【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
「――ありがとうございます、ラッカちゃん」
湖畔を歩きながら、背徳のソルシエラは振り返ってそう言った。
お茶会は和やかに終わり、二人は今ソルソル教会から少し離れた場所にある湖畔を歩いていた。
ラッカの手にはいまだに槍が握られている。
しかし、振るうつもりはないのか肩に担いでいた。
「別にいいよ。あんな話を聞かされた後に断る訳ないし」
「それは良かったです。この湖は景色がとても綺麗でお気に入りの場所なんです。勇猛や加虐に襲われてもなんとか守ることが出来ました」
「……よくその二人を相手に勝てたね。背徳とかいう弱そうな名前の癖に」
「ふふ、人は見かけによらないという事です。私の権能は相手の意志への干渉なんです。特に、相手がやってはいけないと思っていることをやらせることが得意なんですよ。例えば、私を倒そうとすればするほど、その逆の行動をとりたくなってしまいます」
「……つくづくお前が対話できる奴で良かったと思うよ」
赫夜牟や堕落のソルシエラの異常の理由を知り、ラッカは深く息を吐く。
少なくとも、現在の手札で殺せる相手ではない事は確かだった。
「……ねえ、ラッカちゃん」
「何」
「この散歩の間だけは、求道者って呼んでくれませんか?」
「……っ、なんでだよ」
歩調を緩めて、背徳のソルシエラはラッカの隣に並び立つ。
そして「駄目ですか?」と期待に満ちた目で問いかけた。
「……あの子はお前みたいにナイスバディじゃない。それに身長も私より小っちゃいよ」
「だからこそ、私はこうなったのでしょうね」
話を逸らした事に気が付いても、背徳のソルシエラは微笑みと共に穏やかな答えを返すだけであった。
それが余計にラッカの心をざわつかせた。
「なんで私と二人きりになりたかった? まさか本当に散歩に付き合わされるわけじゃないよな」
「あら、それはお嫌いですか?」
「求道者が私を散歩に誘う時は、基本お悩み相談がしたい時だった。博士がうるさいとか、指揮者ともっと仲良くしたいとか……決まってあの子は私に相談した」
「今みたいに?」
「そう。だから、何かあるんだろ」
ラッカの言葉に背徳のソルシエラは嬉しそうに頷いた。
「流石はラッカちゃんですね。私、感動しました」
「いいから本題に入れよ」
「その前に、いくつか知識の確認をしても? この記憶がそもそも植え付けられた偽物の可能性もあるので」
「好きにしたら? ていうか、私が嘘つくかもね」
「ラッカちゃんはそんな事しませんよ」
「……お前に何がわかるんだよ」
吐き捨てた言葉を微笑みで返して、背徳のソルシエラは己の記憶の断片を口にした。
「女王の棺は、銘の種を人々に植え込む装置である。この知識は合っていますか?」
「いきなりぶっこんでくるなお前。合ってるよ」
「成程、成程。では、その機能に耐えきれる人間が一人もいなくて女王の棺が凍結処分されたことは?」
「それも合ってる。私達銘持ちも試したけど、あれクソ痛いだけで何も貰えなかったわ。二度と入らねえよあの棺の中。求道者と指揮者泣いてたし。博士吐いてたし」
「……その時、教授はやせ我慢して余裕ぶって紅茶を飲もうとして、痛みで錯乱した結果ティーポットから直接お茶を飲んでいましたね?」
「もうその記憶が本物なのわかったからやめてよ恥ずかしい。改めて言われるとすっごいアホグループみたいじゃん、銀の黄昏」
「私は好きでしたよ、銀の黄昏」
背徳のソルシエラはそう言うと、空を仰ぎこう問いかけた。
「……求道者はどのように死んだのですか?」
ラッカはすぐには答えなかった。
両者の間を風が吹き抜ける。
しかし、それを答えと出来るわけがない。
背徳のソルシエラはラッカの横顔をじっと見つめて答えるのを待っていた。
ラッカは一度も目を合わせずに、陽光にきらめく湖畔へと視線を移す。
そして、ゆっくりとわざとらしく勿体ぶってから口を開いた。
「教授に殺されたよ。理想を殺せるのは信奉だけだから」
