【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第390話 7‐12 背徳の星、地を照らせ

 それは、ケイにとって初めての事だった。

 

 自身に価値を見出せない少女に、果たして目の前のガーデナーはどう映ったのか。

 少なくとも、その心中は穏やかではなかったことは確かだ。

 

「……なに、それ」

 

 ケイは声を絞り出して、ガーデナーの手を払う。

 小さな手はガーデナーの手を強く叩き、劇場に小さく音が響いた。

 

「そんな都合の良い言葉を吐くためにここに来たって言うの!?」

 

 これはケイにとって、処刑のつもりであった。

 自身の人生を見せ、その結末を知らしめる。

 そうすることで那滝ケイという少女の人生がいかに愚かで罪深いものかを証明する、そのつもりだったのだ。

 

「見てわかったでしょ? 本当の私は、弱くて、醜くて愚かなの。ソルシエラとしての姿は、全部嘘。自分をさらけ出すのが怖かったの……!」

 

 あざ笑い、あるいは罵倒し、ケイという少女の価値を否定する。

 ただそれだけの事を、ケイは最期に望んでいた。

 

 だというのに。

 既に差し伸べた手を払われたというのに、どうして彼女はまっすぐな目でこちらを見つめているのだろうか。

 

「ソルシエラはいつも余裕そうに笑って。どんなことも知っていて、誰にも負けない。必死にそう取り繕ってきた。……でも、もう終わったの」

 

 教授に敗北したあの日、ソルシエラとして積み上げてきた全ては崩れ去った。

 原因など考えるまでもない。

 

「私が、皆に認められたいと思ってしまったから。ソルシエラという価値があれば、私を愛してくれると思ったから……」

 

 懺悔と共にケイは崩れ落ちる。

 既に彼女は限界だった。

 

 ソルシエラという立場により自身を覆い隠してきたからこそ、彼女はこれまでの辛い出来事を乗り越えてきたのだ。

 しかしそれも、このソルシエラバトルにより崩壊した。

 

 自身の中に秘めた欲望を晒され、誰かを救うはずのソルシエラが事件の中心に存在する。

 果たして、それはケイに耐えられる事だろうか。

 

「もう、嫌なの……。私は何も見たくない……」

 

 膝を抱え、視界を塞ぐように俯くと、ケイは啜り泣き始めた。

 もう、ケイはソルシエラとして取り繕う事など二度と出来ないだろう。

 彼女自身が、そう信じてしまっているのだから。

 

「ケイ……」

 

 蹲り泣くケイを見て、ガーデナーはもう一度手を差し伸べる。

 が、途中で何かを思いついたように、その手をケイへと乗せた。

 

「今まで、よく頑張ったね」

「……っ」

「だから、ここからは――」

 

 ガーデナーはケイをもう一度くしゃくしゃと撫でると、そのまま舞台へと駆けだす。

 そして軽々と舞台の上に飛び乗ると、大声で言った。

 

「私も一緒だから!」

 

 舞台の中心に立ったガーデナーは注目を集めるように両腕を広げる。

 しかし、変わらずケイは舞台を見ようともしない。

 

 そんな事、ガーデナーには想定済みだった。

 彼女はニッと笑うと、舞台に転がっていた木の棒を拾う。

 そして、見よう見まねで格好よく天井へと掲げて叫ぶ。

 

「私はスーパーミラクルご都合ガーデナー! 泣いている勇者姫を助けて一緒に世界を救う者!」

 

 舞台には、彼女の声だけが響く。

 それでもガーデナーは止まらない。

 

「よくも私の仲間を虐めてくれたな! 黒いライオン! お前なんか、私が倒してやる!」

 

 ガーデナーはそう言うと、黒獅子へと掴みかかる。

 そしてそのまま舞台袖へとズルズルと押して追いやった。

 

 黒獅子がいなくなりすっきりした舞台で、ガーデナーは満足そうに頷く。

 

「ふぅ」

 

