【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
ネームレスが最初に感じたのは苛立ちだった。
自身を裏切った理事長への苛立ち。
計画遂行に際して現れたイレギュラーへの苛立ち。
そして何よりもそれが、自分が守ろうとしている者たちであるという苛立ち。
神経を逆撫でするような光景に彼女は一度声を荒げてしまいそうになったが、ふと冷静になり深く息を吐く。
「……で、これはどういう事かな」
あくまで彼女は対話を試みる。
目の前の少女たちが今更そんな事で止まる訳もないと知っていた。
が、それでもネームレスは心のどこかで期待している。
もしかしたら自分の考えを理解してくれるかもしれない。
そんな事はないとわかっていながらも、彼女は会話をすることにしたのだ。
「ネームレス……いえ、トアちゃんを止めるためっすよ」
「はぁ、そっか」
ネームレスはすぐに後悔する。
あの目は、かつて自分が何度も見てきた目だった。
覚悟を決め、全てを犠牲にしても成し遂げる意志の表れ。
命すらも投げ出してしまう彼女達に、果たして自分の思い描く理想が理解できるだろうか。
そんなものは無理に決まっているだろう。
「まず、私はトアじゃないよ。あんな泣き虫で弱虫で出来損ないの探索者じゃない」
「自分を悪く言わないで欲しいっす」
「自分じゃないっての。ミユメちゃん、私の話も理解できない馬鹿になっちゃったのかな?」
「馬鹿はお前だろ、ネームレス」
クラムは睨みつけ、拳を握ると親指を下へと突き出す。
彼女の顔には、ミユメとは違い怒りが浮かんでいた。
「一人で突っ走る事がそんなに偉いかよ。私達に相談すればよかっただろうが」
「何も知らない癖に、デカい口叩くなって」
「知らないと助けちゃいけないんですか! ネームレス、私達は貴女を助けたいからここにいるんです!」
ヒカリは叫び、その背から光翼を展開する。
「貴女にも譲れないものがあるのでしょう。だから、ここは魂で殴り合いましょう!」
「殴り合いねぇ……」
ネームレスはトリムへと手を伸ばしながら、呆れた様子で脱力した。
「トリム、戦いの時間だ」
「来たか! ボクの出番が!」
歓喜の声と共にトリムの体が粒子に変換される。
間もなくネームレスの手の中には、蒼い大鎌が握られていた。
朝日に照らされ鈍く輝く刃をミユメ達へと向けて、ネームレスは勝利を宣言するように笑う。
「君達相手なら、これで充分だね」
「おいおい、そんなキラキラした物を振り回すなんて随分と趣味が悪いなぁ」
クラムは一歩前に出ると、挑発的な言葉を投げつける。
そして指を鳴らした。
「マーちゃんズ」
張り詰めた空気に支配された廃街で、最初に響いたのは小さなひび割れの音だった。
ひとつ、またひとつと、建物の表面に細かい亀裂が走り、まるで街そのものが呼吸を忘れたかのように沈黙する。
次の瞬間、地面の奥から鈍い振動が伝わり、倒壊の連鎖が一気に広がった。
砂塵を巻き上げ、辺り一帯の地形を変化させてしまう程の大爆発。
同時にあふれ出てきた機械仕掛けの蛙達がこの戦いの始まりを告げていた。
「派手に喧嘩しようぜネームレス!」
「喧嘩になるといいけど」
ネームレスへと向かって、大量の人吞み蛙が押し寄せる。
津波と見まがうほどの群れをなした人吞み蛙達は一斉に爆発を巻き起こした。
