【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
第41話 地産地消と美少女
遊園地に突如出現した怪物によって巻き起こされた災害から、二日が経過していた。怪物の発生元、及び原因などは捜査中であり、最有力とされているのはダンジョンが遊園地内に出現してしまったという説であるらしい。
ネットでは、何やらいくつかの陰謀論が飛び交っているが、そのどれもが的外れだ。
「……馬鹿馬鹿しい」
リンカは、ネット掲示板のいくつかの書き込みを見て、そう吐き捨てた。
(今回の騒動で銀の黄昏が表舞台に引きずり出されるかと思ったけど、そんな事はなかった)
リンカは今、自由に病院内を歩いていた。
深夜という事もあり、廊下には彼女一人だけの影が映し出されている。
そう、彼女は自由だった。
拘束などされていない。
その理由はただ一つ、彼女がウロボロスだったと知られていないからだ。
今回の一件を、エイピス理事会はどうやら事故として片付けるようで、口止めの代わりとしてリンカには自由が与えられていた。
尤も、ただ一人の少女が真実を公表したところで信じる者など少ないだろうが。
(けれど、おかげでこうやってチャンスが出来た)
リンカは、ウロボロスとの融合の後遺症検査により一週間の入院を強いられている。
彼女がいる病院は、御景学園が運営をしている巨大な病院だ。
探索者のほかにも一般生徒や観光客も受け入れるこの病院は、有事の際に必ず動く。
遊園地で傷を負った人々もそこには多く運ばれており、そこには彼女の目的の人物も運ばれていた。
「ここだ――那滝ケイの病室」
扉の前に嵌め込まれた『那滝ケイ』というネームプレート。
それを見て、リンカは深呼吸をした。
(私の予測が正しければ、この向こうに彼が……いや、ソルシエラがいる)
那滝ケイが倒れる前の僅かなやり取りを観察していたリンカは、那滝ケイの正体について、ある仮説を立てていた。
それは、那滝ケイがソルシエラであるという一見すると馬鹿馬鹿しいものである。
しかし、リンカは自分の勘を疑わなかった。
それまで組織で培ってきた観察眼は、間違ったことがない。
呼吸、視線の動き、重心移動の癖、その他多くの行動がソルシエラと酷似している。
(なんか女の子っぽいんだよねー、動作が。あの顔だちだし、男装の可能性も充分にある。ミハヤが彼女の裸を見た時にどう誤魔化したのかはまだわからないけど。まあ、たぶん女の子ではあるでしょ)
那滝ケイは少女である。
その確信を、リンカは持っていた。
「……」
やがて、扉に手を掛けて静かに開く。
部屋の主がソルシエラであることを考えると勘づかれて攻撃される可能性もあったのだが、彼女の想定に反して、すんなりと中に入ることができた。
一人部屋の病室は、那滝ケイが一人で使うには随分と広い。
彼女が寝る前に開けたのだろうか、窓が開いて夜風にカーテンが揺れていた。
その窓から少し離れた位置にあるベッドに、どうやら彼女はいるらしい。
(……寝てるのか。丁度いい。今のうちに性別を確かめておこう)
ベッドのふくらみが上下している。
頭まで布団をかぶっているようで、顔は伺えないがそれが那滝ケイであることは呼吸のパターンから理解した。
リンカはそっと近づいていく。
そして、布団に手を掛けようとしたその時。
「――何をしているのかしら」
唐突に、そう言われた。
「っ!?」
声のした方を見る。
ベッドではない。
それは、窓際から聞こえた。
リンカが慌ててそちらを見れば、窓枠に腰を降ろしているソルシエラの姿。
「なっ、どうして……」
「なにか、おかしなことでもあったの?」
リンカが何を考えているのか、分かっているとでも言いたげにソルシエラは微笑んだ。
「っ、じゃあこの人は……」
リンカが布団に手を伸ばす。
その瞬間、ソルシエラは一秒とかからずベッドとリンカの間に割り込み、伸ばされた手首を握った。
「止めてあげて。この子、疲れているんだからそっとしておきなさい」
手首を掴まれたまま、リンカは壁に押し付けられる。
身動きを上手くとる事もできずに、壁に押し付けられてしまっていた。
「それとも、貴女は怪我人を無理矢理起こす様な人間なのかしら」
人形のように整った顔だちが、リンカを覗き込む。
身動きが取れない恐怖だろうか。
妙に高まる心臓の鼓動と共に、リンカは顔を逸らした。
「……別に、私はソルシエラに会いに来ただけ」
「そ。なら、私がお話してあげる。でも、ここじゃ起こしてしまうから移動しましょうか」
そう言って、ソルシエラはリンカの手を握ったまま、病室を後にした。
■
あっぶねー!
