【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
トアがそれを記憶だと理解したのは、匂いや温度、景色の細部に至るまでをはっきりと思い出すことが出来たからである。
そして同時に、それが自分の物ではないこともわかっていた。
「楽しみだね! ゴルゴタの丘パフェ! 前のクレープも美味しかったし!」
「ふふ、そうだね。それにしても、各店舗ごとにゴルゴタシリーズがあるなんて、どういう商法?」
「きっと大食いコンプリート欲を掻き立てるためだよ。流石クローマ。食にも余念がないね……!」
昼下がりの街角、石畳の道を歩く二人の少女。
一人は陽光を浴びて輝く金髪の少女。
つまりは、月宮トアであった。
瞳は食べ物の看板を見つけるたびにきらめき、店先から漂う香りに「おいしそう!」と小さな声を上げる。
足取りは軽やかで、次々と視線を奪われては彼女の表情がくるくると変わる。
まるで食欲そのものが彼女を導いているようだった。
(あれ、私だ……)
特定の誰かの視点ではなく、俯瞰してその光景を見ているトアは自分の隣にいる少女を見る。
隣にいるのは、蒼銀の髪を持つ少女だ。
落ち着いた気配を纏い、彼女の騒がしいほどの食いしん坊ぶりを微笑ましげに見守っている。
その姿を見て、トアはすぐに彼女が誰かを理解した。
(ケイちゃん……!? 嘘、なんで……!?)
白い女子生徒用の制服に身を包んだ二人は、仲良くクローマ音楽院に訪れているようだ。
ケイは足を止めることなく歩調を合わせ、ときにそっと袖を引いて「こっちの道だよ」と導いていく。
その声は穏やかで、トアは安心したように頷いた。
やがて二人は小さなカフェに到着する。
その入り口前の看板には、嘘みたいなデカ盛りパフェの絵がチョークで可愛らしく描かれていた。
(アレがゴルゴタの丘パフェ……じゅる……)
思い出の中でトアは空腹に襲われる。
しかし、そんな事など知る由もなく二人はカフェの中へと入っていった。
扉を開けるとカランと小さなベルの音が鳴る。
外の喧騒とは切り離されたその空間には、焙煎された豆の香ばしい匂いと甘い焼き菓子の香りが漂っていた。
柔らかな木の色合いを基調とした内装で、壁には小さな絵画がかけられ、窓際には季節の花が挿された花瓶が飾られている。
そして別テーブルへと運ばれる冗談みたいな量のパフェ。
どうやらここは既に有名であるらしい。
そこそこ混み合っているが、それでも店内が静かなのはそれぞれが目の前の食に向き合っているからだろう。
記憶の中のトアと現実のトアは、同時にその光景に感銘を受けていた。
「……いい緊張感だね」
「そう思っているのトアちゃんだけだよ」
二人は窓際の席に腰を下ろした。
トアはメニューを開いた途端、瞳を輝かせて次々と指をさしながら「これも食べたい、あれも気になる!」と楽しげに声を弾ませる。
注文の段階ですでに店員を少し困らせるほどの勢いだが、向かいに座るケイは苦笑を浮かべつつ、メニューをぱたんと閉じた。
「まずはゴルゴタの丘パフェでしょ? それを食べてまだ余裕があったら他のも食べよう 」
ケイは静かにたしなめる。
その声色は落ち着いていて、まるで暴れ馬を優しく手綱で導くような穏やかさだった。
(こんな正論言われて恥ずかしいよ~! 自分じゃないのに、見た目が自分なせいで、すっごい嫌だ! ……っていうか、どうして私なの?)
