【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
初めて出会った時の蒼い目を、トアはいつまでも覚えているだろう。
春から夏へと移り変わりはじめ、葉桜を見かけるようになった頃、彼女は現れた。
いや、当時は彼としてだろうか。
「――那滝ケイさんですね」
「はい」
フェクトム総合学園では比較的綺麗な教室。
そこで向き合う形で三人の少年少女が座っていた。
「では面接を始めます。といっても形式上の簡単なものですから、肩の力は抜いてくださいね。あ、こちらは面接官の月宮トアちゃんです」
「と、トアです! そ、その、よろしくお願いしますっ!」
突然自分の名前を呼ばれたトアは、肩を震えわせて背筋をピンと伸ばす。
何故だか緊張してしまうのは、彼女にとって初めての同級生だからだろうか。
「トアちゃん、それじゃどっちが面接受けるかわからないから落ち着いて」
「は、はい!」
トアの様子を見て、面接を受けに来た青年は小さく笑みを浮かべる。
それに気が付いたトアも、誤魔化す様に笑う。
これが二人の出会いであった。
【■月■■日】
トアとケイが仲良くなるのにさして時間はかからなかった。
遠慮がちで相手の意見を尊重するトアと、そんな彼女の内心を察してコミュニケーションを図るケイ。
反発や不和もなく、一週間もすれば彼女達は友達と呼べるだけの距離感を築き上げていたのだ。
「ケイ君って、アルバイトもしているんだよね?」
「うん、そうだよ。アリアンロッドの近くのコンビニがたまたまバイトを募集していてね。働いてみると意外と面白いよ」
「うぅ、私には出来そうにないなぁ。夜にお仕事したら、昼に眠くなっちゃいそうじゃない?」
「……実は、少しだけ」
ケイはそう言っておどけるように肩をすくめてみせた。
他愛もない、いつも通りのやり取りだ。
トアから見たケイは、那滝の名を持つ者にしては随分と親しみやすい。
故にこれからもずっとこのような友人としての関係を築いていくものだろうと考えていた。
――その日の夜までは。
トアの夜は早い。
食べるだけ食べたら、眠くなる。
寝る子は育つを己で証明しようと日々研鑽を積むトアは、その日もいつも通りにベッドへと潜り込もうとしていた。
が、カーテンを閉めようと窓辺に近づいた彼女は、ふと気が付く。
「……あれ、人がいる?」
人影が、学園から少し離れた場所へと歩いていくのが見えた。
その先にあるのは訓練のために残された数少ない初心者用のダンジョンである。
「ミズヒちゃん……? いや、ミズヒちゃんは今日は帰らないって言っていたしなぁ」
トアはうんうんと唸り、首を傾げた。
「とりあえず、行ってみよう」
昼間のケイとの会話が、彼女の中に本来はなかった積極性を生んだのかもしれない。
あるいは、その日の夕飯のモヤシが美味しくて調子が良かったのか。
いずれにせよ、今のトアは少しだけ積極的であった。
■
訓練用の初心者ダンジョンは、トアも何度か通っている。
故に夜であろうとも道を間違えることはなかった。
彼女は人影が消えたであろう道を追って進む。
辺りの魔物は全て倒されており、彼女はその痕跡を辿るだけで良かった。
「……凄い。全部、一撃だ」
華麗に両断されたその断面を見て、トアは感心する。
同時に、それがミズヒの物ではないとも理解できた。
銃弾が通り抜けたというよりは、刀で断ったかのように滑らかな断面。
おそらくは、剣であろうか。
剣を使う探索者。トアには一人だけ心当たりがあった。
「もしかして、ケイ君?」
自己紹介の時に短剣を扱うと言っていたことをトアは思い出す。
那滝家の人間ともなれば、その腕前も一級品であろう。
その戦いぶりを見たことはないが、那滝家に相応しい実力を持っているであろうことを疑う余地はない。
「バイトの後に訓練までするんだ……!」
