【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第428話 終わりの月と誓い

 ケイという少女との出会いは、トアの人生に劇的な変化をもたらした。

 庇護を受ける者であった少女と、一人孤独に戦う使命を背負った少女。

 

 トアの人生の変化は数えきれないだろう。

 例えば、今のこの状況。

 

 沈む夕日を見ながら観覧車に乗っている事ですら、今までの彼女では考えられなかったであろう。

 

「バイト、お疲れ様。ケイちゃん」

「うん、トアちゃんもお疲れ様」

「あ、そうだ。帰りに銭湯行こうよ。クローマに出来たんだってさ」

「いいけど……そういって、また()()()をじろじろ見ないでよね」

「あっ、あれは偶々だよぉ!」

 

 トアとケイは互いを見つめて笑いをこぼす。

 今日は二人でヒノツチランドでの着ぐるみのアルバイトをした。

 

 馴れない事に四苦八苦したが、それも友達との楽しい思い出となる。

 ミロク達への土産話も出来たし、大満足と言っていいだろう。

 

「うー、お腹空いたよ」

「ふふっ、食いしん坊」

「もう、じゃあケイちゃんはお腹空かないの?」

「……実は、私も少しだけ」

「じゃあさ、観覧車降りたらハンバーガー食べようよ!」

「仕方ないなぁ……ん、トアちゃん、待って」

 

 観覧車が下へと降りてく。

 外の景色を眺めていたケイは、ふと違和感に気が付いたように目を細めた。

 

「……これは、何かがおかしい」

「え? それって――うわっ」

 

 突如として激しい爆発が起きた。

 同時に、遠くの方に現れたのは異形の怪物である。

 

 あっという間に火に包まれる遊園地に降り立った二人は、顔を見合わせると同時に駆けだした。

 

「これも銀の黄昏ってやつの仕業かな!?」

「うん。だから気を付けて。まずは救助からだよ――」

 

 ここからの顛末など、語るまでもない。

 ただ、正義の味方が勝利しただけのありふれた話である。

 そこに一切の悲劇が介在する余地はなく、いたって完璧な青春冒険譚の一ページだ。

 

 他にも彼女達は多くの事を成し遂げた。

 

 騎双学園との領地戦では、敵であるはずの執行官の助けも借り、勝利を収めることが出来た。

 千界学園で起こった摩訶不思議な事件では、二人で力を合わせて解決に協力した。

 ジルニアス学術院では、姉妹の悲しい運命を見届け、その新たな始まりに敬意と祝福を送った。

 

 他にもたくさんの戦いがあり、戦った数だけ絆が深まっていく。

 

「ケイちゃん、私達ならきっと銀の黄昏にも勝てるね!」

「……うん、そうだね」

 

 はたしてそのやり取りは一体いつのことだっただろうか。

 彼女はもう覚えていない。

 

 そんな根拠のない無価値な会話よりも、覚えるべき悲劇があったからだ。

 

 

 

 

【■■月■■日】

 

 その日をトアは生涯忘れることはないだろう。

 それは、全ての悲劇の始まりなのだから。

 

「――天使の討伐作戦?」

「ああ、そうだ。第二の天使との戦いで、タタリと六波羅は疲弊しているようでな。新たなSランクである私に白羽の矢が立った。なに、これもSランクの務めだ。天使など焼き尽くしてくれよう」

「……ミズヒ先輩、俺も行きます」

「ケイ、お前はこの学園を頼む。それに私を少しは信用してくれ。少しは先輩らしいところを見せないとな」

 

 ミズヒはそう言って、ケイの頭を撫でる。

 まだ何か言いたげだったケイを残して、ミズヒはそのまま焔となってその場から消え去った。

 トアはその光景をずっと見ていた。

 

 きっと自分達はまた勝利を収めるだろう。

 そうして、また明日がやってくる。

 

 ――根拠のないその自信は、変わり果てた幼馴染の姿と共に打ち砕かれることになった。

 

 

 

【■■月■■日】

 

 一人の少女が死んで、多くの時間が経過した。

 