 それから額の汗を拭って、ガーデナーは腰に手をやった。

 

「これでケイを虐める者はいなくなった! さあ、次はどいつだ!? 今のケイは一人じゃない!」

「……やめて」

「どんな敵でも私とケイでやっつけてやる! ケイは凄いし強いんだ!」

「……やめてってば」

「皆の為に強くなれるケイと、ウルトラギャラクシー無敵な私がいれば、誰だって怖くないぞ!」

「やめてって言ってるでしょ!」

 

 劈くような叫びが、ガーデナーの声をかき消す。

 いつの間にかケイは立ち上がって、舞台を憎々し気に見つめていた。

 

「もうやめて、全部終わったって貴女もわかるでしょ!?」

「終わりじゃない! 終わらせない!」

 

 ガーデナーは間髪入れずにそう返す。

 そして木の棒をケイへと突き出して、挑発するように笑った。

 

「そして貴女だって、まだまだ終わりたくないって思ってる。……違う?」

「……っ、うるさい」

「誰かに愛されたかった。認めて欲しかった」

「うるさい!」

「それって、いけない事なの?」

 

 ガーデナーは諭す様に言葉を紡ぐ。

 舞台は、変わらずガーデナーを照らしていた。

 

「ソルシエラとしての貴女が偽りだなんて、誰が言ったの? あのケイも、本物だよ」

「違う、強い自分を演じていただけっ」

「そうだね。でも、自分を演じない人なんていない。それは当たり前の事なんだ」

 

 ケイという少女の新たな一歩の為に、ガーデナーは言葉を告げる。

 

「貴女は、自分を愛していいんだよ。弱い自分も、臆病な自分も、素敵な自分なんだ。愛して、一緒に生きていいんだ」

「そ、そんなの……価値のない人間には」

「誰が価値がないなんて言った!」

「っ」

 

 ガーデナーは叫び、木の棒を再び天に掲げる。

 お遊戯会にしか見えないチープな光景だ。

 しかしその姿は、本物の勇者のようだった。

 

「貴女には価値がある! 私が断言するし証明する! もしもそんなふざけた事を言う奴がいるなら私がぶっ飛ばす! 先生と一緒にぶっ飛ばす!」

 

 木の棒を振り回しガーデナーはそう宣言する。

 根拠のない力強い宣言に、ケイは何も言えずに口を開閉する。

 

 そんなケイに、ガーデナーは優しい笑みを向ける。

 

「それに、私と同じことを言う人はきっと君の周りにもたくさんいるんじゃないかな」

「……そんな事はない」

「その間、誰かが思い浮かんだんでしょ。きっとその子は、貴女を愛してくれるよ」

 

 それは、蒼い髪の少女であった。

 それは、蛙を肩に乗せた少女であった。

 それは、それは、それは――。

 

 ケイの脳裏に浮かぶのは、今まで出会ってきた人々。

 何もなかった自分の手を引いて、陽だまりへと連れ出してくれた仲間達であった。

 

「……っ」

 

 けれど、だからこそケイは恐怖する。

 陽だまりへと連れ出してくれた理由が、ソルシエラだからだったとしたら。

 そう考えると、恐ろしくてたまらないのだ。

 

「……わ、わたし」

 

 再びケイは俯く。

 その脳内には、彼女を責め立てる声や失望したため息などが木霊していた。

 本当はそんなものがないとしても、今の彼女にとってはそれが現実である。

 

「やっぱり、私は……」

「ケイ、顔を上げて」

「っ」

 

 気が付けばすぐ目の前にガーデナーがいた。

 彼女はいたずらっ子のように笑うと、ケイの幼い体をひょいと持ち上げる。

 そしてそのまま舞台へと戻っていった。

 

「よっと」

「お、降ろして!」

「いいよ、はい」

 

 ガーデナーはケイを降ろす。

 しかし、その手は握ったままだ。

 

「……っ、離して頂戴」

「嫌だね。どうせまた端っこに行っていじいじするんでしょ? 少しだけわかったよ、ケイの事」

 

