【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
それが例え偽りであっても、二人にとっては間違いなく美しくかけがえのない時間であった。
庭園で、二人は笑い合い、他愛もない話に花を咲かせる。それだけの事が、今は掛け値なしに素晴らしい事の様に思えた。
「ああ、綺麗……」
ケイはふと、そう言葉を漏らす。
庭園の中央には、静かに佇む白い屋根があった。
四本の細い柱に支えられたそれは、まるで花々の海の中に浮かぶ小さな島のように、周囲から切り離された安らぎの空間を作り出している。
屋根は清らかな白を湛え、陽光を柔らかく受け止めて反射していた。
彼女達はその屋根の下、唯一あるベンチに隣り合って座っている。
その手は常に固く握られていた。
まるで、この手を離してはいけないとでも言っているかのように。
「ねえ、ケイちゃん」
トアは目の前を舞い散る花弁を見つめながら、名を呼ぶ。
「また必ず、一緒にここに来ようね。約束だよ」
「……うん、約束する」
二人はそれだけやり取りを交わすと、暫し沈黙する。
一見して純真な少女たちのやり取りであるが、その裏では不安や罪悪感など、多くの物が渦巻いていた。
だからこそ、こうして目に見える美しい花々と、言葉と言う楔で己に刻むのである。
漠然とした『大丈夫』を自分自身に植え付けるために。
しかし互いにそれを知る事はなく、今はただこの穏やかな時間が流れる事だけを願っていた。
■
というやり取りを、クラムは物陰からこっそりと覗いていた。
「私は理解者私は理解者私は理解者私は理解者……」
ぶつぶつと呟くその背中は、何故かいつもよりもしょんぼりしているようにも見える。
ミズヒは困った様に眉を顰めながらクラムへと声を掛けた。
「クラム、聞いているのか? お前の意見を聞かせてくれ」
「大丈夫、全然大丈夫。私もいつかはケイとここに来る予定だし。今、決まったし」
「おい、クラム」
ミズヒはクラムの肩を叩く。
やや強めに三度叩いて、ようやく彼女は呼び掛ける声に気が付いた。
「どうしたのミズヒ」
「お前の意見を聞かせてくれ。書庫で見つけた先生の「そんな事より、あのケイの顔を見て何も思わないの!?」……えぇ」
ミズヒは困惑して、ケイ達を見る。
ケイとトアはまるで古くからの友人であるかのように親し気に話していた。
時折その顔には笑顔が咲き、幸せそうに見える。
「……ああ、二人とも楽しそうだ」
「そうだね、楽しそうだね。でもそれだけじゃないよね」
クラムはそう言って再びケイを観察する。
それから「ほら」ととあるタイミングで声を上げた。
「私達の時は、表情を見てから笑うかどうか判断してるんだよあの子。どうにか私達に好かれようとしているんだ。でも、トアと話しているときは違う。安心が見える」
それは、リンカから学んだ付け焼刃の知識でしかない。
しかし、ケイと共にいた唯一の理解者であるからこそ彼女の心の内を見抜いていたのだ。
「ケイ……私じゃ駄目……?」
「……そんなに気になるなら、一緒に会話をすればいいだろう?」
「それは無理」
クラムは両手で×を作りながら振り返った。
「言ったでしょ、今のケイは私達に好かれようとしてるって。……きっと、今の自分には何も価値が無いと思っているんだ……」
「ケイ……そうか、わかった」
「ちょちょちょ! どこ行こうとしてんの!」
「今のお前も好きだと伝えるんだ。そうすれば、悩みは晴れるのだろう?」
「猪か!? ケイの心は今、繊細なんだよ!」
人吞み蛙たちと共にミズヒをぐいぐいと引っ張って、再び物陰に隠れる。
ミズヒが下手に動かないようにと、彼女の顔には人吞み蛙が一匹ぺったりと張り付いていた。
「何も見えない……」
「今、ケイが自分の内面を悟られたと知ったら、きっとすごく恐怖すると思う。……好かれようと頑張っているのに、それを指摘されるって酷だよ」
今のケイは、愛を得ようともがく子供のようである。クラムはそう考えていた。
今の自分にも価値はあると必死に思い込み、少しでも他者に気に入られようとするその姿は過去の彼女を知るクラムから見て非常に痛々しい。
「あんな事しなくても、私達はケイを見捨てたりしないのに」
