【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第455話 主人公は美少女のピンチに間に合う

 均衡が崩れたのは、ほんの一瞬だった。

 

 ラッカの不可視の槍が、蒼銀の剣よりも半拍早く空間を裂く。

 逸話が先に走り、現実が遅れて悲鳴を上げる。

 

「曰く、桜庭(さくらにわ)ラッカは負けない!」

 

 その言葉と共に、世界が一段、強く揺れた。

 蒼銀の剣が受けに回り、火花が散る。

 ルシエラの足元の大地が砕け、彼女はわずかに体勢を崩した。

 

「……っ」

「ははっ、どうしたよ優等生ェ!」

 

 確かに今押されているのはルシエラであった。

 

「銘の格を無理矢理向上させるなんて、命が惜しくないのかな?」

「ああ惜しくないね! お前を殺して、あの子たちの未来を守れるのならなぁ!」

 

 ラッカは踏み込む。

 躊躇はない。

 今の自分に許された猶予は、せいぜい数分。

 

 不可視の槍が連撃となって降り注ぎ、蒼銀の剣は防御に専念せざるを得なくなる。

 智慧が次を読む前に、次の一手が叩き込まれる。

 

「曰く、桜庭(さくらにわ)ラッカは攻撃を外すわけがない!」

「くっ……!」

 

 ルシエラの肩を、槍の切っ先が掠めた。

 浅い。

 だが血が舞った事にこそ、意味があった。

 

 ルシエラに攻撃が届いたという事実が、ラッカの持つ逸話を補強。

 加速的に強さが増していく。

 

「……やるね、相変わらず」

 

 その声に、驚きが混じる。

 狂楽の高揚ではない、純粋な警戒。

 

「誰に言ってんだよ。銀の黄昏最強の戦士だぞ」

 

 ラッカは笑った。

 だが、その笑みは長く続かない。

 

 胸の奥で、魔法陣が悲鳴を上げ、心臓の拍動が一拍遅れる。

 

「――っ!」

 

 視界が歪む。

 世界が傾き、音が遠のいた。

 

(……っ、もう来たか)

 

 無理もない。

 自身から分割したとはいえ、四つの銘を同時に共鳴させ、そのすべてを自分の身体で受け止めているのだから。

 骨はきしみ、内臓は悲鳴を上げ、神経は焼き切れかけている。

 それでも。

 

「掛かってこいよルシエラァ!」

 

 ラッカは前に出る。

 後退という選択肢は、最初から捨てている。

 

「先生らしく、最後まで色々教えてやるよォ! てめえに教えるのはそうだなァ……あの時のてめえの勝利はまぐれだったって事だァ!」

 

 心臓が太陽になったのではないかと錯覚してしまう程に体が熱を持ち、自分の何かが欠けていくのがわかった。

 しかし不思議と痛みはない。

 いつだって彼女の戦いの中にあるのは、高揚感だけだ。

 

「私の授業は、ちっとばかし値が張るぞルシエラちゃァん!」

「興奮状態かな。そうなった兵士が戦場でどうなるかは君が一番よく知っているだろうに」

 

 不可視の槍が突き出され、蒼銀の剣と激突する。

 だが今度は槍の軌道が、わずかにブレた。

 

 逸話は確かに機能している。

 その上で、彼女の体がほんの一瞬だけ耐えきれなくなったのだ。

 

「……!」

 

 その隙を、ルシエラは逃さない。

 

 智慧が、遅れて噛み合う。

 調和が、崩れかけた均衡を強引に引き戻す。

 格が上がった憧憬の銘に対して、ルシエラは土壇場で再調整を間に合わせ、蒼銀の剣を振るった。

 

「ぐっ!」

 

 ラッカの身体が吹き飛ぶ。

 地面を転がり、背中を強かに打ちつける。

 

「がはっ……!」

 

 血を吐き、指先が震える。

 立ち上がろうとしても、脚に力が入らない。

 

(……あー……)

 

 頭の中で、冷たい声が囁く。

 それは世界を俯瞰して見ている自分の声だった。

 

(やっぱり、短期決戦用だよなぁ……)

 

 魔法陣の輝きが、わずかに鈍る。

 共鳴が乱れ、四つの輝きのリズムが噛み合わなくなってきている。

 

 ルシエラは静かに剣を構え直した。

 その眼には、再び冷静な光が戻りつつある。

 

「……やはり、長くは持たないかな」

「うるせ……ぇ……」

 

 ラッカは膝をつきながら、無理やり笑う。

 口の端から、血が垂れた。

 

 確かに、優勢だった。

 確かに、届きかけていた。

 

 だが――身体が先に悲鳴を上げた。

 

 共鳴は続いている。

 力も、まだ残っている。

 声も聞こえ続けている。

 

 しかし、ラッカの理性は残された時間を冷酷に算出していた。

 1分。

 これより先、彼女がルシエラと同じ目線で戦えるタイムリミットだ。

 