深夜女装~病院で物憂げな美少女ver~してるのバレるとこだったー!
『ギリギリだったねぇ。まあ、私としてはバレても構わないのだが』
構うだろ。
いやぁ、それにしてもまさかリンカちゃんが来るとは思わなかった。
俺は見回りの看護師さんとかが来ると思って偽装をしておいたのに。
『結果として、偽装は成功したんだから良いんじゃない? どう、私の魔法』
最高っす。
『ふふん、そうだろうとも。ベッドの中で規則正しく風を起こせば、まるで呼吸をしているように見える。流石私だねぇ。呼吸のパターンも君に合わせる徹底ぶりだ。こだわりが違うよ、こだわりが』
細部にこそ、魂は宿るからな。
流石俺の相棒だぜ、いえーい!
『いえーい!』
俺達は、意識上でハイタッチをする。
星詠みの杖によって、俺の女装ライフは最高な物に仕上がっている。
せっかく、病院にいるんだからここでもミステリアス美少女ごっこはしたかったし、検査入院も悪くないな。
俺、ショックで気絶しただけなんだけどね。
『普通はしないよ』
そっかぁ。
それにしても、ここからどうしようか。
俺は今、リンカちゃんと共に病院の屋上に来ていた。
ちなみに今の俺は女装なので、接触有罪である。
でも……ちょっと前まで美少女だったし、情状酌量の余地を……お慈悲を……!
『ならまた、スーパーミステリアス美少女タイムでもすればいいだろう。でも、限界はあるから気をつけてね』
アレなんか、身体からえげつない量の魔力を抜かれている感覚あるじゃん。
使いどころを考えないと。
というか、あんまり御景学園サイドとは関わりたくないんだよ。
俺のせいで何か変わったら嫌だし。
まあすでに、リンカちゃん生存っていう特大の変化があるんですけどね。わはは。
「――それで、私に何か用?」
関わるのは怖いが、既に関わってしまったこの瞬間は仕方がないね。
ミステリアス美少女タイムを骨の髄までしゃぶりつくそうと思います。
「貴女、何者なの」
「ソルシエラ。聞いたことくらいあるでしょ」
俺は屋上で柵に寄り掛かったまま、空を見上げて答える。
うーん、ミステリアス。
ここで俺の髪が程よく
『へい、風お待ちぃ!』
星詠みの杖の声と共に、リンカちゃんから見えない角度に生まれた魔法陣から丁度良い風が吹く。
俺は、髪をわざとらしく押さえつけて言った。
「ここは良い風が吹くのね。静かで、優しい風……あの頃を思い出す」
どの頃だろうね。知らねえよ。
「……貴女、過去に銀の黄昏にいたでしょ」
リンカちゃんは、決心したように俺にそう聞いてきた。
いや、違うが?
銀の黄昏って、クソヤバ組織でしょ?
いないよ、そんな所。
……いや、過去にそういう組織に所属していたほうが美少女か?
でも流石に銀の黄昏はやばいよ。
名前だしたら関り持っちゃいそうだし、無しでーす。
「さあ、何の事かしらね」
「とぼけるんだ。わかった、じゃあもうソレはいい」
マジ?
せっかく、オリジナル組織の存在をほのめかそうとしたのにぃ。
『それ、相棒にメリットないんじゃない?』
は? 組織にいるっていうステータスで美少女レベルが上がるからメリットありまくりだが?
『美少女レベル???』
困惑する星詠みの杖を放って、俺はリンカちゃんの言葉を待つ。
ほら、もっと俺にミステリアス美少女させてくれ。
「なら、質問を変える。貴女の目的は何」
来た!
俺は柵から身体を起こし、リンカちゃんを見据える。
同時に、風が強まり俺の髪をいい感じに揺らした。
「私の目的は、人類の救済。それだけよ」
「人類の救済……? 何を知っているの? 銀の黄昏の上層部も何かに備えていたのは知っている。一体、これからこの学園都市に何が起きるのかな」
「今の貴女に話をして、どうにかなる問題ではないわ」
なんか、原作のイベントでそういうの沢山あるじゃんね。
それの内のどれか一つだよ、たぶん。知らんけど。
「……そう、わかった。なら、那滝ケイから聞くことにする」
今まさに聞いてるわよ。
「どういうつもりかしら」
「あの生徒、本当は女の子でしょ。私の目は誤魔化せないよ」
「…………そうね。正解よ」
『え? 違くない? 嘘は良くないよ』
正解でいいんだよ!
