【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
手を引かれケイが連行された場所は、少し離れた場所にある広場であった。
奥の方にはライブで使われるであろうステージがいくつか存在し、今も生徒たちがせわしなく動いている。
しかし、ケイの視線はそこではなくその会場全体へと向けられていた。
「なにこれぇ!?」
一面に広がる蒼銀の海。
否、それは同じ髪色をした人々の群れであった。
「ど、どうしよう尊帝ちゃん」
『推奨、流れに身を任せる。評価:お ま た せ』
「もう駄目だ、助けがない……!」
頼みの綱のAIはとっくの昔に壊れていた。
自分は壁に徹するのみとでも言いたげに、尊帝は再び勝手にウィンドウを閉じる。
やがて、手をずるずると引っ張っていた生徒は受付カウンターらしき場所までケイを連れていくとちょんちょんと指をさした。
「綺羅っとスター@冬眠中さんを連れてきました!」
「え? そんな人……アッ、そうでしたね。いましたね。はい、許可証どうぞー」
受付はにこやかに許可証のデータをケイのダイブギアへと送る。
それを確認した生徒はうんうんと頷いて、ようやくケイの手を離した。
「ふう、ギリギリ間に合いましたね」
「えっと、ここは……? なんだか、その、よく似た人たちがいるんですけど」
右を見ても左を見てもそっくりさん。
悪夢のような光景にケイは後ずさる。
が、うっかりぶつかった人もそっくりさんであった。
「ひっ、こ、これってどういう奇祭なんですかぁ!」
「奇祭とは失礼な。これはソルシエラ同好会が遂に開くことが出来た念願のソルシエラ限定イベント。ソルケット01! 一日目はソルシエラのコスプレをしてお互いに品評して、撮影をし合うミステリアスコスプレタイムです!」
「奇祭じゃないですかぁ!」
変な集団の変な儀式に巻き込まれたことを悟ったケイは、わたわたと逃げ出そうとする。
しかし、今のか弱いケイに逃げ出す事など不可能であった。
「そんなこと言って、下準備はばっちりじゃないですか。その様子だと、衣装はお持ちではないのですか? 前にDMでやり取りした時は随分とやる気満々だったようなので、てっきり制作していると思ったのですが」
「ええっと、人違いです……」
「いいえ、それだけはないです」
「どうしてそこだけ頑ななんですかぁ……」
思わずその場にへたり込みそうになったケイだったが、何とか踏みとどまる。
とその時、周囲の視線に気が付いた。
「な、なんか私見られてないですか……?」
「当然です。貴女の容姿は素晴らしくソルシエラに近い。日々の研鑽の賜物でしょう。ここにいるのはソルシエラを愛する者達のみ。故にその容姿に目を引かれるのは当然のことです」
「当然の事ではないですっ!」
「いきすぎた謙遜は嫌味につながりますよ、綺羅っとスターさん」
「それも私じゃないのにぃ」
ケイは辺りを見渡して助けを乞おうとする。
しかし、周りにいるのはソルシエラ(偽)ばかりで絶望ばかりが募っていった。
「さ、こちらにどうぞ。ソルシエラ様の代名詞とも言えるゴスロリ衣装はこちらで貸し出しています」
そう言って、生徒は人混み(ソルシエラ)の中を歩き出す。
現状、唯一会話ができる存在がいなくなると困るため、ケイは涙目でついていく他なかった。
「今回はクローマ生とジルニアス院生の共同で制作したものですから、実際の戦闘でも役に立ちますよ。購入は一着600万です」
「えぇ……」
「ご安心を。レンタルは無料ですから。ちなみに盗んだら爆発します」
そう言う事を言っているわけではないのだが、ケイは半分抗議を諦めていた。
この生徒はどういう訳か、唐突に話が通じなくなることがある。
なので、流された方がまだマシだと判断したのだ。