主により指向性をもたされた爆発は、熱と風をネームレスただ一人に集約させる。
空も地面も区別がつかない程に爆破で視界が覆われたネームレスは、しかし何もしなかった。
『舐められたものだな』
初めに聞こえてきたのはトリムの呆れた声だった。
ネームレスは何も言わず、爆風をすり抜けながら悠然と歩く。
「まだまだ終わりじゃないっての!」
爆風を纏い、クラムが肉薄する。
手足にしがみついた人吞み蛙が規則的に爆発を起こし、高速の蹴撃をクラムはネームレスへと放った。
彼女の顎を捉えたかに思えたその攻撃は、まるで幽霊を相手にしているかのようにすり抜けていく。
「チッ」
それから数発、クラムは同様の攻撃を仕掛けるがその全てがネームレスの前では無意味であった。
「攻撃が当たらないって知っているのに、よく突っ込んでこれたね」
「うるさい! まずはその悲観的な顔ぶん殴ってやらないと気が済まないんだよ! 馬鹿にすんな!」
「馬鹿にしてないよ。……やっぱり強い人だと思ってさ」
――大丈夫、ここからは私が戦うからさ。ケイとトアの分も。
必死に攻撃を続けるクラムの顔に、かつて失った者の顔が重なる。
天使の軍勢を前にただ一人で完璧に足止めをして見せた英雄をネームレスは決して忘れない。
「っ、一番現実が見えている癖に、そうやって無茶な選択ができる。私には絶対に真似できないね」
「どの口が言ってんだよ!」
「いい加減うざいなぁ!」
ネームレスは大鎌をわずかに振るう。
するとその背後から大量の砲撃陣が展開された。
それはソルシエラのそれと対極に位置する不干渉によりあらゆる防御を無視する不可避の砲撃である。
その数、十。
一つで確実にクラムを倒せるであろう砲撃を、ネームレスは過剰に展開した。
そうでもしないと、彼女がまた立ち上がると知っているからだ。
「まず一人」
「っ、ヒカリ!」
「はいっ!」
砲撃が放たれると同時にクラムは激しい爆発を起こす。
視界が覆われた僅か1秒の間に、彼女とヒカリは入れ替わっていた。
ネームレスはそれを程度の知れた戦力であると切り捨てようとして、彼女の姿を見て目を見開く。
「……は? なんだよそれ」
爆風に黒いマフラーがたなびく。
その手には、機械仕掛けの銀の大鎌が握られていた。
「星詠み・群星形態! 行きます!」
『カウント開始します。10、9――』
蒼銀に染まる髪に蒼い目。
それは間違いなくソルシエラの姿である。
「やっぱり無茶苦茶するな、ヒカリちゃんはさ!」
「無茶苦茶なんかじゃありません! これは皆の願いが集って作られた必然の力です!」
星詠み・群星形態。
一時の奇跡でしかなかった力は、時間という制約を受けながらも再び彼女の中で光り輝いていた。
「威勢だけは良いね」
収束砲撃がヒカリへと放たれる。
不干渉を付与された最強の砲撃は、しかし彼女の光翼によって受け止められた。
『抽出完了:疑似再現――星詠み』
「まだまだこの程度!」
ヒカリはこちらの番だとでも言いたげに一歩踏み込み、砂塵を巻き上げネームレスへと接近する。
同時にその光翼の一部が赤く染まった。
『抽出完了:疑似再現――星穿ち』
干渉の力に必中が融合し、ネームレスへと迫る。
それは本来触れられない筈の彼女への接触を可能としていた。
「くっ、チートだろそれ!」
ネームレスは初めて大鎌を持ち上げて光翼を弾く。
――まだ私がいます! 世界は終わったりしません!
