【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
ケイにとってそれは初めての経験であり、鮮烈な思い出として刻まれていた。
「なんだか、照れちゃうね」
「そうだね。ふふっ」
トアと繋がれた手は時折その存在を確かめる様に握り直される。
その度にケイは応えるように手を握り返し、笑みを浮かべた。
それが二人だけの秘密の合図に思えたからである。
トアはそんな彼女を見て不思議に思ったのか、首を傾げてその顔を覗き込んだ。
「どうかしたの?」
「ううん。なんでもない」
「えー、気になるなぁ。絶対に何かあるじゃん」
「ふふっ、ないよ」
深掘りするほど気になった訳ではないが、ケイのその反応が面白くてつい余計に踏み込んでしまう。
少しおどけた様子で問いかけるトアを見てケイもまた笑みを浮かべて顔を逸らす。
着地点などない戯れなのだが、そんなくだらない事すら今は楽しい。
「……前も、こんな風に遊んだのかな」
ふとそう思って、ケイは口にした。
それからハッとして、慌てて言葉を無理矢理に続ける。
「あ、違うよ! そのっ、えっと……」
記憶喪失の自分にこれ以上気を遣わせてはいけない。
そんな罪悪感からくる思考が必死に否定の言葉を紡ごうとする。
が、トアは優しく頷いてその問いに答えた。
「そうだね。前に来た時は、ミズヒちゃんも一緒だったかな。ヒノツチ文化大祭って言ってね? 皆でいろんな食べ物とか歌とかを発表するすっごく楽しいお祭りなんだ」
明るく跳ねるような声色に、ケイの中にあった罪悪感が急速に消え去っていく。
気が付けば彼女は静かな相槌と共にトアの言葉に耳を傾けていた。
「あの時もなんだかんだ楽しかったなぁ。色々あったんだけど、最後は皆でご飯を食べたんだ。焼きたてのピザ、美味しかったぁ。チーズがたっぷり乗ってて、本当に最高だったんだ」
「トアちゃんの言葉を聞いていると本当に美味しかったんだなってわかるよ」
「うん! ケイちゃんにも食べて貰いたいな! あ、そう言えばヒノツチ文化大祭の前にもここに来たことがあったなぁ。あの時は、リュウコちゃんも一緒だったような」
彼女の脳裏にあまりにも見た目が平凡な茶髪の少女が浮かぶ。
「リュウコちゃん……確か、私を助けてくれた凄い人の一人だよね?」
「そうそう。Sランクで、大きな龍を操るすっごい人なんだ! 今はここクローマの生徒会長なんだよ」
「へぇ、凄いなぁ。私、そんな凄い人に助けて貰ったんだ」
「その言葉、本人が聞いたらすっごく喜ぶと思うよ」
無垢ゆえに、出てきた純粋な賞賛の言葉にトアは思わず吹き出す。
きっとリュウコがここにいれば、飛び上がって喜びサインと余ったグッズを押し付けていたことだろう。
「いつか、リュウコちゃんとも会ってみたいな。それからお礼も言わないと」
「そうだね。リュウコちゃんは今忙しいだろうから、お礼はまた後で言いに来よう。そうすれば、また美味しいものを食べれるね!」
「結局そこなんだね……」
食に対する興味と関心があまりにも過剰なトアに、ケイはやや引き気味である。
しかしそんな事に全く気が付いていないトアは、すぐ近くにあった魅力満点の看板を見つけ指さした。
「あ、こっちに美味しそうなクレープが売ってる」
「まだ食べるの!?」
「少し歩いたからお腹空いたでしょ?」
「い、いや別に私は……。そうだ、尊帝にも聞いてみよっか」
腕輪を掲げ、再び尊帝を召喚する。
尊帝は、デフォルメされた体で何故か二人を拝み倒していた。
『マジ、愛やね』
「帝なのに言葉遣いがやっぱりおかしいような……」
「尊帝ちゃん、クレープは評価どうかな?」
『推奨、一つのクレープを二人で分け合う。評価:良い越えてガチ神』
「いいって事だね!」
トアは言質をとったとでも言わんばかりの勢いで確認をする。
「ケイちゃん、どんなクレープが好き?」
「えーっと、トアちゃんのセンスに任せようかな」
「いいの!?」
「あっ、量は標準ね。私、ここで待っているから買ってきていいよ」
