【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
両者、動き出しは戦いとは思えない程に静かであった。
まるで再会を喜ぶように次第に彼女達の足は加速していき、そして同時に得物を振り下ろした。
「ッ!」
「腕は鈍っていないようで安心したよ」
力が波のように伝播し、激しい揺れと風を巻き起こす。
激しい火花が散り、風に髪が揺れようとも博愛のソルシエラは優しい顔で語り掛ける。
彼女にとってこれは戦いというよりは、教え子との再会であった。
ならば、何を憎む必要があるだろう。
彼女はルシエラへと笑いかけ、押し付けられる刃を滑らせ受け流す。
そして追撃の間を使って、言葉をルシエラに向ける。
「懐かしいね。模擬戦は滅多にやれなかったから、こうしてぶつかり合えてうれしいよ。あの頃の私は忙しかったからねぇ」
「お前の口からあの人の言葉で思い出を語るな!」
ルシエラは振り向き様に刺突を放つ。
心臓、不意を突いた鋭い一撃が迫るが博愛のソルシエラはそれをあろうことか優しく掌で受け止めた。
「おっと。借り物の体に傷がついてはいけない」
掌は僅かにも切れた様子は無く、攻撃を受け止め優しく押し返す。
何も特別な事はしていない。
博愛のソルシエラはただ、ルシエラを愛しているだけなのだから。
「くっ、絶対にお前を殺す……!」
愛の元に起きる奇跡としてそれはあまりにも小規模で、ルシエラにとっては見慣れたというのも烏滸がましい。
しかし、だからこそどうしようもなく自覚してしまう。
今、目の前にいるのは博愛のソルシエラであると。
「っ、私は認めない! 絶対に!」
「そうだろうとも。君はここまで長い道を歩いてきた。その全てを、君をぶつけてくれ。時間は限られているが、その全てを君に使うと誓おうじゃないか!」
慟哭も否定も敵意も殺意も全てが博愛のソルシエラにとっては愛する者から溢れる愛おしいものに過ぎない。
だから彼女は否定しない。
優しく笑い、そしてルシエラの攻撃を受け続けた。
「いいぞ、教授。やっぱり君は強いねぇ。あの日、剣を持たせて正解だった。私の真似をして大鎌なんて振り回さなくても君は十分魅力的だ」
「くだらない! 私を戸惑わせようとしているのだろう! そうなんだろう!」
つんざくような否定の叫びが空に響き渡る。
一振り一振りがその鋭さを増し、重さが宿っていく。
決して彼女に向けるべきではないとわかっていながらルシエラはそうせざるを得なかった。
これ以上、自分の失態を見られたくはない。
理想とかけ離れた自分の姿を、憧れた英雄に見て欲しくはない。
ルシエラの剣に宿るのは、そんな利己的で子供じみたものであった。
「お前は動けないと信じている!」
「愛があれば何があっても動けるさ」
信奉は愛という絶対の理屈の前に上書きされる。
博愛のソルシエラの体は僅かでも止まる事は無く、軽やかな動きでルシエラの攻撃を受け止めた。
「信奉の銘も使いこなしているようだね。うんうん、感心だ。求道者や指揮者もすぐに銘を使いこなせるようになったんじゃないかな。あの子たちも器用だったからねぇ」
「奴らは私が始末した! 学者も殺した! 講師も殺した! 銀の黄昏は既に私の組織なんだ。そんな過去の奴らなんてどうでもいいだろう!」
「そんな悲しい事を言わないでくれ」
博愛のソルシエラはルシエラの攻撃を受け流し距離を詰める。
ルシエラはすぐに調和で再配置を行い、距離を取ろうとした。
しかし、移動した筈の彼女の前には変わらず博愛のソルシエラがいた。
「愛に距離なんてないからねぇ」
呆然とするルシエラに向けて一歩踏み出して、博愛のソルシエラは手を伸ばす。
そして、優しく頭を撫でた。
「少しだけ、肩の荷を降ろさないか? 全部だなんて無責任なことは言わない。けれど、そうだな……明日の朝に食べるパンの事を考えられるくらいの余裕は持った方がいい。君も知っているだろうが、私は通りを外れた場所にあるあのパン屋で毎朝焼きたてを買うのが好きだったんだ」
「……っ」
幼い我が子に語り掛けるように、博愛のソルシエラはルシエラの目を見て口角をゆっくり上げる。
「教授、一度で良いから足を止めてみないかい?」
