【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
ヒカリとミズヒの模擬戦はケイが記憶を失って初めて目にした戦いであった。
光翼で夜空を縦横無尽に駆け回るヒカリは、眩い尾を引きながらミズヒへとめがけて落下する。
対してミズヒは距離を焼却することにより、ヒカリの背後へと瞬間的に移動した。
「なんのっ!」
ヒカリはそれを予想していたかのように反転する。
そして光翼を槍のように束ねてミズヒへと放った。
流星の様に輝く光の槍が迫り、ミズヒは銃を構える。
そして焦ることなくその引き金を一度だけ引いた。
焔と光が空中で激しい爆発を起こし、黒煙が巻きこる。
「うわっ」
戦いを見物していただけのケイがそれを見て一番驚いていた。
音と振動にびくっと肩を震わせたケイの目の前で、ヒカリが黒煙から飛び出して地面に落ちる。
地上で二転三転と転がった彼女は、光翼を蜘蛛の脚の様に扱い地面へと叩きつけるとその勢いを利用して立ち上がった。
「まだまだ!」
「いいや、これでおしまいだ」
顔を上げた先には銃口。
そして背後には蛇のようにヒカリを囲もうとしている焔があった。
「……成程」
ヒカリはその焔とミズヒを交互に見て、フッと笑う。
やがて余裕そうな表情から一転、目をぎゅっと萎めて両手を上げた。
「負けました! 完敗です!」
「では、今日は20戦19勝1敗で私の勝ちだな」
「うぅ、また負けてしまいました……ミズヒちゃんは凄いですね! 」
ヒカリは惜しみない賞賛と共に拍手を送る。
それを見て、真似る様にケイも小さく拍手を送った。
「しかし、一度負けてしまった。Sランクの肩書を持つならば常勝でなくてはな」
「ふふん! そう簡単にはいきませんよ? ソルシエラ・ブライト以降、私の異能は各段にパワーアップしました。次は私が勝ってしまうかもしれませんね!」
「ほう、それは楽しみだ。……いや、いっその事もう一度戦うか?」
「いいですね! では次は先に30勝した方が強いという事で――」
二人の瞳には向上心と言う名の焔が煌々と燃え盛っていた。
両者ともにその肉体は既に回復を終えており、いつでも戦える。
ミユメが訓練狂の為にこの辺りに仕込んだ回復の魔法式のおかげだという事を、二人は知らない。
仮に知ってしまえば最後、その魔法式を利用して彼女達はミロクに叱られるまで戦い続けることだろう。
まあ、知らずともまた戦い始めようとしているのだが。
「あ、あの……これ以上やると……その、ミロク先輩に怒られるのでは」
「「あっ」」
しかし、ここにはケイがいた。
ケイはおずおずと手を上げ、二人の顔色を伺いながらそう問いかける。
すると、二人はしまったとでも言いたげな表情で暫し固まった。
訓練場を暖かな風が通り抜ける。
やがて口を開いたのは、ミズヒであった。
「……仕方がない。今日はもう終わりにしよう」
「そうですね! もう正座地獄はこりごりです!」
過去を思い出しているのか、二人は遠い目をしながら頷き合う。
どうやら、今日の訓練は無事に終了したらしい。
「ケイちゃん、ありがとうございます! おかげで、明日も無事に過ごせそうです!」
「わ、私は別に……」
記憶を失ったケイに対して、以前と変わらずに接するヒカリ。
その姿はまるで主人に懐いた子犬のようだ、とミズヒはフッとほほ笑んだ。
「あとで、ケイちゃんも一緒に特訓どうですか? 良ければ、私と一緒にキックの練習をしましょう! 空中で体を三度捻って足先に魔力を込める……その名も、ヒカリキック!」
「わ、私は遠慮するよ」
「そうですか……」
ヒカリは残念そうに肩を落とす。
まるで落ち込んだ幼子の様にしょんぼりとしてしまったヒカリを見て、慌ててケイは口を開いた。