 フェクトムの空気は重く暗い。

 誰かが無理に笑顔を作るが、しかし次の瞬間にはその空気の重さに耐えきれなくなり押し黙る。

 

 そんな空気に耐えきれなくなったのか、トアは今まで以上にダンジョン攻略に臨むようになった。

 ケイや新たに加わったミユメ達と共に多くのダンジョンを攻略していく。

 そうすれば、欠けたものを取り戻せると思った。

 幼馴染が、もう一度笑ってくれると思ったのだ。

 

 しかし、そんな日はもう来ない。

 時に姉のように、時に母のように優しい笑顔を向けてくれていた幼馴染は、一度も笑う事はなくなった。

 

 

 

 

【■■月■■日】

 

 ある日、ミユメはあるものを作り出した。

 それは対象の閉じた次元深層領域を模倣し、再現することが出来るらしい。

 

「これで、ミズヒさんはこれからも私達と一緒に戦ってくれるっす」

 

 ミズヒの死体から情報がコピーされ、真っ赤な焔が再びフェクトムに灯る。

 しかし、それに以前のような温かさは感じられなかった。

 

 けれども少女たちは互いを励まし、本心を誤魔化すように決意を口にする。

 もう二度と、犠牲を出してはならない。

 もう二度と、誰も欠けない。

 

 そんな約束に意味など無いというのに。

 

 

 

【■■月■■日】

 

 銀の黄昏と天使の猛攻は止むことはなかった。

 常に誰かが傷つき、戦場を去っていく。

 

 どれだけの力があろうとも、平等に終わりは訪れた。

 

 当然、トアの大切な人にも。

 

「――ケイ!」

 

 第4の天使との戦いの最中、ケイは唐突に気を失った。

 病室に駆け付けたトアが目にしたものは、痩せこけ死んだように眠るケイと、その手を握るミロクの姿である。

 

「ミロクちゃん、ケイは大丈夫……?」

「……わかりません、私には何も。ただ、トウラク君が戦場で殺されてから気を失ってしまったと」

 

 ミロクはそれだけを絞り出す様に答え、悔しそうに唇を噛む。

 

「……私がもっと早くアラクネを壊滅させていれば良かったんだ」

「トアちゃんのせいじゃありませんよ。ただ……仕方が無い事だったんです。それに、まだ死んではいません」

 

 うわべだけの言葉だ。

 それはミロクの声色からすぐに察することが出来た。

 

 しかしトアは敢えてその言葉に力強く頷いた。

 ケイが動けないなら、自分がその分も戦わなければならない。

 

 何故ならば、自分はソルシエラの相棒なのだから。

 

「……エクスギア、今はケイが持っていたよね。私が預かるよ。これを眠らせておける様な余裕はない筈だから」

「お願いします、トアちゃん。……私も戦えたら良かったのですが。そうすれば、ミズヒも……!」

「ミロクちゃんは十分に私達の助けになっているよ。だから、いつもみたいに待っていて」

「…………はい」

 

 トアはエクスギアを受け取り、病室を後にする。

 まだ、戦いは終わっていない。

 

 こんな所で立ち止まる事など出来ない。

 

 

 

【■■月■■日】

 

 

 一つの戦いの終わりには、必ずトアは戦場を見渡す。

 そうすることで、自分が何を殺し、何を失ったのかを心に刻むのだ。

 

 今回の戦いでトアの心に刻まれたのは、今まで自分達を導いてきた強者の死であった。

 

「……ははッ、まさか戦って死ねるなんざ、思ってもみなかったなァ」

 

 第五の天使と銀の黄昏との戦いで多くの探索者と数人のSランクが死んだ。

 学者と第三の天使が残した異能とクローンの生成技術により疑似Sランクが大量に生産され戦地に投入されたのである。

 

 その多くを殺し、第五の天使にトドメを刺したのは六波羅というSランクであった。

 デモンズギアを扱い、超常の異能を持つ最強はその名に恥じぬ働きでこの戦争を人類の勝利と言う形で収めて見せた。

 

 代償は、彼とその相棒の命である。

 

