【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
Sランクの土下座はそれはそれは見事であった。
超常の域に到達した身体能力を惜しみなく使い放たれる日本の技の一つ。
ケイはその土下座を前に、暫し呆然としていた。
「……な、なんで」
ご尤もな疑問である。
突然手を引かれバルティウスの中に連れ込まれたかと思えば土下座をされたケイの脳内は混乱している。
が、やがて正気を取り戻した彼女は、大慌てでリュウコの土下座を止める様に要求した。
「やめてくださいっ。どうしてそんな事を」
「……ハッ、そうだ。今は私の知ってるソルシエラじゃないんだった」
リュウコは気が付いた様子で顔を上げる。
そして胸を撫でおろし息を吐くと、ヘラヘラとした笑みを浮かべながら立ち上がった。
既に彼女からは謝罪や誠意といった感情は感じられない。
「いやぁ、ごめんごめん。ちょっと驚かせようと思ってね」
「変わったサプライズですね……」
「ふっふっふ、クローマ生徒会長の土下座なんて滅多に見られるモンじゃないから、網膜に焼き付けておくと良いよ……!」
この場にリュウコをよく知る者がいれば即座にその言葉を訂正しただろうが、今彼女の目の前にいるのは純粋無垢な少女だけであった。
「それで、今日は何をしに? まさか、このいかれた祭りに来たわけじゃないよね?」
「その……トアちゃんとお出かけに来たんです」
記憶のサルベージに関することを隠してケイはそう答える。
特段疑問に思う事はなかったようで、リュウコは「そっかぁ」と生徒会長にしては頭の軽そうな声色で返事をした。
「確かに、この前の事件で騎双学園とか氷漬けだし、アリアンロッド付近はボロボロだし、観光ならうちしかないか。ふふん、私は優秀だからね! あの程度の事件でうちの学院は崩壊したりさせないよ!」
争う間もなく涙目敗走した結果、戦いが起きなかっただけなのだが、それも今となってはリュウコの機転の利いた行動として処理されている。
尤も、それを信じる者はクローマにはいるわけがないのだが、ケイは違った。
英雄でも見るような目で、リュウコを見つめている。
「わぁ、凄いなぁ」
「ふひっ、その顔で純粋な賞賛をされるのすっごい気持ちいいな」
ちょっとだけ自意識過剰な女の子のリュウコは、もはや止まらない。
「ケイ、君は自分の事についてどれだけ思い出したのかな?」
「えっと……ごめんなさい、まだまだ全然。未だに自分がソルシエラだっていう実感がないんです」
罪を告白するようにケイは告げた。
「そっかそっか」
リュウコはケイに近づくと、そのまま親し気に肩へと腕を回す。
そして渾身のキメ顔と共に、親指で自分を指して言った。
「じゃあ私に会ったのは幸運だったね。私はソルシエラと相棒に近いような存在と言っても過言ではないとまことしやかに囁かれているからね」
「……ん?」
流石のケイも何かおかしい事に気が付いたが、リュウコはその疑念に気が付く前に言葉を紡いでいく。
「いやぁ、ソルシエラと私で天使を倒してクローマを……いや、世界を救った時の事を思い出すね! あの時はお互いの事を信用して背中を預けて戦ったんだ」
「そうだったんですね!」
「私は空から、ソルシエラは地上から。龍となんかやたらデカいウミガメでいい感じに使い魔的なの揃ってたし。いやぁ、あの時は凄かった。クローマ史に残ると言われているくらいだよ」
「そんな事が……! というか、リュウコさんは凄い人なんですね。世界を救ったなんて!」
「HAHAHAHAHA、まあまあそんなに褒めないでよ。私は自分に出来ることをしただけ、それだけなんだ」
内心のウキウキを隠して、ボイストレーニングで培ったイケメンボイスで答える。
その顔には微笑が携えられていた。
それだけを見れば、非の打ち所のない完璧なSランクである。
「……すごいな、本当に」
「ケイだって凄いんだよ」
「私は凄くないですよ。凄いのはソルシエラだから」
ケイはそう言って笑顔を作った。
が、その顔はどこか落ち込んでいるように見える。
(あれ、これもしかして結構重い感じかな?)
