【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第414話 照光と始まりの星

 

 夜の茶会が終わり、静まり返った部屋にはまだ紅茶の香りが微かに残っていた。

 二人で笑い合い、柔らかなケーキを分け合った時間が嘘のように今はただ時計の針の音だけが響いている。

 

「……」

 

 ケイはベッドの上に腰を下ろし、両膝を抱え込むようにして丸まった。

 窓の外には深い夜が広がり、カーテンの隙間から差し込む月光が、彼女の白い頬を淡く照らす。

 

「……楽しかったな」

 

 手のひらに残る温もり――それは、ついさっきまで隣にいた少女のぬくもりの残滓。けれど、触れようとしてもそこにはもう誰もいない。

 

 今まであった安堵は途端に消え、再び彼女の心を焦燥感と恐怖が覆い始める。

 

「……っ」

 

 小さく息を吐く。

 胸の奥に広がるのは、静かな空洞のような寂しさだった。

 紅茶の香りも甘い余韻も、今はただ彼女をひとりきりにするための背景に変わってしまっている。

 それはまるで彼女の今後を暗示しているかのようで不安になり、ケイは近くにあった枕を引き寄せ、抱きしめ顔をうずめる。

 

 額を枕に押しつけると、髪が肩に流れ落ち、月明かりにかすかに光った。

 その姿は、まるで静かな夜の中に置き去りにされた影のようで、あまりにも弱弱しい。

 ケイは何も言わず、ただ自分の鼓動の音だけを確かめるように、静かに身を丸めていた。

 

 それからどれだけの時間が経っただろうか。

 

「――ねてた」

 

 不安から逃避するように逃げ出したケイは、体の痛みで目を覚ます。

 どうやら膝を抱えたままの姿勢で眠っていたらしい。

 

 窓から見えていた筈の月はとうに真上へと昇り、今は星々がケイを照らしていた。

 

「……少し、散歩しようかな」

 

 誰かに宣言するかのようにそう呟いたのは、孤独を紛らわす為だった。

 ケイはベッドからおりると、わざとらしく軽い足取りで部屋を後にする。

 この部屋にいると、自分が何者でもない事を直視してしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 ケイはこの学園の構造をあまり把握していない。

 自室に食堂、そして庭園。

 

 それが彼女の今の生活範囲であり、全てであった。

 かつては全てを知っていたのだが、今となってはこの学園に初めて訪れたに等しい。

 

 それが嫌で、ケイは今知らない道を進んでいた。

 

「ちょ、ちょっと怖いな……」

 

 ボロボロの古びた校舎はどうにもホラー的な風情を感じさせる。

 かつては怪現象よりもずっと恐ろしいものを相手取っていた彼女は、今はありもしない幽霊の空想に少しだけ怯える少女になっていた。

 

「……クラムちゃんについてきて貰えばよかったかも。……いや、流石に迷惑だよね」

 

 ケイは自分に言い聞かせるように独り言をつぶやきながら奥へと進む。

 やがて、夜の風が鉄の匂いを運んできた。

 

「なんだろ、音がする」

 

 鉄同士がぶつかり合うような甲高い音や、何かが小規模な爆発を起こしたかのような破裂音が風に乗って聞こえてくる。

 ケイはその音のする方へと好奇心から近づいていった。

 

 彼女が向かった先にあったのは、月明かりに照らされた訓練場だ。

 

 整然とは程遠い溶接の跡が残る鉄骨、朽ちたコンテナ、ひしゃげた車のドア、廃材を組み合わせて作られた即席の壁。すべてが、手作業で積み上げられた無骨な要塞のようである。

 

 広々としたそのスペースに所狭しと並べられたそれらのオブジェの間を、二つの光が駆け巡った。

 その光を見て、ケイはすぐにそれが自分の知っている少女であることに気が付く。

 

「ミズヒ先輩とヒカリちゃん……?」

 

 ひとりは息を切らしながらも、何度も地を蹴り、崩れかけた鉄板の壁を利用して跳躍する。

 夜風に揺れる金髪の先が光を反射し、動きの軌跡を描く。

 間もなく彼女の背から3対の光の翼が出現し、辺りのオブジェへと放たれた。

 斬撃の度に空気が鳴り、鉄を切り裂く音の残響と混じり合う。

 

 もうひとりは少し離れた場所で、二丁の銃を構えている。

 引き金を引けば、そこからは焔が弾丸となって飛び出した。

 