「……いいか、トア。狙うなら、心臓だ。一撃でぶち抜けェ」

「……はい」

「はッ、ンな顔すんじゃねェよ」

 

 六波羅は鋭利な歯を見せつけて笑う。

 例え、胴から下がなくなっていようとも、彼はそれを感じさせなかった。

 

 トアは震える手で剣の先を六波羅へと向ける。

 ここに来るまでに命を奪った剣の刃は、赤黒く染まっていた。

 

「エイナも満足してるだろォさ。俺もそうだ。……けど、なんだ。唯一心残りがあるとすればよォ……あいつの想いに応えてやればよかったなァ……」

 

 それはトアに言っているというよりも、まるで独白のようであった。

 彼の眼は既に焦点が合わなくなり始めている。

 

 トアは何か言葉を投げかけようとして、口を閉ざした。

 自分のいらぬ言葉が彼を現実に引き戻してはいけないと思ったからだ。

 

 代わりに彼女は、精一杯の力で剣を振り下ろす。

 それがトアに出来る手向けであった。

 

「相変わらず、俺は、後悔が遅ェ……」

 

 トアは呆然と空を見上げる。

 いたる所から昇る黒煙が、せっかくの青空を台無しにしていた。

 

 剣に新たに力が刻まれる。

 絶対の無敵。

 最強の証であるその力に、果たして何の意味があるのだろうか。

 

 

 

【■■月■■日】

 

 

 銀の黄昏との戦いは、もはやトアにとっては世界を救うだけではない。

 自分から多くの物を奪った奴らに対するその気持ちは、報復が根源にあった。

 

 故に、その決戦においてトアは剣を構えて先陣を切った。

 相対するは、ソルシエラが持つ星詠みの杖と相反する力を持ったデモンズギア――トリム。

 

 僅かに残ったSランクとデモンズギアの契約者たちと共に臨む、銀の黄昏との最終決戦。

 その勝者だけが第六の天使を殺し、天上の意志に挑む資格を与えられる。

 尤も、そんなものはトアにとってはどうでも良いのだが。

 

 トアは銀の黄昏を潰す事さえできればよい。

 ただそれだけの望みすら、戦場では純粋な強さによって否定された。

 

「……っ」

「ボクを相手にその程度か? 姉さんでも連れてきた方が良かったのではないかな?」

 

 真っ赤な髪が戦場に揺れる。

 遠くの空で龍が落ちる光景を、トアは見つめていた。

 

「さて、ボクの勝利だね」

 

 トリムは空中で大剣を構える。

 その剣には恐ろしい程に魔力が凝縮されており、放たれるのは時間の問題であった。

 

「っ、actはもう使えない……!」

 

 今のトアには見上げることしか出来ない。

 と、その時であった。

 

「そうはさせないわ」

 

 聞こえた声にトアが振り返る。

 そこには、待ち望んだ蒼銀の髪の少女がいた。

 

「ケイっ!」

「ごめん、遅くなったね」

 

 ソルシエラはそう言って大鎌を構える。

 その姿は以前よりも弱弱しく、そして今にも消えそうだった。

 

 しかし彼女はそれを感じさせまいと不敵な笑みで、トリムへと一歩一歩向かって行く。

 

「駄目よ、トリム。貴女は私が殺すのだから」

「はは、姉さんの契約者か。いいね、少しは遊べそうだ」

「……こっちは遊ぶ気なんかない」

 

 瞬間、ソルシエラの纏う魔力が格段に増した。

 同時にその衣服がより漆黒に包まれていく。

 

「へえ、この土壇場で契約を一段階上昇させたんだ。面白いな」

「すぐにそんな減らず口を叩けなくしてあげる。……トアちゃん、これを」

 

 そう言って、ソルシエラはエクスギアへと光を送る。

 

「私の干渉の力をあげるわ」

「っ、ケイ! それって――」

「もう、早とちりしないで。保険よ。……じゃあ、そろそろ行くから」

 

 そう言ってソルシエラはふわりと浮くと、トリムへと向かって行く。

 おびただしい魔力を自身に収束させた彼女は加速し、そのままトリムへ――。

 

「ケイッ!」

 