「今回はより多くの皆さんにソルシエラの素晴らしさを知ってもらいたいと思い、同好会の皆でお金を出し合いました。特に、人気投票に入れる代わりにと同好会を復活させ、予算を融通してくれた名誉会員である生徒会長には頭が上がりません」
「そ、そうですか」
不安げに辺りをキョロキョロしながら、ケイは進む背中へと問いかける。
「あ、あの……ソルシエラってそんなに人気なんですか?」
「はい」
それは一片の迷いもない返事であった。
今までの会話の中では感じた事がない強い羨望と尊崇を感じる言葉。
ケイは思わず圧倒された。
「あの方は多くの人々を救いました。私が最初にその姿を見たのは、ヒノツチランドです。探索者として、観光客の避難を手伝っていた時でした」
まるで英雄の叙事詩を語る様に、生徒は言葉を紡ぐ。
「黒煙が空へと立ち上り、辺りが赤く染まる世界は地獄のように思えた。そんな中、唯一眩い輝きを放っていたのがソルシエラ様です。まるで彗星のごとく現れたあの方は、その圧倒的な力で怪物を圧倒していました……! 網膜を焼き尽くすかの如き銀の閃光の前では、太陽ですら霞んでしまうでしょう」
「そ、そうですか……」
「他にも騎双学園の執行官との決戦や、クローマでの天使討伐。私達が知らないだけで、多くの事を成し遂げているでしょう。その功績はもはや英雄譚に相応しい!」
「……凄い人だったんですね」
「あの方は私にとって道しるべなのです。これからもずっと」
生徒は熱を帯びた声でそう話を締めくくる。
ケイは曖昧な笑顔と共に相槌を打つことしか出来なかった。
(私ってすごかったんだ……。今じゃもう、ダメダメなのに……)
通り過ぎる生徒たちの会話もソルシエラへの賛美で溢れていた。
まるで幼い子供がヒーローについて話すかのようなはしゃぎようである。
それがより一層、ケイが失った物の大きさを認識させる。
フェクトムにとってだけではない。
ソルシエラとは、この学園都市の中でも大きな存在だったのだ。
(皆の為に戦う正義の味方だったんだ……それなのに)
今はどうだろうか。
自身に問いかけるも、返答は空虚そのものであった。
何もない。皮肉にも、今のケイを構築しているのはその虚無そのものなのだ。
「さ、着きましたよ!」
会場の端にあったテントへと導かれたケイは、沈んだ心のまま顔を上げる。
そして、どこか見覚えのある顔を見つけた。
「……ん?」
「ソルシエラコスプレ衣装貸出こちらでーす。こちらでーす。はい、押さないでー」
やる気の感じられない棒読みの声と共に看板を掲げているのは、この場所ではもはや珍しい茶髪であった。
よくよく見れば、テントの傍に丸まって眠る蒼銀の美しい龍の姿もある。
僅かな自分の記憶と、少し前にトアと話した内容から、ケイは自然とその名を口にする。
「……リュウコさん?」
「ん? ――エッ!?」
声に気が付いたリュウコと視線が合う。
その瞬間、リュウコはサッと顔を青くして看板をゆっくりと下ろした。
「生徒会長、彼女にもソルシエラのコスプレを」
「いやそれもはやコスプレじゃ……って、違う違う!」
リュウコは慌てた様子でケイの手を引くと、そのままバルティウスの足元へと転がり込んだ。
「バルティウス! 私たちを隠して!」
バルティウスは片目を開けて主の事を一瞥すると、翼を動かしてリュウコとケイを包み込む。
一体どういうことかとケイが困惑している中、リュウコは看板を放り投げてその頭を地面にこすりつけた。
「すんませんしたぁっ!」
「えっ」
「調子乗りましたぁっ!」
記憶を失って数日。
無垢なケイの脳みそに、クローマ音楽院生徒会長の土下座が刻み込まれた瞬間だった。
『またかリュウコォ! 可愛いね♥』
『ほう、無垢シエラ×リュウコか。素晴らしいねぇ。というか、無垢シエラの親和性が凄いな』
『おぉ……この人間に対して言う事は特にない』
『何故この者は土下座を……?』
『我が身可愛さ故じゃ』