【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
ある一つの提案を最後に、0号は再び姿を消した。
まるでやるべき事は終えたとでも言わんばかりに、その場に羽を一つ残して。
最初からそこにはケイ一人だけであったかのような静けさの中、ケイは窓の外へと目をやる。
夕日が沈み、間もなく夜が訪れようとしてた。
星は未だ見えそうにない。
「……そうだ、このドリンクをクラムちゃん達に渡さないと」
今の自分の役割を再確認するようにわざとらしい言葉と共にケイは駆け出す。
廊下に響く一人分の足音がまるで自分を責め立てるようで、彼女は更に速度を上げた。
■
ケイが辿り着いたのは、つい先日訪れた訓練場だ。
辺りから激しい爆発音が響き、地面が揺れる。
「わっ、凄い爆発」
黒煙と舞う砂塵に目を細めるケイが、訓練場へと足を踏み入れるのを躊躇していると、足が何かにぶつかった感触があった。
下を見てみればそこには喉を膨らませる可愛らしい機械仕掛けの蛙が、その小さな手でケイの靴を叩いている。
「人吞み蛙さん、ごめんね邪魔しちゃって」
人吞み蛙は目の前で大きく何度か跳ねる。
言葉を発していない筈だったが、不思議と「気にするな」と言っている気がした。
人吞み蛙はもう一度何度か飛び跳ねると、爆発の中へと飛び込んでいく。
「えっ、ケイが来てくれたの!?(クソデカ声)」
爆発音すら霞むような声が黒煙の中から聞こえる。
間もなく、煙を突き破るような勢いでクラムが飛び出してきた。
「ケイ! こんな所に来ちゃ危ないよ!」
「あっ、その……私にも何かできないかなと思って」
ケイはそう言うと拡張領域から瓶を二本取り出す。
「これは?」
「ミユメちゃんが作ったんだ。すごく練習の効率が上がるんだって」
「へぇ、飲むのが怖いけどありがとう。早速貰うよ」
愛する人から渡されたという一点にのみ重点を置いたクラムはその瓶を受け取ると迷わず飲み干した。
液体を口に入れた瞬間、明らかに目を見開いていたがケイは指摘しない。
彼女なりの優しさだった。
「う、うん、ありがとう……すっごく効きそうな感じがするよ」
「なら良かったよ。でも、無理はしないでね?」
「しないしない。私にそんな度胸はないし。ヒカリ達と一緒にしないでよ」
そう言って軽薄そうに笑ってはいるが、その姿はボロボロであった。
訓練場にも至る所に爆発の痕があり、壊れた訓練場をこうしている今も人吞み蛙達が修復している。
「クラムちゃんはどんな特訓をしていたの?」
「特訓って言えるほどの事じゃないよ。私に出来ることはただのブラッシュアップだけ。今出来ることを全部完璧に仕上げないと。少なくとも、ネームレスのマーちゃんズに負けるなんてみっともない結末だけはごめんだからね」
クラムの肩には一匹の人吞み蛙が乗っており、同調するかのように頷く。
どうやら人吞み蛙達にもプライドがあるようだ。
「……ってそうだ、ヒカリにもドリンクあげないとね。ヒカリー!」
「はーい!!!!!」
声と共に薄暗くなった空から一筋の光が落ちてくる。
流れ星の様に見えたそれは、光翼を展開したヒカリであった。
「おやケイちゃん、どうしましたか?」
「私達の為にミユメの発明品を持って来たんだってさ。練習の効率が上がるらしいよ」
「成程……! ありがとうございます! ではいただきます!」
「あっ、ちょっと待ってヒカリ。それ味が――」
「体に効きそうな味で美味しいです!」
勢いのままに瓶を空にしたヒカリは、満足げにそう言って頷いた。
その顔は嘘をついているようには見えない。
彼女は腕を組み、仁王立ちでより一層頼もしく見えた。
「……あれ?」
ふと、ケイは気が付く。
「ヒカリちゃん、その服は?」
今の彼女は黒のショートパンツに赤いマフラーと、先ほどまでとは全く違った姿をしている。
「ッ! よくぞ気が付いてくれました! これは私が劇場版でのみ使用可能だったソルシエラ・ブライト群星形態です!」
「劇場版????」
「ケイ、あんまりまともに聞かない方がいいよ。この子はこの子でおかしな価値観を持っている」
「あの日だけの限定ではありましたが、ミユメちゃんにすっごくお願いしてなんとか再現できるように特別なダイブギアを作って貰いました! まあ、10秒しかもたないんですけどね! 出力もあの時ほどではありませんし」
その言葉を証明するように、ヒカリの衣装がいつもの白い制服へと戻る。
「今の私がやるべきことは、この形態を少しでも上手く使う事! ソルシエラと六波羅執行官の二人の力があるんです! 理論上は最強な筈なんです! 私だって星詠みだったんですから、これくらいはものにしないと!」