 名を呼ぶ声は空を包み込む巨大な爆発にかき消された。

 二つのデモンズギアが巻き起こした爆発により、辺りが揺れ、轟音と暴風に包まれる。

 

 トアは剣を胸に抱き、その嵐が過ぎ去るのを待つことしか出来なかった。

 

「……ケイ、どこ」

 

 返事はどこからも聞こえてこない。

 

 最後に残されたのは、力に満たされた究極の一振りのみ。

 はたして、それで守るべきものはまだあるというのか。

 

 

 

【最後の日】

 

 銀の黄昏と第六の天使との戦いが始まろうとしている。

 これで銀の黄昏が勝てば、天上の意志が降臨するだろう。

 

 しかし、今のトアにはそれどころではなかった。

 

「――出来たっす」

 

 力強く、万感の思いが籠った言葉だった。

 眼帯をしたミユメは、トアを見て硬い表情で頷く。

 

「エクスギアに一度っきりの時間遡行の能力を付与したっす。仕組みとしては、ダンジョンで生成される聖遺物と同じでエクスギアに魔力体となって乗り込む形で――って、今はどうでもいいっすね」

「……これで、過去に跳べるんだ」

 

 残された二人が選んだ答え。

 それは今を受け入れるのではなく、新たな未来を切り開くことであった。

 

 その為なら惜しむものはない。

 二人は全ての力を存分に注ぎ込み、それを完成させたのである。

 

「けれど、注意点が二つ。まず一つは、過去に跳ぶ際に体は魔力で構成されることになるっすから、すぐにその時間の自分の体を借りるっすよ」

「任せてよ。過去の私ならすんなり貸してくれる」

 

 なんせ、臆病で、一人じゃ何もできないから。

 そう言おうとして、トアはやめる。

 わかりきった事をわざわざ言う意味はないだろう。

 

「二つ目。跳んですぐ、エクスギアはきっと破損するっす。だから、エクスギアを万全に扱う為には直す必要があるっすよ」

「じゃあ、あっちのミユメちゃんにお願いする必要があるね」

「いいえ、それよりももっと効率が良い方法があるっす」

 

 そう言って、ミユメは一つの計画書を差し出した。

 

「これは?」

「過去での動き方っす。特に、銀の黄昏との接触部分はよく読み込むっすよ」

 

 トアはそれを暫く読み進める。

 そして唐突に眉を吊り上げた。

 

「っ!? 私に銀の黄昏と仲良くしろって!?」

「その必要があるっす。上手くいけば、トリムの契約のシステムにエクスギアを割り込ませ、銀の黄昏の計画を変更させ、破損したエクスギアを修復できるっす。というか、これしかないっすよ。全てを救えるのは」

「…………わかった」

「ごめんなさいっす。どうしてもトアちゃん一人でやると、こんな道しかなかったっすよ。でも、あいつらの銘を利用すれば必ず話に乗ってくるっす!」

「……うん」

 

 トアは頷く。

 そして、エクスギアを手に取った。

 

「じゃ、いつかの明日で」

 

 まるでいつものように気軽なあいさつと共に、ミユメはそう言って笑った。

 その笑顔は、今から時間遡行分のエネルギーに変わる人間とは到底思えない。

 

 けれど彼女が笑っているなら、トアも笑わなければならなかった。

 今までのような泣き虫では駄目だ。

 もっとソルシエラのように底を知られないように、余裕を見せる必要がある。

 

「――ははっ、まあ見ててよ。ちゃっちゃと運命変えるからさ」

「おお、頼もしいっすね」

 

 二人はニッと笑って、そして――。

 

 

 

 

 

 

【○○月○○】

 

 眩い光の後にトアの目の前に広がったのは、今となっては懐かしい自分の部屋であった。

 

「あ、あわわ……! だ、誰ぇ!?」

 

 そして、あまりにも情けない自分。

 

(ここからだ。……ケイ、皆……今度は私が助けてあげるから)

 

 それは無価値であった過去の自分との決別。

 そして。

 

「やあ雑魚(わたし)。早速だけど体をシェアしようか」

 

 未来への誓いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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