【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
蒼銀の剣が振るわれるたび、世界は一拍遅れて追従した。
斬撃が先に在り、現実が後から理由を探しに来る。
そんな倒錯した因果の中で、ラッカは必死に立ち続けていた。
不可視の槍を突き出す。
逸話を重ね、規則を塗り替え、千里を見通す視線で未来を掴む。
だが、そのすべてが間に合わない。
「っ……!」
槍を放つ。
確実に捉えたはずの一撃は、蒼銀の剣が最初からそこに在ったかのように現れ、弾かれる。
「もう私には勝てないよ、ラッカ」
智慧。
次の一手は、すでに読まれている。
「っ、偉そうにふんぞり返りやがって」
距離を取る。
退路を確保し、衝突の角度をずらす。
だが、足元の空間がわずかに歪み、踏み出したはずの地面がそこに無い。
調和。
世界が、ルシエラに有利な配置へと静かに並べ替えられている。
「ああクソッ! チート使うの無しにしようぜオイ! そもそも銘を同時に使ったらてめえの体だってやばいんじゃないのかよ!?」
「……ああ、確かに」
ルシエラの口元から血が一滴落ちる。
その片眼は赤く染まり、身体は僅かながらも痙攣をおこし始めていた。
それでも――だからこそ、ルシエラは楽しそうに笑う。
「私はどうやら今、苦しいようだね」
狂楽。
戦いそのものが彼女の血肉になっている。
痛みも、疲労も、限界も全てが高揚へと変換され、刃を鈍らせる要素にならない。
(前より強くなってるんだけど。これ、トアがいてもやばかったんじゃない? カッコつけずにガーデナーと求道者にも泣きつけばよかったぁ)
ラッカは理解する。
これはもう、技量の差ではない。
経験の差でも、逸話の厚みでもない。
銘の格そのものが違う。
三つの銘を同時に扱いながらそれを破綻させず、むしろ一つの意思として束ねている。
それを可能にしているのが、あの歪んでしまった信奉の銘。
一歩、踏み出す。
それだけで、周囲の空間が圧迫される。
「どうした? まだ、終わりじゃないだろう」
蒼銀の剣が振るわれる。
ラッカは辛うじて躱すが、遅れて衝撃が走り、肋が軋む。
「がっ……!」
思わず地面に膝をつき、口には血の味が広がった。
(……あー、だめだな)
頭のどこかで、冷静な声が響いた。
(このままじゃ、削り殺される)
立ち上がるたび、選択肢が減っていく。
攻めれば読まれ、防げば崩され、逃げれば距離そのものが否定される。
(ほんと……とんでもない怪物だよ)
かつて、背中を預けた仲間。
導き、信じ、共に戦った存在。
その果てが、この姿だというのなら。
「――はぁ」
ラッカは、ゆっくりと息を吐いた。
(……それならさ)
不可視の槍を、握り直す。
指先の感覚が、妙に冴えていた。
(私が賭けるのは、いつも同じだ)
命。
それ以上に、差し出せるものはない。
ルシエラが歩み寄る。
その一歩一歩が、世界を従えている。
「……もう、終わりにしようか」
その言葉を聞いてラッカは笑った。
「本当は止めて欲しい癖に。真面目だから引っ込みつかないんだろバーカ」
その顔には確信が満ちている。
(それでもこれを使えば、届く)
胸の奥で、何かが静かに燃え上がる。
それはかつて自分のいた世界に根付いた逸話でも、規則でもない。
自分自身を代償にする、最後の切り札。
まだ口には出さない。
まだ構えも変えない。
ただ一つ、はっきりと決める。
(この戦いで全部、持っていく)
ラッカは、ゆっくりと立ち上がった。
その目には、恐怖も迷いもない。
「最後にチャンスをやるよ、ルシエラ」
「今の君が私にチャンス?」
「ああ。そうだ」
そう言ってラッカは穂先をルシエラへと向ける。
「選べよ。今からでも本当の意味であの人の意思を継ぐか。それともいつもみてえに私にボコボコにされるか。真面目で賢いてめえならわかるだろ」
「本当に、君は何もわかっていないんだね」
ため息と共に、ラッカの問いは否定された。
「博愛のソルシエラが死んでは意味がないのだよ。あの人が世界の全てで、愛なんだ」
「……わかってねえのはどっちだよ」
ラッカは静かに呟き、空を見上げる。
良く晴れた青空が、黒煙の向こうに広がっていた。
空を見て深呼吸をしたラッカは、改めてルシエラを見る。
「じゃあもういいわ、殺すよ」
「……その目、相変わらず恐ろしいね」
その視線にルシエラはこの戦いで初めて怯み足を止めた。
敵へと向けられる鋭い眼光が、今はルシエラを貫いている。
「――命題消却」
告げられた言葉は、ラッカの心臓部に一つの魔法陣を展開した。
淡く輝く桜色の魔法陣は、ラッカの心臓部で起動し回転を始める。
