【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
穏やかな夜の時間に、二人は身を任せる。
ティーカップから立ち上る湯気ごしに見るお互いの顔は、笑っていた。
クラムの話す内容はどれも面白く、決して飽きることはない。
ケイは相槌を打ち、静かに彼女の話す騒がしい青春へと耳を傾ける。
この瞬間だけは、嫌な事も忘れることが出来ていた。
そうして何度目かのクラムの話が終わりを告げた後、部屋が静寂に包まれる。
クラムは話題を選んでいる様子であった。
会話の合間に紅茶を飲み、ケーキをひと切れ口に運ぶ。
今まではそれが決まった流れだったが、今回は違った。
「ありがとうございます」
ケイは礼を告げる。
それはこんな素敵な時間を用意してくれたことに対して。
そして、自分のような空っぽの人間を未だに嫌いにならないでいてくれたことに対してだ。
自分の為に時間を割く。これ程に彼女が安堵し、同時に罪悪感を抱くことはなかった。
この時間を通して、ケイはクラムという少女がいかに自分を大切しているかを学んだ。
その動作、口調、話す内容など、それらは全て記憶を失ったケイに配慮されたものである。
ソルシエラではなくなったケイだが、その観察眼は今もなお健在。
それは意識することなくクラムの行動原理を見抜いていた。
「急にお礼なんて言ってどうしたの?」
「こんなに楽しい時間があるなんて思っていなくて。……クラムちゃんの話を聞いていると、なんだか昔の記憶が戻ったみたいで嬉しいんだ」
「そっか。でも、いちいち礼なんて言っていたら体がもたないよ? これからもずっとこんな時間が続くんだからさ」
クラムは得意げにウインクをして笑う。
大げさなその動作に、ケイも思わず頬をほころばせた。
そして、再びケーキを口に運ぶ。
「……?」
違和感にケイは小さく首を傾げてしまった。
今まで舌をほんのりと包んでいた優しい甘みが、より薄く感じる。
否、それはもはや無味と言った方が良いだろう。
柔らかな食感のみが口内に残り、まるでスポンジを齧っているかのような気持ちになる。
「あれ……」
ケイは不思議そうにケーキの断面を見る。
黄色いケーキはその甘ったるさを前面に押し出した見た目をしていた。
「ケイ、どうかしたの?」
「……ううん、何でもない」
ケイは曖昧に笑ってそう答える。
観察眼は健在。しかし、かつての自身の不調を隠せるほどの演技力は既に失われていた。
ましてや、ソルシエラの苦しみが綴られたノートを目にしているクラムの前ともなれば、騙し通すのは難しい。
「……もしかして、味を感じないの?」
日記にあった彼女の症状と今の様子から、クラムはすぐさま答えを導き出す。
その悲しそうな顔を見て、ケイは咄嗟に首を横に振ってしまった。
「ううん、美味しいケーキだよ! 別に何でもない」
「……そっか」
クラムは何かを考える様に少しだけ黙り込んでから納得する。
そして、自分もケーキを一口食べた。
「……うん、やっぱりヒカリのケーキは美味しいね! レモンをたくさん使ってるから、結構酸っぱいけどそれがまた食後の胃にすぅーっと染み渡るよ。あ、今更だけど酸っぱい物って大丈夫だった?」
「…………うん」
「今、この言葉が嘘か本当か悩んだでしょ」
「……っ」
クラムは肩肘をついて、全てを見透かしたように言った。
「ケイは目が良いからね。私が言っていることの違和感には気が付いた。けど、これがブラフかどうかまではわからない。……でしょ?」
クラムには卓越した観察眼も、ずば抜けた思考力もない。
しかし、ずっと見ていた少女の事だけはよくわかっているつもりだった。
特に、今の彼女に欺かれるわけにはいかない。
何度も星を取りこぼしたクラムが、その異常を見逃すわけがなかった。
「匂いはわかるの?」
「…………はい」
「そっか」
人吞み蛙達が、ケイのティーカップに新たな紅茶を淹れる。
今までよりもずっと優しく、穏やかな香りのする紅茶だった。
「……ごめんなさい」
沈黙の後、ケイはぽつりとそう呟く。
それは、自身の浅ましさへの謝罪であった。
嘘やごまかしはクラムに気を使ったわけではない。
その本質は、嫌われないようにという自分勝手な保身によるものであった。
嫌われないように、見捨てられないように、ケイはその外面を取り繕おうとしたのである。
「どうして謝るの?」
「だ、だって、私、嘘ついてクラムちゃんを……」
全てがバレたケイは幼い子供の様に狼狽する。
クラムは必死に言葉を紡ごうとするその姿を見て、息を吐いて立ち上がった。
