【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第439話 終わりの月と天才

 収束砲撃の後に残されたものは焼けただれた地面と砂塵、そして地面に倒れ伏す三人であった。

 

 ネームレスの放った一撃は、三人の防御を容易く破り真正面から小細工なしで貫いたのである。

 それでもなお、三人が生きているのはネームレスが加減をしているからに過ぎない。

 この状況においても、絶対に死なないように手加減をする。

 それが何よりも実力の差を示していた。

 

「……く、そ」

「皆、立てま、すか……!」

 

 クラムとヒカリは起き上がろうとする。

 しかし、あれだけいた人吞み蛙は姿を消しており、光翼も点滅し消えかかっていた。

 

「まずは二人脱落かな」

 

 ネームレスはそれを見下ろしながら言う。

 その目には仲間を傷つけた事への罪悪感が存在しなかった。

 守りたいものを傷つけてしまうという矛盾にすら気が付けない程に彼女は摩耗し、目的を果たすための機械になったのである。

 そう彼女自身が望んだのだ。

 

「こういう時はその頑丈さが困るね。きちんと私の言う事を聞かないからだよ?」

「うるせ、え……ぐぅっ」

 

 反骨精神だけで立ち上がろうとするクラムだったがやはり、体が言う事をきかないようだ。

 ネームレスはそんな二人を見て、もはや障害ではないと判断した。

 

 残るは一人。

 フェクトムにおいて最も警戒するべき天才である。

 

「ミユメちゃんは、まだ戦えそうだね」

「当たり前っす」

 

 クラム達と共に倒れていたミユメだったが、既にその体は傷一つないものへと変化している。

 瞳には、今まではなかった幾何学模様が浮かんでいた。

 

「真理の魔眼はやっぱり面倒だ。自分の体を再構築したのかな」

「ご名答。私に生半可な攻撃は通用しないっすよ。やるなら、殺す気で来ないと」

 

 ミユメはそう言って手をかざす。

 瞬間、彼女の手には二丁の白い銃が握られた。

 

「初めてっすね。トアちゃんと本気の喧嘩をするのは」

「だーかーら」

 

 ネームレスは呆れたように剣を担ぐ。

 次の瞬間、彼女はミユメの背後にいた。

 

「私はあんな雑魚じゃあないっての!」

「っ! ルルイカ! ロロン!」

 

 その叫びに応え、地面から機械仕掛けのイルカと鰐が姿を現す。

 ネームレスの攻撃に滑り込むように鰐の尾が差し込まれ、火花を散らして攻撃が逸れる。

 と同時にイルカは一度地面に潜り込むと、下から突き上げるようにネームレスへと攻撃を放った。

 

「当たるわけないだろ、そんなもの!」

 

 イルカの攻撃がネームレスをすり抜ける。

 自身の体をイルカが通り抜けている最中にも関わらずネームレスは一方的にイルカの尾を切り裂き、回し蹴りを放った。

 反撃しようとした鰐も同様にその巨体を切り裂かれる。

 

 抵抗もできないままに、2機の自律兵装が破壊された。

 ジルニアス学術院の生徒会が使っている兵器を完全に模倣したはずのそれは、僅か数秒であっけなく処理されたのだ。

 

「弱い。ミユメちゃん、私を相手にするには弱いよ」

「……それはどうっすかね」

「「act1」」

 

 声が重なり、白と黒の焔が互いを喰らい合う。

 戦場が意志を持った焔に包まれて地獄の様に彩られていった。

 

 そんな戦場の中心で、ミユメとネームレスは肉薄し互いの得物を振るい合う。

 一人は友達を止めるために。

 もう一人は、それが無駄な事であるとわからせる為に。

 

「そんな攻撃じゃあトリムもエクスギアも越えられないなぁ!」

「越えて見せるっす!」

「勝算もない癖に? ほら、息が上がってきたじゃん!」

 

