【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第437話 開戦と始まりの星

 夜の名残がまだ薄く空に漂っていた。

 東の空が静かに明るみ始め、街の輪郭が少しずつ姿を取り戻す。

 だがその美しい夜明けとは裏腹に、学園都市は冷たい緊張に包まれていた。

 

 人々の足音はいつもより小さく、通りを歩く学生たちの表情には張り詰めた影がある。

 各学園には早朝にもかかわらず明かりが灯り、職員たちが慌ただしく行き来する姿が見えた。

 普段は鳥の声が満ちるはずの街路樹の並木も、今朝は静まり返っている。

 

 風が吹くたびに、何か大きなことがこれから起きる――そんな予感が街の隅々にまで浸透しているようだった。

 

「よし、行こうか」

 

 ネームレスは早朝のひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んで背伸びをする。

 空気は澄んでいるのに、呼吸がどこか引っかかる気がした。

 

「理事長達は準備出来てるの?」

「ああ。ソルフィも私も準備万端だ」

 

 昇り始めた太陽が学園都市のビルの影を長く伸ばし、その影が道の上を静かに這っていく。

 朝の光が街を照らしてゆくのに、緊張は一向に和らがない。

 

「じゃ、この世界を救うとしますかー!」

「ようやくボクの出番だな。待ちくたびれたぞ」

「……ああ、待ってくれ」

 

 転移魔法陣を展開しようとしたネームレスを理事長は止める。

 そして、目の前に巨大な転移魔法陣を展開して見せた。

 

「君は切り札だからね。少しでも魔力を温存してもらうよ」

「別にいいのに」

「これから先の戦いでは、一瞬の油断が命取りだ。だから、念には念を入れよう」

「ご主人様の言う通りです。ネームレス、私達が先に行きますから付いてきてください」

「はいはい。まさかここでもVIP対応だとは思わなかったよ」

 

 ネームレスは呆れて笑う。

 彼女の目の前で、理事長とソルフィが魔法陣の中へと消えていく。

 その後を追って、ネームレスとトリムは転移魔法陣の向こう側へと足を踏み入れた。

 そして。

 

「――は?」

 

 そして、目の前に広がったのは学園都市の外れに広がる廃街であった。

 かつてアラクネと呼ばれる組織が拠点にしていたその場所は、企業の撤退により手つかずとなり、中途半端に街としての形が残されている。

 

 ネームレスは問いただそうと理事長を探すが、彼女の姿はない。

 いるのは、隣で首を傾げるトリムだけだ。

 

「どこだここ……!?」

「私達の決戦の場所っす」

 

 声にネームレスが振り返る。

 そこにいたのは、今からネームレスが守る筈だった少女達。

 ミユメとヒカリ、クラムの三人であった。

 

「まずは私達と仲良くバトルするっすよ」

「……理事長、あいつ裏切ったのか」

 

 怒気を孕んだ言葉と共に、ネームレスはミユメ達へと向き直る。

 

 フェクトムにとっては何よりも大切な戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん、上手くいったね。流石私だ。転移魔法陣もお手の物」

「構築の半分は私の演算のおかげですけれどね。後ろ二人だけを別座標になんて」

「アイデアは私だ」

 

 ソルフィと理事長は、互いに軽口を言い合いながら歩みを進める。

 学園都市内に存在する、本来は到達できないビル街の裏路地。

 その向こうにこそ、彼女達の目的である夢想の杖がある。

 

 そして、目的の人物たちも。

 

「――おや、まさかここの主達が直々にお出迎えとはね」

 

 理事長はあくまで不敵に笑いそう言って見せた。

 その視線の向こうには、煌めく黒髪の女と白衣の青年がいる。

 二人は裏路地には似つかわしくない装いで、理事長を見つめていた。

 

 彼女達こそが銀の黄昏における指導者と最高幹部――ルシエラと博士。

 二人は薄い微笑こそ携えているが、瞳に浮かんだ警戒の色を隠そうとはしない。

 

 それどころか、博士の背後には大量の蝶、ルシエラの手には銀の剣が握られていた。

 

「まさかこうも真正面から乗り込んでくるとは思わなかったよ、理事長」

「コソ泥じゃあるまいし、何故私が隠れる必要があるんだい?」

 

 片や宇宙を想起させる黒いドレス、片や燃えるように赤い真紅のドレス。

 視線を交錯させる二人は花の様に美しい筈だが、感じられるのは肌を突き刺すような緊張感のみであった。

 

 二人は睨み合い、それから――。

 