「……止められる訳がないだろう!」
手を振り払い、ルシエラは蒼銀の剣を博愛のソルシエラの喉元へと突き出す。
しかし博愛のソルシエラはそれを二本の指だけで受け止めてみせた。
「そうか。なら、愛をもっと伝えないと」
「紛い物に出来るわけがない!」
「そう信じているのかい?」
「ああそうだとも!」
鋭い剣撃はまるで荒れ狂う嵐の様に襲い掛かってきた。
どれだけ感情を乱されようとも、ルシエラの戦闘経験は本物である。
「貴女が本当に博愛のソルシエラなら! こんな私を許すはずがない! かつて貴女が想い描いた理想を理由に多くの罪を重ねてきたこの私をッ!」
故に彼女の剣は鈍くなるどころかその冷徹な鋭さを増していくばかりであった。
目の前に存在する偽物の愛を打倒せんと、彼女は何度も剣を振るう。
どれだけ無効化され受け流されようともこの剣がいつかは怒りと共に届くと信じて止まらないのだ。
「本物であると証明するなら、私を殺せ。そしてっ……そして今度は貴女が銀の黄昏を率いてくれ!」
「……私はもう死んだ身だ。今はもう君達の時代なんだよ」
「そんなのいらないっ! どうして貴女が死ななきゃいけなかったんだ! あれ程一人で戦って傷ついた貴女がっ、誰よりも人類を愛していた貴女がっ、どうして明日の世界にいないんだ! 貴女が中心にいなきゃ駄目だろう! 報われないだろう!」
剣が弧を描き、軌跡に合わせて収束砲撃の魔法陣がいくつも生み出される。
一メートルにも満たない至近距離で、ルシエラはなんのためらいもなく銀の輝きを放った。
「貴女にはその権利と義務がある! 貴女が守ってきた世界なのに! どうして背を向けたんだ博愛のソルシエラァ!」
「ああ、そうだねぇ。私は最後の最後に愛せなかったのかもしれないねぇ」
「っ、やっぱり貴女は偽者だ!」
収束砲撃が全て博愛のソルシエラへと一点集中で放たれる。
しかしそれは傷一つつけることはできず、博愛のソルシエラは黒煙の中から悠然と姿を現した。
「偽者か……ああ、そうとも言えるかもしれない。かつて、君が憧れたあの博愛のソルシエラはもういない。そう、いないんだよ」
「っ、うああああああ!」
涙で視界が歪もうとも、必要以上に剣を握ろうとも、その剣先がぶれることはない。
ルシエラの剣は次々と急所へ向けて放たれる。
仮に相手が博愛のソルシエラでなければとっくの昔に剣技のみで決着がついていただろう。
それほどまでに今の彼女の剣技は感情により研磨され研ぎ澄まされていた。
「貴女がいれば、貴女さえいれば私は絶対に負けなかった。戦わなくていい。ただそこにいてくれれば良かったんだ! それだけで全てを信じることが出来た!」
「……そうだね、けれど」
博愛のソルシエラは、蒼銀の剣を素手で受け止める。
そして花でも手折るかのように優しく刀身を握り込んでいった。
「それじゃあ天上の意思には勝てない。あの戦いではどうしてもああする必要があったんだよ、ルシエラ」
「そんなの嘘だ」
「嘘じゃあないさ。仮に天上の意思を倒したとして、その後に続く困難は誰が対処する? また私か? ……違うだろう、人類だ。私が愛した人類が皆で乗り越えることに意味があるんだ」
刀身を強く握りしめ、博愛のソルシエラは言葉を続ける。
「銀の黄昏は、私の時代に終わりを告げる希望の象徴だった。いずれ、私が過去の英雄になり、人類の本当の歴史が幕を開ける。その時七人の英雄が新たに導くんだ。ただの人の子から生まれた英雄がだぞ? それはきっと私の作る時代なんかよりももっと素晴らしく美しく、愛に溢れているだろう!」
「貴女が生きていては、それが不可能だったと……!?」
「……ああ、そうだ。私は何度も手を差し伸べてしまった。だから、求められてしまってはきっと、変わらず助けてしまうだろうねぇ。それが私だから」
愛故に死を選ぶ。
それはルシエラにとっては理解しがたい感情であった。
あるいは、最初から理解をするつもりなど無かったのかもしれない。
理解すれば、きっとその意思を尊重してしまう。
そして博愛のソルシエラという偉大な英雄の死を受け入れてしまうのだから。
「……嫌だ」
だからルシエラは何度も否定する。
