【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第370話 6‐3それを献身と呼ぶならば

 辺りが薄暗いフードコートエリアで、厨房のみに明かりがともっている。

 やる事とはいつも通り、今日の片付けと明日の仕込み。

 水族館のフードコートと侮るなかれ。シェフシエラにとってそこは戦場であり、命を懸けるに値する場所なのだ。

 

「お待たせしました! はい、『スペシャルおいしいソルバーガー』です」

 

 自分の身長程に長いコック帽のシェフシエラは、背を目いっぱい伸ばして何とか料理をカウンターテーブルに置いた。

 

 置かれたハンバーガーは、本能に訴えるような刺激的な匂いを漂わせている。

 ガーデナーはそれを見て、生唾を飲み込んだ。

 

「……な、何カロリーなんだろう。無駄に六波羅パイセンとか呼び出せば魔力消費分で相殺出来るかな」

「絶対ダルい事になるから止めて」

 

 隣でかき氷を受け取りながら堕落のソルシエラはくぎを刺す。

 ガーデナーの右手が既にホルダーへと添えられていたことから、あと少しでこの場に何も知らない六波羅が召喚されていたことは明白だろう。

 

「館長もどうぞ。こちら、新作です」

 

 シェフシエラは自信満々に一つの料理を差し出した。

 

「ありがとうございます。……これは?」

「キッシュです」

「何故……? 私は甘味を求めてきたはず……」

「出来てしまったものは仕方ありません。どうぞ!」

「は、はい……」

 

 困惑しながらも受け取った悲哀のソルシエラはそれを見下ろして首を傾げる。

 それは何故かカメの形をした容器に入れられていた。

 

「カメ……? ここはまだカメは展示していない筈ですが」

「少し前に突然アイデアが降って湧いたのです。制作工程からこのカメさん容器まで、まるで天からの贈り物であるかのように分量すらも全てが瞬間的に浮かびました。私の中に眠っていたお料理魂が覚醒したようです。これからお料理の覇道を突き進む者としてこの料理には敬意を表して『マイロードキッシュ』と名付けました。これが私の道です!」

「……成程、美味しいです。メニューとして正式に採用しましょう」

「やったー! 厨房の皆もきっと喜びます! あっ、まだ注文した料理を全部出していませんでしたね。これがソルジュースとソルたこ焼きです。後は……『死の淵、末日の間際にて』です」

 

 差し出されたのは、可愛らしいカップに入った蒼いジュースと、ポップな紙容器に入れられたたこ焼き、そして嘘みたいに真っ赤なクレープであった。

 赤いクリームに赤いフルーツ、そして赤い生地。

 それは太陽をクレープ型に切り取ったかのようだ。

 

「なんか最終章みたいな名前の料理出てきた」

「これだけ考えた奴違うだろ」

 

 堕落のソルシエラとガーデナーの言葉に、隣で悲哀のソルシエラはキッシュを食べつつ胸を張る。

 

「ふふん。これは私が悲しみに暮れた先に作り上げた看板料理です。これを食べると生きていることがいかに苦痛であるかを実感できる程に辛いですよ……! 位相世界に存在する香辛魚類を干渉の力で一つのスパイスにまとめたのですが、それが――むぐっ!?」

 

 スプーンでクリームを掬った堕落のソルシエラが、悲哀のソルシエラの口に放り込む。

 すると、悲哀のソルシエラは目を白黒させてみるみる肌を青白くさせていった。にもかかわらず、汗が凄まじい勢いで流れ始め、Tシャツに染みが広がっていく。

 

「……ふぇ」

 

 言語以下の声だけを残して、悲哀のソルシエラはその場に崩れ落ちた。

 倒れる寸前にキッシュは堕落のソルシエラが、本体はサソリがキャッチして背中に乗せる。

 

「か、館長ー!?」

「シェフシエラ、なかなかいい物を作ってくれたね。後で特別ボーナスを私名義であげよう」

「わーい! 館長またねー!」

 

 手をぶんぶんと振るシェフシエラと別れ、三人は再びサソリの背中に乗って移動を開始する。

 余程お腹が空いていたのか、ガーデナーのハンバーガーは既になかった。

 

「……それ、そんなに辛いの?」

「恐らくは。でも、あのクソガキが赤い食べ物って言ったんだからしょうがないよね。……へへ、ああいう生意気なクソガキがギャン泣きする姿を見るのは楽しいんだ」

「悪魔だ……!」

「でも、見てみたいでしょ?」

「……先生にも少し食べさせよう」

 

 ガーデナーと堕落のソルシエラの倫理観は、どうやら相性が良かったようだ。

 二人は満面の笑みで頷き合う。

 その後ろでは悲哀のソルシエラが口から泡を吹いていた。

 

 

 

 

 

 

 三人を乗せて移動していたサソリだったが、唐突に動きを止めた。

 

「どうしたの?」

「ガーデナー、少しお願いしたいことがあるんだけど」

 