「それが君の切り札かな」
「そうだ。本当は天上の意思辺りにでもぶつけてやろうと思ってたけど、予定変更。まずはてめえをぶっ殺す」
■
同時刻、フェクトム総合学園にて。
「――先生?」
「っ、この感覚は先生か」
「先生!」
次の行動に向けて準備をしていたミロク、ミズヒ、トアの三人が手を止め空を見上げる。
何故か、あの懐かしい声が自分を呼んだ気がしたのだ。
■
瞬間世界が、わずかにその動作を停止した。
それはルシエラほど露骨な歪みではない。
因果が逆転するわけでも、配置が並び替えられるわけでもない。
ただ、空気が重くなり戦場そのものが息を詰める。
「……その術式。君の中にあった何かの拘束を解いたのかな?」
蒼銀の剣を構えたまま、ルシエラの声音が低くなる。
余裕の笑みは消え、視線が鋭く研ぎ澄まされた。
「世界を否定する系統……いや、違うね。銘の気配が――分散している?」
ラッカは答えない。
代わりに、一歩、前へ出た。
その瞬間、不可視の槍の穂先が霞の様に消え、蒼銀の剣が弾かれた。
「座学は得意だったろぉ、ルシエラちゃん。共鳴現象なんてお前の得意分野じゃなかったかな?」
「……銘の共鳴だと?」
ラッカの内側で、四つの輝きが同時に脈打つ。
憧憬の銘。
かつて彼女が持っていた原初の銘は、すでに完全な形ではない。
それは砕かれ、分け与えられ、とある三人の教え子の中で別々の銘へと育った。
求める強さ。
超えたい背中。
信じたい未来。
それぞれが憧憬を核にしながら、異なる方向へ枝分かれした銘。
そして今、それらがラッカの命題消却によって一つの銘として同期している。
「……チッ」
ラッカの足元で、血が落ちる。
魔法陣の回転に合わせ、心臓が異常な拍動を打っていた。
信奉とは違う。
信じれば成立する力ではない。
これは自分の身体を媒介に、他者の銘を引きずり込む力。
共鳴のたびに、骨が軋み、神経が焼ける。
長くは、もたない。
だが。
「……来る」
ルシエラが、初めて明確に警戒の色を見せた。
蒼銀の剣を構え直し、一拍、呼吸を整える。
その直後、ラッカが消えた。
否、消えたように見えた。
「曰く、
距離を詰める速度は、先ほどまでとは別物だった。
千里眼の逸話が未来を照らし、別の銘が踏み込みの正解を叩き込む。
弾かれ地面に落ちていた蒼銀の剣がすぐさまルシエラの手の中に舞い戻り、迎撃に振るわれる。
だが今度は。
「……っ!?」
剣と槍が、正面から噛み合った。
衝撃波が弾け、地面が放射状に砕け散る。
「……なるほど」
ルシエラの声に、僅かな熱が混じる。
「銘を束ねているわけじゃない。共鳴させて、強引に同期しているのか。この場に対象となる銘が無くとも、元が自分の銘であるならば距離を無視して接続できる。銘に備わった補修機構の一つを利用して、自らの銘を四つに分割し共鳴――といった所かな」
「大当たりィ!」
理解が早い。
だが、その理解に追いつく余裕はない。
ラッカは歯を食いしばり、不可視の槍を連続で突き出す。
逸話が走り、規則が鳴り、世界が一瞬だけ迷う。
その迷いの隙をラッカは逃さない。
「曰く、
蒼銀の剣が弾かれ、ルシエラの足元に亀裂が走る。
「……!」
半歩、下がらせた。
それだけで十分だった。
(届く……!)
胸の奥で、魔法陣が悲鳴を上げる。
心臓が軋み、視界が一瞬白む。
――限界が近い。
それでも、ラッカは笑った。
「どうしたよ、ルシエラ。さっきまでの余裕はどこ行った? 相変わらずお前は想定外に弱いな」
「……面白いことをするね」
ルシエラはそう言いながらも、剣を構える腕に力を込めている。
狂楽の笑みは、まだ戻らない。
今、この瞬間だけは。
彼女は怪物ではなく強敵としてのラッカを見ていた。
二人は再び踏み込む。
剣と槍が交差し、世界が悲鳴を上げる。
信奉で世界を折る者と、憧憬を燃やして命を賭ける者。
再び、天秤は釣り合った。
だがその均衡が、どれほど脆いものかを知っているのはラッカ自身だけだった。
『やはりそうでしたか……! あの輝きの正体は私の想像の通りでしたね』
『後出しならなんとでも言えるねぇ^^』
『主殿、流石に助けに行かなくてはならないのじゃ! ラッカは怖くていけ好かない奴じゃが、死ぬのは駄目じゃろ!』
『大丈夫だよ』
『え?』
『もうすぐ彼が到着する。うちわとペンライトの準備を急ぐんだ。それとご都合主義ラッカちゃん生存確定装置の生成を!』
『はい、ご都合主義ラッカちゃん生存確定装置だよ^^』
『でかした!!』
『ロリ機能を付けても良いか? というか付けてしまった(事後報告)』
『何やってんだ君は』