【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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投稿を忘れたのでリュウコが腹を切ります


第416話 終わりの月と理由

 崩れ落ちたビルの残骸が、夜風に軋む音を立てていた。

 

 騎双学園本校舎はすでに原形を失い、ひび割れた道路と倒壊した構造物が無秩序に積み重なっている。

 焦げた鉄の匂いと、どこかで燃え続ける火の赤が荒廃した都市を薄く染め上げていた。

 その中を必死にトアは駆ける。

 

「ヒカリちゃん! クラムちゃん! どこ!?」

 

 焼け焦げた何かの肉片を踏み越え、砕けたダイブギアを視界に入れないようにしながら、必死に戦場を走り回る。

 やがて、彼女はそれを見つけた。

 

 砕けたビルの瓦礫が積み重なった中心、見慣れた金髪の少女が倒れていた。

 衣服は裂け、頬には煤がついている。

 だがその表情には痛みよりも、安堵に似た静けさがあった。

 かすかに動く胸が、まだ彼女が生きていることを教えている。

 

「ヒカリちゃん!」

 

 唯一避難していた彼女は、崩れた足場を踏み越えながら駆け寄る。

 足元には砕けたガラスや鉄骨の破片が散らばっているが、そんなことを気にする余裕はなかった。

 

「……っ、お願い、目を開けて……! ヒカリちゃん!」

 

 声が震える。

 トアはヒカリの肩を抱き起こし、腕の中で必死に呼びかけた。

 その瞳には涙が浮かび、震える指が頬に触れる。

 遠くではまだ何かが爆ぜる音がしていたが、二人の間には、世界の喧騒がまるで遠い夢のように薄れていく。

 

 瓦礫の中、月光が差し込み、灰と血の色を照らした。

 

「トア、ちゃん……」

「ヒカリちゃん、よかった!」

 

 絶望から一転し、トアは喜びと共に笑顔でヒカリを見る。

 が、彼女の眼は既に焦点が合っていない。

 おそらく、視力がもう失われているのだ。

 

「六波、羅執行官達が、まだ、戦ってい……ま、す。第5の、天使と、教授が一緒で、し……た」

 

 その声を証明するように、はるか向こうの空で空へと赤い光が駆け上っていくのが見えた。

 

「い、ってくだ、さい。トアちゃん」

「まずは手当てが先だよ!」

「いえ――」

 

 とん、と何かがトアの胸を押す。

 それはかつて学園でよく目にした機械仕掛けの蛙であった。

 主が死んで物言わぬ人形のようになったそれは、手足をだらんと下げている。

 それがより一層に死というものが現実であると証明していた。

 

「……っ、これは」

「クラムの、最後のまーちゃ、んずです。トアちゃん、はやく、エクスギアを……」

 

 その言葉で全てを察したのか、トアは顔を上げる。

 目は見開かれ、大粒の涙をこぼしながら必死に首を横に振った。

 

「嫌だっ! 嫌だぁっ!」

「と、あちゃん」

 

 微かな力でトアの手が握られる。

 かつては力いっぱいに握りしめてくれた彼女の腕は、もはやまともに動かなくなっていた。

 

「……私と、クラムも、一緒に明日へ。や、くそ……くでしょう?」

「……っ」

「お、ねが……」

 

 命の焔が消えかかっている。

 手の中でかけがえのないものが失われようとしている。

 その焦燥感と恐怖に駆られながらも、トアは己の役割を全うしようとしていた。

 彼女はそのために、唯一この戦いから離れていたのだから。

 

「わかった。……それが、ヒカリちゃん達の願いなら……そうする」

 

 トアの言葉に、わずかにヒカリは微笑んだような気がした。

 焔に照らされた世界で、トアは拡張領域から一本の剣を取り出す。

 回路がむき出しになった未完の剣。

 

 それを彼女は逆手で握りしめ、ヒカリと人吞み蛙へと向けて――。

 

 

 

 

 トアはヒカリを抱きしめたまま、壊れた都市の静寂の中で祈るように動かなかった。

 しかし、巨大な爆発をきっかけとしてその言葉を口にする。

 

「act2」

 