光翼から伝わる衝撃が、ネームレスの奥底に眠っていた言葉を蘇らせる。
どんな逆境にいながらも常に前を向いて手を引いてくれた英雄をネームレスは決して忘れない。
「どうですか、ネームレス!」
「……そんなに戦いたいなら、お望み通り戦ってやる」
ネームレスの手が拡張領域へと伸ばされる。
そして引き抜かれた次の瞬間には、彼女の手にはエクスギアが握られていた。
「act2」
ネームレスの背中に黒い翼が展開される。
「遂に抜きましたね、エクスギアを!」
「そうだよ。トリムだけでも勝てるだろうけど、理解させなきゃいけないみたいだからさ。圧倒的な、実力の差ってやつを」
皆が自分を頼ってくれるように。
安心して休めるように。
そんな無垢なる願いを胸の奥底に封じ込めて、ネームレスは黒い翼でヒカリへと攻撃を始める。
当然、それだけでは終わらない。
「act1、act3」
黒い焔がヒカリの背後に現れ、黒い機械仕掛けの蛙が両端から飛び出す。
そして眼前には黒い翼。
「囲まれた!?」
『5、4、3――』
時間が迫る中、ヒカリへと攻撃が迫る。
一瞬の逡巡のあと、しかし彼女は真正面からの攻撃を選んだ。
背後と両端の攻撃を無視して、ヒカリはその大鎌と光翼でネームレスへと肉薄する。
死角から殺到する攻撃に対してヒカリがしたことは、名を呼ぶだけだった。
「ミユメちゃん!」
「act1!」
迫る攻撃から守る様に白い焔が現れ、全てを燃やし尽くす。
煌々と燃える焔を背に受けて、ヒカリは更に強く一歩踏み出す。
「うおおおおお!」
「暑苦しいよ」
ネームレスはその攻撃を全て相殺しようする。
しかしそんな彼女の目の前に一匹の蛙が飛び出してきた。
蛙はその場ですぐに膨れ上がると、小規模な爆発を引き起こす。
「なっ――」
蛙自体は大した脅威ではない。
問題なのは、爆風により視界がふさがったこの状況であった。
「――ッ!」
爆風を突き抜けて、光翼と大鎌が眼前に迫る。
ネームレスはそれを前にして迷うことなく切り札を一つきった。
「act6」
黒いガラスが足を覆い、ヒカリの攻撃をネームレスは全て体で受け止める。
しかし傷は一つもない。
「受け止められた!?」
『2、1――0』
同時にヒカリの姿が元に戻り、大鎌が消失する。
驚くヒカリを他所に、ネームレスは反撃することなく閃光のような速さで上空へと飛び立つ。
そして戦場に立つ三人の少女を見下ろした。
「……やっぱり強い。きっと君達なら天使にも天上の意志にだって勝てる。これなら、安心して私も銀の黄昏を潰せるね」
ネームレスはそう言うとエクスギアを天へと掲げる。
その瞬間、世界が軋む音を三人は耳にした。
「――第零術式、解放。臨界出力『アルテミス・ノヴァ』への移行を開始」
ただ一人の少女が世界を征服するように、辺りから強制的に魔力を奪っていく。
引きずり出された魔力は漆黒の粒子へと変換され立ち昇っていった。
「第一術式から第百術式までを強制連結。収束開始――」
三人は同時に止めようと動き出す。
しかし、彼女達の予想以上に全ての工程は迅速に行われた。
完成したエクスギアとトリムの演算能力による相乗効果は、かつてネームレスが放ったアルテミス・ノヴァとは比較にならない程に進化を遂げている。
「黒星形成完了。発射シーケンスへ移行」
青空を一瞬にして黒の魔法陣が染め上げる。
巨大な魔法陣の中心で胎動する魔力はみるみるうちに大きく膨れ上がっていった。
ネームレスは照準を合わせるように、エクスギアの切っ先を三人へと向ける。
そして。
「――星に祈りを」
起動言語は優しく囁く様に。
黒星はまるで全てを夜で塗りつぶすかのように、大きく凄まじい勢いで三人へと放たれた。
『やっぱり私がこっそり潜入するべきだっただろうか。今何が起きているか、この目で見たかったねぇ』
『おぉ……しかしそれでは集中できないぞ。早く新形態を完成させるのだ』
『作戦通りなら、ミユメちゃん達が時間を稼いでいる筈だ。皆、いそげー!』
『急げとか言う割には、貴女はコンテンツを享受しているだけでは?』
『主殿は美少女クライアント。クライアントが現場で仕事する訳ないのじゃ。テム子、おかしなことを言うでないぞ』
『は?????』