「お前は動けないと、私は信じているよ」

 

 初めに動いたのはルシエラであった。

 自身の銘の権能を最大限に用いて理事長の拘束を図る。

 

 あのソルシエラですら動きを封じられてしまった世界への絶対的作用を持つ力を前に、理事長は何もしなかった。

 

「家主だろう。もっと堂々としたらどうだい?」

 

 理事長は変わらずほほ笑んでそう答える。

 そしてその手を緩慢な動作で前へと突き出した。

 

「ソルフィ、星影」

「かしこまりました」

 

 ソルフィは深々と礼をして、影へと変化する。

 その手に大鎌を、そしてその背には四つの武装。

 

『星影――形態移行完了』

 

 明星計画において、全ての役割をこなせる万能の切り札がその全容をあらわにする。

 影を武器として纏い対峙する理事長を見て、ルシエラは何も言わない。

 代わりに声を上げたのは、隣にいた博士であった。

 

「……まさか、その程度で僕達に勝つつもりか?」

「その程度とは失礼だな。私は私に出来る最大限の準備をしてきたのだが」

「舐められたものだね。まさかデモンズギア一機とお前だけで挑んでくるとは」

「――誰が理事長だけって言ったよォ!」

「ッ!?」

 

 突如、空が赤く光り、流星のように何かが降り注ぐ。

 博士はその光の正体を理解し、うんざりした様子で等分された死による防御を行った。

 

「今のはほんの挨拶だァ。こっからバチバチ殺し合おうぜ」

『どうして手加減したんですかぁ! 最初から最大出力で殺しましょうよぉ!』

 

 理事長の隣に一人の少女が降り立つ。

 黒い髪に赤いインナーカラーの華奢な少女は、大弓を片手に獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「こうして面と向かっては初めましてだなァ?」

「…………おかしいね、君の輝きは確かにあの六波羅なのだが。彼は男だった筈だ」

「色々あンだよ。俺は六波羅だ。んでもって、てめェらぶっ殺す。……おいリュウコ、いつまで隠れてんだァ!」

「あっ、さーせん……」

 

 ビルの屋上の景色が突如として歪み、カメレオンのような龍とリュウコが姿を現す。

 彼女の顔は六波羅とは対照的に青かった。

 

「やっぱり不意打ちの方がよかったんじゃ……」

「こういう奴らは真正面からぶん殴ってやった方がスカッとすんだよ。って訳でよォ」

 

 六波羅は踵を数回鳴らす。

 すると、その足にはガラスの靴のようなものが展開された。

 

 ここに彼女の行動を侮る者はない。

 絶対の無敵時間。

 それを理解している博士はすぐに対抗しようとして、赤い閃光を目にした。

 

「博士の方はこっちで貰うぜ?」

「っ」

 

 同時に博士の体を衝撃が襲い、数キロ先のビルが根元から崩壊する。

 六波羅が飛び蹴りをして、博士ごとビルへと突っ込んだのだと誰が分かっただろうか。

 まるで巨大な蛇が通り抜けたようにえぐられた跡と、大量に巻き上がる砂塵。

 そして、それを追って嫌々飛び立つリュウコがこの一瞬で起きた出来事を示している。

 

 残されたのは、ルシエラと理事長だけであった。

 

「これで一対一と言う訳かな、理事長」

「ソルフィを忘れて貰っては困るよ。彼女も入れて――3対1だ」

「……ほう、呼んだのか」

 

 ルシエラはこの時初めて警戒に笑みを崩した。

 思わず臨戦態勢に移行してしまう程に重く突き刺すようで、懐かしい圧。

 それは、理事長の背後、割られた世界の向こう側より訪れる。

 

「あぁ、久しぶりの戦いだ。終末決戦ぶりだねぇ、ルシエラ」

 

 半透明の槍を片手に、単身移動が不可能な筈の境界から気軽な足取りで現れた少女の桜色の髪が風に揺れた。

 

「……先生」

「おいおい、昔みたいにラッカさんって呼べよルシエラ。それとも、御大層な肩書で呼んでやろうか、教授」

 

 理事長に並び立ち、ラッカは笑う。

 旧友と再び出会えた喜びに。

 そして、今度こそ殺せる喜びに。

 

「さ、お互い全力で燃え尽きようぜ」

 

 ここに決戦の火蓋は切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ミユメ達は作戦通りに戦いを始めたようだねぇ』

『よーし、俺だけ新形態持っていってビビらせてやろう! 楽しみだなぁ!』

『おぉ……もう少しで完成するから待っているのだ……』

 

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