【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
救いたい人がいる。
守りたい場所がある。
だからこそ、ケイは身の丈に合わない大鎌を両手でしっかり握って戦場へと降り立ったのだ。
「……ケイ?」
「ケイちゃん!? 嘘、どうしてここに……」
霧を裂き、両者の間に降り立ったケイの姿に少なからず声が上がる。
しかしそのどれにも彼女が来た事を喜ぶ声はなかった。
「ケイちゃん、どうしてここに来てしまったんですか! 私達が頑張りますから……!」
雨の中最初にミロクが駆けだす。
ケイへと縋り付き止めようとしたのだろう。
その手は既に虚空へと向けて伸ばされている。
しかし、彼女の手はケイに届くことはなかった。
その前にミズヒにより止められたのである。
「行くな」
「でもっ」
「あいつの顔に泥を塗る気か……!」
手を掴んだミズヒは決して離そうとはしない。
それどころかミロクを引き寄せると、ネームレスへと向けていた銃を降ろした。
「ケイ、助けはいるか?」
「……いえ、私に戦わせてください」
「エクスギアとトリムを相手に出来ると?」
「…………」
ケイは無言で大鎌を構える。
それから少し振り返って、笑顔を作って言った。
「私、ソルシエラなので」
「……そうか。わかった」
これ以上の問答は不要であると言いたげに、ミズヒは微笑みトアを見る。
「トア、収束砲撃をいつでも放てるように準備をしておけ」
「っ、うん!」
「ケイ……いや、ソルシエラ! もしも危険だと判断した場合、トアの砲撃を切っ掛けに介入する。悔いのない戦いをしてみせろ」
「ありがとうございます」
深い感謝と決意を胸に、ケイはネームレスを見据えた。
今ならその目に宿る感情がわかる。
彼女はずっと、ケイを愛していたのだ。
「トアちゃんって呼んだ方がいいかな」
「いいや、ネームレスでいいよ。……それにしても、随分と貧相な姿になったね」
頭の上からつま先まで舐め回すように見つめたネームレスはそう吐き捨てる。
無理もない。
今の彼女は全盛期に比べると見るも無残なまでに劣っている。
かつての威圧感はなく、その衣装もみすぼらしく見えた。
「……確かに、今の私は弱いと思う。記憶もなくなったから、戦い方も覚えていない。それでも「は、なにそれ?」……え?」
感情の抜け落ちた問いの言葉だった。
「記憶が、なくなった……?」
ネームレスは念入りに確認するように問う。
ケイは何も答えなかったが、その沈黙が何よりの答えだった。
「う、嘘……そんなの、そ、そんなつもりじゃ……っ」
「トアちゃん、落ち着いて。私の話をっ」
「落ち着けるかよ!」
ネームレスは叫び、大鎌を構える。
その頬を伝うものは、果たして雨か涙か。
「私は、これで幸せになれると思って頑張ったんだ。ケイが笑えるようにって。でもさ……こんなっ……こんなひどい事になるなんて思わなかった」
その瞬間、確かにネームレスの中で何かが折れた。
最後の心の支えであった「大切な人を幸せにする」という目的を何よりも自分が台無しにしていたという事実に吐き気が込み上げる。
「……もう、いいや」
呪詛の様に吐き出された言葉は諦観であった。
糸が切れた人形のように項垂れたネームレスは、しかしその手に大鎌を握っている。
「トアちゃん、それでも私は――」
「もういいって言ってるじゃん」
どれだけ気力を失っても、ネームレスの体に叩き込まれた戦闘技能がケイとの距離を的確に測り動かす。
健気に名を呼ぶケイの隣で焔が揺らめき、次の瞬間にはネームレスが傍に立っていた。
「ごめんね。私、何やってるんだろう。私のせいで滅茶苦茶だ」
「っ!?」
震える声での謝罪と共に振るわれるのは、あまりにも鋭い大鎌の一撃だった。
意識を奪うために容赦なく首へと放たれる閃光の如き一撃。
それは干渉という名の障壁によりケイの眼前で止まる。
しかしかつてほどの力を持っていないケイは、受け止めこそしたものの衝撃で後ろへと転がされた。
「きゃあっ!?」
灰色の衣装が泥にまみれて余計にみすぼらしくなる。
その姿を見て、ネームレスは軽薄に笑った。
「ははっかわいい悲鳴なんて上げちゃって。ケイ、記憶が無いなら私を助ける意味なんてないでしょ? だからさ、さっさと殺してよ」