むしろ、お礼言わなきゃだろうが。
美少女認定してくれてありがとうございますって。
『美少女とは言ってなくない? 性別の話じゃない?』
後に美少女になるんだからいいだろ?
変わんないって。
「呼吸のパターンや、歩き方、重心の移動が女の子だった。上手く隠しているようだけど、銀の黄昏で鍛えられた私の目は誤魔化せない。そして、その全てが貴女とそっくりだとも思った」
何この人やば……。
原作だとすぐ死んだけど、こんなに怖い人なの?
やっぱり御景学園ってやべえ奴しかいないんじゃ……。
「何が言いたいのかしら」
「貴女と那滝ケイ、一体どういう関係なの?」
「あの子と私の関係……」
うーん、これは困ったぞぉ。
これはどう答えても那滝ケイとソルシエラが別人として紐づけられてしまう。
いずれは、正体を明かしてフェクトム総合学園の未だ不在のミステリアス美少女枠に収まりたい。
なのだが、今は俺とソルシエラが同時に存在していると思われているせいで、矛盾が生じてしまう。
那滝ケイ=ソルシエラではない。
那滝ケイとソルシエラが関係者となっている。
これは面倒臭い。
ぐちゃぐちゃに絡まったスパゲッティみたいになってる。
ミステリアス美少女の関係性はスマートでなくてはならない。
はい、会議します。
集合!
『はーい』
星詠みの杖君、何かいい案はあるかな。
『前、浄化ちゃんにやった様に男装している美少女那滝ケイの設定を流用しよう。ソルシエラと那滝ケイが同時に存在している事実も、解決する術はある』
本当?
ソルシエラと男装美少女ケイが同時に存在できるの???
『任せたまえよ、私を誰だと思っている。私はデモンズギアだ。他のデモンズギアは少女の姿をとっているだろう? 契約者と少女がセットなんだ。後は、相棒ならわかるね?』
ッ!?
君と出会えたことに最大級の感謝を……!
つまり俺は今から、那滝ケイと契約しているデモンズギア本体のフリをすればいいんだな!
『言葉は、私が今から言う事をそのまま口にすればいい。何、大丈夫。君からミステリアス美少女の大まかな内容はラーニング済みだ』
あの、一つ注文とか……いいですか?
『言ってみたまえ』
百合の……地産地消がしたいです……。
ケイとデモンズギアの共依存ズブズブな百合が……。
『なんだコイツ……』
やっぱりダメ?
『いや、駄目じゃないけどさあ、うーん、君やっぱり頭がおかしいんじゃない?』
ああ、無理ならいいよ。
変な事頼んでごめんね。
そういうの、演算できないよね。
『は? 出来るが? まじ、やってやろうじゃないか』
星詠みの杖の自信満々な言葉に俺は胸を打たれる。
『百合だろぉ? それも、君がフェクトム総合学園に望んでいる綺麗なやつじゃなくて、もっとドロドロのやつ。デモンズギア舐めんな。そんなの余裕だが?』
素晴らしい。
質屋に持っていこうとした自分を殴りたいくらいだ。
『これで改心するのは複雑だがまあいいだろう』
よォし!
そんじゃあ、ミステリアス美少女の相棒のミステリアス美少女その2作戦行くぞォ!
