【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
救いたい人がいた。
守りたい場所があった。
だから身の丈に合わない理想を掲げて、英雄の様に振舞い戦う。
結局ネームレスという少女は誰かを真似る事でしか強くなれなかった。
無双の一振りを手に入れようとも、最強のデモンズギアと契約しようともその根本は変わらない。
もしも仮に、そんな仮初の英雄の前に本物が現れたとしたらどうなるのだろうか。
「……っ」
雨の中、黄金の砲撃が閃光の様に煌めく。
無数の蛙と焔と切断の嵐は出し惜しみすることなくミズヒ達へと放たれた。
「少しは傷ついても仕方ないよね! だって、皆言う事を聞いてくれないんだから!」
ネームレスは守るために戦った。戦っていた。
しかし本来の願いは守りたかった本人達を前にして歪められてしまう。
既にネームレスは、ミズヒ達が傷つくことを許容してしまっていた。
最後に生きていればいいと、そう自分に言い聞かせて彼女は力を振るう。
しかし、ミズヒが攻撃を目視しただけで全てが雨粒へと変化し、地面に叩きつけられる。
「お前の攻撃は全てが魔力由来だ。変換など容易い」
砲撃も焔も蛙も全てが等しくアスファルトを叩きつける。
一つ、また一つと切り札が失われていく中でネームレスは叫んだ。
「皆、私に守られていればいいの! 強くて賢くて才能があるんだから! この先でもっと素敵な人生を送れるんだ!」
「それはお前の犠牲ありきの話だろう」
「別に私なんてどうでもいいでしょ!」
魂が削り取られるような感覚と共に、ネームレスは月詠み形態の出力を上げる。
小細工は通用しない今、彼女に出来るのはスペックによる上からの圧倒であった。
『おい、このままだとお前は……』
「うるさい! 最強のデモンズギアがこんな所で負けていいのかよ! もっと……もっと力を寄こせ!」
『愚かだな。だが、そこがお前の良い所でもある』
ネームレスの肉体が軋みを上げ、過剰な魔力に耐えきれなくなった端から欠けるように消えていく。
体から漏れ出す黄金の魔力は彼女の命そのものだった。
「ッ!」
「速っ――」
『前提規則。照上ミズヒに近づいてはならない』
「規則違反です!」
ミズヒが目で捉えられなくなった瞬間、補うようにミロクが規則を作り出し攻撃を受け止める。
ミズヒの眼前で停止した大鎌は、まるで罰を与えられたかのように弾かれた。
「っ、なんなんだよ! どうしてわかってくれないんだよ!」
慟哭と共にネームレスは何度も攻撃を仕掛ける。
その度に彼女の体から金の粒子が舞っていった。
「もうやめてくださいトアちゃん!」
「私はトアじゃない! あんな弱虫じゃないんだよ!」
自身を否定しネームレスは攻撃を続ける。
皮肉なことにその捨て身の攻撃が戦いの流れを変えた。
「あの無茶な力の行使は危険だ。トア、あいつを押さえつけるのを手伝え」
「わかった!」
トアとミズヒはネームレスを抑え込むために動きだす。
その目には敵意などある筈もなかった。
「近寄るなぁ!」
ありったけの砲撃をその場に展開しながらネームレスは攻撃を続ける。
「なんで!? どうして私に任せてくれないの!? こんなに強くなったのにどうして信じてくれないの!」
心からの叫びに呼応するように黄金の光がより一層増す。
それは孤独に輝く月の様にも、燃え尽きる寸前の蠟燭の火にも見えた。
「お願いだから、私に役割を頂戴! じゃないと、死ねないんだ!」
「死んじゃ駄目だよっ!」
「死んでいいんだよ私なんか! 皆死んだんだ! 世界を救う為に! それが正義なら、今の私は間違っている! そうでしょ!?」
「トアちゃん、聞いて下さい!」
「うるさい!」
癇癪を起こす子供の様にネームレスは辺りを縦横無尽に駆け回りながら攻撃を続ける。
月詠み形態は、ネームレスの世界において銀の黄昏を一人で壊滅するために生み出された史上最強の形態である。
故にどれだけ感情的でありながらもその動きは鋭利で恐ろしい。
並大抵のSランクやデモンズギア使いであれば同じ戦場に数秒と立つことすら許されないだろう。
「私は英雄にならなきゃいけないんだ……!」
その先にある物が死だと理解して、ネームレスは手を伸ばす。
淡く輝く脆い月。
痛々しい彼女の姿を一つの星が見つめていた。
■
眼下は霧に覆われ、雨が降り続いている。
しかしケイは傘もささずに目の前に映し出された映像を見ていた。
