【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第453話 美少女は必ず奥の手を持っている

 夕暮れの訓練場には、まだ熱が残っていた。

 地面に刻まれた無数の痕跡が、ついさっきまで行われていた激しい鍛錬を物語っている。

 ルシエラは、その中央に膝をついていた。

 剣を杖代わりに突き、肩で息をしながら、今にも倒れ込みそうになっている。

 

「はぁっはぁっ……」

 

 息を整えようとしても、胸が焼けるように痛む。

 指先は震え、腕にはまだ痺れが残っていた。

 

 その少し先で、ラッカが振り返る。

 不可視の槍を軽く肩に担ぎ、まるで準備運動でも終えたかのような顔で。

 

「ははっ、まーた無茶したね。最後の踏み込み、明らかに限界超えてたよ」

 

「だ、だって……」

 

 ルシエラは必死に顔を上げる。

 

「……あそこ、貴女なら……もっと、踏み込んでたでしょう……?」

 

 ラッカは一瞬、言葉に詰まりそれから小さく笑った。

 

「比べる相手が悪いって。私は戦場での経験が多いから慣れてるだけ」

 

 そう言いながら近づき、ルシエラの前にしゃがむ。

 息も乱れていない。

 汗ひとつ浮かべず、余裕そのものだった。

 

「まーでも、良かったんじゃない?」

 

 桜色の少女は、少し視線を逸らしながら続ける。

 

「今日のあれ、悪くなかったよ。最初の頃に比べたら、全然マシ。というか、今の時点でも教授はアトラスティアなら英雄でしょ」

「その教授ってのやめてください。やっぱりコードネームは無しにしましょう!」

「えー、私はカッコいいと思うけどなぁ。お前と求道者だけだよ、これに反対しているの。他は皆ノリノリ」

「そんなだから世間から色物英雄集団って言われるんですよ!」

「めっちゃいいじゃん」

「良くないです!」

 

 ルシエラは怒りに身を任せて立ち上がる。

 が、すぐにフラフラとよろけて尻もちをついた。

 

「痛ぁっ」

「もー、無茶すんなって。日に日に強くはなっているから、焦るなよー」

「ほ、本当ですか……?」

「うん。ちゃんと、追いつこうって動きしてた」

 

 ルシエラは、照れたように視線を落とす。

 それから、ぽつりと本音を零した。

 

「……私、早く皆さんみたいになりたいんです」

 

 ラッカは、思わず瞬きをする。

 

「頭が良くて、強くて、迷わなくて、前に立って全部引き受けて……銀の黄昏で私だけが足りていない気がするんです。だから、もっと強くならない、と」

 

 言葉を重ねるたび、ルシエラの声は小さくなる。

 憧れを口にするのは、少しだけ怖かった。

 

 ラッカは、しばらく黙っていた。

 そして――ルシエラの額を、軽く指で弾く。

 

「ばーか」

「い、痛っ!?」

「人には役割ってもんがあるんだよ」

「なら、私の役割はなんですか?」

「それは、その……あれだよ、リーダーだよ」

「リーダー……」

「書類をまとめて、報告書を上に提出して、私達がやらかした時に代わりに怒られてくれる」

「ただの中間管理職じゃないですか!?」

 

 ルシエラは本人にとっては怖い顔でラッカを睨む。

 しかしラッカはヘラヘラと笑って真に受けていなかった。

 

「ごめんごめん。じゃあ、お詫びと言ってはなんだけど今度求道者とも一緒に訓練するか。あいつ滅茶苦茶強いし、いい刺激になるでしょ」

「いいんですか? でもあの子、今は忙しいんじゃ……」

「大丈夫大丈夫。大陸奪還作戦は成功したから、明後日には戻ってくるってさ」

 

 リーダーである筈の自分にその情報がまだ届いていなかったという事実に気が付くことなく、ルシエラは素直に安堵のため息を吐く。

 

「本当ですか!? 良かったです!」

「そんなに心配だったの?」

「これで常識人が増える……」

「あ、そっちの心配だったんだ。……意外とまだ余裕か?」

「っ! はい、まだいけます!」

 

 ルシエラはその言葉を聞いて立ち上がろうとしたので、ラッカは慌てて額を押さえて起き上がれないようにする。

 

「あーごめんごめん。冗談だから本当に訓練再開しようとしないで。これ以上ボロボロになったら指揮者と講師が私に怒るんだからさ」

「あの二人は私を子ども扱いしているので許せないですね。いつか模擬戦であの二人も倒します」

「はいはい頑張ってー」

「そして、貴女も」

「……ま、期待しないで待ってるよ」

 

 そう言ってラッカは手を差し出す。

 ルシエラはその手を取って引き上げられながら、静かに思った。

 

(いつか皆と並びたい)

 

 夕暮れの光の中、二人は並んで歩き出す。

 

 目線はまだ少しだけ違っていたが同じ方向を向いていた。

 その時が来るまでは、確かに同じ方向を向いていたのだ。

 

 

 

 

 

 蒼銀の剣と不可視の槍が激突するたび、空間は軋み、地面は意味を失って崩れていった。

 苛烈、その言葉ですらここでは生温い。

 

 ラッカは臆することなく前に出ていた。

 かつて自分を殺した相手であろうとも関係ない。

 彼女に出来ることは相手を殺す事だけなのだから。

 

「曰く、桜庭(さくらば)ラッカの攻撃は正確無比である」

 

 言葉は逸話となり、逸話は世界の規則となる。

 

 不可視の槍は正確で、速く、容赦がない。

 見えない一撃がルシエラの足元を穿ち退路を断ち動きを縛る。

 

「私にその攻撃は当たらないと信じているよ」

 

