【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第451話 美少女にも浸りたい思い出はある

 かつては最果ての地に築かれた、対天使迎撃のためだけの巨大軍事基地――アトラスティア。

 

 分厚い城壁と砲台、無数の迎撃塔を備え、空を仰ぐことすら禁じるような無骨な構造物だったはずのそれは、時代の流れとともに姿を変え、今では多くの人間が暮らす安寧の地として機能している。

 

 基地内へ足を踏み入れると、その変化は一目瞭然だった。

 かつて兵士だけが行き交った広い通路には店が並び、金属と石で組まれた建築の隙間には緑が植えられている。

 重厚な防壁の上を走るのは警戒用の軌道ではなく、物流と人の流れを支える搬送路だ。

 

 それでも、都市の奥に流れる緊張は消えていない。

 高所には今なお砲塔が沈黙したまま空を睨み、

 壁面に刻まれた古い識別番号や警告文が、この街の出自を静かに語っていた。

 

 ルシエラは、その中を歩いていた。

 周囲の喧騒に少しだけ気圧されながらも、前を行く少女の背を見失わないように足を進める。

 

 先頭を歩くのは、極彩色の髪を持つ少女だった。

 光の当たり方で色を変えるその髪は、この無骨な都市の中では異様なほど鮮やかで彼女自身がひとつの標識のように、進むべき道を示している。

 

「銀の黄昏は気に入ってくれたかな、教授」

 

 振り返らずにそう告げる声は、軽く、しかし確信に満ちていた。

 

 ルシエラはその名を呼ばれて顔をほんのり赤らめて周囲を見渡す。

 幸いに誰にも聞かれていないようだ。

 

「やめてください、その呼び方! そもそもどうして私が教授なんですか? 別にそんな要素無いと思うんですけど」

 

 ルシエラは不服そうに言い返す。

 すると、先を進む少女は得意げに言った。

 

「コードネームがあった方がカッコいいだろう?」

「そんな理由で……。というか、そんな適当だから上層部はこの組織の設立を渋ったのでは?」

「はっはっは、耳が痛いねぇ」

「笑って誤魔化さないでください!」

 

 ルシエラは小走りで少女に近づき、並ぶ。

 少し見上げる形にはなるが、自分の怒りをアピールするように精一杯の視線を送った。

 

「博愛のソルシエラともあろう者がコードネーム遊びをしているなんて知れたら、世間から笑い物ですよ?」

「そう言えば博士達にはもう会ったのだろう? 仲良くなれそうかな?」

「えっ? あぁ、そうですね……」

 

 博愛のソルシエラからの問いに、ルシエラは真剣に悩み込む。

 いくつかの言葉が脳裏に浮かび、適切ではないと消えていく中、彼女はこう答えた。

 

「善処します」

「その言い方、余程気に入ったようだねぇ!」

「逆ですよ逆!」

 

 博愛のソルシエラに遊ばれているという自覚がないまま、ルシエラは懐から一枚の紙を取り出す。

 そこには銀の黄昏の構成員と彼女らに対するルシエラの一言メモが記されていた。

 

「全員が変人なんですけど!? 博士と学者は天使で勝手に実験しようとするし、指揮者はライブがどうとかステージがどうとか言って最初の会合以外は全然参加しないし。講師は子供たちまで連れてくるし……英雄どころか色物集団ですよアレ!」

「君は元気だねぇ」

 

 ルシエラの訴えなどどこ吹く風な博愛のソルシエラは、薄く笑みを浮かべている。

 その目はどこか遠くを見据えているように思えた。

 

「残りは先生と求道者か。彼女達は任務で忙しいからねぇ。特にあのサクラバ部隊は今やこの都市の主戦力だ」

「最強と名高い部隊ですね。……もしかしてその部隊から?」

「おや、言っていなかったかい?」

「言ってないどころかこっちはコードネーム一覧しかもらってないんですよ……!」

「じゃあここからドキドキできてお得だねぇ」

「全然お得じゃないです。はぁ、どうか良い人でありますように。……できれば常識人でありますように……」

 

