【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第424話 羞恥と始まりの星

 

 昼下がりの観光地。

 笑い声と喧騒で満ちている煉瓦の通りを、ひとりの少女が駆け抜けていた。

 

 トアは金髪を風に揺らし、息を切らしながら人混みをかき分ける。

 

「どこ……どこなの……?」

 

 声が掠れ、心臓の鼓動が早鐘を打つ。

 周囲のざわめきが遠くに感じられるほど、焦燥が胸を締めつけていた。

 

 今のケイを一人にしてはいけない。

 それは考えるまでもなくわかる事であった。

 ソルシエラとしての力を持たない今の彼女では、トラブルに巻き込まれた際に自分で対処することが不可能に近い。

 

「まずいまずいまずい……! ケイちゃん、どこに行っちゃったんだろう……!」

 

 昼の陽光は強く、街の煉瓦壁が熱を帯びている。

 屋台の匂いも、音楽も、すべてが耳に入らない。

 彼女の視線は絶えず動き、角を曲がるたびに立ち止まっては、息を整える暇もなく再び走り出す。

 

 カフェのテラス、広場の噴水、土産店の軒下。

 どこを見てもその姿はない。

 胸の奥に不安と後悔が渦を巻く――目を離したのは、ほんの数分だったのに。

 あり得るかもしれない悲劇を想像して、トアの足はより強く地を蹴った。

 

「お願い、無事でいて……っ!」

 

 人混みの中で叫ぶ声がかすれる。

 周囲の人々が一瞬だけ振り返るが、少女は気づかない。

 

『――自分のせいでこんな事になったんだ。だから……ごめんね』

 

 ノイズ混じりの記憶の中で、誰かが背を向けて遠ざかっていく。

 その光景は脳裏に浮かべただけだというのに胸が張り裂けそうになってしまう。

 

『――やっぱり、生まれるべきじゃなかったな。邪魔者でしかなかった』

 

「違うっ!」

 

 それが自分の脳内から発せられた言葉だとは知らずに、トアは否定した。

 

(貴女が生まれてきたから、私達は救われたんだ! だから、私の前からいなくならないで!)

 

 果たして誰に向けられた言葉なのだろうか。

 

 汗ばむ手が小刻みに震える。

 視界の端が滲み始めた頃、ふと遠くの通りの先に蒼銀の髪が、光を受けてきらりと揺れた。

 

「……ケイちゃん?」

 

 その瞬間、張りつめていた呼吸がほどける。

 トアはもう一度、力の限り駆け出した。

 その足音は、煉瓦の街に響くどんな音楽よりも、真っすぐで切実だった。

 

 ケイを見つけたからだろうか。

 トアは俯瞰的に今までの自分を見て、思わず笑う。

 

「……どうしちゃったんだろう、私。すごく焦っちゃった」

 

 まるで、ここでケイを見逃したら二度と会えないのではないか。

 彼女を失ってしまうのではないか。

 無意識のうちに、そう思ってしまっていたようだ。

 

 しかしのその根拠のない予感には、不思議とリアリティがある。

 悪夢から覚めた後の様な安堵と虚脱感からトアはフラフラとその背中を追う。

 

 そして、駆け寄りその背中へと声を掛けた。

 

「ケイちゃん、もうどこに行っていたの? 探したんだよ!」

「え?」

 

 振り返った少女は見知らぬ顔であった。

 トアは一瞬その事実が理解できずに固まる。

 それから自分が人違いをしていたのだと理解すると同時に、顔がごうごうと火を起こしたかのように熱くなっていったのがわかった。

 

「ご、ごめんなさい! 間違えちゃった!」

「いえいえ、いいですよ」

「その、すっごく知り合いに似ていて」

「成程、確かにソルシエラの格好だと知り合いの区別ってつかないですもんね」

「……え?」

「え?」

 

 何か重要な部分で噛み合ってないのではないかと、トアは首を傾げる。

 そして改めて目の前の少女を上から下まで観察した。

 少女も見られて悪い気はしないのか、むしろミステリアスな感じのポーズまでとってくれる。

 

 蒼銀の髪に、細部は違うが見覚えのある白と黒のゴスロリ衣装。

 間違いない、その姿は。

 

「……ソルシエラだ」

「そりゃそうですよ。ソルケットなんだから」

「ソル……なんて?」

「ソルケット! ソルシエラに関するイベントですよ! んもう、とぼけちゃって。クローマでソルシエラの真似をすることは恥ずかしいことじゃないですよ? 知り合いと間違えたって言ってましたけど、知り合いもこんな格好をしていたという事では?」

「格好と言うか、見た目というか……」

 

 ソルシエラの真似ではなく本人である。

 コスプレではなく正装である。

 

 そう言いたい気持ちをぐっとこらえて、トアは否定しようとした。

 が、そこでふと気が付く。

 

(……これ、もしかして参加者に間違われて連れ去られてない?)

 

 大いにあり得る話である。

 一度その可能性を思いついたが最後、どう考えてもそうとしか思えなかった。

 

(今のケイちゃんって押しに弱いし、絶対にそうだよー!)