トアはその向上心に他人事のように感動しながら頷き、歩みを進める。
友達が頑張っている姿を、俄然見たくなったのだ。
「ええっと、こっちの道かな」
トアは魔物の死骸と時折残されている足跡を追って進む。
やがてトアが辿り着いたのは、洞窟であった。
ここで訓練をしていた彼女は知っている。
この中には何もなく、ひんやりとして静かなお昼寝スポットだけが存在していることを。
夏場はここで眠ると良い夢を見られるのだ。
「ケイ君、いるの?」
洞窟の中は行き止まりである。
故にその中で休憩でもしているのだろうと思ったトアは、顔をひょっこりと覗かせて問いかける。
しかし、そこにケイの姿はない。
それどころか、今まではなかったはずの道が出来上がっていた。
崩れるようにして洞窟の壁面が割れ、その奥へと道が続いてる。
「……え?」
トアはそれを見て暫し固まった。
こんな所に道が続いているなど聞いたことがない。
まるでトアを誘うように暗闇をぽっかりと広げているその洞窟の奥からは、かすかに誰かの足音が聞こえる。
どうやら中に誰かがいるようだ。
「ふ、不審者だったらどうしよう」
トアは顔を青くする。
自分程度では不審者を倒す事など出来ないかもしれない。
そう考えて逃げ出そうと考えたトアだったが、何度かの逡巡のあと彼女は進むことを選んだ。
「ケイ君達も頑張っているんだから、私も頑張らないと……!」
外部からの新たな刺激により、トアは少しだけ前向きになっていた。
彼女は重砲を取り出すと、暗闇へと向けて進む。
「大丈夫……大丈夫……!」
自分に言い聞かせるようにそう言いながらトアは気配を確かめるように一歩ずつ進んでいく。
そうして洞窟の先、妙に現代的で無機質な通路を抜けた先でトアは一人の少女を目にした。
差し込む月明かりに照らされる蒼銀の髪と、特徴的な黒と白のゴシック衣装。
そんな訳がないというのに、トアはその姿を見てその名を口にしていた。
「……ケイ君?」
「っ!?」
名を呼ばれて、少女が振り返る。
顔の下半分を妙なマスクで覆った少女は、トアの姿を見て驚いたようだ。
「トアちゃん……どうしてここに……!?」
その言葉を聞いてトアは確信する。
目の前の少女は、自分が知るケイであると。
「け、ケイ君、その格好は……?」
「これは……」
ケイは押し黙る。
場を沈黙が支配するが、トアも言葉を探して何も発することが出来ずにいた。
(え~!? ケイ君って女の子だったの~!? ど、どうしよう、これってミロクちゃん達は知っているのかな!?)
重砲を構えたまま、トアは内心であわあわとしていた。
が、表情だけはキリッとしてケイの言葉を待つ。
やがて、ケイは意を決した様子で息を深く吐いた。
「……まさか、見つかるとはね。トアちゃん、どうかこれから言う事を冷静に聞いて欲しい」
「な、なに……?」
ケイは、そのマスクを取り、トアを真正面から見据える。
そして真剣なまなざしでこう告げた。
「実は、私は女の子なんだ」
「そうなんだ……!」
トアはその言葉を素直に信じた。
どう見てもその姿は女の子であり、そもそも女の子しかいない学園で平然としている時点で少しばかり異常ではあると思っていたのである。
「ど、どうして嘘をついていたの? というか、そもそもここは何?」
「話せば長くなる。それに、私も全てを知っているわけじゃないんだ。……ただ、奴らが関わっている事は確実だろうね」
「奴ら……? ケイ君、何か目的があってこの学園に……?」
「………………そうだとも言えるし、そうでないとも言える」
「?????」
ケイの言葉に首を傾げたトアが追求しようとしたその時だった。
「っ!? 爆発?」
「ッ、マズイ! 奴らかもしれないっ!」
ケイは弾かれたように爆発の聞こえた方向へと走り出す。
トアは慌ててその後を追った。
「奴らって!?」
「知らない方が身のためだよ! というか、早くトアちゃんは逃げて!」