 そう言って堕落のソルシエラは、ソルジュースを差し出す。

 

「これをあの真面目馬鹿に渡して欲しいんだ」

「ソルソルに?」

「うん。オリジナルのいる場所は何となくわかる。きっと、この先だ。どうせ薄暗い場所で魚見ながらため息ついてるに決まってるよ」

 

 うんざりした顔で堕落のソルシエラはそう告げる。

 ため息と共に言葉を吐き出す彼女は、見た目よりずっと大人びて見えた。

 

「ダラちゃんは行かないの?」

「私はダルいからパス。それに、ソルシエラがソルシエラの悩みを聞くって意味わかんないじゃん。奇妙な自問自答だよそれ。ほら、降りて降りて」

 

 堕落のソルシエラに急かされて、ガーデナーはジュースを片手にサソリから降りる。

 

「じゃあ、よろしくね。ガーデナーくらい能天気な奴の方がオリジナルも気が楽だろうからさ」

「能天気……」

「事実でしょ。じゃ、私はこのクソヤバクレープをあのガキに渡す役目があるから」

「動画、撮っておいてねー」

 

 ガーデナーの言葉に軽く手を上げて答える堕落のソルシエラを乗せて、サソリは通路の奥へと消えて行った。

 渡されたジュースを片手に、ガーデナーは水族館の奥へと足を進める。

 

「ほえー、綺麗だなー」

 

 色とりどりの魚が泳ぐ巨大な水槽に感心しながら進んでいくと、間もなく目的の少女を見つけた。

 その姿は、堕落のソルシエラが言っていた通りの物である。

 水槽に手のひらを添えて肩を落とす姿は、有り体に言えば疲弊していた。

 

「……よし」

 

 ガーデナーは笑顔を作る。

 そしてソルシエラへとわざとらしい程に明るく能天気に声を掛けた。

 

「ソルソルー! 私と一緒におさかなしりとりしようよー!」

「……はぁ」

 

 声に気が付いて振り返ったソルシエラは見せつけるようにため息を吐く。

 

「ソルソルどうしたの? 私に会えたのに嬉しそうじゃないね」

「凄い自己評価ね貴女」

「そりゃあ私はスーパーSランク美少女だからね。はい、そんな私からプレゼントだよ」

 

 ガーデナーはそう言ってソルジュースを差し出す。

 ソルシエラはそれとガーデナーの顔を交互に見た。

 

「別に毒は入ってないよ」

「疑ってないわよそんな事は。……ありがとう、いただくわ」

 

 その答えにガーデナーは内心で胸を撫でおろした。

 ソルシエラは疲弊し、今にも擦り切れそうである。

 それは多くの位相世界を冒険したガーデナーだからこそわかる事だった。

 当然、そんな人間が最後にはどうなってしまうのかも知っている。

 

 だからこそ、目の前の少女がまだ手を握れる範疇にいることが喜ばしい。

 

「はい、どうぞ。シェフシエラが作ってくれたんだ」

「本当に色々なソルシエラがいるのね。ふふ、味が気になって来たわ」

 

 そうして、ソルシエラがソルジュースを手に取ろうとしたその時だった。

 

「っ!?」

「地震!?」

 

 水族館が大きく揺れ、建物が軋み音をあげる。

 水槽の中の魚たちは怯えたように、岩陰へと隠れ消え去ってしまった。

 

 手渡されようとしていたソルジュースは地面に落ち、その中身を床に晒している。

 ガーデナーはそれを見て悲し気に顔を顰めたが、一方でソルシエラは既に戦闘に備えて大鎌を召喚していた。

 

「私たちが悲哀の根城に乗り込んだように他のソルシエラが来た可能性が高いわね。早く合流しましょう」

「あ……うん」

 

 走りだしたソルシエラの後ろをガーデナーが追う。

 

 握る事が出来たはずの手が、まるで定められた運命であるかのようにすり抜けていく。

 それはまるで、この先のソルシエラという少女の運命を暗示しているかのようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ああ、可哀そうに……。こんなタイミングで邪魔が入るとは。ソルシエラは誰にも本音を話せず心を開けないんだ……。というか、マジで何? 美少女のジュース飲めなかったんだけど。後で戻って啜らなきゃ』

『我の所にクソヤバ料理運ばれている最中なんじゃが。既に眷属を通して食べた者の結末を見ているんじゃが!? 我、あんなもの食べたくないのじゃ! いちごの乗ったケーキとかパフェとか、赤子の臓物とかが良いのじゃー!』

『まだ祠の怪物成分残ってるんだね赫夜牟君』

『おいカメ、勝手にキッシュのレシピ授けただろ! 私の開発した媚薬ジュースレシピも天啓としてシェフシエラに与えろ! それが平等というものだねぇ!』

『おぉ……良い子のフードコートにそんな下劣なものは不要だ』

『水族館なんだから濡れても問題ないだろ!』

『おぉ、お前は出禁だ』

『不服だねぇ!』

 

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