「私は弱いから! その、たぶん無理だよ。そのヒカリキックって言うのも、難しいかな……転んじゃいそう」
「仮に記憶が無くなってもその身体能力が損なわれるわけではないだろう。案ずるな、例え素人同然になってもまた私達が鍛え直してやる」
「また三人で一緒にトレーニングしましょう! クラムやトアちゃんは滅多に参加してくれないので!」
「ひっ」
ミズヒとヒカリは善意全開で地獄へと手招きする。
悪意がない故に、ケイは断り切れずに曖昧な笑みと共に後ろにのけぞった。
と、その時ふと気が付く。
「……過去の私ってそんなに強かったんですか? 二人の特訓に付いていけるほどに」
「強かった、なんてもんじゃないですよ! ケイは……私の命を救ってくれたヒーローでした!」
「そうだな。私達は何度も救われた。情けない話だが、私は彼女と戦って勝てる想像が出来ない。私が思い描く強さの終着点が彼女だからだ」
「……そう、なんですね」
まるで英雄譚を語る様に聞かせるヒカリと、目を輝かせて夢を語る様に告げるミズヒ。
その姿を見て、改めてケイは自身が失ったものの大きさを理解した。
(今の私には……その強さはない……)
謙遜ではない。
今の自分には何も出来ないという確かな感覚があるのだ。
「……どうして、そんなに強かったのでしょうか。私って」
失ったものの輪郭を確かめる様に、ケイはそう問いかける。
まともな答えなど望んでいない。
何故ならば、それを知るのは唯一自分自身だったからだ。
(ミズヒ先輩もヒカリちゃんも強かった。でも、それ以上に強いなら何か理由が合った筈。やらなきゃいけないことが、あった筈なんだ)
ケイの過去について詳しく教えようとした人は、今まで誰一人としていなかった。
それが偶然でない事に、本人は気が付いている。
それでも聞けなかったのは、一度でも聞いてしまえば後戻りはできない気がしたからだ。
もしも自分に果たさなければならない使命があったとして。
もしも自分の助けを今も待っている人がいたとして。
記憶を失って無知のまま時間を漫然と過ごすことは、許されるだろうか。
ケイ自身は、許すことが出来るだろうか。
「強くならなきゃいけなかった……そうなんでしょうか」
ケイの掌には何も握られていない。
空虚なその手を、風が通りぬけた。
「私が鍛えるのは」
ミズヒは、優しい声でそう言葉を切り出す。
「自分に負けないためだ」
「自分に……?」
「ああ。もっとも恐ろしい事は、諦めてしまうことだ。勝てない、救えない、成し遂げられない。そんな弱気な心は悲劇を現実のものとしてしまう。だから、私は己に負けないように体と心を鍛え続けるんだ」
それはミズヒの強さというものに対する答えであった。
ソルシエラの強さを求める根底にあったものについて、彼女は正確には知らない。
しかし、共にいた時間が一つの確信を生んでいた。
「ケイもそうだったのではないだろうか。彼女の眼には誠実さがあった。かつて共にダンジョン救援をしていた頃、よく帰ってきても共に訓練をしたものだ。……ふふ、なんだか懐かしいな。数か月前の事だというのに、ずっと昔の事のように感じる」
ミズヒは眼を細めて笑う。
昔を懐かしむその瞳は、温かく優しいものであった。
「今のケイも昔のケイも、私からすれば何も変わらないさ」
頭を撫でて、ミズヒはそう告げる。
それは気遣いでも、配慮した言葉でもない。
いつも通り、彼女は胸の内をまっすぐに伝えるだけなのだ。
「頼れる可愛い後輩。それがお前だ」
「……私は、前の様に強くないですよ」
「それでも、だ。現にこうして私とヒカリの訓練が長引かないようにくぎを刺してくれた。物事を俯瞰して見れるのは、相変わらずお前の長所だな」
「……っ、ありがとうございます」
「礼なんていいさ。さ、ヒカリと共に寮に戻ると良い。私はこの場を片付けていく」
「あっ、私も手伝います」
