【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
ソルフィに与えられた情報により、フェクトムの行動方針は定まった。
ネームレスを止める作戦は、今まさにミユメにより急ピッチで制作されている。
「作戦開始は明朝っす!」
彼女の言葉をきっかけに、フェクトムの少女たちは再び生徒会室を後にした。
既に日は落ち、辺りは夜闇に包まれている。
にも拘わらず、校舎には明かりが灯り、少女たちがせわしなく動き回っていた。
ある者は鍛錬に励み、またある者は秘策を形にするために、そしてある者は今ある手札で最高の結果を得るべく作戦を練っている。
そんな中、ケイに与えられた役割はいたって普通のものであった。
「……んしょっと」
食堂にいる彼女の前には大量のおにぎりとそれを制作している人吞み蛙。
そして厨房では統率のとれた動きで人吞み蛙が後片付けをしていた。
ケイに与えられた仕事。
それは人吞み蛙を手伝い、少女たちの夕飯を作り届ける事である。
「こんなに作るとは思わなかったな」
ケイの前に積み上がったおにぎりは、数人の少女の胃袋に収まるとは到底思えない。
が、この学園にはその常識を打ち壊す少女が一人いた。
「……もしかしてトアちゃん?」
その言葉が正しいという事を示す様に、人吞み蛙はおにぎりの山の前にスッと涙目金髪少女の手書きイラストを差し出す。
人吞み蛙達が描いたその似顔絵はどう見てもトアその人である。
「こんなに食べるんだ……。凄いな、考えただけでも……うっぷ」
そこそこの大きさのおにぎりを人吞み蛙達は一つの盆にひょいひょいと乗せる。
それから同じように似顔絵を差し出す。
紫髪の少女と、笑顔の金髪少女であった。
その似顔絵と盆のおにぎりを交互に見たケイは何かに気が付いたように顔を上げる。
「もしかして、クラムちゃん達に持って行ってくれるって事?」
正解だとでも言うように、人吞み蛙達は跳ねる。
それから数匹が盆の下に潜り込むと、護衛の人吞み蛙達を連れて食堂をぴょんぴょんと離れて行った。
「じゃあ、私はトアちゃん達に届けに行くよ」
厨房で後片付けをしている人吞み蛙達に声を掛けて、ケイはおにぎりを拡張領域にしまい込んでいく。
そして人吞み蛙達にぺこりと一礼をしてから、トア達の元へと向かった。
■
トア達は変わらず体育館にて訓練を行っていた。
曰く、先生の秘策を形にするそうだが、ケイにはさっぱりわからない。
今の彼女に出来ることは、出来立てのおにぎりを渡すことぐらいだった。
「うぅぅぅ! おいしいぃよぉ!」
「そ、そっか。なら良かったよ」
少し遅めの夕飯により一時休憩になったトア達三人は、焔を囲みながらおにぎりを頬張る。
トアは両手におにぎりを持って、凄まじい勢いでおにぎりを消費していった。
その光景を見ながら、ミズヒとミロクもおにぎりを口にする。
訓練で空腹を忘れていたのだろうか。
おにぎりを頬張った瞬間に二人共、何も言わずに無言で二口目、三口目と食べ進めていく。
(初めて作ったけど……大丈夫かな。っていっても、ほとんどマーちゃんズが作ってくれたんだけど)
何も言わない三人を見ながら、ケイは思わず胸の前で拳を握る。
人に手料理を食べて貰う事がここまで緊張することだとは思わなかった。
「……うん、とても美味しかったです」
最初に食べ終えたミロクは、そう言ってケイに微笑んだ。
彼女は小食なのか、一つで満足そうに頷いている。
その隣に昔話みたいな量を食べる幼馴染がいるので、彼女の小食っぷりは際立って見える。
「本当ですか。それなら、良かったです」
「ケイちゃんの気持ちが込められていて、とっても美味しかったです。ね、ミズヒ。トアちゃん」
「ああ。うまい」
「はふっ、はふはふはふ! もぐっ、もぐもぐもぐ――」
トアは何度も頷き、その言葉に同調した。
まるでハムスターかリスのように頬を膨らませて口を動かすトアを見て、ケイは思わず吹き出す。
「ふふっ、トアちゃんって本当に食いしん坊なんだね」
「トアは食事から魔力への変換効率がずば抜けているからな。私達よりもお腹が空くし、よく食べる。しかしトア、よく噛んで食え。おにぎりは逃げんぞ」
トアは何度も頷いて、おにぎりをもう一つ手に取る。
山の様に積み上がっていたおにぎりは、みるみるうちに減っていく。
「トアちゃんはもう少し食べるでしょうし……うん、そうですね。ケイちゃん、少し私に付き合ってくれますか?」