矛盾と自己否定が混ざり合い、自分の願いすらもわからなくなったとしても、それだけは受け入れることが出来なかった。
自分の望む未来を信じる。
それこそが信奉の銘の本懐。
ならば、例え博愛のソルシエラ本人の口から語られた願いであろうとも信じることは許されなかった。
「私はそれでも、貴女の為に世界を救う! もう少し、もう少しなんだ!」
「……そうか。君は止めて欲しいんだね、君は不器用だから、自分では止まれないんだ」
博愛のソルシエラは、悲しそうに目を伏せる。
そして、握った白亜の刀に視線を落とした。
「なら、こちらから最後の愛を届けるとしよう」
「そんなものはいらないッ!」
ルシエラは強い決意と共に叫ぶ。
もうすでに、目の前の存在は彼女にとっては未来を否定する邪魔者でしかなくなっていた。
「今度は、きちんとお別れをしようか」
しかし、そんな冷たく固い意志すらも受け入れるが故にその銘は博愛と呼ばれている。
「一手」
白亜の太刀に備わった切断の機能が強制的に引き出される。
その力の源流は博愛。ならばそれは当然の結果と言えるだろう。
博愛のソルシエラが刀を強く握ったその瞬間には、ルシエラの右足の腱が綺麗に切断されていた。
「こんな傷はすぐに……!」
「治ると思うかい? これも愛だ。愛は治るものではない」
それは攻撃ではあっても害ではなかった。
ルシエラの体は切断された部位を受け入れ、再生を停止する。
まるでそれが当然であり、受け入れるべき傷であるとでも言うかのように。
「二手。君は本当によく頑張った」
ルシエラの左肩が人形の様にだらんと垂れ下がる。
握っていた剣は落下し乾いた音を立てて地面へと突き刺さった。
左肩の筋が綺麗に分断されている。
それが愛であるならば、当然体はそれを受け入れた。
初めからそうであるべきだったのだとでも言わんばかりに。
「三手。大丈夫、君は一人じゃない」
両ひざの靭帯が滑らかな切り口で切断される。
ルシエラは両ひざから崩れ落ちるが、それでもなお博愛のソルシエラを見上げた。
「博愛のソルシエラ……!」
「今度こそ、さよならを告げようか」
博愛のソルシエラは白亜の太刀を真正面から構える。
そして、ゆっくりと振り上げた。
「させるか!」
残った右腕でルシエラは砲撃陣を起動しようと指先を向ける。
が、その時には既に魔法陣は真っ二つに切り裂かれていた。
「四手。私を愛してくれてありがとう、ルシエラ。今度こそさよならだ」
両腕から感覚がなくなり、遂にルシエラは四肢の自由を失った。
銘は問題なく機能している。
それでももうルシエラの体は動かなくなっていたのだ。
最後、彼女に残されたのは懇願する事だけであった、
「……待て、待ってくれ」
「ルシエラ、周りの人々の手を取るんだ。愛はそこに宿る」
「駄目だ、貴女がいないと……!」
「大丈夫だ、私の愛おしいルシエラ」
そう言って、博愛のソルシエラは最後にルシエラを抱きしめた。
「……あの日、本当は最期にこうしてやるべきだったね。すまない。君の泣き顔が見たくなくて、つまらない事をしてしまった」
「っ、や、だ」
「お別れだ。これ以上の言葉は不要だね」
博愛のソルシエラが最後に残したものは、頬を撫でる指先の感触だけだった。
くすぐる様に優しくルシエラの輪郭をなぞる様に滑る指先は、やがて彼女の元を離れる。
「……まって、一緒にいてくれ」
博愛のソルシエラは答えない。
ただ静かに笑い、そして胸に手を当てた。
「私のやるべきことはやった。この力の使い方も体に刻み込まれただろう。後は頼んだぞ、トウラク」
そうして博愛のソルシエラは目を閉じる。
まるで永劫の眠りにつくかのように。
ルシエラはそれを、手を伸ばすこともできず、立ち上がり駆け寄る事も出来ないままただ見つめていた。
■
やがてトウラクが目を開けたとき、目の前には手足の機能を博愛により奪われたルシエラがいた。
彼女は俯いたまま、微動だにしない。
彼は今のルシエラに、折れた剣の姿を思い浮かべた。
固く強靭な剣だからこそ、一度罅が入ってしまえばあっけなく折れる。
それはトウラクの予想通りの結果であり、彼が望む結末はその先に在った。
「……今はもう、牙塔トウラクか」
「『ああ、そうだ』」