「わかった! ちょっと行ってくるね!」
手を離し、トアはクレープ屋へと駆けだす。
そのウキウキな背中を見送ったケイは笑顔を浮かべながら、傍にあったベンチへと腰を下ろす。
「……味、今度こそわかるかなぁ」
実際、パフェの味は殆どわからなかった。
しかし、トアに食べさせてもらった事実と、ひやりと冷たいアイスやフルーツソースの香りのおかげで楽しむことはできた。
もしもここに味が加わればより楽しめただろう。
尤も、味が無くともケイにとっては掛け値なしに素晴らしい経験ではあったのだが。
それでもやはり、味がわからずに話を合わせるのはどこか罪悪感があった。
「うーん、ミユメちゃんに頼めば何か作ってくれたり……いいや、そうやって頼って迷惑を掛けちゃ駄目だよ。私の我儘で迷惑を掛けるわけにはいかないっ!」
舗装された道を見下ろしながら、ケイは何とか前向きに気持ちを調整する。
トアと一緒にいる時間が眩く楽しいからこそ、一人でいるとどうしてもその気持ちは下を向いてしまった。
「今日の主役はトアちゃんなんだから、楽しんで貰わないと……!」
まるでミッションを遂行するエージェントのように真剣な顔で自らの任務を再確認したケイはヨシと、顔を上げた。
するとそこには。
「遅刻ですよ、綺羅っとスターさん」
「ん?」
「ほら、皆待ってますから」
「ん!?」
目の前にいたのは、蒼銀の髪に深い青色の眼の少女達であった。
その特徴は、自分とよく似ており、制服とは思えない白黒のゴスロリ衣装を身に纏っている。
「あ、あの……」
「ほら、早くいきましょう。私達がどれほど名の知れたかの『ソルシエラ同好会』だとしても、会場を抑えられる時間には限りがあります。急いで!」
「え、えっと私は……」
「ほら!」
目の前の少女に手を掴まれ、ケイはそのまま引かれていく。
身体能力が普通の女の子程度しかないケイは抵抗むなしくズルズルと人混みの中に消えていった。
「尊帝ちゃん、どうしよう」
『推奨、突然のコスプレで普段は見せない意外な一面をアピール。評価:大したものですね……』
「駄目だ、このAI壊れてるよぉ!」
その叫びを聞きつけ助ける者はいなかった。
■
暫くして空になったベンチへと待ち人は訪れた。
「お待たせー!」
本人基準で普通サイズのクレープを手にしたトアはルンルンと駆け寄る。
しかし、そこにはケイの姿はない。
「ケイちゃん……?」
辺りを見渡すが、ケイらしき人物はいない。
「トイレかな?」
トアはベンチに腰を下ろし、ケイを待つ。
しかし、待てども待てどもケイが戻ってくる様子はない。
最初は余裕の表情を浮かべていたトアだったが、やがて汗をダラダラと流しながら立ち上がった。
「迷子だこれー!」
記憶喪失、まさかの観光地で迷子。
あまりにも絶望的な状況にトアはあてもなく駆け出そうとする。
と、その時だった。
『――もしもトアちゃんが迷子になっても私が見つけるから』
「痛っ……今の声、ケイちゃん?」
脳裏に響いたのは、ずっと大人びて冷静なケイの声だった。
彼女が良く知るソルシエラとしての側面が出ているその言葉と声色に、酷く懐かしい感覚を覚える。
「これ、まさか記憶のサルベージ?」
何かが自分の中で鮮明になっていく感覚がある。
パズルのピースが合わさり、一つの巨大な絵が浮かび上がろうとしているかのようだった。
「そ、そうだ。そんな事より、今はケイちゃんだよ!」
今のトアには浮かび上がってくる景色よりも優先するべきものがある。
気を取り直したトアは、自分の動揺を打ち消すためにクレープを一口齧る。
不思議となんの味も感じられなかった。
『丁度良い所に丁度良い存在がいたから、ちょいと意識に干渉してイベントを起こさせてもらったよ^^ これで美味しいコンテンツが焼き上がるねぇ』
『ソルシエラ同好会、生きていたのか……!』
『口出しは駄目なのに手出しはいいんじゃな……』
『なんだお前文句あんのか?^^』
『ムムッ、虐めるのは駄目だぞ!』
『カメ先生……!』
『ソルシエラ同好会とは???????』