 人類最高の肉体として設計されたミユメであっても、ネームレスとの戦闘は過酷な物であった。

 その手に白い直剣を握りミユメは的確に振るう。

 教本通りの完璧な一撃。

 しかしそれは、トリムという埒外の兵器と契約した人間からすればあまりにも児戯であった。

 

「無理だよ、諦めて」

「まだまだ!」

 

 剣が防がれ、すり抜け、切り返される。

 しかしミユメはその度に自身の体を再構築し最新の状態を維持して何とか食らいついていた。

 そう、食らいついていただけである。

 

「その魔眼、消費が激しいって知ってるよ」

 

 今ネームレスがミユメに近づき、わざわざ得物を使って攻撃をしているのは自身の格を示す為であった。

 この戦いの敗北条件は心が折れる事ただ一つ。

 故にこの接近戦は必然と言えた。

 

「どうして私達に相談してくれなかったっすか!」

「今から助ける相手に誰が泣きつくのさ!」

「助けるんじゃなくて、一緒に新しい未来を作ろうとはっ……!」

 

 エクスギアの切っ先が弧を描きミユメの前髪を数本切り裂く。

 それに反撃するようにミユメは剣から銃へと作り替え、至近距離でネームレスの腹部めがけて引き金を引いた。が、弾丸は黒い焔によって燃やし尽くされる。

 

「今までさんざん助けられてきた人達にまた頼るの? そんなのナンセンスでしょ」

「けれどそれはトアちゃんが一人で傷ついて良い理由にはならないっす!」

「なるんだよ! これが私の贖罪だから!」

「っ!」

 

 今まで打ち合っていた剣がすり抜け、ミユメの手を切り裂く。

 手の腱を切り裂かれ、銃を落としたミユメはすぐに肉体の再構築に入る。

 その顎先へと、ネームレスの蹴撃が直撃した。

 

「ぐぁっ!?」

「まだまだ!」

 

 空中に体が浮き、僅かに思考に空白が生まれる。

 その刹那、ネームレスはミユメの周囲を砲撃陣で囲み、一斉に放った。

 

「悪いとは思ってるよ! こんなにボロボロにしちゃってさ! でも悪いのはそっちもだからね! 私の言葉を聞いて大人しくしていればよかったんだ! そうすれば皆が救われるんだから!」

 

 雨の様に降り注ぐ砲撃にミユメは障壁を展開するが、全方位を守るには足らず激しい爆発の中に沈んだ。

 

 煙が晴れる頃、その場には片膝をつき今にも倒れそうなミユメの姿があった。

 その目には既にあの幾何学模様は無い。

 

「ま、だ……終わってないっす……!」

「……息も絶え絶えの癖に。これが私の使命なんだからさ、諦めてよ。何のために力を託されたかわからないじゃん」

 

 決着はついたと宣言するかのように、エクスギアの切っ先をミユメへと向けてネームレスは吐き捨てた。

 この戦いは互いの信念を押し通す戦い。 

 であるならば、文字通り全てを懸けたネームレスがその心を曲げるわけがないのだ。

 それは彼女の存在そのものを否定するのと同義である。

 

 でも、だからこそ。

 

「ふざけんな……!」

 

 ミユメは真正面からその在り方を否定した。

 既に真理の魔眼は閉じ、体が震えようとも彼女は顔を上げネームレスを睨みつける。

 

「っ、なにさ。怒ったの?」

 

 目に宿った怒りにネームレスは僅かに気圧されたようだが、すぐに笑う。

 勝者は自分であると確信していた。

 していた筈なのに、決着はついたというのに。

 何故、切っ先が僅かに震えているのだろうか。

 

「これが使命? こんな事の為に力を託された? ……そんな訳が無いっす!」

「ミユメちゃんはわからないだろうけど、未来では「例えどんな未来だったとしてもッ!」……っ」

 

 既に力は残されていない。

 しかしミユメは気力だけで立ち上がる。

 

「貴女の言う空無ミユメが、私と同じならッ! 絶対にそんな理由でエクスギアを託したりしないッ!」

「……どうかな」

「絶対にそんな事はしないっす。いつも皆を見ていたトアちゃんだから、一番優しいトアちゃんだから、きっとより良い未来を作っていけると信じて渡したんじゃないっすか? トアちゃんだったから、私は信じたんじゃないっすか?」