「いいんだ。当番制だからな。今日は私、明日はヒカリ。そして、もしも特訓に参加するなら、明後日はケイだな」
ミズヒは最後にもう一度頭をわしわしと撫でると背を向ける。
そして焔を操って周囲を掃除し始めた。
「行きましょう、ケイちゃん。……ふわぁ」
欠伸をしながら、ヒカリはケイの手を引く。
自分よりも小柄な彼女の手は、不思議と振りほどける気がしなかった。
寮への帰り道、ヒカリは手を引いたまま振り返る。
「ケイちゃん、そう言えばクラムがそっちに行って迷惑かけませんでしたか?」
「ううん、むしろ楽しかったよ」
「行ったんですね……」
呆れたようにヒカリは笑う。
その様子を見て、ケイは慌ててフォローを入れた。
「す、すごく楽しかったよ……!」
「それは良かったです。から回って変な事をしなくて、本当に良かったですよ。本当に」
ヒカリはクラムという人間について本人以上に熟知していた。
故に、安堵のため息を漏らす。特訓の時よりも疲れている気がした。
「……ケイちゃんは、今日一日楽しかったですか?」
「え?」
「今日みたいな日が、明日もくればいいって思えました?」
ヒカリはニッと笑う。
「私は思えました。皆が私のご飯を美味しいって言ってくれて、ミズヒちゃんとの特訓もいつも通り最高で、最後にはこうしてケイちゃんと一緒に帰ることが出来た。だから、今日は楽しかったです」
日記に綴るかのような言葉は、二人の足音に混じって廊下に反響する。
「ケイちゃんは、どうでしたか?」
「……私は」
脳裏に過ぎる光景は、どれもが優しく温かい。
常に隣には誰かがいた。誰かがいて、迷わないようにと手を引いてくれた。
「色々な人に助けられちゃったな……私には勿体ないくらいに優しい一日だった」
「そうですか。ならきっと、ケイちゃんと関わった人達にとっても優しく素晴らしい一日だったことでしょう」
「え……?」
「優しいからその優しさが返ってくるんです。優しいケイちゃんが隣にいるだけで、うんと救われる人たちがいる。今のケイちゃんにも、救われている人がいるんですよ? ……特にクラムとミロクちゃん」
周囲を確認して内緒話をするようにヒカリはそっと耳打ちした。
その顔にはいたずらっ子のような笑みが浮かんでいる。
「ケイちゃん、私も特訓の理由を教えてあげます! それは……特撮のヒーローのようにカッコ良くて強い存在になるためです!」
「なんというか、ヒカリちゃんらしいね」
わざわざそれっぽいポーズを片手でとってみせたヒカリを見て、ケイはくすりと笑う。
それが嬉しかったのか、ヒカリもまた笑った。
「そして、皆と明日を迎えるためです。また明日って言うために、私は強くなるんです。……一度、大切な明日を失いかけましたから」
「明日……」
「そうです。だからケイちゃん、迷った時は明日の事を考えましょう。何を食べて、どこに行って、誰と出会うか。それを考えていれば不思議と不安は吹き飛びます!」
どんな時でも前を向く。
これがヒカリという人間の根底にある絶対的な指針だ。
例え真似ようとしてもそう簡単にはいかないだろう。
少なくとも、ケイはすぐにそれは自分には眩しすぎると判断した。
けれど眩しくともその輝きを目標とする価値は十分にある。
「凄いね、ヒカリちゃんは」
「ふっふっふ、なんたって私はヒーローですから!」
(二人共、凄いな……私も自分を誇れるようになりたい)
少女の中に生まれた、罪悪感以外の新たな原動力。
その始まりは憧れであった。
『染みる~^^』
『やはりヒカケイも悪くないねぇ。特に、今の状態だとピュアピュアで見ていて癒されるよ^^ 』
『おぉ……よく眠るのだ……幼き命達よ……』
『幼い……? この天使はどこで幼き命かどうかを判断しているのですか?』
『魂じゃ』
『???』
『魂じゃ』