【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
穏やかな朝の始まりとは裏腹に、食堂でケイが見たものは目の下にくっきりと隈を作ったトアと対照的にキラキラと目を輝かせているミユメであった。
どうやら今日の当番は二人であるらしい。
食堂へと足を踏み入れた瞬間にトア達は気が付いたのか手を上げた。
「おはよう……ケイちゃん……」
「おはようっす!」
「おはよう、二人共。……えっと、大丈夫?」
「うん(瀕死)」
「大丈夫っす!」
本人がそう言うならばそうなのだろう。
そう思い込んで席に着こうとしたケイだが、時折厨房の方から聞こえてくる「うぅ……」といううめき声が心配で仕方ない。
かつては自身の感情を押し殺すことが出来たケイだが、今となってはその術を知る筈もなく遂に彼女は不安になって厨房へと視線をやった。
「本当に大丈夫? 特にトアちゃん」
「だ、大丈夫……ちょっと、ミユメちゃんの発明品で色々とガタガタにされただけだから」
「安心してくださいっす! 私がトアちゃんのバイタルを確認していたっすよ! あの数値なら、死なないっす!」
「そ、そうなんだ」
そう言われてしまっては、それ以上は流石に聞くことが出来なかった。
朝ご飯を待ちながら、ケイは手持ち無沙汰にそわそわとしながら後ろを見る。
壁に寄りかかって目を瞑る0号は、まるでその場にいないかのように一言も発さない。
(ご飯、食べないのかな……?)
味覚が殆ど無いケイにとって、一人での食事程むなしく意味のないものはない。
昨晩、クラムが食べさせてくれたケーキの味を考えれば尚更であった。
「どうかしたっすか?」
「え?」
「キョロキョロしてたっすから、何か探し物っすか?」
「ええっと……クラムちゃんとか、いないかなぁって」
誤魔化すつもりが、ケイはうっかりと本心を漏らす。
それから気恥ずかしそうに俯いて握られた自分の拳を見下ろした。
(なんか恥ずかしいな……)
この歳にもなって一人で朝ご飯も満足に食べられないのかと思われては、流石の記憶喪失と言えども恥ずかしさが込み上げてくる。
なんとか嘘を考え付いたケイが顔をあげる頃には、目の前には湯気の立つ料理が置かれていた。
「はやっ」
「ふっふっふ、私が作り出した新たな食事、その名も『
「珍しいよね、クラムちゃんが訓練に朝から参加だなんて」
「……そうなんだ、やっぱりすごいんだねクラムちゃんって」
そのやる気の源が自分であるなどとはつゆ知らず、ケイは尊敬し頷く。
そして改めて朝食を見て首を傾げた。
「……おもち?」
「ステーキっす」
「えっ?」
「ステーキっす」
ミユメの言葉を聞いてよくよく目の前のそれを観察する。
白い皿の上に鎮座する一つの白い楕円形の物体。
それが何かと考えたときに真っ先に出てくるものがステーキな筈がない。
「ふふっ、そんな訳ないじゃん。ミユメちゃんったら、私をからかってるの?」
「それ、本当にステ―キだよ。食べてみたらわかるかも」
「……え、本当に?」
「はいっす」
ミユメはまっすぐな目で頷く。
冗談を言っていなさそうなその様子が余計に怖かった。
が、かといって善意を無碍にするわけにもいかない。
ケイは恐る恐るそれへとスプーンを入れる。
そもそも、箸やフォークですらなくスプーンだけなのも怖かった。
「……いただきます」
ケイは恐る恐るそれを口に運ぶ。
その瞬間、彼女の口内を濃厚で野性的なうまみが弾けた。
同時に鼻を通り抜けるのは、本能的食欲をそそるガーリックの香り。
嚙めば嚙む程にお腹が空いてしまうように錯覚するその食べ応え。
どこをどう評価しても、美味なステーキである。
「美味しいっ! すごく美味しいよ!