『名前はもっとどうにかしてほしかったけどねぇ』
■
リンカの問いを受けて、ソルシエラは暫く黙り込んだ。
そして、嗤った。
「――いやぁ、素晴らしい観察眼だ。けど、一歩届かなかったねぇ」
雰囲気が、一瞬にして変わった。
今までの彼女が夜空に浮かぶ孤高の星であるならば、目の前にいるのは夜空の闇そのもの。
どこかミステリアスな雰囲気はあるものの、その根本から存在が違った。
リンカは理解する。
目の前の彼女は人間ではない。
「貴女、一体なに?」
「君のお友達にも、私と同質の存在がいるんじゃないかな? 確か……デモンズ計画の成功体第4号だったか」
「……ルトラの事? って事はまさか」
ソルシエラはにやりと笑って恭しく礼をする。
綺麗な動作だが、どうにも人を馬鹿にしている雰囲気があった。
「私とは初めましてだね。改めて、私は成功体第0号ソルシエラ。今は、彼女――つまりはケイと主従の関係にある」
「七体目のデモンズギア……!?」
「恐れる事はない、私に敵意はないのだから。君が変に勘づかなければ、このままマスターのフリをしてあげたのにねぇ」
そう言ってソルシエラ――0号は嗤う。
次の瞬間に彼女の姿は消え去り、背後から声が聞こえた。
「残念ながらマスターの意向で、人を襲うのは禁止されているんだ。だから、私とは友人として付き合ってくれればいいさ。そういうの得意だろう? 君のそばにも、一体いるのだから」
「ッ! ルトラは貴女とは違う!」
振り返り、そう叫ぶ。
0号は一瞬きょとんとした顔になったが、またすぐに笑顔を浮かべた。
「果たしてそうかな? 君は、先程まで話していたソルシエラを本物だと思っていたじゃないか。私の偽装だとも思わずに。その眼、節穴じゃないかな?」
「……っ」
「おやおや、可愛い顔が台無しだ。……せっかくマスターが救ってくれたんだから、感謝して生きると良い」
まるで相手にされていない。
ソレからすれば、少し揶揄ってやったぐらいの気持ちなのだろう。
「……どうして、彼女のフリをしていたの」
「君をマスターから引き離すためさ。マスターの事を探る野ネズミは私が追い払ってあげないと」
そう言って0号は、リンカの顔を覗き込む。
その表情が先程よりもずっと怖ろしく感じるのは、瞳に一切の光が宿っていないからだろうか。
「マスターには私がいる。私だけが味方で居続けることが出来る! ああ、哀れで愛しい私の主! どれだけ傷つこうとも、ただ一人世界の理に挑もうとする姿こそ、人が持つ本来の輝きだ……!」
うっとりした顔で、0号は空を仰ぐ。
その眼には、果たして星が映っているのだろうか。
「……貴女は、狂っている」
「そうかな。狂っているのはこの世界の方だと思うけどねぇ。まあ、今はどうでも良い事か」
そう言うと、0号はたん、と軽い調子で地を蹴った。
そして空中に召喚した魔法陣の上に着地すると見下ろして告げる。
「那滝ケイに関わるな。私が認めた人間以外と、マスターが関わることは許さない」
答える事は出来なかった。
(私には力もないし、救ってあげる事は出来ない。けど、アレを那滝ケイの傍に置いていては彼女の身が危ない)
それは那滝ケイが望んだ事なのだろう。
世界に反逆するための力として、彼女はソルシエラというデモンズギアを手に取った。
であるならば、それは彼女の意志であって、本来リンカが立ち入るべきものではない。
今までのリンカなら、大人しく関わるのを止めていただろう。
けれど今は違う。
リンカはもう、やりたいことを躊躇う少女ではない。
「――いつか、必ずあの子の力になる。ケイの隣に立ってやる。そして……お前以外にも頼れる人間が、友達がいるんだって教えてやる」
「……へぇ」
「今はケイの理解者を気取っていればいいよ。けど覚えておいて。――必ず、私はそこに行く」
空に浮かぶ女王を指さして、リンカはそう宣言をした。
0号はそれを聞いて、心底おかしそうに嗤うと同時に見下したまま吐き捨てる。
「驕るなよ、人間風情が」
「その人間に、お前はいつか負けるんだよ」
「それは人としての責務か、それとも助けられた事による負い目か?」
「違う。責務でも負い目でもない。私がそうしたいから、そうするんだ」
視線が交錯する。
ただ眼を合わせているだけにも関わらず、異常なまでのプレッシャーで手足は震えてしまう。
しかし、それでもリンカは眼を逸らさなかった。
そうして一体どれだけの時間が過ぎただろうか。
やがて、0号は嗤った。
「ハハハハハッ、面白い。なら、来るはずもないその『いつか』とやらを待つとしようか。少しは楽しませろよ、人間」
0号は真横に魔法陣を展開すると、その中へと消えていった。
その場を支配していた圧が消えると同時に、リンカは思わず床にへたり込む。
「はあっ、はあっ」
ただ目を合わせて会話をしていただけでここまで消耗するのであれば、完全に敵対したその時は果たしてどうなるのだろう。
リンカはそう考えて、咄嗟に頭を振って思考を止めた。
今のままでは敗北の未来しか見えないからだ。
「……今度は、私が助ける番」
それは果てしない旅路になるだろう。
しかし、リンカは決して諦めない。
(トウラクとミハヤにも相談しよう。ルトラだって協力してくれる)
今の彼女には頼れる友がいる。
それは他の誰でもない、那滝ケイという少女のおかげだった。