【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第394話 欠けた月、影に沈め

 片や星詠みとして暗躍していた者、片やネームレスとして影に生きていた者。

 その両者とは思えない程に、二人のやり取りは実に穏やかな物であった。

 

 食事を終え、ケイとトアの二人は散歩へと赴いていた。

 その少し後ろを、クラムとミズヒがついて歩く。

 念の為の警戒という形を取ってはいるが、彼女達の表情も緩んでいた。

 

「凄い。こんなに綺麗な場所があったんだね」

 

 周りを草花の壁に囲まれた庭園を、ケイは見回す。

 

 庭園は季節の理を忘れたかのように、あらゆる花々が同時に咲き誇っていた。

 春の桜が淡く花弁を散らし、夏の向日葵が黄金の陽を集め、秋の彼岸花が赤々と地を照らし、冬にこそ咲く椿が深い緋を宿している。

 四季は互いに混ざり合いながらも不思議な調和を保ち、風が吹けば花の香りが幾層にも重なり、目に見えぬ織物のように空気を染め上げていた。

 

「ミユメちゃんが、ダンジョンコア操作の一環で試作したんだ。とってもきれいだよね」

「うん、夢みたい」

 

 小道には落ちるはずのない花弁が絶えず舞い、地面には花弁が淡い絨毯のように敷き詰められている。

 辺りは静かで、花々そのものが囁くかのように風に揺れる音だけが聞こえていた。

 

「まあ、これはあくまでテストだからもうすぐ季節に応じた花に変わるらしいんだけどね。だから、これは今だけなんだ」

「そうなんだ。 ……すっごく綺麗だよ」

 

 ケイは咲き乱れる花を掌でそっと撫でる。

 指先に触れるたび蕾は小さく震え、瞬く間に開花して香りを放った。

 

「きっと、来年の春には一面がピンク色になるんだよ。そうしたら、皆でお花見に行こう!」

「あ……うん、そうだね。」

 

 明るかったケイの表情は、すぐに暗くなる。

 全てを喪失した自身を、ふとした拍子に改めて見つめてしまったのだ。

 

「ケイちゃん……?」

 

 俯くケイに、トアはすぐに気が付いた。

 それから、彼女が記憶喪失であったことを思い出して慌てて励まし始める。

 

「だ、大丈夫だよ! その頃には皆の事を思い出せる筈!」

「そうかな……? 皆、私に気を使って言わないようにしているけれど、記憶が戻る目途は立たないんだって。0号もそう言ってた」

 

 ケイは花へと顔を寄せ、トアから表情を隠す。

 それは、表情を見られないようにという彼女なりの精一杯の強がりであった。

 

「私は怖いんだ。皆に失望されちゃうのが」

「失望? そんな事しないよ!」

「……ごめんね、少し嫌な事を考えちゃってたかも。えへへ、恥ずかしい所を見せちゃった」

 

 ケイはそう言ってわざとらしく明るい声色と共に笑う。

 そして次に彼女が振り返ったその時、目は少しだけ赤く腫れている気がした。

 

「ケイちゃん……」

「大丈夫、きっと大丈夫だよね」

 

 彼女自身がその言葉を信じていない事は明白だった。

 それでも、否定すれば彼女の恐れる悲劇が現実になるような気がして、トアは力強く頷く。

 

「うん、大丈夫」

 

 それから、ケイの手をそっと握る。

 白く細い指先に、自身の指を絡ませるように握ったトアは、ケイを見てほほ笑んだ。

 

「皆、どんな貴女でも大好きだよ。だから、自分に何もないなんて思わないでね……? もしも嫌な事を考えそうになったら、美味しい物を食べればいいよ。そうすれば、きっと何とかなる」

「……ふふっ、トアちゃんは食べるのが大好きなんだね」

「そうかな……? 皆と同じだと思うけれど」

 

 それだけは絶対にない、そう言いたかったケイだが、ぐっと堪える。

 そして代わりに手を強く握った。

 

「もう少しだけ、こうしていて良いかな」

「うん、勿論。じゃあ、このまま奥に行こうか。奥にはベンチもあるからゆっくりお花を見られるんだぁ」

「そうなんだ、楽しみ」

「……あ、こんな事ならサンドイッチ持ってくればよかった」

「ま、まだ食べるの……?」

 

 やや引き気味のケイに気が付かず、トアは満面の笑みで頷いた。

 

「うん! でも残念。拡張領域に入れた分は食べちゃったんだよね」

 

 トアはそう言って拡張領域に、取り敢えず手を入れる。

 何か、自分が忘れているだけでお菓子の一つでもないかと考えての行動だった。

 しかし、望みが叶う事はなく手は空を切る。

 