「そうでしょうそうでしょう。それは魔力により脳に直接美味しいステーキの情報を届ける食べ物っすからね」
「そうなんだ……なんかすごいかも……」
ケイは二口目を遠慮なく運ぶ、
どう見ても最初は色を失ったプリンか、水分の多い餅でしかないのだが口に入れた瞬間にやはりステーキの味がした。
「これは今度、ジルニアス学術院に売り出そうとしている試供品っす。栄養自体は完璧で、サプリメントよりも効率的に一日の理想的なエネルギーを摂取出来るっすよ」
「凄い。ミユメちゃんって、天才なんだね!」
「久しぶりにそんなストレートな褒め言葉を聞いたっすよ~! あ、でも一週間に一個が限度っす。それ以上摂取すると、脳が魔力でしか味や香りを感知できないようになってしまうっすから」
「えっ……えっ!?」
ケイは慌てて皿を見る。
既に空っぽであった。
「一個なら大丈夫っすよ。それに……ケイちゃん、今は色々と食事のときに大変じゃないっすか?」
「……!?」
ミユメは頷きサムズアップをする。
そこでケイは気が付いた。
厨房では普通の料理も準備されており、この料理はあくまでケイの為に用意されているのだ。
「私の眼は何でもお見通しっすから。体の異常ならわかるっすよ。……もう、見逃さないっす」
後悔が言葉に滲んでいた。
ケイを通して、ミユメは今はここにいない誰かを見ている。
それが誰かなど、考える必要すらなくすぐに分かった。
「……ありがとう」
「次はリクエストをして欲しいっす。そうしたら、好みの味を作るっすよ。それから日常生活でも何か困ったことがあれば言って欲しいっす。私達、友達ですから」
「うん」
ケイが微笑み返すと、ミユメはまたニッと笑った。
それから彼女は思い出したように厨房へと戻っていく。
何かデザートが来るのだろうかと少し期待したケイだったが、その期待とは裏腹にミユメはトアの手を引いて連れてきた。
「実は今日、一つお願いがあるっす」
「お願い?」
「トアちゃんの記憶を抽出するために、今日一日トアちゃんと一緒にお出かけをして欲しいっす。記憶領域の深層からのサルベージは成功したっすけど、一気に全部を思い出すとトアちゃんの脳がパァになるっす。だから、ケイちゃんとの行動を経て徐々に安全に思い出して欲しいっすよ!」
「……?」
ケイは小首を傾げる。
それを見て、トアは視線を泳がせながらミユメの言葉をまとめた。
「えっとね……わ、私とお出かけをして、記憶を取り戻すのを手伝って欲しいなって」
「デートっすね!(クソデカ声)」
「わ、わあっ、違うよぉ! 私はそんなつもりじゃ……!」
否定するトアの脳裏には、昨晩の映像がしっかりと浮かび上がっていた。
二人で喫茶店に入って、仲良く過ごしていたあの姿に憧れがないわけではない。
「と、とにかく、ケイちゃんさえ良ければ今日を私にくれないかな……?」
「勿論。私でいいなら喜んで」
トアはぱぁっと表情を明るくして嬉しそうに「ありがとう!」と言って駆け出す。
「制服に着替えてくるね!」
そう言って返事も待たずに彼女は姿を消した。
「出かけるときにナビゲートアプリを一つ渡すっすよ。それを使えば記憶を最高率で取り戻せるっすから。ケイちゃん達は安心してそれに従って欲しいっす」
「うん、わかった」
期待よりも、使命感が胸を包む。
自分が仕事を任されたのだという実感からくるそれは、存外悪いものではなかった。
(私がトアちゃんの記憶を取り戻す手助けをするんだ……! よーし、頑張るぞ)
こうして、ケイは初めての任務という名のデートに挑むことになるのだった。
『ここで来るかッ、トアちゃんとのデート回ッ!』
『無垢シエラであれば、美少女とのデートは当然がっつり無罪だねぇ^^ 』
『おぉ……迷子にならないように気を付けるのだ。……不安であればカメさんポーチを持っていくと良いだろう。これには緊急時に下級天使をその場に666体召喚する魔法式が――』
『お前のそんなんばっかだな^^ 駄目に決まってんだろ』
『この女、今直接脳に味を届けてませんでしたか? 当時の銀の黄昏基準でも相当におかしな技術なのに。何故この文明レベルで……?』
『美少女だからじゃ(適当)』