「……大丈夫、先生はこんなやつに、負けねえから……!」

 

 それでも、あと一分で敗北は、確定する。

 

 ラッカは、震える手で槍を支えながら再び顔を上げた。

 

(……ここで折れたら、先生失格だろ)

 

 妙な浮遊感と共に、脳裏には懐かしい光景が浮かび上がっていた。

 

 まだ一人で世界を旅してまわっていた頃、気まぐれで寄ったこの世界の孤児院で出会った三人の幼い少女達との邂逅の記憶だ。

 

『――これ、なんてよむんだ?』

『うーん、ラッカせんせいってよむ!』

『ふふ、じゃあこっちの苗字はわかるかなぁ?』

『はい! わたしはわかりますよ! こっちは()()()、こっちは()()!なので、さくらにわです!』

『…………あー、正解』

『おお、すごいな!』

『みろくちゃん、さすがぁ!』

『えへん!』

 

 ラッカはその日を決して忘れないだろう。

 長い旅路の終わりに、一度振り返り思い起こすのは自身が桜庭(さくらにわ)ラッカとなった日の事。

 まるで昨日の事の様に鮮明に鮮烈に刻まれている。

 

「……はは、また会えたらミロクを揶揄ってやろうか。そんで、ミズヒに特訓をつけて、トアにうんと甘いお菓子を作ってやる」

 

 生きる理由が出来た、なんて軽々しく口にはしない。

 しかし、前を向きこれからの一分に賭けるには充分だった。

 

「ルシエラ、感謝するよ。お前のおかげで、私も大切な物が見つかったんだ」

「そうか。それは何よりだ」

 

 蒼銀の剣を構えたルシエラが、一歩、踏み出す。

 不可視の槍が狙いを定めて引き絞られる。

 世界の主導権を巡って、強大な力同士がぶつかり合おうとしていた。

 

 勝負は、まだ終わっていない。

 

「「――ッ」」

 

 故に、その介入は必然とも言えた。

 

「ルトラ、一振り」

 

 ただ一刀、世界を分断し支配するのにそれ以上は必要ない。

 両者の間で一閃が煌めき、風向きが変わる。

 

「っ、この感覚はデモンズギア!?」

「……おや、死にぞこないかな」

 

 この混沌とした戦場に、青年はいつの間にか佇んでいた。

 静かに髪を揺らし、白い鞘を腰にぶら下げ彼はゆっくりと顔を上げる。

 

「確か、牙塔トウラクだったかな」

 

 ルシエラの声に応えるように、トウラクは彼女の方を向く。

 そしてラッカを守る様に背を向けながら語った。

 

「この戦いで犠牲者を出さないように、と理事長からきつく言われているので」

「……助っ人が来るかもって言っていたけれど、君がそうなんだ」

 

 ラッカはそう言って並び立とうと一歩踏み出す。

 瞬間、世界に切断音が響き、その距離は縮まらなかった。

 

 すぐに違和感に気が付いたラッカが顔を顰める。

 

「……どういう事かな? 私の邪魔をするつもりなの?」

「すみません、どう見ても貴女が死にそうなのでこれ以上戦わせることはできません」

「ルシエラ相手にそんな事を言っている場合?」

「……僕も存外、精神が未熟なもので」

 

 その目は、まるで飢えた狼のように爛々と輝きルシエラを捉えていた。

 

「大切な友人を傷つけられて、無様に敗北して。……だからこそ、僕とルトラで決着を付けたい。というのが、一番の理由です」

 

 普段の彼からは考えられない程の殺気が込められた目に、ルシエラは思わず感嘆の息を漏らす。

 そしてラッカは、その感情による理屈を聞いて槍を降ろした。

 理由は単純。

 

「気に入った」

 

 ラッカは理屈よりも感情を重んじる。

 頭のねじが外れた人間ならなおのこと好ましい。

 

 そういう意味で言えば、世界の命運がかかった戦いで、私情でしかないリベンジマッチを望むその自己性はこの場で唯一ラッカを説得できるものだった。

 体の不調や自身の有用性など説いてもラッカに意味はない。

 

 彼女に伝えるべきはそう。

 

 「――ここからは僕達の戦いだ」

 

 ルシエラというかつての文明の英雄に対して現れた新たな挑戦者。

 牙塔トウラクとルシエラとの最終決戦は、今ここに始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『きゃあああああ! トウラク君よぉ! こっち見てぇ!』

『見られたら見られたで怖いじゃろ。カメ先生専用の位相じゃぞここ』

『パワーアップしたと聞いていたが……ハッ、見た目に変化はないじゃないか^^ やれやれ、新形態の一つでも持ってくるんだったねぇ』

『おぉ、いつになったらラッカを幼き命に出来る? こちらはいつでもいいのだぞ』

『デモンズギア一機であのルシエラに勝てるでしょうか……! 私には無茶な戦いに見えますが……!』

 

 

 

 

 

 

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