 余裕そうな笑みは不安の裏返し。

 強気な言葉は恐怖の表れ。

 

 ケイという少女の本質は、自分を愛することが出来ない臆病な人間なのだ。

 そしてそれは、多くの不幸と因果により最後まで直ることはなかった。

 

 だからガーデナーは、自らその役を買って出る。

 少女が自分を愛せるように、少しだけ顔を上げて生きていけるように。

 

 一人で歩けるようになるまで、手を引いて歩くと決めたのである。

 

「ケイ、今の貴女は本物だよ。貴女の人生の全てが真実で、愛に溢れている」

「貴女に何がわかるのよ……!」

「わからないよ。ソルシエラの事は、このソルシエラバトルで初めて知ったから。だから、私は貴女に変な憧れもないし、助けられた恩もない。正真正銘、ただの友達として貴女を評価できると思わない?」

 

 それはガーデナーにだけ与えられた権利だった。

 

 同じ名を持つソルシエラ達では駄目だった。

 歪んだ思想と契約に生きる赫夜牟では駄目だった。

 求道者という存在を通して見ているラッカでは駄目だった。

 

 ただ一人、ソルシエラと一切の接点がないガーデナーだけが、この言葉を本物にする権利を持っていたのだ。

 

「いきなり全てを愛せ、なんて言わないからさ……少しだけ、自分を愛してみない?  足りない分は私が愛すから。貴女が周りの人の愛を受け取れるようになるまで、ずっと」

 

 結局のところ、これは一人の少女が自分を愛せるようになるまでの物語のほんの始まりに過ぎない。

 ガーデナーはそう信じていた。

 

「さあ、ここからだよ。ここから先は、貴女の為にある物語なんだから。願う事は全て現実になるし、たくさんの人に愛される。最高のハッピーエンドが約束されているんだ」

「……本当?」

 

 幼いケイは、不安げに見上げる。

 目いっぱいに貯めた涙が、ただこれだけの問いに勇気を振り絞った事を証明していた。

 

「うん、本当だよ。だからさ、ここからは一緒にいこう」

 

 手を伸ばし、ケイを抱き寄せる。

 幼い彼女は抵抗しなかった。

 

 代わりに、震える手を伸ばし。

 

「……ありがとう」

 

 静かに抱き返した。

 それが、今の彼女に出来る愛を受け取る唯一の方法だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ガーデナーとケイによる長いやり取りは、現実にしてみれば一秒もなかった。

 現実ではまさにガーデナーの拳がソルシエラの黒い鎧に直撃したところである。

 

 しかし、全ては完了していた。

 

「――おかえり、ソルソル」

 

 ガーデナーは口元に小さく笑みを浮かべる。

 そして、殴りつけたばかりのソルシエラを黒い鎧ごと抱きしめた。

 

 瞬間、鎧がまるで脆い砂のように崩れ落ちていく。

 暴れていた影の鞭も溶けるように消え去っていき、ガーデナーの腕に最後に残っていたのはソルシエラただ一人。

 

「ガーデナーちゃん!」

「先生お待たせ! こっちは大丈夫!」

 

 意識を失ったソルシエラを抱きかかえて、ガーデナーはピースサインを作る。

 そして、全員に聞こえるように叫んだ。

 

「ソルソルは救った! こっからは反撃だー!」

 

 最優先事項がクリアされ、全員の意識が一斉に絶望のソルシエラへと向く。

 誰よりもその言葉を待っていたツグノは、白衣の裾を掴むと大げさに振ってはためかせた。

 

「よーし、ならばお見せしよう! このアタシのプロフェッショナルなお仕事を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ガデソル……いいよね……』

『いい……』

『おぉ……最後までしっかり演技出来て良かったぞマイロード』

『あんなに真面目に説得してくれたガーデナーに申し訳ないのじゃ……。裏側はコレなのに……のじゃ……』

 

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