「……はぁ、なかった」

 

 残念そうに肩を落とすトアを見て、ケイはくすりと笑う。

 

「ふふっ、今度来るときは、何か持って行こう」

「そうだね。はぁ、こんな事なら補充しておくんだった」

 

 トアは心底後悔する。

 と、その時だった。

 

「――っ!」

 

 脳の奥で何かが弾ける様な感覚に突如襲われる。

 無理やり何かをこじ開けたような、その感覚は刹那の間にトアへとある景色を思い出させていた。

 

 瓦礫の山、煤の舞う空、焼けこげたアスファルトと、凍てついたビル。

 鳴り響くサイレンと怒号、そして慟哭する幼馴染。

 

 彼女達の目の前に広がるのは、大きな争いの後。

 その中心で倒れているのは、既に事切れた赤い髪の少女であった。

 

「――ミズヒちゃん!?」

 

 その少女が何者であるかすぐに理解したトアは叫ぶ。

 しかし次の瞬間には、辺りは穏やかな時間の流れる庭園へと戻っていた。

 

「トアちゃん、どうしたの!?」

「あ、え、えっと……」

 

 何があったのか伝えようか考えている内に、少し後ろで見守っていたミズヒが不思議そうに首を傾げながら近づいてくる。

 

「どうしたトア、毛虫でもいたのか?」

「探索者が毛虫にビビッてどうすんの。……あ、言っておくけどマーちゃんズに虫を食べる機能は無いから」

 

 二人はトアの切迫した声にもまるで緊張感を抱かずに笑う。

 それを見て、トアは心底安堵した。

 

「うん、何でもない。じ、実はお腹が減ったから何か持ってないかなぁって思っただけで」

「食いしん坊め、そんな事でミズヒを呼ぶなっての。ケイもびっくりしたでしょ?」

「うん。本当に大丈夫なの? トアちゃん」

「大丈夫大丈夫!」

 

 トアは笑顔を作ってケイの手を引いて再び歩き出す。

 しかしのその内心では、疑念が渦巻き始めていた。

 

(見た事のない光景だけど、アレは絶対に本当にあったことだ……!)

 

 確証はないが、確信がある。

 体験した事のない悲劇を、トアは覚えている。

 指先から血の気が引いていく感覚も、普段はお淑やかで冷静な幼馴染の感情剥き出しの叫びも、焦げた瓦礫の匂いも。

 全て、トアははっきりと思い出せた。

 

(……もしかして、私は本当にネームレスだったのかな)

 

 自分がネームレスとして活動していた、そう言われてもトアには今まで実感がなかった。

 周りがあれほど警戒するのだから、その可能性があるのだろう程度に考えていたのである。

 しかし、あの光景を経てトアは一つの事実に行き当たった。

 

(私がネームレスなら、ケイちゃんの記憶を奪ってしまったのも……私?)

 

 考えないようにする事は不可能だ。

 一度、そんな事を考えてしまえば思考は加速する。

 

 もしも自分がただ記憶を失っているだけで、本当にネームレスであるならば。

 こうして記憶を失った彼女の手を引き、都合の良い言葉を投げかける事はひどく気持ち悪いのではないだろうか。

 

 しかし、それを理由に手を振り払うのも憚られる。

 今、ケイが自分の手を強く握り、安堵しているのも事実だからだ。

 

(もしかすると、ヒカリちゃんとプロフェッサーみたいな関係だったのかも。早く、ミユメちゃん達に検査してもらわないと)

 

「こっちには何があるの?」

「さっき言っていたベンチだよ。白くて綺麗な屋根もついているんだ」

 

 二人は顔を見合わせて笑い合う。

  

 しかし、どちらもそれは心からの笑顔ではなかった。

 片や、記憶喪失による不安をかき消す様に。

 片や、自身が犯人である可能性から目を背ける様に。

 

「さ、行こうか」

「うん」

 

 二人の姿は庭園にとけ込み、あたかも花々と同じように『今』という瞬間を咲かせているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……これ、なんの記憶を思い出したのかこちらからはわからないねぇ^^ 上手くいってんのかこれ』

『大丈夫だ。微かに、共依存コンテンツの気配を察知した。トアちゃんの中で何かが変わったことは間違いないよ』

『カメ先生、赤子の骸骨ってトリムにプレゼントしたら喜ぶと思うのじゃ?』

『おぉ……プレゼント選びの前に、もう少し人間の倫理観について学ぶとしよう……』

『そうだぞ赫夜牟君。流石に今のは人外すぎる。トリムちゃんが泣いちゃうぞ』

『これだから田舎出身のメスガキは^^ 常識を学べ^^』

『一番言われたくないのじゃ』

 

 

 

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