【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
世界を救った。
何年も何十年も、数えきれない程に世界を救い、人々の希望になった。
それが今のルシエラに出来る唯一の役目だからだ。
数えるのも馬鹿らしくなる程に積み上げられた天使の骸が激しい風に打ち付けられている。
その体が風に乗り徐々に消え去っていく様は、まるでこの星そのものが天使に怒りを抱いているかのようだ。
ルシエラはそれを呆然と眺めていた。
「――教授、どうかしましたか」
ふと声を掛けられた。
鈴の鳴るような幼くも凛とした声。
「定例会議が行われますから、早く行きましょう」
そう言って空色の髪の少女が顔を覗き込む。
ぱっちりとした目に幼さを残したまま、彼女はルシエラを見つめ続ける。
しかし、言葉は返ってこない。
「あの……」
少し訝しげにした彼女は、教授の眼を見てもう一度その名を呼んだ。
「教授?」
「……いつになったら、この戦いは終わるのでしょうか」
「え?」
「求道者、私は少しだけ不安になってきました」
終わらぬ天使の猛攻に、人々は疲弊し始めている。
博愛が分割し、七つに分かれた銘は確かにそれぞれが最強であった。
しかし、それでもこの戦いに終わりはまだ来そうにない。
「私達は変わらず戦うだけですよ。いつか来る理想の明日を求めて」
「……貴女は強いですね」
「教授こそ。皆の先頭に立っていつも戦っているじゃないですか。今や、第二のソルシエラなんて呼ばれることもある」
「……そうですね、光栄な事です。でも私は教授で、そしてただのルシエラですよ」
銀の黄昏が生まれた理由は、多岐に渡る。
その中で何よりもその創設者が願ったのは、一人の英雄に人類が縋る歪な関係性を終わらせる事だった。
だというのに、人々は新たな英雄を作り上げる。
誰よりも博愛のソルシエラの意思を理解していた彼女は今、第二のソルシエラとして人々の希望を背負っていた。
「人々が戦ってくれているのはわかっています。けれど、皆心のどこかで私がいるから大丈夫だと安心している。そう思えてならないのです」
「……教授、今日はもう休みましょうか。会議の方は私から言っておきますから」
求道者の事を見ることなく、ルシエラは天使の骸を眺め続ける。
「今日、私と共に戦った兵士が一人、目の前で死にました。信奉の銘は間に合わなかった。あの時の兵士の絶望した目が忘れられない」
網膜に焼き付いたのは絶望の表情であった。
常勝無敗のルシエラに向ける羨望の眼差しよりも、より強く本能的なその視線はまっすぐにルシエラの心を貫く。
兵士にとって死はルシエラの裏切りと同義だった。
それほどまでに、ルシエラは人類の希望として輝かしい存在になったのだ。
「今になって思うんです。かつて世界を一人で守っていた博愛のソルシエラは……どれだけ孤独だったのでしょうか。頼り切って、英雄として崇めて。……私の名だって、親が博愛のソルシエラにあやかって付けたものです。この都市ではありふれた名前ですから」
求道者と呼ばれた少女は答えなかった。
まるでルシエラが全てを吐き出すのを待っているかのようにも見える。
「本当に可哀そうな人だ。誰にも頼れず、勝手に英雄にされて、きっと疲れ果ててしまったのでしょう」
「ですが誇らしくも思っていた筈です。それがあの人でしたから」
「……そうでしょうね。だから最後まで人類を愛してしまった」
そう答えると、ルシエラはゆっくりと歩き出す。
多くの骸を踏みつけて、近くに突き刺さっていた蒼銀の剣を抜き去り、都市への道をたどり始める。
「教授……」
求道者はその姿を見て手を伸ばしかけたが、すぐに止めた。
声を掛けるには自分よりも相応しいものがいると判断して、静かにその後を追った。
(私は……私だけは、あの人の代わりに、あの人の為に勝利しなければいけない)
勝利と共に、今日もルシエラの中で静かに何か薄暗い物が育っていた。
■
現在、トウラク達は優勢であった。
ネームレスとソルシエラの存在は、戦況を変えるにはあまりにも大きい。
殺すだけならば何度も達成していることが何よりの証拠だろう。