 不可視の槍は幾度も空を切り、あと一歩届かない。

 しかし、依然として攻撃を続けているのはラッカであった。

 

(今は押してる。けど油断なんて出来るわけもないなぁ)

 

 ラッカは確信していた。

 読み切れている。

 対応できている。

 しかし、勝利には一手足りない。

 

 なにせ相手は、生涯で唯一自分に勝利した怪物なのだから。

 

「前に戦った時はもっと辛そうだったし、必死だったと思うんだけど。今は随分と余裕そうだね!」

「そんなことはない。あの先生を相手にするんだから、慢心などする訳があるかな?」

「その気取った口調むかつくなァ」

 

 ラッカとルシエラはまるで悪友同士のように軽口を叩き合いながらも、共に致命傷になり得る攻撃を放ち続ける。

 

「君の視界は闇に染まると信じているよ」

「曰く、桜庭(さくらば)ラッカは千里を見通す目を持つ」

 

 一手一手が戦況を左右する筈だった。

 しかし、憧憬と信奉の間ではこの程度は戯れに過ぎない。

 

 両者は共に、切り札を切るタイミングを計っている状態だった。

 そしていつだって意外な事に――。

 

「そろそろ動くとしようか」

 

 先陣を切るのはルシエラなのである。

 

「っ、来るか。てめえの奥の手! 曰く、桜庭(さくらば)ラッカは――」

 

 ラッカは距離を取り、あらゆる事象に対応できるように逸話を世界に適応させる。

 対して、ルシエラは静かに剣を構え直した。

 息を整えるでもなく、構えを変えるでもない。

 ただ、世界を見る目が変わった。

 

「……この気配、まさか別の銘!?」

 

 次の瞬間、ラッカは理解する。

 違和感ではない。

 前提そのものが崩れたのだと。

 

 ラッカはすぐさま不可視の槍を放つ。

 勝利にまつわる数多の逸話が乗せられた無双の一撃。

 だが蒼銀の剣は、そこに最初からあったかのように現れ、槍を弾いた。

 

「……っ!?」

「今回こそ、殺してあげるとしよう」

 

 一歩、踏み込まれた。

 二人の間に存在していた距離が消失する。

 

「この一撃は当たると信じているよ」

 

 簡素な言葉と共に蒼銀の剣が振るわれる。

 ラッカは回避した――はずだった。

 だが次の瞬間、肩口が裂け、遅れて痛みが追いつく。

 

「ッ!? おいおい、今の避けただろ……!?」

 

 否、避けたことにされなかった。

 ルシエラの周囲で、世界が異様に噛み合い始めている。

 

 警戒しルシエラを凝視したラッカは、自身の感覚を疑った。

 

「は? そんなの無理だろお前……!」

 

 あり得ないとラッカの全てが叫んでいる。

 感覚が、経験が、知識が、ありとあらゆる全てが目の前で起きている事象を否定していた。

 

「私には智慧があると信じているよ」

 

 智慧の銘。彼女は、戦場を理解し尽くしている。

 ラッカの癖、間合い、判断の傾向。

 次に何を選ぶか、その理由まで読まれている。

 

「私なら調和をもたらせると信じているよ」

 

 調和の銘。衝突そのものが、成立しない。

 不可視の槍は致命を外し、蒼銀の剣だけが通る角度へと、現実が静かに再配置されている。

 

「私だけがこの場で狂楽に浸れると信じているよ」

 

 狂楽。限界が、存在しない。

 呼吸は荒れ、傷は増えているはずなのに、ルシエラは楽しそうに、前に出てくる。

 戦いそのものを高揚として喰らいながら。

 

「私が、この世界を支配すると信じている。これまでも、これからもね」

「インチキだろそれェ……!」

 

 ラッカは、歯を噛みしめる。

 

(あり得ないけど、どう考えてもアレは……)

 

 この異常なまでの威圧感の正体をラッカは理解してしまった。

 

(複数の銘を……同時に使ってる)

 

 ありえない。

 常識でも、理論でも、世界のルールでも否定される結論。

 だが、目の前の現実が、それを否応なく肯定していた。

 

(智慧……調和……狂楽……)

 

 そのすべてが、矛盾したまま共存している。

 そしてそれを可能にしている核は――信奉。

 信じることで現実にする異能は、長い年月を経てラッカですら想定できない程に歪な進化を遂げていた。

 

「最初から君に勝ち目なんてなかった」

 

 彼女はできると信じ、成り立つと疑わず、壊れないと確信している。

 故に世界が折れるのだ。

 

 一歩、また一歩。

 ルシエラが迫るたび、ラッカは後退を余儀なくされる。

 

(……まずいな、これ)

 

 これは単なるパワーアップではない。

 世界を敵に回してでも成立させる、狂気の自己肯定。

 

 ラッカは、不可視の槍を握り直す。

 恐怖ではない。

 味方として、敵として、この存在を止めなければならないと、はっきり理解していた。

 

「……そういうの、お前が一番嫌っていた筈だろ。銘への敬意はどうしたんだよ」

 

 その呟きに、ルシエラは薄く笑う。

 

「託されたんだよ。私はそう信じている」

「ハッ、狂ってんねお前」

 

 ラッカは吐き捨てるように笑う。

 追い詰められているのは、確かに自分だった。

 だがラッカは、まだ折れていない。

 これだけの実力差を前にしても、彼女はまだ勝利を諦めなかった。

 

(んー、やっぱり使うしかないかぁ)

 

 ラッカは首を鳴らして、槍を構え直す。

 この戦いは、ここからが本当の正念場だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『な、なんだあのルシエラの形態は!? 原作にないぞ!?』

『銘を複数個使用!? そ、そんなの私のデータにありません!』

『無能なデータキャラが増えたねぇ』

 

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