【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
全長百メートルを超える巨体は、このダンジョン主のものであった。
雄々しく吠える黒獅子型のダンジョン主は、今やその威厳を感じさせることはなく地面に崩れ落ちている。
踏み込むだけで大地を割る剛脚は根元に深い傷がいくつも刻み込まれており、鋼鉄を切り裂く鋭利な爪はまるでアルミ缶のようにひしゃげていた。
牙も、目も、山のような胴すらも、全てが存在を否定するかのように傷つけられている。
それらは全て、一人の少女によってもたらされた結果であった。
「……あー、疲れた」
黒獅子の亡骸にもたれかかりながら、ネームレスは疲労を呼気に込めて吐き出す。
その頬に飛び散った僅かな血が、滝のような汗に流され顎先へと伸びていくが、今の彼女には拭う気力もない。
そんな彼女の横では、真っ赤な髪をツインテールに結んだトリムが袋菓子を開けようとしていた。
「人間一人でボクを動かしているなら上出来だ」
「じゃあ、今の状態で教授に勝てる?」
「3割がいいとこだな。ボクは優秀だが、お前が駄目だ。まだまだ精進するといい。……ん、このお菓子も美味いな。お前、たくさん美味しいものを持ってて良いぞ!」
「ねー、美味しいものってマジ最高。私にも一口頂戴よ」
「いいだろう。ありがたく受け取れ」
「あーん」
トリムからお菓子を貰ったネームレスは、ようやくその眉間に寄った皺を解く。
食は彼女にとって栄養補給であると同時に心の拠り所でもあるのだ。
「はぁ……おいし」
モグモグと咀嚼するネームレスの目の前に、突然転移魔法陣が浮かび上がる。
やがてそこから姿を現したのは、ここ数日で見慣れた理事長であった。
今は金髪の女性となっている理事長は、この平野には場違いなドレスを身に纏っている。
その後ろには、これまた場違いなメイド服のソルフィがいた。
「どうかな、ネームレス。調整の方は」
「結構いい感じ。ダンジョン貸してくれてありがとね、理事長」
「構わないさ。それで、今日はもうおしまいにしたらどうだろう。無理は禁物だよ。トリムとの適合率を上げるために戦い続けることは間違ってはいない。しかし、それで教授と戦う前に倒れては意味が無いからね」
「……そうだね。じゃ、もう一戦だけして、今日は終わるかな」
「私は、もう終わろうと提案したのだけれどね」
理事長は呆れた様子で笑う。
しかし同時に、ネームレスが止まらない事は知っていた。
「精々が後三日ってとこでしょ、準備期間は。そのうちに、仕上げないと」
余計な口論で時間を費やす方が悪手であると判断した理事長は、すぐにダンジョン内へと自身の力を行使する。
それは、変容の銘がもつ権能の一部を利用したダンジョンの完全な調査だった。
「次の相手のご所望は?」
「人型。飛ぶ。剣を装備」
「教授だね、わかった」
最後の一戦として締めくくるにはあまりにも強大な敵が、ダンジョン内に主として作り出される。
空からゆっくりと降りてくる人型の影は、教授のそれに酷似していた。
「トリム、ラスト一戦だ」
「いいだろう。精々うまく使え」
トリムはお菓子の袋ごと口に放り込むと、発光と共に蒼い大鎌へと変化しネームレスの手の中に収まった。
「じゃ、始めよっか!」
獰猛な笑みと共に、ネームレスは再び強大な敵へと駆けだして行った。
■
庭園は夕焼けに包まれながら静かにその姿を変えていた。
昼間は鮮やかに咲き誇っていた花々も、橙の光を浴びることで深みを増し、影を引きながら淡く揺れている。
「あー、久しぶりに楽しかった」
クラムはそう言って、満足げに笑みを浮かべている。
石畳には落ちた花弁が散らばり、それらもまた夕陽に照らされて金や紅の欠片のように輝いていた。
少女たちはその小道を並んで歩く。
「また皆で来よっか。今度はお弁当をたくさん持って」
「ふふっ、それってお弁当が食べたいだけなんじゃない?」