「? はい、わかりました」
ケイはミロクの後を追って、体育館を後にする。
彼女は、ケイが付いてきたことを確認して隣に来るようにと手招きしてから歩き始めた。
古い廊下はところどころ軋むものの、その音さえも耳に優しく、どこか懐かしい。
二人の少女は並んで歩きながら、薄暗い明かりに照らされた木目の床をゆっくりと進んでいく。
天井から下がる裸電球が、弱い光を揺らめかせている。
その明かりは頼りないほどの淡さだが、夜の気配と不思議に調和して、校舎全体を柔らかく包んでいた。
「……明日、私達はネームレスと戦います」
不意に、ミロクはそう言った。
彼女は目線を合わせようとはしない。
目的地がある訳ではないのか、その足は気ままでゆったりとした歩幅である。
「ケイちゃんは、緊張していますか?」
「……はい。私が戦う訳じゃないのに、どうしてでしょうか。胸がざわつくんです」
「そうですか。……ふふっ」
笑みをこぼしたミロクを見て、ケイは問いかけようと口を開く。
が、ケイは静かに息を呑んだだけ。
月夜に照らされたミロクの横顔は、同性のケイでも見惚れるくらいに綺麗だったのだ。
「私も今まではそうでした。皆を見送って、無事を祈る。自分には自分の役割があると頭では理解していても中々受け入れるのは難しいですよね」
「ミロク先輩もそうだったんですか?」
「ええ、少し前まではネームレスとの戦いなんて考えられない程に弱かったんですよ? だから、こうして戦う力がある今が不思議なんです」
ミロクは手のひらを見下ろす。
今までと変わらない白く細い手。
しかし今の自分は決して無力ではないと知っている。
だから、かつて戦えなかった者としてミロクはこの言葉を送った。
「――ソルシエラにはならないでください」
「……え?」
心を見透かされたような感覚に陥り、ケイは押し黙る。
誤魔化そうにも、巧い言葉が思いつかずに彼女は視線を彷徨わせることしか出来なかった。
そんな様子を彼女の前で見せてしまえば、心の内などすぐにバレてしまう。
「その様子、やっぱりソルシエラになろうとしていたんですね。私達に黙っていたって事は、リスクがあるんじゃないですか?」
「あの、えっとその」
しどろもどろになり、心を落ち着けるようにケイは両手の指を絡めて視線を落とす。
が、それでも言葉は浮かんでこない。
「……私もそうでしたからわかります。自分だけが何もしていないと、焦っちゃいますよね。怖いですよね。だから、皆が望んでいないと知っていても、自分を犠牲に役立とうとする」
昔を懐かしむように、そして恥じるようにミロクは優しく語り掛ける。
そして、ケイが言葉を何とか紡ごうとしたその時だった。
「お願いします」
驚きが声になる前に、顔に柔らかい温度が触れる。
両腕の感触、体温の近さ、肩と背に落ちる細い指先。
突然の抱擁に、抱きしめられたケイは思わず目を丸くした。
「ミロク先輩……!?」
身じろぎすれば、ミロクの髪からふわりと香りがした。
夏の夜風に混ざるような、甘すぎない清らかな香り。
花に似ているけれど、どこか落ち着く、すぐそばにだけ漂う優しい匂い。
胸元で小さく吸い込むと、不思議と心が安らいでいく。
その香りに妙な懐かしさを覚えたのは、過去にもこうして抱きしめられたからだろうか。
「私達が頑張ります。誰も欠けずに勝利します。だからどうか……貴女はこれ以上傷つかないで。どうか、自分を愛してあげてください……!」
「ミロク先輩……」
縋りつくような声で絞り出された願い。
それはミロクが勇気を振り絞って見せた心の内であった。
泣いているのだろうか。
表情はわからない。
けれど、次に顔を見合わせたときにはいつも通りの彼女になっているであろう事は予想できた。
「わがままだという事はわかっています。それでも、戦わないで欲しいんです」
「……」
ケイはすぐには答えなかった。
たくさんの時間を使って、自分だけの言葉を選んで答えを紡いでいく。
(何を答えても、自分かミロク先輩達のどちらかを裏切ることになってしまう。……なら、私は――)
時折震えるミロクの肩ごしに見える星空は、静かに答えを待っていた。
『っぱミロケイよ。自分じゃないから美少女に抱きしめられても安心して見れるね。今でもやっぱりヒヤッとするもんね、美少女との接触は。法令を遵守しているとはいえ』
『美少女に法令なんてあるわけないでしょう』
『主殿の常識を一つずつ否定していくとキリがないぞテム子よ』