「……そうですか。やっぱり、教授が」
「そこは覚えてないんだ」
「はい。私の記憶は第五の天使で止まっています。ただ、納得しました。あの時点で既に銀の黄昏は二つに分裂しかけていましたから。――女王の棺をめぐって」
「嫌な事思い出させるなよー」
小石を蹴ってラッカはため息を吐く。
他の小石に当たって跳ね、水の中へと落ちたそれを見ながらラッカは言葉を続けた。
「第六の天使を倒した後、最後の厄災が降臨した。私たちは戦ったけど、駄目だった。一歩及ばず勝てなかったんだ。だから、博士と講師が用意した第二プランへと移行した」
「……
「そう。女王の棺となってしまった博愛のソルシエラを蘇らせて反撃する起死回生の一手だ。そのために世界の時を凍結させていざ計画実行! ……するまでは良かったんだけどなぁ。強硬派と穏健派でなぁ……」
ラッカは当時の光景を思い出しているのか、眉間に皺を寄せて無意識に槍を強く握っていた。
「博愛のソルシエラを半ば崇拝していた教授、博士、学者は他の位相次元に存在する人類を完全に道具扱いして計画を無理矢理進めようとしていた。確かにその方が進捗は良いんだけど、それで博愛のソルシエラが蘇って喜ぶかって話。だから、私たち穏健派は道具ではなく同じく天上の意志に抗う仲間として共に戦う道を選んだ」
「求道者はラッカちゃんの仲間だったんですよね」
「当然。教授に対抗できる奴なんて、私か求道者しかいないからね! まあ、私以外皆教授に殺されたけど! あいつヤバすぎ!」
カラカラと笑ってラッカはそう言った。
「女王の棺は勝手に星詠みの杖に改造されるわ、銘は奪われて管理されるわでもうボコボコよ。……だから、こうして理想の銘にまた会えたのはすごく嬉しい。それもまさか星詠みの杖を手に入れた状態だなんて、あまりにも私にとって都合がよすぎる」
「もしかしたら、求道者はそれを狙っていたのかもしれませんね。……うん、なんとなく私のやるべき事がわかりました」
「へえ、何かな」
背徳のソルシエラはラッカへと両腕を広げる。
そして笑顔のままこう言った。
「私を殺してください、ラッカちゃん」
「……は?」
「私が復活を拒否すれば、そのまま死ぬことが出来ます。そうすれば、ソルシエラを殺せるという逸話が貴女の中に生まれる。絶望も破滅も殺せます」
「……自分が何を言ってるのかわかってる?」
「勿論です。ソルシエラバトルは星詠みという新たな力を吸収し理想を一から作り直す儀式。そうして作り上げられた新たな理想は今度こそ教授を倒せる筈です。なら、私がするべきことは少しでも早くソルシエラバトルを終わらせること。ですから」
背徳のソルシエラは、一歩更に近づく。
そして断片的な記憶を頼りに、ラッカにとって見覚えのない笑みを敢えて作りあげた。
「さあ、私を殺してください。桜庭《さくらば》ラッカ」
■
一方その頃、ソルソル教会に残されたガーデナー達はというと。
「うまっ、このケーキうまっ!」
「お菓子もあるしゲームも出来るし最高の環境だ。ダルくないな。……あいつも私たちの仲間にしようガーデナー」
「お菓子美味いのじゃ!もっと寄こすのじゃ!」
「あっ、おい赫夜牟! それ私のお菓子――」
和気あいあいとお菓子を食べ続けていた。
それは絶対に警戒しなければならないという三人の意志が背徳の権能により逆転した結果である。が、それは偶然にも彼女達に必要な休息を与えていた。
ソルシエラバトルが始まって久方ぶりの心からの休息の最中、教会の扉が大きな音を立てて開かれた。
見てみれば、赤いポシェットを肩から下げた兵士エラが息を切らしている。
「……あれは、悲哀のソルシエラの所のやつか」
「そんなに急いでどうしたの? こっちでとりあえずお茶でも飲みなよ」
「だ、大丈夫、ですっ。それよりも――」
兵士エラは三人へと残りの力を振り絞ってこう叫んだ。
「オリジナルが、一人で絶望のソルシエラの所に向かいました!」
『『『な、なんだってー!』』』
『いや、お主ら知ってるじゃろ』