「もう、ケイちゃんったら。そんな事はないよぉ!」
最初は遠慮がちだったケイやトアも、今は穏やかな表情を浮かべている。
どんな状況でも真っ直ぐであるミズヒと、人に合わせて柔軟に態度を変えることが出来るクラムという組み合わせが奇跡的に今の彼女達には最適だったのだ。
特に、記憶の無いケイに人吞み蛙は大ウケであった。
「ああ。今度は全員でな。ミロク達も誘ってやらないと拗ねるだろう」
「ミロク先輩も拗ねる事ってあるんですか……? 私と会話した時は凄く、大人な感じでしたけど」
「「拗ねる」」
幼馴染二人ははっきりと答えた。
過去に何度かそういう経験があるのか、二人の顔はやや面倒くさそうである。
「あいつは拗ねると面倒だ。前に拗ねたときは、三日三晩を三人で眠ることで何とか事なきを得たな」
「あったねそんな事。ミロクちゃん、あれで結構寂しがりやでもあるからさ。それで、頑固で仲間思い」
トアは頬をほころばせ、ミズヒの言葉に付け足す。
幼馴染である彼女からすれば、ミロクという少女はもはや家族のようなものであった。
――だから、彼女が自室で首を吊ろうとしていた時はひどく狼狽した事を覚えている。
「…………っ!?」
カチリ、と何かが噛み合う感覚と共にあまりにも不愉快な記憶と経験が脳裏に浮かび、トアは足を止める。
その額にはうっすらと汗が浮かび上がっていた。
「トアちゃん?」
ケイは不思議そうに首を傾げる。
「だ、大丈夫! 今日の夕飯の当番を思い出していただけ」
「真剣過ぎるだろ、表情が」
クラムの突っ込みに、トアは誤魔化す様に笑みを浮かべて近くにいたケイの手を掴む。
誰かの手を握っていないと、今は恐ろしく不安だった。
孤独がすぐ身近に存在している。そんな予感がするのだ。
「トアちゃん!?」
「ほら、夕日が見えたらご飯だよ! 帰ろう! ……あ、そうだ、今夜はミロクちゃんと一緒に寝る? さっき言ってたみたいに寂しがり屋だし。断ることはないと思うよ」
鮮やかな思い出と、綺麗なこれからで蓋をしてトアはソレから目を逸らす。
あんなものは存在しない。
してはならない。
自身の脳裏にこびりついたその光景を打ち消す様に、トアはケイの手を握ったまま駆け出した。
「行こっ、ケイちゃん!」
「あっ、おい私も手を繋ぐ! というか私が抱っこしてあげるよケイ!」
「え、ええっと、それは流石に……」
三人はきゃあきゃあと騒がしく橙の庭園を駆けていく。
その後ろ姿をミズヒは微笑ましそうに見つめていた。
「……」
ふとミズヒは振り返り、白い屋根とベンチがある庭園の中心を一度だけ見つめる。
そこには昼間の面影がまだ残っていたが、光は確かに夜の色へと変わりつつある。
何故かその景色に妙な寂しさを感じたミズヒは、何かに宣言するかのように言った。
「全員で、またここに」
風が吹き抜け、花の香りと共に、橙から紫へと移ろう空の気配が漂う。
少女たちの影は長く伸び、絡み合うように小径の先へ続いていく。やがて庭園の出口が近づき、花々のざわめきが背後へ遠ざかっていった。
その背中を、夕焼けに染まった庭園が静かに見送っていた。
『さあ、どう出るネームレス。俺の記憶喪失コンテンツはここからが本番だぞ……!』
『やっぱこれ何の記憶が復活したかわかんなくて不便だな^^ とりあえず、個人的には無垢シエラとトアの慰め傷舐め愛ックスを期待するよ^^』
『すぐそうやって濡れ場に繋げるの二次創作者の悪い癖だよ』
『おぉ、テム子よ見ておくのだ。これがマイロードという幼き命の生き様を学べる良いコンテンツである』
『もう十分に見せられてます……。というか、なんで魂がないのに体が勝手に……? そんな力、銘には無いはずなのに……え、あ、あなたは一体何なのですか……?』
『何なのって……ミステリアス美少女だけど』
『問いに対してまともな答えが返ってくると思ってはいけないのじゃ。流れに身を任せ、されど常識を失わないように意識せよテム子。でないと、気が狂うのじゃ』