 切なる願いを胸に、ルシエラは重い足を引きずる。

 

 やがて人通りが減り、建物の用途が再び基地の色を強めていく。

 簡素な壁、無駄のない構造、足音がよく響く床。

 その突き当たりに、大きな扉が現れた。

 

 訓練場――都市としての賑わいの奥に隠されるように存在する、本来のアトラスティアを思い出させる場所。

 

 博愛のソルシエラが立ち止まり、扉に手をかける。

 ルシエラは、そこで初めて小さく息を整えた。

 

「では、紹介しよう」

 

 やがて開かれた扉の先に広がっていたのは、真っ赤な空間だった。

 

「……っ!?」

 

 ルシエラはそれが血肉であるとすぐに気が付く。

 床や壁を覆いつくすほどに赤黒い肉片が散らばっている。

 それは訓練用に鹵獲された天使の死骸であった。

 

「一体や二体じゃない。もっと沢山……!」

 

 訓練場全てを覆いつくすほどの天使の死骸は、それだけの蹂躙の証である。

 そしてそれは、中心に立つ一人の少女によって成し遂げられていた。

 

 桜色の髪が吹き抜けから流れ込んだ風に鮮やかに揺れる様は、まるで花が揺れるようだった。

 無垢で鮮やかな少女は服の端すら血に染めることなく、空を仰いでいる。

 

 が、やがてルシエラ達に気が付いたのかゆっくりと視線を向けた。

 その瞬間、ルシエラは無意識の内に蒼銀の剣を構える。

 いつでも収束砲撃を放てる状態に移行するまでに迷いはなかった。

 

「っ」

「おやおや、落ち着いてくれよ教授。君はもっと余裕をもって構えていればいい」

 

 目が合った。

 それだけで死を予感するほどに、彼女から圧倒的な実力を感じる。

 まるで天敵に出会った小動物のようにルシエラは剣を構えたままだった。否、降ろすことが出来なかったのだ。

 

 その光景を見て博愛のソルシエラは肩をすくめ、注目を集めるように咳払いをする。

 

「えー、では改めて紹介しよう。部隊最強と名高い、ラッカ・サクラバだ」

 

 

 

 

 

 

これは訓練でも演習でもない。

それは、都市そのものを舞台にした衝突だった。

 

都市の端に存在する名も存在しない区域――高層建築が立ち並び、交通路が幾重にも交差しながら人が存在していない物静かな都市はこの決戦によって跡形もなくなることが確約された。

 

「では、あの時の再現といこうか」

 

 ルシエラが、蒼銀の剣を抜く。

 刃が完全に姿を現しただけで、空気が震え周囲のビルの外壁に無数の亀裂が走った。

 

桜庭(さくらば)ラッカは両断されると信じているよ」

 

 剣は光を放っていない。

 それでも切れるという結果だけが、すでに確定している。

 

 対するラッカは、何も持たぬまま一歩踏み出す。

 だがその歩みと同時に、街の中心を貫く不可視の衝撃が走った。

 ――透明で、不可視な槍。

 

 音よりも先に破壊が起き、次の瞬間、通り沿いの建築群がまとめて消失する。

爆発ではない。

 押し潰されたのでも、砕かれたのでもない。

 そこにあった都市の一部が、なかったことにされたかのようだった。

 

「曰く、桜庭(さくらば)ラッカの一撃は全てを消し去る」

 

 それは逸話による因果の逆転。 

 防御を完全に捨て、彼女はルシエラを貫くことを優先したのだ。

 

「面白い。やってみると良い」

「ハッ、随分と強気になったもんだなァ! あの泣き虫常識人がさァ!」

 

 ルシエラは即座に踏み込む。

 蒼銀の剣閃が振るわれた刹那、剣の軌跡に沿って、空間そのものが裂ける。

 剣は建物を斬っていない。建物が存在する次元を断ち切っている。

 それはルシエラが信じることによって世界に生み出された新たな理であった。

 

 やがて、理と因果が衝突する。

 