「……い、やです」
泥にまみれてもケイは立ち上がる。
そして今度はケイが大鎌を持って駆けだした。
持ち馴れない大きな武器を持ってよろめきながら走る姿はあまりにも不格好だ。
ネームレスはそれを見て一瞬ひどく悲しそうな顔をして、迎撃をやめた。
一般人からしてみれば鋭い一撃であろうケイの大鎌は、しかしネームレスにより片手で止められる。
「弱いな。……ごめんね、ケイ」
「っ、謝らないで! 私は、貴女に笑って欲しくて来たの!」
「笑う資格なんてないよ。だって私は何も救えない出来損ないだから」
ケイは必死に動かそうとするが、ネームレスに掴まれた大鎌は動かない。
ケイを見つめるネームレスの眼はひどく憔悴し冷めきっていた。もはや死人となんら変わりはない。
「ケイ、今まで振り回してごめん」
「そうするだけの理由があったんでしょ! 私、貴女の記憶を少しだけ見たんだ。……辛かったよね。もう、こんな悲しい事はやめよう?」
「やめたいけど、生き残っちゃったからさ」
ネームレスはそういうと大鎌から手を離す。
そしてケイの周りに大量の人吞み蛙達を召喚した。
「爆発するよ。防御して」
「っ」
わざわざ与えられた警告に従い、ケイは必死に障壁を張る。
不格好な障壁は爆発であっという間に歪み、再び彼女の体を地面に転がした。
「あぅっ」
顔を泥に濡らしながらケイは再び立ち上がろうとしている。
それを見てミロクはいよいよ我慢が出来なくなったのか、翡翠色の銃をネームレスへと向けた。
「やめてくださいトアちゃん! 貴女が好きだった人を傷つけて何になるんですか!?」
「本当、何になるんだろうね。私にもわかんないや」
そう答える彼女の声は、狼狽しているようにも笑っているようにも聞こえる。
その姿を見て、引き金に掛けた筈の指が緩んだ。
「トアちゃん……」
戦うのではなく、今すぐに抱きしめてあげたかった。
もう大丈夫だと言って、許しを与えたかった。
罪に苛まれる少女を一人、ただ一人救いたかったのだ。
そしてそれは、ケイも同じである。
「絶対に……連れて帰るから……!」
「そんな姿でよく言うよ。もう、今までみたいに戦えないんでしょ?」
「例えそうだったとしても!」
ケイは大鎌を引き摺って駆けだす。
そしてネームレスへと振り下ろした。
ネームレスは受け止めることなく、ひらりと躱し、足を掛けて転ばせる。
が、ケイはすぐに起き上がりまた大鎌を振った。
「私に記憶が無かったとしても。誰かを救う資格ぐらいはある筈! 私は今、貴女を救いたいんだ!」
「そんなの望んでいないっての」
大振り。横なぎの一閃。
ネームレスはそれを見て、再びステップで回避を選択した。
素人目に見ても避けられる未来がわかる。
ケイはそれを見て、己の無力さに奥歯をかみしめた。
と、その時である。
『――本当、見ていられないわね』
脳内で聞こえたのは、確かに自分の声だ。
深く心に溶けていくような、まるで夜のような声。
同時にネームレスの足元に魔法陣が展開し、銀の鎖が放たれる。
「っ!?」
突然の攻撃にネームレスの思考が停止し鎖が足に巻き付く。
それはケイの一撃を当てるには十分すぎる一瞬であった。
「このっ!」
ネームレスは咄嗟にガラスの靴を履き、ケイの大鎌を腕で受け止める。
そして鎖を蹴りちぎると、警戒するように数歩後ろに下がった。
「まさか、今までとっておいたなんて。戦闘のセンスは健在って感じかな」
「……これは」
ケイは信じられないと言った風に自身の手を見つめる。
すると、再び頭の中で声が聞こえた。
『戦い方がなってないわね。アドバイスしてあげるから、もう少しまともにステップを踏んでみなさい』
声の主が誰か、ケイにはわからない。
しかし、従う価値はある気がした。
「っ、お願いします」
『ふふっ、いい子ね。聞き分けの良い子は好きよ』
声の主は笑う。
周囲には聞こえていないのか、誰一人として反応は示さない。
こうして、奇妙な共闘は始まったのだ。
『こうして端っこからぺりぺりって自我を剥がしていくよー』
『どうしてそんな事を……! 魂を何だと思っているんですか!?』
『テム子、お主さてはソルシエラバトルの事を忘れておるな?』
『えっ、ここから相棒と無垢シエラが会話する心象世界を作るのかい!?』
『おぉ、ソユニ塩湖の製造を急ぐぞ……!』