それでもこの戦いが続いているのは、ルシエラが再生を続けるからに他ならない。
「チッ、何度殺しても復活するし。マジでむかつく。月詠みになれればこんな奴……」
「『焦る必要はない』」
二人はルシエラの体を同時に切り裂く。
大鎌と太刀の一閃が、抵抗する間もなくルシエラをバラバラにした。
その肉片一つ一つに機械仕掛けの蛙がしがみつく。
「マーちゃんズ、やっちまえ!」
ネームレスの命令により、ルシエラの肉片は激しい爆発を連鎖的に巻き起こした。
が、それすらも本当の死を与えるには至らない。
「……この程度で死んであげる訳にはいかないな」
爆発と共に舞う体は魂を起点として修復され、すぐさま再配置により地上へと降り立った。
ネームレスとトウラクの立ち位置を理解できる絶好のポジションでルシエラは反撃を仕掛ける。
「君達は押しつぶされると信じているよ」
蒼銀の剣がタクトの様に振るわれ、ネームレスとトウラクの体に金属すら潰してしまう程の重力が降りかかる。
が、それは焔と一刀によりすぐさまなかったことにされた。
「act1」
「『銘を使うまでもない』」
熾天使を原型もない程に潰してしまう程の重力を息を吸うように当たり前に切り抜けた彼女達は再びルシエラへと迫る。
そして、再び激しい剣技の応酬が始まった。
「しつこい! 早く死ね!」
「君では殺せないと私は信じているよ」
大鎌を受け流し、光翼が迫れば再配置により位置をずらす。
この戦いの中でルシエラは次第に、二人の攻撃の間に存在する僅かな隙を見つけ始めていた。
それは決して逆転の目ではないが、僅かな勝機がそこに在ると信じて彼女は何度も死を受け入れる。
ルシエラのやる事は今までと変わらない。
勝つだけだ。
「『まだ立つのか』」
「当然だとも」
ルシエラは自身の存在をアピールするかのように両手を広げて笑った。
その姿にうんざりした様子で顔を顰めるネームレスとは対照的に、トウラクは静かに彼女を見据え、やがて静かに告げた。
「『お前では勝てない。もう実感しただろう』」
「逆境なんて慣れた物さ」
平然と返す彼女を見て、トウラクは一つ決意をする。
「『なら、こう言い直そうか』」
そして敢えてその名を告げた。
「『お前では博愛のソルシエラにはなれない』」
「だろうね。わかっている」
「『わかっている割には諦めないのか。既に――博愛の銘はここに在るというのに』」
「……は?」
トウラクの前に一つの鞘が飛来する。
その瞬間、ルシエラは全てを悟り初めて声を荒げた。
「お前、自分が何をやろうとしているのかわかっているのか?」
トウラクは答えない。
否、その行動こそが彼の答えであった。
「『S-17521【博愛】の鋳造を開始』」
「……やめろ。お前如きが、その銘を使うな」
「『――鋳造、刻印』」
「やめろと言っている!」
放たれた一撃は理論を無視した感情任せの収束砲撃であった。
銀の光は荒れ狂い嵐のようにトウラクへと迫る。
しかし、既にここに銘は成った。
「『――完了。神羅、一振り』」
愛の元に銀の光が両断される。
ありったけの殺意と敵意を込めた攻撃であった筈の収束砲撃は、次の瞬間には彼を照らす銀の粒子となって辺りに散っていった。
彼はその中心に立って、ルシエラへとその切っ先を向ける。
「『この銘で決着をつける』」
「……あの人を愚弄する気かな」
ルシエラはその瞳を怨嗟に染め上げ、トウラクを睨む。
そしてゆらりと動き出した。
それに合わせるようにトウラクとネームレスも同時に動き出す。
「『終わりにしよう、ルシエラ』」
決戦、その終わりはすぐそこまで迫っていた。
『トウラク君ちゃんからもBIG LOVEを感じた……! これは……もう戦いに決着がつくぞ!』
『……あの力を使って【淫靡】の銘とか持ってこれないものかねぇ。……おいカメ! また順番を守らなかっただろう! 次は私の番だ!』
『おぉ、戦況は流動的に変化している。私の方が最適解だった。そして、よそ見をしていたお前が悪い。戦いの最中に何を考えているんだ』
『のじゃ、戦いの最中にえっちな事を考えるのはおかしいのじゃ』
『正論ごときで私を倒せると思うなよ^^』
『ちょっとよそ見しないでください! 博愛の銘を相手にしているんですから!』