 的の代わりに吊るされたタイヤが何度も揺れ、金属チェーンがガシャンと音を立てる。

 狙いは正確で、完璧にタイヤの中心だけを焦がしていた。

 二人の呼吸が、この廃材の迷宮の中に響いている。

 

 声を掛けるのを躊躇ってしまう程の熱気と集中に、思わずケイはその光景を呆然と見ていた。

 

「凄い……」

 

 汗が頬を伝って落ちた。

手を止めることも、言葉を交わすこともなく、ただ目で互いの存在を確かめる。

 やがて風が吹き抜け、鉄片がかすかに鳴った。

 

 廃材の訓練場は不格好で、危険である。

 それでも確かにこの学園で唯一と言って良い『強くなるための場所』だった。

 月光に照らされたその光景は、この荒廃した学園の中でなお生き続ける意志そのもののように、美しく静かだ。

 

 気が付けば、ケイは先ほどまで自身の心を覆っていた闇を忘れていた。

 

「……む、ケイか」

 

 存在に気が付いたミズヒが、銃を降ろす。

 その言葉を聞いて、少し離れた場所にいたヒカリも気が付いたようだ。

 

「ケイちゃんが来てるんですか? 今、行きます! トゥァッ!」

 

 跳躍したヒカリは翼をうまく使い空中で体をひねり、何度か回転しつつケイの前に降り立つ。

 片膝をつき、片腕を地面に突き立てた彼女は「決まりました……!」と何故か満足げだった。

 ケイはそれを見て、パチパチと小さく拍手をする。

 それにヒカリは満足げであった。

 

「それでケイ、こんな時間にどうかしたのか?」

「あ、いえ。ただ……眠れなくて」

「そういう日、ありますよね! 私も今日は眠れなかったのでこうして体を動かしまくってスッキリすることにしました!」

 

 ヒカリはそう言って更に翼を増やす。

 その顔は、どう見ても眠気が存在していない。

 

「良ければ、ケイも一緒にどうだ……と言いたいところだが、ここでケイを特訓に誘ったとバレたらミロクに何をされるかわかったものではないな」

 

 ミズヒはそう言うと、近くにあった廃材を焼き切り即席のベンチを作り上げる。

 そしてそれをケイの前に置いた。

 

「これに座ると良い。見ているだけでも、多少は暇つぶしになる」

「ありがとうございます。……ミロク先輩ってそんなに怖いんですか?」

 

 ベンチに腰を下ろしたケイは、好奇心から問いかける。

 すると二人は顔を見合わせて深く頷いた。

 

「ミロクはこの学園で一番意志が強い。強すぎて、一度大変なことになった。そんなアイツの言う事を守らなかったら……どうなるかわかるだろう」

「私とミズヒちゃんは一度、三日三晩モリモリ特訓をしていたら説教されたことがあります! でも、それも私達の事を思っての事なので私達はそれを甘んじて受け入れることしか出来ません!」

「そ、そうなんだ」

「あ、そうだケイちゃん! 来週、私がご飯当番の日にはゼリーをデザートにしようと思っているのですが、どうですか!」

「ゼリー……うん、楽しみ」

 

 ケイはそう言って笑う。

 これは嘘ではなく心からの言葉だ。

 食事における心配事は、クラムが既に片付けている。

 

 少しずつだが、彼女の持つ不安や焦燥感はフェクトムの少女たちにより晴らされていった。

 トアは似た悩みを持つ者として、クラムはケイの嘘すらも受け入れて、空虚な心を満たしていく。

 そんな二人と比べると、ミズヒとヒカリは非常に対極的であった。

 

「じゃあ、そこで見ていてください! 私達、今から模擬戦をするので!」

「存外、燃えてケイの方から参戦を願うかもな」

 

 そう言うと、ミズヒはケイの頭を撫でて訓練場の中でも開けたスペースにヒカリと向き合う形で立つ。

 

 そして同時に焔と光を放った。

 眩い二つの輝きがケイの瞳を照らす。

 

「……まぶし」

 

 誰かを照らす少女たちの輝きは、今のケイには少しだけ刺激が強い。

 しかし、それでも。

 

「綺麗だな」

 

 手を伸ばしたくなるくらいには、魅力的であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あっぶねー、このコンテンツ見逃すところだったかぁ。ギリギリセーフだな!』

『流石だねぇ^^ 私達がコンテンツを見逃すなんてあり得てはいけないからねぇ』

『おぉ……しかしヒカリは20時には寝るべきだ。もう既に零時を回っているというのに……おぉ……』

『どうして二つの世界を交互に観測して魂が焼き切れないんです????』

『慣れじゃ』

 

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