【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
空気が、張りつめる。
夢幻の杖が一歩踏み出した瞬間、戦場の法則が微細に狂った。
地面の硬度、重力の向き、音の伝播速度。
どれも致命的ではない。
だが、剣戟において一拍の誤差は死に等しい。
『……世界を弄るタイプかな』
『ならルシエラと変わらない。斬ってしまえばいい』
『それはそうなんだけれど……』
トウラクは相棒に同意しながらも意識を集中させる。
目の前の少女は果たして何者か。
それを理解するまでは下手に銘を選ぶわけにはいかない。
「時に青年、君は名前を何と言うんだ?」
警戒するトウラクとは対照的に夢幻の杖は穏やかな声色でそう問いかけた。
彼はいつでも鞘をつかみ取れる体勢のまま答える。
「牙塔トウラク」
「牙塔トウラク……なるほど良い名前だ。では、愛するとしよう」
次の瞬間、夢幻の杖の大鎌が振るわれた。
(あまりにも遅い……! まるで、剣を初めて手にした子供のような――)
だが、それは錯覚だった。
鎌の軌道が途中で増える。
一振りが三振りに、三振りが九振りに。
そのどれも幻ではなく、全部があり得た未来の鎌であった。
『可能性を全て結果として出力するタイプかな!』
『なら苛烈で問題ない』
「……!」
トウラクは跳び、星斬り本来の機能で自身の距離を切断し移動した。
そうして斬撃から自身の存在位置をずらす――が、空間そのものが追随してきた。
「っ!?」
「逃がさないよ」
夢幻の杖の声は、不思議と優しい。
だからこそ、残酷だった。
(追尾された? 当たるという事象が確定しているのか? まだ読み切れてはいないけれど……これなら!)
迫る大鎌を前に、トウラクは回避ではなく鞘の一本を取り出し叫んだ。
「『U-1874【空蝉】の鋳造を開始――鋳造、刻印、完了。神羅、一振り!』」
夢幻の杖の刃は確かに届いた筈だった。
「おや」
極彩色の大鎌が振り抜かれ、斬撃は寸分違わずトウラクの喉元を捉える。
勝利の因果が、成立したように見えた。
だが、刃が触れた瞬間、その手応えは空を斬った感触へと変わる。
「……?」
ルシエラが目を細め、夢幻の杖が首を傾げたその刹那、トウラクの姿が音もなく剥がれ落ちた。
まるで、抜け殻のように。
そこに残されたのは、先程まで確かに存在していたトウラクであったもの。
それは輪郭を保ったまま、風にほどけるように崩れていく。
流れた風は漂い、夢幻の杖の前髪を揺らす。
と、途端に彼女の体をいくつもの斬撃が覆いつくし、一気に弾き飛ばした。
いつの間にか背後には剣を振りぬいた姿勢のトウラクがいる。
「おやおや」
夢幻の杖は平然とした顔で空中で体勢を整えると、ふわりと着地する。
その体に傷はなかった。
「今の、銘の力かな? 興味深いねぇ」
「『銘【空蝉】。これがお前を相手にするなら最適であると判断した』」
空蝉、その力の本質は分離であった。
致命を受け入れた上で、結果だけを抜け殻として世界に残す権能である。
本質は回避でも防御でもない。
斬られ、貫かれ、殺されたという事実すら、世界には成立する。
ただしそれを受けた存在が本体であるとは限らない。
『まずはこれで様子見だね。一度当たればさっきみたいに攻撃が追いかけてくることはないみたいだ』
『私は苛烈か無双がオススメ。もう、全部切っちゃおう』
『それは最終手段ね』
トウラクはまるで浮いているような軽いステップで駆け出した。
「おや、今度は君から来るのか」
夢幻の杖は笑顔を浮かべて、迎えるように両腕を広げ歩き出す。
