱陶しそうに視線を逸らした。
「……好きにしなさい」
「ありがとオリジナル」
「ソルソル優しい……!」
「わかったからもう私に纏わりつかないで頂戴。ラッカ、こいつらを引き剥がして」
「えー、せっかく仲良くなったんだから良いんじゃない?」
「貴女まで……!」
ソルシエラは堕落のソルシエラとガーデナーを銀の鎖で縛り上げる。
そして、二人をクジラのベッドへと転移させた。
「少し考えを整理してくるから、一人にさせて」
「ソルソルはおやついらないの?」
「貴女達だけで楽しんで頂戴」
それだけ言ってソルシエラは部屋を後にした。
サソリが鋏で器用に鎖を断ち切り、二人は解放されベッドから降り立つ。
「行っちゃったね」
「ま、多少強引じゃないと休まないでしょオリジナルは。強情で責任感が無駄に強いからなー」
「ダラちゃん、ナイス演技だったよ。やっぱり優しいね」
「別に、休みたかったのは事実だし。それにここで無茶されて破滅のソルシエラと戦えなくなったら困るだけ」
堕落のソルシエラはやや早口でそう言うと、悲哀のソルシエラをサソリに乗せた。
「フードコートまで案内して」
「はい、わかりました」
「じゃ、ガーデナーの奢りでよろしくね」
「えっ」
「よし。じゃあ私はハンバーガーが食べたい!」
「先生!?」
「我は何でも良い。が、そうさな……赤い食べ物だとなお良いぞ」
「赫夜牟ちゃんまで!?」
突然の出費に苦しむガーデナーは思わず膝から崩れ落ちる。
項垂れる彼女の背後にサソリの尾が近づき、ゆっくりと拾い上げるとそのままサソリの背中に乗せた。
「じゃあ、行こうか」
「うぅ……はい……」
「あ、あの……私は館長なので言えば全部無料になるかと……」
「本当!? ありがとうヒアちゃーん!」
「わっ」
「はーい暴れないでねー。三人乗るにはギリギリだからねー」
悲哀のソルシエラに抱き着くガーデナーと、携帯ゲーム機を取り出した堕落のソルシエラを乗せてサソリは水槽が広がっている廊下を進んでいった。
それを追いかける小さなムカデが一匹。
『使い魔を放った。これでガーデナー達の様子も見えるのじゃ』
『流石だ偉いぞ! 索敵は基本だからな! 後でカメさんスタンプをあげよう!』
『それよりも早くラッカと二人きりの状況をどうにかして欲しいのじゃ。気まずいのじゃ』
『それは無理だよ^^ 今相棒は『疲弊とイレギュラーな状況から余裕が失われたソルシエラ』をするのに忙しいからね』
『その通り。後は、あっちの世界の記憶喪失イベントをどうジュルジュル啜るか考えなきゃな……』
『記憶喪失イベントって液状だったんだねぇ』