 蹲っていた彼女の背中から、2対の光翼が出現する。

 焔よりも眩いそれに映し出された自分の影を見つめながら、トアはヒカリをその場に置きゆっくりと立ち上がった。

 

「……やっぱり、私には派手すぎるよ」

 

 その言葉を否定する者も肯定する者も、今となっては誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 眉間に皺が寄っている事を自覚しながら、ネームレスは目を覚ました。

 

「……これだから寝るのは嫌なんだ」

 

 吐き捨てる様な言葉と共に起き上がる。

 奪ったオフィスは既にソルフィの手によって、しばらく暮らすには十分すぎるほどに生活感が溢れるものとなっていた。

 

 ソファで眠っていたネームレスとは違い、隣ではベッドで安らかにトリムが眠っている。これもソルフィが持ち込んだものであった。

 

「いい気分で寝やがって」

 

 トリムの事を小突きながら、彼女は窓の外を眺める。

 まだ夜は明けそうにない。

 

「おや、眠れないのかな」

 

 声が聞こえて振り返れば、そこにはオフィスチェアに腰かけてコーヒーを楽しんでいる理事長の姿があった。

 

「理事長は寝ないの?」

「生憎、銘を授けられてから私は眠る必要がなくなった。変容の銘によりこの体は改造済みだからね。こうしてインスタントコーヒーを最も美味しいと感じる舌に一時的に変化させることも可能だ」

「羨ましくねーな」

 

 ネームレスはそう言うと、理事長の前にあったデスクへと腰を下ろす。

 そして傍で静かに佇んでいたソルフィに「私にも頂戴」と言った。

 ソルフィは深々と頭を下げ、コーヒーの準備へと取り掛かる。

 

 コーヒーが来るまでの間、手持ち無沙汰になったネームレスは理事長へと目をやった。

 

「あんた、ずっと悠長だけどそれで教授に勝てるの?」

「彼女の持つ銘は、博愛の欠片の一部でしかないからね。その格自体は変容に劣るよ。……まあ、それでも五分五分かな」

「充分だよ」

「でも、銀の黄昏にはまだ切り札があるだろうね。それを踏まえるなら、勝率は更に下がるだろう」

 

 そう言って、理事長はネームレスへと一枚の紙を差し出した。

 

「これは?」

「君の計画において邪魔にならなそうな人材をリストアップした。彼らは十分に強いし、足手纏いにはならないと思うけど?」

「ふーん」

 

 そこには数名のSランクの名前と、優秀な研究者が列挙されている。

 しかしネームレスはそれを一瞥してもなお、興味がなさそうに紙を放り投げた。

 

「いらない。私とアンタたちだけで十分だよ」

「勝率がより上がるとしても?」

「もー、しつこいなぁ。何回目だよこのやり取り」

 

 ネームレスがこうして理事長から仲間を増やす様に持ち掛けられたのは何も今回が初めてではない。

 理事長は何度もネームレスへと有用な人材の紹介をしていたのだ。

 

「大丈夫大丈夫。私、めっちゃ強いし。それに先生もいる」

「……そうか、余計な気を回して悪かったね」

「別に。ま、もし私が駄目だったらその時にはそのリストの人達にお願いしようかな」

 

 ネームレスはそう言ってわははと笑って見せる。

 それはまるで不安を振り払っているかのようであった。

 

「ネームレス、コーヒーをどうぞ」

「ありがと、ソルフィ」

 

 ネームレスはコーヒーを受け取ると、そのまま部屋を後にした。

 

「夜風を浴びてくるよ」

 

 そう言って姿を消したネームレスに、理事長は落ちていたリストを手に取り眺める。

 そして、コーヒーを一口飲んだ。

 

「ソルフィ、やはりおつかいをお願いしようかな。タイミングはそっちに任せるよ」

「わかりました」

「いやぁ、それにしても」

 

 理事長は肩をすくめて笑う。

 

「覚悟が決まっている人って敵でも味方でも結構アレだよね。私は彼女達みたいには何千年あったとしてもなれそうにないな」

「私もそう思います」

「間髪入れずに言われるとそれはそれで悲しいね……」

 

 少しくらいは考えて欲しかった、とソルフィに目を向けるが当の本人は理解していないのか首を傾げていた。

 

 

 

 

 

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