【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第436話 終わりの月と決戦前夜

 多くの者が決戦に向けて動き出している。

 ネームレスもその一人であった。

 

「理事長ー」

「おや、どうしたのかな」

 

 オフィスチェアに体を預け、本を読んでいた理事長の元へとネームレスが姿を現す。

 その頬には汗で髪が張り付き、息もやや上がっていた。

 

「仕上がったから、ソルフィと理事長に最後に模擬戦をして欲しくてね。月詠形態をぶっつけ本番で使う程、私は度胸ないからさ」

「ふむ、わかった。……と、言いたいところだけれどね。生憎とソルフィがまだお使いから戻ってきていないんだ」

「おつかいかぁ」

 

 そんな話は聞いていないとネームレスは内心で首を傾げる。

 それから、とりあえずエクスギアを取り出し理事長へと突き付けた。

 

「一応なんだけどさ、変な事を考えているわけじゃないよね?」

「今更、君に都合の悪い事をするとでも?」

 

 視線すら合わせずに、理事長は本を読み進める。

 つい先ほどまでは安穏とした空気が流れていたオフィスの空気は、張り詰めていた。

 

「……ま、いいや。それに何があったとしても理事長は教授を殺すってわかってるしね。信頼しているよ」

「ははは、生徒にそう言われちゃ頑張らないわけにはいかないね。安心してよ、私は常に人類の味方だ。今の銀の黄昏を許すわけにはいかない」

「おいネームレス、いつまで待たせるんだ。待たせすぎたせいで、ボクはお腹が減ったぞ」

 

 不満気にお腹を撫でながらトリムがやって来たのを見て、ネームレスは呆れたように笑った。

 彼女は拡張領域に手を入れたが、すぐにその中が空っぽになっていることに気が付き顔を顰める。

 

「……うわ、私の備蓄がなくなった。理事長、ソルフィに沢山食べ物を買ってくるようにお願いしてよ」

「そう言うだろうと思って、既に頼んでいるよ。それでも君達は空腹に耐えられないだろうから……はい、これ」

 

 理事長は本を読んだまま、拡張領域からカップ麵を取り出しテーブルに置く。

 カップ麵に大きく記された大盛りという言葉に、ネームレスとトリムは感心したように声を上げた。

 

「おお、理事長わかってるね」

「忙しい時は、それを食べて済ませることもある。まあ、食べずとも私は生きれるけれどね。たまにはそういうものを食べて人間の感覚を取り戻すものさ」

「おいネームレス、これはどうやって食べるんだ。作れ」

「お前……まあ、いいや。ありがとう理事長。せっかくだし、少し休憩することにしたわ」

「ああ、ゆっくり休むと良い。ソルフィが来たらこちらから呼ぶよ」

 

 ネームレスはカップ麺を二つ手に取り、理事長に礼を言うとその場を後にした。

 

「おい、まだ作らないのか?」

 

 後ろをついてきたトリムが眉を顰めて、カップ麵を指さす。

 ネームレスはそれを見て、得意げに笑った。

 

「ははっ。こういうのはね、外で食べると美味いんだよ。……昔さ、お金がない時に皆で一つのカップ麵を分け合って夜空の下で食べたんだ」

 

 懐かしさと同時に訪れる喪失感を無視して、ネームレスはトリムの頭をわしわしと撫でる。

 かつて、頼れる幼馴染が自分にそうしてくれたように。

 

「その方が美味いのか。ならボクは我慢しよう。デモンズギアで最も優秀だからな。我慢も出来る!」

「流石だねー」

 

 適当な返事をしながら屋上を目指す。

 それはカップ麵を美味しく食べる為でもあるが、少しでもこの学園都市の街並みを目に焼き付ける為でもあった。

 

 少女達の為に守る世界。

 それを改めて脳裏に刻み込むのである。

 

「あーあ。最後に一回くらい、あの子の手料理をまた食べたかったな」

 

 まるで宿題でも忘れたように気軽に。

 しかしありったけの絶望が籠った声でネームレスは静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 ソルフィが御景学園を訪れたのは、日が暮れて深夜に差し掛かる頃だった。

 あれ程の規模の騒動があったというのに学園として運営が再開されているのは、流石四大校と言ったところだろうか。

 

「――では、僕達はあくまで銀の黄昏戦ではなくその後の厄災に備えればいいんだね?」

 