ネームレスとの決戦が行われているこの場所に彼女が訪れていることは彼女と連れてきた0号しか知らない。
シエルやトリムに観測されないギリギリの範囲で事の成り行きを見守っていた彼女の表情は次第に険しいものへと変わっていった。
「……ネームレス」
頬を雨が伝い滑り落ちていく。
その一滴を指先で拾い上げた0号は、愛おしそうに口に運び嚥下した。
「このまま戦えば奴は自己崩壊を起こして私達が勝つだろうねぇ。良かったじゃないか、君達を苦しめるために暗躍したネームレスは遂に倒されるんだ!」
「っ、それは違います!」
「違わないとも」
0号はケイを抱き寄せてその瞳を覗き込む。
「君が記憶を失ったのは誰のせいだ? あれだけ崇高で無垢で痛々しい高潔な魂が失われかけたのはいったい誰の仕業だ?」
視線が交錯する僅かな間だったが、無機質な0号の瞳から怒りが見えた。
次の瞬間には0号は妖しく微笑みケイの頬をなぞるように撫でる。
「わかっているとも。それでも君はあの子を助けたいと思っているんだね?」
「……うん。私にはあの子が感じた苦しみの半分も理解できていないと思う」
映像として見ただけも思わず吐き気を催してしまう程にそれは地獄の世界だった。
ならば、実際にそれを体験したネームレスの心中は果たしてどうなってしまっているのか。
ケイには想像もつかない。
「けど、フェクトムが温かい場所だって事は知っているつもりだから。皆が私に理由をくれたように、私もあの子の生きる理由になりたい!」
「君は……」
目を見開き、0号は暫し黙り込む。
二人の間には雨の音だけがけたたましく響き続けていた。
「本当に変わらないねえ」
それは機械仕掛けとは到底思えない、万感の感情が乗せられた言葉だった。
まるでこれから起きることに期待しているかのように歓喜に震える声と共に0号は笑みを浮かべる。
蠱惑的で破滅的な笑みを。
「最後の警告だ。君は以前のようには戦えない可能性が高い。そして、君の決断は全ての人を悲しませるだろう。それでも君はこの道を選ぶんだね?」
ケイは頷き拳を握る。
「……私、空っぽな自分が怖かった。だからここから本物の那滝ケイになるんだ。私には届けなきゃいけない言葉があるから」
「そうか。ならば祝おう、夜の女王の誕生を!」
瞬間、世界の全てが停止した。
雨粒が停止し、静寂が辺りを包み込む。
モノクロになった世界で、0号のいた筈の場所には巨大な棺が鎮座していた。
赤く冷たい、鋼鉄の棺だ。
『歓喜せよ』
声が聞こえ、棺がゆっくりと開かれる。
棺の中には、黒く脈動する大鎌。
触れればもう後戻りはできないとケイの本能が告げていた。
しかし彼女は意を決して手を伸ばす。
そして、その指先が触れた。
『女王の棺は継承された。今ここに星詠みが再び生まれる』
「……っ!?」
その瞬間、身体中を全能感のような物が駆け巡った。
あふれ出る力の奔流の中心に自分がいるという感覚。
そして同時に全身を蝕む、地獄のような苦痛。
「……ぁ、ぐぁ……ぎぃ!?」
手が震え、視界が明滅し、骨が高熱により溶けてしまったと錯覚してしまう。
肉体が沸騰し、次の瞬間には人間の姿を保てていないのではないかと、停止しそうな思考の中でケイは考えた。
「わ、たしは……!」
それでも彼女は大鎌をしっかりと掴み、持ち主が誰であるかを世界に示す様に横なぎに振るう。
やがて停止していた景色が砕け、世界は動き出した。
雨粒が再びコンクリートを叩き、万雷の拍手を少女へと送る。
「はぁっ、はぁっ……」
倒れ込みそうになるが、大鎌を支えにケイは立つ。
そして、雨に打たれる自身の体を見た。
「変わった……!」
それはかつてのソルシエラからはかけ離れた姿だった。
灰色で構成された簡素なゴシック調ドレスは、次の瞬間にはこの鉛色の空に溶けて消えてしまいそうな錯覚すら覚える。
かつての重圧など微塵も感じさせず、大鎌を支えに弱々しく立つその姿は星詠みとは呼べないだろう。
しかしそうだったとしても、ケイのやるべき事もやりたい事も変わらない。
「……行こう、0号」
『ああ、最期まで君に付き合うつもりさ』
ケイは雨粒と共に、ビルから落ちる。
そして霧の向こうへと飲み込まれていった。
一人の少女の悲劇を覆すために。
『いたたたたたた!?』
『痛みを肩代わりする姿は相変わらずエッチだねぇ^^』
『おぉ、そろそろ始まるぞ』
『こんなに純粋な子の魂を剥がすんですか(ドン引き)』
『今更な反応じゃな』