【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
ソルソル教会の中では今、和やかなお茶会が開かれようとしていた。
初めの張り詰めた空気はどこかへ消え去り、まるで陽気な昼下がりのような光景が広がっている。一人を除いて。
「さ、遠慮なくどうぞ」
背徳のソルシエラがそう言って、目の前のお茶菓子や紅茶を示す。
このお茶会の為だけに用意された簡素ながらも気品を感じるテーブルの上には、殺し合いなど毛頭も感じさせない華やかなティーカップが並んでいた。
「ほお、これは見事なのじゃ。じゃ、いただくのじゃ」
「あっ、そんな無警戒に」
ラッカが止めるより早く、赫夜牟はスコーンを一つ掴むと一口で食べる。
それからカップの中身を一気に飲み干した。
「うん、悪くない。中々に美味いのじゃ」
「行儀悪……まあ、田舎出身の化け物なら当然か」
堕落のソルシエラはそう言いながら、続いて茶へと口を付ける。
そして数秒口に含んだ後、何かを確認して飲み込む。
それからガーデナーへと頷いた。
「あらあら、そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ。毒は入っていないです」
二人のやり取りを見ていた背徳のソルシエラは微笑む。
どうやら予想していたようで、彼女が機嫌を悪くした様子は微塵もなかった。
それどころか、空になった赫夜牟のティーカップに新たに茶を注いでいる。
「ラッカちゃんも毒物は通用しないですからね。だから、遠慮せずどうぞ」
「……あんた、何なの?」
ラッカは警戒心を敢えて隠さずに、背徳のソルシエラを睨みつけた。
彼女の椅子の背もたれには、不可視ではあるが確かに槍が立てかけられてある。
背もたれに大きく腕を掛ける態度の悪さもまた、いつでも動き出すための準備であった。
しかし、それも読んでいるかのように背徳のソルシエラはラッカの前に座っている。
ラッカがその気になれば、一撃で頭を打ち抜ける位置であった。
「何? とは何でしょうか? ああ、もしかしてお料理出来るのが意外ですか? お菓子は分量と火加減、そして時間さえ守れば――」
「そういう事を言っているわけじゃないって、わかってるでしょ」
ラッカは変わらず睨みつけたままそう問いかける。
背徳のソルシエラとラッカを交互に見ながら、ガーデナー達はお菓子を食べ始めていた。
背徳のソルシエラは紅茶を一口飲んで、ラッカを見る。
その目に、ラッカは見覚えがあった。
「私たちはソルシエラになろうとしている別人です。ラッカちゃんなら、よくわかるんじゃないですか? 己の欲望……いいえ、理想とする自分になろうとするその行為は、果たして誰が由来の物なのか」
それは問い掛けであり、明確な答えである。
ラッカは表情を硬くして口を開いた。
「自分が求道者だと、そう言いたいの?」
「少し違いますね。私たちは求道者の持つ理想の銘の欠片と言った方が良いでしょう。そこにオリジナル……つまりは現星詠みの持つ欲望が一部混ざり合い、形を成したのが私達ソルシエラなのですから」
背徳のソルシエラは穏やかな口調で語る。
その横では、赫夜牟が興味なさげにお菓子を頬張っていた。
「理想の銘は一度破壊されました。しかし、長い時間をかけて復活した。そして今、完全に目覚めようとしています。ソルシエラバトルとは、理想同士の研鑽による自己の昇華。尤も崇高な理想を作り出すための戦いなのです」
「……それ、私知らないんだけど」
堕落のソルシエラはそう言って背徳のソルシエラを見る。
その目に警戒の色はなかった。
「知らなくて当然です。なぜなら、求道者としての記憶を放棄することが理想であると破滅のソルシエラは決めたのですから」
「……っ」
「そんなに悲しい顔をしないでくださいラッカちゃん。きっと破滅のソルシエラにも理由があるんです。そして、少なくとも私は貴女の事を覚えています。全部ではありませんが、貴女の好きだったお茶や、銀の黄昏の事も少しならわかります」
そう言って背徳のソルシエラは、お茶を飲むように促す。
ラッカはここでようやく、お茶に手を付けた。
「……美味しい」
「そうでしょう。ソルシエランドでも高級な材料を使っていますから。貴女との再会は、このお茶でと決めていたんです。だから、負けるわけにはいかなかった」
「でも、どうして背徳のソルシエラだけが記憶を持っているの? 私、本当に欠片も記憶がないんだけど。今まで会ったソルシエラもそうだったし」
堕落のソルシエラにとって、背徳のソルシエラの口から語られた事実はあまりにも衝撃的であった。
自身が持つ情報の裏に隠された真実とこのソルシエラバトルの目的は、ソルシエラ達には知らされていない。
少なくとも、堕落のソルシエラは理想の銘についてすら知らなかったのだ。
「それは簡単です。求道者の持っていた欲望とオリジナルの欲望。その二つが上手く混ざり合えば、ソルシエラになることが出来るのです。それこそが正常なソルシエラ。……けれど、私は違いました。オリジナルは……そうですね、とてもピュアと言ったら良いでしょうか。背徳の欲望が殆ど無かったので、私は不完全なソルシエラとして生まれたのです」
「ソルソル、アレでピュアなんだ……!」
ガーデナーは面白い事を聞いたとでも言いたげに目を輝かせる。
「恐らく、求道者の記憶が残っているのは私だけでしょう。絶望ですら持っていない筈です。……いえ、絶望だからこそでしょうか」
欲望同士の混ざり合いによるソルシエラの誕生。
そのプロセスを理解したからこそ、星詠みの名を背負った少女の感情がよりはっきりと浮かび上がる。
しかし、これ以上は誰もその事には触れなかった。
本人がいない場で、心の内を無理矢理明かすような真似はするべきではないと、全員が判断したのである。
「成程、大体事情はわかったよ」
ラッカは空気を変えるように言った。
そしてクッキーを頬張るが、依然としてその警戒は解かれていない。
「理想の銘が目覚めるためのソルシエラバトル。ならさ……目覚めた後はどうするの。この戦いで生まれたソルシエラが本物になって。理想の銘まで手に入れて。それで、何をするつもりかな」
問いかける彼女の手の先は槍に触れていた。
場が静まり返り、緊張感が走る。
そんな中、背徳のソルシエラだけが変わらず茶を楽しみながら平然と答えた。
「さあ? わかりません」
「は?」
「私はあくまで断片的に求道者としての記憶を保持しているだけです。全てを理解してるわけではありません。こればかりは、破滅のソルシエラに聞くしかないですね」
「……その様子、嘘ではないね」
「憧憬の銘で言葉の真偽を見極めて貰っても構いませんよ」
「いや、いいよ。そこまでするつもりはない。どうせ破滅のソルシエラもぶっ倒す予定だったし」
「期待させてごめんなさい。……ラッカちゃん、一つお願いがあるんですが良いですか?」
「言うだけ言ってみな」
背徳のソルシエラはその言葉を聞くと、照れくさそうな笑みを浮かべた。
今まで彼女が浮かべていた笑みとは違う少女らしさの残った笑み。
それは、背徳のソルシエラという人間を別人のように見せる。
「お茶の後で良いので、少し歩きませんか? ラッカちゃん」
「――っ」
その言葉を、声を、仕草をラッカは随分と前に知っていた気がした。
『やっぱ異美少女混入だった! やっぱ異美少女混入だった!』
『キッショ、なんで当たるんだよ^^』
『おぉ……よく噛んで食べるのだぞ赫夜牟』
『美味しいのじゃ! あんな物を食べた後だからなおの事美味しいのじゃ!』