 ユキヒラは作戦概要の記された資料を片手にそう言った。

 

「はい。ユキヒラ生徒会長の異能は、信奉の銘とは相性が悪いと判断しました。銀の黄昏には少数精鋭、かつ最大の戦力で挑みます」

「暗に戦力外通告されている気もするけど……うん、このメンバーなら納得かな。少なくとも、僕なら絶対に勝てない」

「彼女達はこの学園都市側の切り札と呼ぶにふさわしい探索者達です。一人、かなり渋っていましたが」

「誰の事かすぐにわかったよ。それにしても……まさか、そのメンバーに僕達の学園からトウラクが選ばれるとはね」

 

 銀の黄昏戦に向けて選出されたメンバーの中には、ユキヒラの良く知る顔があった。

 その写真は入学時に撮られたものであるため、今と比べると随分と幼く見え、ユキヒラは思わず頬を緩める。

 

「意外でしたか?」

「いいや。当然だろう。丁度、仕上がる頃だ」

 

 彼らが今いる場所は、御景学園の訓練施設の一つに備わった観測室だ。

 仮想のダンジョン空間を作り出し、実戦に近い形で戦うことが出来るその場所では今、二人の探索者が今しがた戦いを終えたところである。

 

 砂塵にまみれた街。

 それは学園都市を正確に再現したダンジョン空間だったものである。

 ビルは切り裂かれ、もはや残骸しか残っていない事がこの場所での戦いの激しさを物語っていた。

 

『――ハーハッハッハッハ! これで成ったな!』

 

 音割れが酷くなる程に大きな笑い声と共に、モニターに真っ赤な髪が映る。

 それを見て、ソルフィは少し驚いた様子であった。

 

「……ジルニアス学術院の生徒会長が何故ここに?」

「データを送るだけじゃ物足りないから、実際にこの目で見てテストするって言ってくれたんだ。今、あの学院は忙しいはずなんだけれどね。席を外して大丈夫なのかな」

 

 今ダンジョン空間で高笑いをする青年こそ、ジルニアス学術院の生徒会長であるヒショウである。

 彼は自分と同様にボロボロになった赤い機械仕掛けの鳥を撫でながら勢いよく目の前を指さしていた。

 

『どうだ! それが君の中にあったヒラメキ魂だ! それを完全にものにした君に敵はない! ついでにどうだろうか。我らがジルニアースに追加戦士として加入するのは!』

『――せっかくのお誘いですが、それは辞退させてください』

 

 砂塵が切り裂かれ、トウラクが中から姿を現す。

 困った様に苦笑いをする彼の背後には、空間が割れたような跡があったがすぐに修復され何事もなかったかのように向こう側を映していた。

 

『そうか。なら仕方が無い! だが、例えジルニアースの肩書が無くとも君なら使いこなせる筈だ』

『……はい』

 

 トウラクは頷く。

 その手に握られているのは、白と黒が混ざり合った大きな鞘のみ。

 刃を収めるための道具である筈のそれが、今は恐ろしい程に威圧感を放っていた。

 

『トウラク、今の私達なら仮にお姉様やトリムでもぼっこぼこ。後でこの姿でエイナを泣かせよう』

 

 鞘から聞こえた声に、トウラクは肩を落とす。

 そして、姿が変わっても中身に全くの変化がなかった相棒にくぎを刺す様に言った。

 

『あくまで世界を救う為の力だからね? 姉妹にマウントをとるための形態じゃないよ?』

『うーん』

『なんで不満気なのかなぁ』

 

 モニター内で行われている気の抜けるようなやり取りを見ながらも、ユキヒラとソルフィの表情は真面目な物であった。

 その視線はどちらも鞘に向けられている。

 

「あれがそうですか」

「うん。ネームレスが渡してくれたブラックボックス。それをフェクトムのメカニックとジルニアス学術院の生徒会が解析した結果完成した、まさにデモンズギアの究極形態とも言うべき姿」

 

 それは、かつてどこかの敗北した世界で天才により生み出された最高傑作。

 多くの屍の上に成り立った『そうであったならば』という理想の残骸。

 天才の手によって形を与えられ、屍と絶望を礎にただ一つの願いを背負った存在。

 叶わなかった未来の断片であり、捨てられた夢が変質して生まれた――未来からの聖遺物。

 

「星斬り・神羅(しんら)

 

 

 

 

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