「……私が最後まで生き残った。それだけだよ」

 

 トアにとってはそれが結果であり、全ての答えである。

 五体満足でまともに生き残ったのが自分だけだったから、その役目を請け負ったのである。

 何もせずに見ていた自分だから、今度はその身を犠牲にする番が来たのだ。

 今まで自分を守ってくれた人々がそうしてくれたように。

 

「違うっす。私にはわかるっすよ、トアちゃん」

「……もういいや」

 

 語り掛けるミユメを見て、ネームレスはまるで何かをかき消す様に首を横に振る。

 そしてエクスギアを振り下ろした。

 それは、不干渉によりミユメの体をすり抜け意識だけを一時的に刈り取るように設定された不殺の剣。

 徹頭徹尾フェクトムを守る為だけにいくつも細工がされた剣が迫る。

 

 ミユメはそれをただ睨みつけることしか出来ない。

 と、その時だった。

 

「――ッ!?」

 

 不意に、ミユメのダイブギアから通知音が響く。

 それからコンマ数秒遅れて、ミユメは右手で剣を防ぐように突き出した。

 

 無駄な事である、ネームレスはそうあざ笑う。

 しかし、次に彼女の手に伝わってきたのは硬い何かに攻撃が弾かれる感触であった。

 

「……は?」

 

 火花が散り、剣が弾かれる。

 弾かれた先にあるのはミユメの腕。

 まるで龍の鱗のような装甲が展開された銀の腕である。

 

「この土壇場で何をしたの!?」

 

 不干渉である筈の攻撃が、星詠みの権能以外で弾かれるというイレギュラーにネームレスは距離を取る。

 本来は砲手である彼女だからこその慎重な選択であったが、それが今は完全に裏目に出た。

 

 天才(ミユメ)に完成させる時間を与えてしまったのだから。

 

「貴女がどれだけ自分を否定して未来を作ろうとしても、私は認めないっす」

 

 一歩前に踏み出し、ミユメの体が前傾姿勢をとる。

 同時に彼女の体は銀の装甲に覆われていった。

 

「私は貴女とも一緒に生きていきたい。かつて私を救ってくれた人っすから」

 

 鈍色に光を反射する鱗型の装甲に、鞭のようにしなる尾。

 両手足は魔法合金製の大きな爪が生えそろっており、鋭利な牙の向こうからは熱い蒸気が息の様に噴き出した。

 それは、人型の龍。

 かつて一人の天才が、愛する妹の為に作り出した切り札であり最強の本能型防御機構。

 

「……まさか、その姿になれるなんて」

「名前はわからないっす。お姉ちゃんに聞かないとっすね」

「空無カノンは死んだよ」

「死んでないっす! そしてトアちゃん、貴女も死なせはしない!」

 

 例えその姿が変わろうとも、ミユメはいつもの様に高らかに理想を宣言するだけだ。

 

「誰かの犠牲で生まれる未来なんてくだらない! 私が作るハッピーエンドには、お姉ちゃんがいて、トアちゃんがいて、そして皆が笑っている。そんな世界っす!」

 

 荒唐無稽だと笑うのは簡単だった。

 しかしその世界を否定する事が大きな罪の様に思えて、ネームレスは何も言わなかった。

 

 代わりに彼女は剣を構えて、戦う意思を見せる。

 

「勝負っす、トアちゃん!」

 

 瞬間、光が爆ぜた。

 銀の閃光がネームレスへと迫り、あっという間に懐へと潜り込む。

 

「速――」

 

 人知を超えた身体能力が、姿を捉えられない程の速度を与えた。

 速度を与えられた鋭い爪は、魔法がなくとも十分な威力を持つ。

 

 ミユメはそれをエクスギアへと向けて放った。

 

「こんな所で終わりじゃないっす!一緒に生きるっす!」

 