「……ヒカリちゃんも、ソルシエラだったの?」
「はい! と言っても、一瞬ではありましたが。あれは、突如として現れたダークソルシエラと戦っていた時の事でした……」
「あーはいはい。……まあ、色々あってケイじゃなくてヒカリがソルシエラとして戦った時があるのよ。だからってこの子に星詠みの事とか聞こうとしちゃ駄目よ? 変な知識しか入ってこないから」
「そうなんだ……」
「それでも私にだってわかる事はありますよ!」
ヒカリはそう言うと、ケイの手を握る。
彼女の手は温かく、不思議と安心できた。
「星詠みとして初めての契約。あの時は、すっごく苦しかったです。死んでしまうのではないかと思ってしまう程に」
かつて自身が経験した苦しみを思い出してヒカリは僅かに顔を顰めた。
自分を見下ろす0号の冷たい視線は今でも鮮明に思い出せる。
「だから、ケイちゃんがあんな思いを二度としないように頑張ります! ケイちゃんには、皆の帰る場所になって欲しいんです!」
「帰る場所……」
「そうだね。ケイがエプロン姿で待っているって思えるなら、どんな戦場でも生き残れそう」
「別にエプロン姿とは言ってませんよクラム」
ヒカリの指摘をクラムは華麗に聞き流した。
そしてケイの事を手招きする。
何事かと小首を傾げながらケイが近寄ると、クラムは抱き寄せて頭を撫でた。
「よーしよし。ケイは存在しているだけで偉いよー」
「……っ」
その言葉と行動の意味を察してケイは押し黙る。
自分の中にあった焦燥感を、彼女は見抜いていたのだ。
「ケイ、大丈夫だから。私達が絶対にネームレスの首根っこを掴んで連れ戻すからさ。信じてよ」
「……うん」
「あー、ズルいです! ケイ、私も撫でてあげますよ!」
ヒカリはそう言うと、まるで大型犬を撫でるようにわしゃわしゃとケイを撫で始めた。
「ケイは今までよく頑張りました! 例え貴女が覚えていなくとも、私達が覚えています! どうか今は休んでください! 今時のヒーローは皆で力を合わせるものなんです! 今度はケイの事を私達が守りますから!」
「……ありがとう、二人共」
「そうそう、ケイは笑ってどーんと構えていれば良いのよ。前から思っていたけど、フェクトムの奴って責任感強すぎるんだよ。もう少し人に頼ったり任せることを覚えなって」
すぐに覚悟を決めて自身を捧げる選択をとってしまうフェクトムの初期メンバーに、クラムは内心でやや引いていた。
が、彼女もソルシエラが絡むとそちら側であることに本人は自覚がない。
「今度はミズヒ達にあのドリンクを渡しに行くんでしょ? 気を付けてね」
「うん。でも、場所がわからないんだよね。心当たりとかある?」
「あるある。私じゃなくてマーちゃんズがね!」
人吞み蛙達の中から一匹が飛び出してケイの前に降り立つ。
「フェクトムの各所は今、マーちゃんズが警備をしているんだ。だから、ミズヒ達の居場所はこの子が教えてくれるよ」
「そっか。じゃあよろしくね」
屈んで声を掛けると、人吞み蛙は張り切った様子で何度も飛び跳ねる。
そして道を案内するように移動を始めた。
「ケイにお願いされたくらいであんなにはしゃぐなんて。……やれやれ、主としては恥ずかしいよ」
「そうですか? 主にそっくりだと思いますけど」
ヒカリの言葉をクラムは再び華麗にスルーした。
「気を付けて行っておいで。転ばないようにね」
「ありがとう。じゃあ行ってくる」
ケイは笑顔を作ってペコリとお辞儀をしてその場を去る。
(皆、頑張っててすごいな……)
前を向けるような言葉を何度も受けて、ケイの心は救われようとしている。
しかし、救いは果たして彼女自身が望んだものなのだろうか。
『――星は常に君の傍にある』
まるで強い光を目にした時の様に、その言葉は脳裏にはっきりと焼き付いて離れない。
望みさえすれば、手を伸ばしさえすればその輝きが手に入るとするならば。
(皆を悲しませてしまうけれど、それで誰かが救えるのなら……いいや、こんな事を考えちゃ駄目っ!)
一瞬脳裏をよぎった未来を否定してケイはより強く地面を蹴る。
響く足音は、まるで思考を曖昧にしようとしているかのように強くわざとらしいものだった。
『揺れ動く心……無垢シエラ、これから一体どうするんだ……!』
『おいカメ! もっと黒を取り入れろ! 星天形態は鎧装備じゃないんだよ! そもそもミステリアス美少女がフルフェイスの鎧な訳ないだろ!』
『おぉ、しかしそれでマイロードのモチモチぷにぷにほっぺが傷ついたらどうするんだ! 我が子の安全が第一だろう!』
『ふ、二人共少し落ち着くのじゃ!』
『すごくうるさいですね……』
『賑やかだね! テム子も混ざってきていいんだよ?』
『願い下げです』