 

 そうと決まれば、トアも参加するしかなかった。

 今クローマで開かれている謎のイベント、ソルケットに。

 

「ちなみに、そのソルケットっていうのはどこで開かれているのかな」

「ああ、それでしたら一緒に行きましょうか。私丁度向かっている最中だったので」

「本当? ありがとう!」

 

 生徒は「付いてきて」とソルシエラには似合わない明るさで告げると、先陣を切って歩き出す。

 そのやや後ろを追いかけながら、トアは気になっていたことを聞いた。

 

「いったい誰がそんなイベントを……?」

「ソルシエラ同好会です。ちなみに前生徒会長からは危険な組織として解散命令が出されていました。が、リュウコになってからまた活動を許して貰えて」

「そうなんだ。リュウコちゃん、優しいもんね」

「おや、お知り合いですか? そうなんですよ、リュウコは優しい。なので、今回のイベントも彼女が会場を押さえてくれました。いやぁ、これで来年の人気投票でリュウコに投票すればいいだけだって言うんですから破格の条件ですよね。アイツが生徒会長でよかったー」

「そ、そうなんだ……」

 

 優しいというよりは打算である。

 しかも、バレたら何かしらの処罰が下りそうなタイプの企みであった。

 

「まあ、これもソルシエラがきちんと公式ファンクラブを設立してくれれば済む話なんでしょうが。六波羅ファンクラブやタタリファンクラブなんかはイベント事も盛んにおこなわれていますし、それが公式だから堂々としています。いやはや、見習いたいものですね」

「確かにソルシエラはそういうのないもんね」

「それが彼女のミステリアスな魅力であるという声もあるので、公式で何かをお出しすることに否定的なファンもいますけどね。二次創作や同人だからこそこうして活動できているという思想の持ち主もいて」

「同好会って一枚岩じゃないんだ……」

「そりゃそうですよ! 私達は所詮は蛾の群れ。強い光に寄せられた存在でしかありません。この前だって我らが★ヨミさんが――」

 

 明日には半分くらい忘れていそうなソルシエラファンクラブエピソードを聞いていると、気が付けば会場へと到着していた。

 その会場の光景を見て、トアは思わず眩暈を起こす。

 

「そ、ソルシエラがいっぱいだぁ」

「幸せですね。……ん、何やらあそこのステージに人だかりが出来ていますね。あそこはリュウコのトークショー(笑)が開かれている閑散としたクソブースの筈。どうして急に人気が……?」

 

 生徒の指さす方には、確かに蒼銀の髪の持ち主がごった返している。

 そのステージには蒼銀の鱗を持つ美しい龍がいた。

 

「行ってみましょうか。もしかすると、知り合いもあそこにいるかもしれません」

「確かに、人が多い所に流されているかも。今のあの子、藁みたいに弱いから!」

「凄いか弱いんですね。ソルシエラ実はか弱い少女学会に興味は?」

「ないです」

「そうですか。興味が湧いたら連絡を。我々はいつでも歓迎します」

 

 生徒から名刺を受け取りながら、トアは人混みの中へと向かって行く。

 

(そうだ! あそこにリュウコちゃんがいるなら、お願いして探して貰おう!)

 

 我ながら妙案であると、トアは勝ちを確信して頷く。

 探し人を見つける逸話を使えば、ケイを見つける事など容易いだろう。

 

 そう考えて、人混みの中をずいずいと進んだトアはやがて人混みの先陣へと到着した。

 ステージ上には、確かにリュウコの姿が見える。

 

「リュウコちゃん! 実はケイちゃん、が……」

「――はい、押さないでー!ポーズ指定はリュウコ投票権を買った人だけだよー!」

 

 ステージ上のリュウコは、それはそれは良い笑顔で観客たちへと声を掛け続ける。

 その観客たちの視線とレンズは全てリュウコからやや離れた場所にいる一人の少女へと向けられていた。

 

 蒼銀の髪に、本物と殆ど同じ黒を基調としたゴスロリ衣装。

 そしてその両手に大鎌を持ち、顔を赤くした少女が一人。

 

「……け、ケイちゃん!?」

 

 ステージ上で一身に注目を浴びる彼女こそ、トアが探し求めていた友人であった。

 彼女は今、その顔を羞恥に染めながら、必死にカメラの前でポーズをとっている。

 

「ほ、ほしのかがやきを……しるがいいっ(蚊の鳴くような声)」

 

 ソルシエラからは考えられないか弱い声と動作に、更にシャッター音が加速する。

 トアの隣では、ここまで案内した生徒が学会仲間へと緊急連絡を始めているところであった。

 

「と、取り敢えず見つけたし……じゃあ」

 

 トアは少し考えて拡張領域へと手を伸ばし、スマホを取り出す。

 当然起動するのはカメラアプリ。

 

「ケイちゃん! こっちにも目線頂戴!」

「っ!? と、トアちゃん!? ~~っ!」

 

 トアの中に残された、変態的でよくない部分がモリモリ活動を始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『素晴らしいねぇ^^ 相棒には羞恥が無いから、こうして無垢シエラで摂取するしかないよ^^』

『ねえ君ここの同好会に顔出してる? ★ヨミ先生のエピソード滅茶苦茶あったんだけど』

 

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