マスクを再び装着して、ケイは武装を展開しようとしたのかその手を虚空にかざす。
すると、現れたのはいつもの短刀ではなく黒々とした大鎌であった。
「ケイ君、その武器は何!?」
「????? …………これは、私の扱う本当の武装。これも、出来れば黙っていてくれると嬉しいかな」
「いったい、ケイ君は何を……きゃぁっ」
走っていると、唐突に床が崩れ始めた。
トアはバランスを崩してその中へと落ちていく。
「っ、トアちゃん!」
ケイもその後を追って崩れる床を足場にして落下していき、地面にトアが直撃するスレスレでその体を片腕で抱き留めた。
「大丈夫?」
「う、うん」
「そっか。よかった」
砂ぼこりを払いながら、ケイは安堵と共にほほ笑む。
その顔に、トアは思わず見惚れてしまった。
と、その時である。
「――――あ、貴女は誰ですか!?」
声のする方を見れば、派手な金髪の少女がいた。
黒い制服は、騎双学園のものだろうか。
「急に、天井から降ってきましたけど……お嬢さんたちお名前は?」
「貴女こそ、見たことがない顔だけれど。たしか、ここはフェクトム総合学園の初心者用のダンジョンの筈」
先ほどまでの優しい口調とは違い、ケイは冷たくそう言い放つ。
「わ、私はその噂のダンジョンを探検といいますか……配信といいますか」
「配信?」
「そっ、それよりも!」
少女は慌ててケイ達に近づく。
「私、追われてて! たぶん、このエリアの防御機構の一つだとは思うんですけど……」
「そんなもの、聞いたことはないけれど……」
「成程、ここは私の出番のようね」
「腕に自信が!? よ、よかった! どうか手を貸してください! あっちの方向に奴が――」
少女は、パタパタと騒がしく身振り手振りでそう伝えて、自分が逃げてきたという扉を指さした。
同時に扉が激しく音を立てて吹き飛ばされる。
「ひぃっ! 出たぁ!」
「うわぁっ! ど、どうしよう!」
「……二人共落ち着いて」
ケイだけは落ち着き払い、扉の向こうから現れたソレに対峙する。
至る所が膨れ上がった肌色の表皮に、全長三メートルを超える人型。
それはトアも見たことがない魔物であった。
「な、なにあれ?」
「なんてことの無い、ただの初心者ダンジョン用のボスよ」
まるでトアを落ち着かせるように、そう冗談を言ったケイは大鎌を構えて一人前に立つ。
そして、一気に駆け出した。
ケイは大鎌を軽々と片腕で振るう。
魔物はその体を掴もうと手を伸ばすが、細かく裁断され血が噴き出して終わった。
その血を鬱陶しそうに避けながら、次いで足を横薙ぎに左右同時に切り落とす。
一連の動作は、随分と洗練されたものであった。
「……凄い」
「そいつ、驚異的な再生能力を持っています! 何処を消し飛ばしても復活するんですよ!」
「そう」
おそらくは知っていたのだろう。
両足を切断され倒れ伏した魔物を見下ろしながら、ケイは大鎌の切っ先を地面に突き立てる。
鋭利な刃が地面に深々と刺さる。
持ち手部分先端の銃口を、怪物の先へと向けると同時に、ケイの手の辺りにグリップが現れた。
彼女はそれを握り、引金に指をかける。
そして、まるで謳うように言った。
「――
引き金が引かれ、辺りが銀の閃光に包まれる。
目が眩んでしまいそうになる程の輝きはあっという間に魔物を消し飛ばし、最後には何も残らなかった。
「すごい」
トアは呆然とそう呟く。
畏怖、感動、憧憬、他にも様々な感情がグルグルと目まぐるしく駆け抜けた。
融解する地面と大穴の開いた壁。
高熱で景色が揺らぎ、近くにいるはずの彼女が随分と遠くに見えた。
これが全ての始まり。
月宮トアという少女が生まれて初めて出会った星の輝きである。
(私、凄い人と友達になっちゃった……!)
その輝きの代償が何であるか。
その輝きに手を伸ばすことがどれだけ愚かであったか。
今の彼女はまだ知らなかったのだ。