 蒼銀の剣と不可視の槍が交差した瞬間、都市は悲鳴を上げる間もなく崩壊した。

 衝撃波が球状に広がり、道路、橋梁、塔、地下構造――上下の区別なく、街の構造そのものが剥ぎ取られていく。

 

「理事長、ぶち抜けェ!」

「言われずとも」

 

 ラッカの言葉に応えるように上空で赤い閃光が舞う。

 そして無防備なルシエラの頭上から感情エネルギーによる砲撃が放たれた。

 間髪入れずに、理事長は手の中に影の刀を掴む。

 

「ソルフィ、3手でどうかな」

『貴女のお好きなように』

 

 瞬間理事長の姿が切断音と共に消え、赤い閃光に動きを停止したルシエラの背後に現れる。

 二手、振るわれようとした蒼銀の剣が弾かれる。

 三手、ルシエラが無防備になった瞬間にその喉を影の刃が貫いた。

 

「過剰再生」

 

 理事長の言葉に従うように影が形を杖に変え、刃の先端から大量の植物が溢れる。

 それはルシエラの体内外問わず溢れ、彼女を包んでいった。

 

「ふむ、初手は完璧だね」

 

 理事長は切断音と共に距離を取る。

 そしてラッカの隣へと降り立った。

 

「どう、上手くいった?」

「ああ。毒は仕込んだ。魔力を吸い取る草木は彼女を蝕んでいくだろう。尤も、殺せはしないが」

 

 警戒する二人の視線の先では、木と草により生み出された球体があった。

 

「――そうだ。私はこれでは死ねない」

 

 草木をちぎり、ルシエラが中から姿を現す。

 

「あれで本当に効いているの?」

「勿論。……だが、もしも君が不安だというなら予定を変更してここに残って一緒に戦ってあげてもいいが?」

「ハッ、冗談でしょ」

 

 ラッカは数歩前に進み槍の先をルシエラへと向けて獰猛に笑う。

 

「私、模擬戦だとアイツに全戦全勝なの。しかもアンタの小手先で弱くなったってんなら一人で余裕だっつの」

「そうか。なら、予定通り夢幻の杖の処理に向かうとしようかな」

 

 理事長はそう言うと、刀を構える。

 その気配を感じたラッカは、後ろを見ることなくひらひらと片手を振った。

 

「じゃ、そっちはよろしく。生きて会おうぜ」

「ああ、勿論だとも。ソルフィ、一手」

 

 切断音と共に理事長の姿が消える。

 改めて、仕切り直しのようにルシエラとラッカは対峙した。

 

 片やどこか憐れむような目で、片や今にも食い殺さん程に爛々と目を輝かせ笑みを浮かべ。

 

「じゃあ久々に全力で殺し合おうかァ!」

「お手柔らかに頼むよ」

 

 その瞬間、辺りが消し飛ばされた。

 

 ラッカが宙を舞い見えない槍を振るうたび、都市の区画が丸ごと抉り取られる。

 その一撃一撃は、兵器でも災害でも説明できない。

 それはまるで意志を持った破壊だった。

 

 ルシエラはそれを迎え撃つ。

 蒼銀の剣を振るうだけで、理が歪み、方向が崩れる。

 剣閃は防御も回避も許さず、触れたものを世界ごと切断していく。

 

 交錯するたび、街は減っていく。

 都市の痕跡も、建築の意味も、歴史も――ただ戦いの余波として、消えていく。

 

「おいおい、先にこの辺りがぶっ壊れんじゃないの? あの訓練場なら少しはもったのにさぁ」

 

 ラッカはどこか楽しげに呟く。

 

「やりすぎる所は昔から変わらないか」

 

 ルシエラは淡々と答え、再び剣を構えた。

 

 二人の強さは、都市を壊すためのものではない。

 都市が、彼女たちの戦いに耐えられなかっただけだ。

 

 その場に残ったのは、かつて街だった空白と次元を超えた力がぶつかり合った痕跡だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生いたよ! 早く加勢しようソルシエラ!」

「まだよ。まだその時じゃない」

「そうなんだ……! わかった……!」

 

 それを位相を一つ隔てた場所から見ている者達に彼女らは気が付いていない。

 

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