「っ、ごめんなさいクラムちゃん!」
ケイは再びそう叫ぶ。
しかし、返って来たのは呆れた笑みであった。
「謝らなくていいっての……私を悲しませたくなかったんでしょ?」
「ち、違う。もっとズルい事を考えてた……嫌われたくなくて……だから、私……その……」
「あぁ、もう」
クラムは席から離れて、ケイの方へと向かう。
そして、ケイの後ろに立った。
「クラムちゃん……?」
振り返ろうとするケイを、クラムは後ろから静かに抱きしめた。
そして、優しく囁く様に告げる。
「ケイ。私も貴女に嫌われたくない。だからケーキを持ってきた。紅茶だって貴女が好きそうなやつを選んだ。前からずっと、貴女に嫌われたくなくて沢山の事を考えて、ズルをして、色々とやった。私も貴女と同じなんだよ」
そう言って強く抱きしめるクラムの手は、少しだけ震えていた。
「わかるよ。嫌われたくなくて行動する気持ち。自分に自信が持てなくて、不安になるよね。存在価値とか、意味とか考えちゃって。相手はそんな事を気にするような人じゃないってわかってる筈なのに、一人で考え込んでから回って落ち込んじゃう。……きっと、私たちは似た者同士なんだ。だから、出会えた」
初めて出会った時から彼女達は自分に嘘をつき続けていた。
片や自ら道化を演じ、友の無念を晴らそうとした。
片や星の輝きを纏い、弱い自分を覆い隠そうとした。
嘘と欺瞞が彼女達を出会わせ、そして絆が生まれたのだ。
それが歪であろうとも、今生きる理由になっているのならば、何を恥じることがあるだろうか。
「ケイ覚えておいて。仮にこれからどんなに貴女が嫌われて、世界の敵になろうとも私は……私達は貴女を愛し続ける。絶対に」
クラムは腕をそっと伸ばす。
そして、ケイの使っていたフォークを手に取ると、ケーキをひと切れ掬いケイの口の前に運んだ。
「食べて」
「で、でも味は……」
「匂いはわかるんでしょ? ほら、食べてみて」
「……」
ケイは、意を決したようにケーキを口に運ぶ。
「そう。いい子だね」
頭を撫でられる感触。
それからゆっくりとフォークが引き抜かれ、口の中に柔らかい感触だけが残る。
やはり味はなく、酷く空虚なものであった。
「……やっぱり、味は――」
告げようとしたケイの視界が突然暗くなる。
それが、クラムが手で目を覆ったのだと気が付くと同時に、耳元で声が聞こえた。
「これはね、レモンと蜂蜜のケーキなんだ。ヒカリが疲れている皆の為に作ったうんと甘いケーキ。だけど、それだけじゃなくてさっぱりとした酸味もある。じわぁって染みる様な甘さの後に、レモンの香りと酸味が舌先から広がっていくんだ」
丁寧に、刻み込むようにクラムは優しい口調で告げる。
その時ケイは本当に味を感じたような気がした。
ケイの様子から察したクラムは、再び頭を撫でる。
そして目を塞いだまま言った。
「私はどんな貴女でも大好き。もしも貴女が味を感じられなくなったなら、私がこうして教える。もしも貴女の目が見えなくなっても、私が手を引いてあげる。もしも貴女の耳が聞こえなくなっても、私が貴女の音になる。もしも記憶が戻らなかったとしても、きっと――きっと私が貴女の心を埋めてあげるから」
「……クラムちゃん」
「なんて、少し重いかな? でも、ケイが悪いんだよ?」
震える声で、しかしクラムは明るく言葉を続けた。
「今までもこうやってお互いの悪いとこもまとめて認め合ってたってのに、急に私を突き放すんだもん。今まで通り仲良くしようよ。嘘つき同盟としてさ」
そう言って、クラムは最後により強く抱きしめた。
エナジードリンクと花が混じったような不思議で優しい香りが、ケイを包み込む。
その香りは、不思議とケイを落ち着かせた。
「……なんだか、懐かしいかも」
「そう? そう思ってくれたらここまでした甲斐があるかもね」
「……クラムちゃん、もう一口いいかな?」
「勿論」
クラムは再びフォークでケーキを小さく切り分ける。
その間、ケイは目を隠され、口を小さく開けていた。
まるで餌を求める雛鳥のようだ、とクラムは思考の端で考えて、くすりと笑う。
「……どうしたの?」
「別に。星が綺麗だと思ってさ」
その言葉に、嘘はなかった。
『っ♥ ……っぁ♥』
『無垢シエラが耳元で囁かれると本体にダメージが来るんだねぇ。ギミックボスかな?』
『主殿ー! 気を確かにするのじゃ!』
『気は元から狂ってるんだよなぁ』
『おぉ……目隠しでフォークは危ないぞ……』
『マジレスすんな保護者^^』
『味覚を戻せばいい話では?』
『マジレスすんな見習い^^』