トアが思考しようとしたその時、注文したパフェが届いた。
色とりどりの果実とホイップクリームが層をなし、ガラスの器はまるで宝石のように輝いている。
何よりも量がとんでもない。
ケイはそれを見て「うわ」とだけ発して、何も言わずに眉を顰める。
「やったぁ!」
(いいなぁ……)
トアは待ちきれずスプーンを突き立て、一口頬張ると「しあわせ~」と頬を緩め、椅子の背に体を預ける。
その様子をケイは紅茶をゆっくり口に含みながら見つめていた。彼女の仕草は優雅で、紅茶の香りを楽しむたびに、柔らかい微笑みがこぼれる。
「そんなに美味しい?」
問いかけに金髪の少女は大きく頷き、口元にクリームを付けたまま「分けてあげる!」とスプーンを差し出す。
その無邪気な仕草に、ケイは少し戸惑いながらも受け取り、小さな一口を口にした。
トアはそれを見てハッとして、周りをキョロキョロと見渡して囁く。
「今の私達、カップルみたいでいいね……!」
ケイは一瞬きょとんとしたが、すぐにふっと笑って囁き返した。
「もう付き合ってるでしょ、私達」
「それはそう。えへへ……」
(ゑ?)
二人の間に流れるのは、静かであたたかな時間。
その距離感はどう見ても友達のそれではない。
「借金問題も解決したし、これからはこうやって自由に出歩ける時間が増えるだろうね。トアちゃんは次に行きたい場所とかある?」
「次はゴルゴタの丘アイスを食べたい(迫真)」
「そ、そっか」
外の世界から切り離されたような空間の中で、笑いと落ち着きが交互に混ざり合う。
テーブルの上の甘い香りと共に、柔らかなひとときが積み重なっていった。
(な、なんだこれ……)
トアはそれを見ながら困惑する。
と、その時だった。
脳天を引っ張られるような感覚が体を襲い、周りの景色がシェイクされる。
そして次に視界に映ったのは、見慣れた部屋とミユメの顔であった。
「これ以上は危険なので、一度戻ってきて貰ったっす!」
「そっか……」
妙な倦怠感に、トアはため息をつき椅子の背もたれに体を預ける。
ミユメはその姿を横目に先ほどの実験で得られたデータを仮想キーボードで入力していた。
「それにしても、色々と呟いてたっすね」
「え?」
「パフェ、アイス、ラブラブ……その他多くの言葉をトアちゃんはうわ言の様に呟いていたっす。今、さっきのトアちゃんが見ていた景色映像に変換しているので待っててくださいっす」
「うん」
「ちなみに何を見たっすか? おおよその見当はつくっすけど」
ミユメは我慢しきれなくなったのかそう質問する。
トアは「あー」と言いたくない箇所を隠しながら言葉を選んで答えた。
「大盛りのパフェを食べた記憶かな」
「相変わらず食べるの好きっすね。私も好きっすけど」
(どうしてあんな記憶が……)
トアは深く思考に沈もうとする。
しかし。
(パフェ、食べたいなぁ)
空腹で上手く考えられなかった。
■
同時刻、星木の学園の一室にて。
ガーデナーとラッカ,そして赫夜牟はソルシエラに集められていた。
教壇に立つソルシエラは、平然として涼しい顔だ。
が、それを見ているガーデナー達は違った。
「ソルソル……この子は?」
ガーデナーが指をさすのはソルシエラの隣。
そこにぽつんと立っている幼い少女である。
黒いウェディングドレスには見覚えがあるが、どうにもその姿は件の破滅のソルシエラにしては幼すぎる。
「自己紹介、出来るかしら」
「あたりまえです」
ソルシエラの言葉にえへんと胸を張ったその少女は、腰に手をやって大きな声ではきはきと言った。
「わたしは、信愛のソルシエラ! ソルシエランドのかんりと、うんえいを任されました! みなさん、はくしゅして迎えてください!」
「「わー! パチパチパチパチ!」」
「ソルシエラはよく増える存在なのじゃ?」
こうして、今回の騒動最後のソルシエラがここに誕生した。
『いいぞ、テム子ー! おぉ!』
『うるさいです』
『テム子いいぞ。やっぱり真面目系背伸びロリにしてよかったよ。俺の眼に狂いはなかった』
『ずっと狂ってます!』
『そんなこと言って、演技上手だねぇ^^』
『私の存在がかかってるからです!』
『テム子……頑張るのじゃ……!』
『助けてください先輩。私の尊厳が、急速に崩れ始めています……』