その隣でルシエラは蒼銀の剣を構えて、収束砲撃を一つ放った。
「『無駄だ』」
一つ、風が吹いた。
体が貫かれた瞬間、トウラクだったものが風に流される。
結果だけが世界に残され、新たに彼がその場に再生成され一気に夢幻の杖へと肉薄した。
「『ッ!』」
「威勢が良いね。君みたいに元気な子は好ましいよ」
切っ先は確かに夢幻の杖の喉笛を切り裂いた。
しかし、血は噴き出すことなく、傷口さえも見当たらない。
「『……どういうことだ』」
「どういうことも何も、君の愛で私が傷つく訳がないだろう?」
返す様に夢幻の杖が大鎌を緩慢に振るう。
最小の動作で確かに避けた筈のそれが、次の瞬間にはトウラクの体を切り裂いていた。
「『……っ!』」
空蝉の銘が結果だけをその場に脱ぎ捨て、離れた場所にトウラクは姿を現す。
と、それを読んでいたかのようにその場にはルシエラが迫っていた。
「調和の銘を忘れていないかな?」
姿を現す座標を再配置され、トウラクの眼前には既に砲撃陣が展開されていた。
息つく間もなくトウラクは剣を下段から一気に切り上げ魔法陣を切り裂く。
「君の動きは止まると信じているよ」
信奉の銘が一瞬ではあるが彼の体を停止させる。
その瞬間、蒼銀の剣は確かにトウラクの心臓を捉えていた。
「……ふむ、確実に殺しても駄目か」
蒼銀の剣を伝っていた血が風となり消えて行く。
貫かれた彼の体もまた、まるでその場に無かったかのように解けていった。
「『そんなもので僕達が負けると思うか』」
「だが、勝てる算段がある訳でもないだろう。君は私の事は知っているが、夢幻の杖については何も知らない。知ったところで勝てるとも思わないけれどね」
「『……さあ、どうだろうね』」
トウラクは剣を構え、風となり駆け出した。
『出来るだけ情報を集め、弱点となりそうな銘で一気に攻めたい』
『わかってる。銘の選定は任せて』
未だ、トウラクにとってこれは十分に勝機がある戦いである。
星斬り・神羅は理論を越えた先に在る最強の一振り。
それを手に相棒と一つになった今の彼に敗北の結果はあり得ない。
そしてもう一つ、彼には負けたくない理由があった。
(ソルシエラの分まで僕が戦う。あの子の愛した世界を……!)
かつて世界を守るために全てを燃やし尽くした少女がいた。
自身の全てを賭け、身体を摩耗させ、最後には記憶を失い自己を喪失した少女が。
(そしていつか、あの子を越えるんだ……!)
未だに、彼の脳内に残る声がある。
――貴方は、自分が刀を握った理由をまだ見失わずに戦えているかしら。
唯一ソルシエラと並び刀を抜いたあの決戦の前、彼女はそう問いかけてきた。
トウラクはその問いに対して世界を守る戦士として真っ直ぐに答えたのである。
それは確かに彼の本心である。
が、全てではなかった。
(僕が今も刀を握っているのは……)
刃と刃が斬撃の応酬を繰り返し、銘が世界を上書きし続けていく。
(何度も立ち上がったのは……!)
空蝉により死を何度も無効にしながら彼は諦めずに戦い続ける。
そうするだけの矜持が彼にはあるのだから。
(あの子に勝ちたいと思ったからだッ!)
憧れの存在に追いつき、そして肩を並べ、いつかは抜き去る。
剣士としてのプライドが、彼の中でいつしか星を越える願いとなり激しく燃えていた。
それは今もなお、この戦場で彼の行く末を照らし続けている。
「『――っ!』」
何度、ルシエラと夢幻の杖の首を刎ね、反対に心臓を切り潰されただろうか。
それでもなお彼は止まらない。
(もう二度と戦う事は出来ない。だからこそ、僕は世界を守り切る事で僕の強さを証明する!)