 不干渉の筈のエクスギアから火花が散り、衝撃に思わずネームレスは手から落としそうになる。

 

「チッ」

 

 焔で自身を包み込んだネームレスは、即座に距離を取る。

 

「……何をしたの? どうして私に触れるのかな」

「簡単な質問っすね。その不干渉の力は、瞬間的に位相をいくつも変化させているだけに過ぎないっす。だったら、私もそれに合わせて位相を変えればいい」

「は?」

『おい、あの人間は何を言っている。ボクを相手にそんな事が出来るわけないだろう』

 

 理屈は理解した。

 したが故に、それが絶対に不可能であるとネームレスとトリムは知っている。

 

 だというのに、ミユメはそれを当然のことのように告げていた。

 

「ジルニアス学術院の力を結集すれば、訳ないっす。どうっすか、トアちゃん。私は、皆の力で貴女に届いたっすよ」

 

 深く体を沈みこませ、まるで獣のような姿勢をとったミユメは再びネームレスへ向けて駆け出した。

 地面を蹴り、ビルの側面を駆け、彼女はネームレスへとあっという間に距離を詰める。

 そして今度は彼女の外套をその爪で切り裂いた。

 

「どうしたっすか」

「……調子に乗っちゃって、まあ」

 

 余裕そうな言葉とは裏腹に、ネームレスの眼には先ほどよりも強い警戒の色が浮かんでいる。

 それを見たミユメは、挑発するようにゆっくりと振り返り、爪をネームレスへと向けて言った。

 

「まさか、その程度で私に勝てると思ってないっすよね? さっさと出すっすよ――月詠みを」

「っ……へぇ」

『おい、挑発だ。乗る必要はない』

 

 トリムは冷静にそう判断する。

 ネームレスも、それは理解していた。

 

 あのミユメは未来でも見たことが無い。

 しかしそれでも、エクスギアとトリムを使えば勝利できるだろう。

 勿論、多大な時間がかかるだろうが。

 

 しかしそれでも、ネームレスはその選択肢を選び取らなければならなかった。

 これは互いの信念を押し通す戦い。

 

 ならば、ミユメの心を折り、自分を諦めて貰う為ならばこの力はここで使うべきなのである。

 

「いいよ、見せてあげる」

 

 エクスギアと蒼い大鎌をネームレスは重ね合わせるようにして構える。

 その瞬間、彼女の背後に巨大な魔法陣が展開された。

 

『はぁ、ボクは止めたぞ。まあ……これも一興か』

 

 呆れながらも気分が乗ったのか、トリムは演算を開始する。

 辺りを風が吹き荒れ、黄金の魔力が魔法陣へと収束していく。

 淡い光を放ちながら魔法陣はやがてゆっくりと回転を始め、静かに時を待っていた。

 

 そしてネームレスは、その名を告げる。

 

「月詠みは――ここに覚醒する」

 

 魔法陣がネームレスを包み込み、やがて現れたのは月光であった。

 

 照らされたように輝くそのドレスは、金を基調としながらも鮮やかな黒の意匠が流麗に散りばめられている。

 まさに、戦うために生まれた月下の戦装だ。

 

 全体のシルエットは細身でありながら、戦闘中の動作を妨げない軽やかさを持つ。

 スカート部分は幾層にも重なった薄布が半円を描くように広がり、風に揺れるたびに金色の薄い光が揺れた。

 

 彼女の手には、黄金に輝く一振りの大鎌。

 エクスギアとトリムが完全に融合したそれは、完成の先にある新たなデモンズギアと言っても良いだろう。

 

 吹き荒れるは黄金の魔力嵐。

 空には星の様に輝く無数の砲撃陣。

 

 まるで、月そのものを相手にしたかのようなあまりにも神秘的で恐ろしい光景に、ミユメは気合を入れ直すかのように尾を地面に叩きつける。

 

「ミユメちゃん」

 

 輝く世界を背にして、ネームレスはミユメを見下ろし、祈る様にこう言った。

 

「どうか私を見捨てて欲しいな」

 

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