リュウコはそこでようやく気が付いた。
自分の功績を盛って誇示している場合ではない。
主の無言の命令により、バルティウスは腕を二人の前に差し出す。
リュウコは先に座って見せ、ケイに同じように座る様に促した。
「……何かあったの? 私で良ければ聞くけど」
ケイは隣に座る。
そして暫し沈黙していたが、やがてポツリと語り出した。
「なんでもないんです。ただ、前の私ってすごかったんだなぁって」
その言葉で、リュウコはある程度を察する。
「前も何も、ケイはケイでしょ」
「そうですかね」
「そうだよ。だから、そんなに思い悩むなってー」
リュウコは、敢えて何も考えていない風にそう声を掛けた。
記憶喪失になった人間の心情など、リュウコはよく知らない。
彼女は心理学に精通しているわけでもなければ、ソルシエラの人となりをよく知っているわけでもない。
故に、彼女は平凡な答えを、それでもいいと投げつけるのだ。
「よし、ケイに一つアドバイスをしてあげよう。どんな悩みも吹っ飛ぶアドバイスだ」
そう言ってリュウコは得意げにケイの顔を覗き込む。
不安げな彼女の眼は、救いを求めるようにリュウコを見ていた。
「美味い物を食う! それから、フカフカのお布団で寝る! 以上!」
「えぇ……」
「そんなんでいいんだよ。人生なんて、生きているだけで超ラッキー。知ってる? 人生における悩み事なんて、頭を捻っても解決しない事が殆どなんだって。大抵は、時が来ると自然と解決するらしいよ。良くも悪くもね。って、前にショート動画で誰かが言ってた」
ヘラヘラと笑いながら、リュウコはケイの頭を撫でる。
今の彼女は随分と幼い子供に見えた。
「だから私もね、あまり悩まないようにしてる。悩みそうになったら、美味しい物を食べて眠るんだ」
「……私には、そんな強い生き方は出来そうにないです」
「出来るよ、絶対に」
はっきりと、ケイの心に刻み込むようにリュウコは告げる。
「今日だってトアちゃんと遊びに来たんでしょ? なんでこんなとち狂った会場に迷い込んだかは知らないけど、楽しかった筈だよ。なら、その楽しい事だけを考えていればいい。私達には悩む暇も悲観する暇もない。楽しむことで大忙しなんだから」
まるで同級生を慰める様なその気さくな姿に、ケイはいつの間にか彼女の言葉を受け入れていた。
ただの少女としての等身大の言葉は、今の彼女にはあまりにも新鮮過ぎたのだ。
「女子高生なんて、無敵の存在なんだからどーんと胸を張っていればいいんだよ! それでもどうにもならない事があったら、私を呼んでくれればいい。大抵の事は何とかするよ。……あ、ごめん六波羅さんだけは無理だから」
導くというにはあまりにも凡庸な彼女の様子に、ケイは思わず吹き出す。
「ふふっ、リュウコさんは六波羅ちゃんが苦手なんだね」
「苦手というか、なんというか……」
(六波羅ちゃん……??????)
何か凄い事が起きている気がしたが、リュウコは触れずに締めくくりの言葉をケイへと送った。
「色々言ったけど、自分を愛してあげてねって事。今のケイも、超最高だから」
「……うん、ありがと」
「いいって事よ。……あ」
リュウコは唐突に何かを思い出したように声を上げた。
隣で首を傾げるケイを見ると、何かを考える様に唸りその肩に手を置く。
「私達は、友達。そうだよね?」
「え、いいの?」
「勿論! っしゃ、って事で友達ならお願いを聞いてくれるよね? ね?」
先ほどまでとは打って変わって、その目はギンギンに輝いている。
ケイは恐れながらも、頷いた。
「う、うん」
「よし。実はね、私がここにいるのは来年の人気投票のためなんだ」
「人気投票……?」
「そう。Sランクで最も素敵な生徒は誰かを決める激アツイベント。前は惜しくも一位を逃したんだけど……今回はもう動き出していてね。いろんな同好会を取り込んでリュウコへの清き一票を増やしているんだ。だ・か・ら」
リュウコは口角を上げる。
どう見ても、悪い事を考えている人の笑顔であった。
「友達の私を助けてくれるよね?」
「…………ぐ、具体的には」
「大丈夫大丈夫! こっちの指示に従ってくれればいいからさ!」
クローマ音楽院生徒会長、渡雷リュウコ。
彼女は今、まさに人生を楽しんでいる最中である。