「それが理解できないのだろう。彼女からすれば、私達は記憶を取り戻す事を望んで接しているように見えるのかもしれない」
「……だから、今はトアと話すのがいいんだ。あの子も一部だけど記憶を失っている。本来は理解できない筈の、自身の喪失による焦燥感をあの子だけは共有できるから」
それは一つの賭けでもあった。
もしかすると、二人は互いの傷を慰め合いながら底なしの闇に堕ちていくかもしれない。
それでも、今ケイの心に癒しを与えることが出来るのはトアだけだった。
だからこそ、クラムは自ら隠れてサポートに徹しているのである。
「あの子がもう少しだけ自分を信じることが出来るようになったら、その時は私がめいっぱい相手をしてあげるんだ……!」
「……そうか」
ミズヒは少し考えるようにしてから、再び歩き出した。
その顔に人吞み蛙が張り付いているというのに、その足取りに迷いはない。まっすぐにケイの元へと向かっていた。
「ちょ、ちょっと! てかなんで前見えてんだよ!」
「熱で相手の位置を感知している」
「そうだ、こいつSランクだった!」
ミズヒはずいずいと進む。
人吞み蛙たちと一緒にどうにか引き摺り戻そうとするが、力を込めたSランク相手には無力であった。
「どうして行くんだよ!? 私の話聞いてた!? 人の話をちゃんと聞け!」
「今のクラムには言われたくないな。……それと、私のケイに対する考えは違う」
ミズヒはそう言って、見えていないにも拘わらずクラムの方を向いた。
「私はミロク程、敏くはない。だから行動することにした」
力強く、ミズヒは言葉を続ける。
「今、ケイは自分を信じれないのだろう? だから、私たちがいつか見捨てると思っている」
「そうだよ、だから今はトアに任せるんだ」
「そうか。それも良いだろう。けれど、私は私を知ってもらう事にした。照上ミズヒはそんな事では嫌わないと。記憶が戻らずとも、見捨てることはないと理解して貰う。それが一番手っ取り早い」
自身に出来ることは全て試す。
それは物心ついた時から現在に至るまでミズヒの中にある決してブレない行動指針であった。
「ケイは今、立ち止まっているのだろう。なら、私の方から向かって手を引いてやる。そしてその手は二度と離さない」
ミズヒがやる事は昔から変わらない。
かつて、幼馴染が自らを差し出して自分達を救おうとした時、現在、そしてこれからも。
彼女は進み続けることで、他者を救う事を選んだ。
「私はケイに自分を知ってもらう。お前も好きにしたらいい。ケイを大切に思い、傷つけないようにするクラムの考えも正しいと思う」
それだけ言うと、ミズヒはその場に一片の焔を残して消え去る。
次の瞬間には、彼女はケイとトアの目の前にいた。
「うわっ!? ミズヒちゃん!?」
「わっ、び、びっくりした……」
「すまない。二人が楽しそうだったので混ぜて貰いたくてな」
「そっか、うん。私はいいよ! ケイちゃんは?」
「うん、勿論」
ミズヒはケイを見て軽く微笑む。
それを見たケイもまた、安堵した様子で少しだが表情が緩んだ。
ケイとトアの輪にミズヒが混じったのを見てクラムは複雑そうに顔を顰めた。
自分とミズヒ、どちらの行動も間違ってはいない。
そう理解したうえで、端的に言ってものすごく羨ましかった。
こういう時、クラムは自分の幼馴染のような猪突猛進さが欲しくなるのだ。
しかしそれでもクラムは動き出せない。
ここで動けていたらケイとクラムの関係はとっくの昔に大きく変化していただろう。
そんな主を見かねて、人吞み蛙たちは勝手に動き出しクラムをぐいぐいと押し始めた。
「ま、マーちゃんズ!? 謀反か!?」
どう見ても忠誠心故である。
人吞み蛙たちに背を押され、クラムはようやく決心したように顔を上げた。
「くそっ……私は理解者だぞっ!」
誰に宣言したのだろうか。
クラムはそう言ってから、ケイ達の元へと駆けだした。
『うんうん^^ 頑張って理解者になるといい。 応援しているよ^^ 星に手を伸ばす行為自体に罪はないからね』
『絶対に理解者にならない方が幸せな人生を送れるのじゃ』
『おぉ……全員が幼き命になれば解決なのでは……?』
『流石の我でもそれは狂ってるってわかるのじゃカメ先生』
『さ、皆さん次はソルシエランドに行きますよ。最終決戦です』
『『『はーい』』』