刀と極彩色の大鎌が同時に相手の首を捉える。
夢幻の杖は何事もなかったかのように笑みを浮かべ、トウラクも死に際に意趣返しのように笑い風となってその場から流れ消えた。
それから間もなく、トウラク本人は、風と共にラッカの隣に現れる。
「『……っこの銘。使い勝手悪いな』」
「うおっ、びっくりした!? 大丈夫!?」
「『うん、大丈夫。ちなみに、なんだけどアイツについて何か知っていることはあるかな』」
トウラクに指さされた先にいる夢幻の杖を見て、ラッカは複雑そうに頷く。
「たぶん、アレは博愛のソルシエラを限りなく再現したものだね。夢幻の杖なんて呼ばれているけれど、感じる力は博愛そのものだ」
「『博愛……?』」
「私が知る限りでは最強の銘だよ。その権能は『愛さえあればなんでも実現できる』かな。だから、あの銘を相手にするなら理屈なんて通用しないと思った方がいい」
そう言って、ラッカはゆっくりと立ち上がり、槍を構えようとした。
が、トウラクはそれを抑えるように刀をかざし一歩前に出る。
「『ありがとうございます。それだけわかれば、斬れます』」
「無茶だよ、流石に博愛とルシエラ相手なら一人じゃ勝てない!」
そう言って強引に戦いに介入しようとしたその時だった。
「――なら三人ならどうかしら」
空が割れる音がした。
同時に、もう二度と聞けないと思っていた声も。
「『……ッ!?』」
トウラクはその声に眼を見開き、歪みそうになった顔を無理矢理笑顔に作り変える。
決して声に振り向くことはしない。
星に並び立つ戦士ならば、こんな所で敵に背を向けたりはしないだろう。
故に、彼は冷静さを保ちながらその声にこう答えた。
「『ああ、来るのが随分と遅かったね。危うく、僕達だけで世界を救う所だったよ――ソルシエラ』」
名を呼ばれた少女は口元に小さく笑みを作り、トウラクの横に静かに降り立った。
「少し眠っていた間に随分と見違えたわね」
優しいその声にトウラクの視界が一瞬だけ歪むが、すぐにそれを切断して不敵に笑い返事をする。
「『丁度、卸したての一張羅なんだ』」
「別に服装はいつもと同じに見えるけれど……駄目よ、戦場でも遊びの心を忘れちゃ」
「ちょっとちょっと、私もいるってー! ねー、ソルシエラー! 今まで一緒にいたもんねー!」
「ふふっ、この程度でやきもちを焼くなんてかわいい子ね」
「あぅ……」
二人の後ろからひょっこり顔を出したネームレスの頭をソルシエラは軽く撫でる。
その姿は戦場にいるとは思えない程に自然体であった。
「それじゃ、これからは私達も相手をしてあげようかしら。ダンスの相手に困っていたみたいだから」
ルシエラと夢幻の杖を前にしても彼女はいつもの様に余裕たっぷりに笑って見せる。
それが何よりも嬉しくて、思わず刀を握る力が増していることに彼は気が付いた。
(あぁ、二度と戦って欲しくないと思っていたのに。僕は今、どうしようもない程に嬉しいと思ってしまっている……!)
共に戦場に立てることが、自分の成長を見て貰えることが、今は何よりも嬉しい。
「『今度こそ勝とうか』」
「言われなくてもそのつもりよ、任せなさい」
「ボッコボコにしてやるよ!」
それは星のように輝き世界を照らす少女であった。
それはかつて失った星に手を伸ばした少女であった。
それは星に一刀を届けんとして研鑽した剣士であった。
多くの物語と因果の先で、三人は遂にその境界線を越え――今並び立つ。
故にもう負ける気などする訳がなかった。
『げ、原作主人公と一緒に最終形態で戦えてうれしいソル~!』
『台無しですよ。というか、博愛の銘って本当に強力なので注意してくださいね? ……聞いてます?』
『ソル~!!!』
『駄目だ……』
『カメ、今回は私が最初だ。わかるか? 私がメインでボッコボコにする。お前はその辺で銀色の欠片をピュンピュンしていればいい^^』
『おぉ……(拒否)』
『今度は仲良く頼むのじゃ……』