「……してやられたよ。中々に悪辣な攻撃をしてくるじゃないか」
力なく笑い、ルシエラは顔を上げる。
あれ程までに威圧感を放ち煌煌と輝いていた筈のルシエラが今や、まるで雨に打たれた捨て子の様に小さな存在に見えた。
戦う意思を失ったルシエラは、ただ静かに語り続ける。
「ただ、あの人に心の底から安堵して笑って欲しかっただけなんだ」
心の内を明かすのその姿は、罪人の懺悔によく似ていた。
「戦って欲しくなかった。傷ついて欲しくなかった。それだけの未来がこうも難しいとは」
トウラクは何も答えず、言葉に耳を傾ける。
彼女はそんなトウラクの目を見つめ、不器用に笑みを作った。
疲れきった老人のような笑みだった。
「君の勝ちだ、牙塔トウラク。……別に、あの人の言葉に絆されたわけではない。しかし、今は前に進む気になれないな」
そう言ってルシエラは再び項垂れるように視線を降ろした。
戦いの後の地面には何も残されていない。
僅かなコンクリートの破片とガラスの破片が土と混ざり合っただけの雑多で荒れた地面では、花すら咲かないだろう。
「……少し、疲れたよ」
掠れた声で、ルシエラはそれだけ告げると口を閉ざした。
と、その時彼女の前に一つの手が差し出される。
眉を顰め、ゆっくりと顔を上げればトウラクが手を差し出していた。
「『まだ終わりじゃない』」
強く爛々と輝く光を宿した瞳がルシエラを貫いた。
それはかつて彼女自身が抱いていた光のような気もする。
「『手を取るんだ、ルシエラ』」
「……どういうつもりかな」
「『貴女は世界を救いたかった。理由はどうであれ、その気持ちに嘘はない。なら』」
その時、ルシエラは自身の右腕が動くようになっていることに気が付いた。
博愛の銘により付けられた傷を消す方法など、その持ち主自身が消す以外にはあり得ない。
「『手を貸せ、ルシエラ。二つの世界を救う為に』」
「……は?」
言っている意味が分からなかった。
一つの世界を救うのに一体どれだけの労力と犠牲が必要か。
それを充分に理解しているルシエラにとってその言葉は非常識以外の何物でもない。
けれど、トウラクの言葉は本気だった。
「『僕達の世界を救う手伝いをしてくれるなら、必ず僕も力になろう。貴女は言った、まだ世界は終わっていないと。なら、ここからだ。貴女はここで手を取り始めるべきなんだ』」
「今更そんな都合の良い事が出来るわけが――」
「『救いたくはないのか、世界を』」
「っ」
「『僕が戦ったのは他でもない。僕の実力を見せるためだ。銘をいくつも扱い、銀の黄昏の首領である貴女にすら勝ってみせた。なら戦力としては十分だと思うけれどね』」
この戦いの勝利は初めから、死ではない。
トウラクにとってのゴールはルシエラとの協力関係を結ぶことだった。
「『貴女は多くの罪を犯してきた。それ程までに救いたい世界があったんだろ。だったら、ここで僕の手を取るくらい造作もない筈だ』」
「……もしも断ったら、君は私を殺すのかな?」
自嘲気味に笑うルシエラに対して、トウラクは決して笑わずこう答えた。
「『その時は、僕達が二つの世界を救う。それだけだ。君の世界も僕の世界も、悲劇や不条理はまとめて斬り捨てよう』」
「君には私の世界は関係ないだろうに」
「『それでも、困っているなら助けるよ』」
トウラクの答えは変わらない。
彼が剣を握ったその日から、正義はずっと胸の中にあった。
「『どうする、他所の世界の剣士にあっけなく世界を救われるか、それとも今度こそ英雄になるか』」
手のひらを広げ、トウラクは問いかけ続ける。
その真っすぐな姿を見て、ルシエラは熱に浮かされたようにゆっくりと右腕を持ち上げ、そして――。
「私の完敗だよ、牙塔トウラク。どうか、世界を救う為に力を貸して欲しい」
「『ああ、勿論だ』」
一つの戦いの終わり。
それは、二つの人類と世界の転換期となった。
天上の意思に反逆せんと刃を手にした二つの世界は、今この瞬間に交わったのだ。
『んんん!? 殺さないとは思ったけど完全味方化ルート!? そんなの俺のデータに無いぞ!?』
『博愛の銘つっよ……。というか、君がやってること半分あれじゃないかい? おいテム子、相棒の理想ってもう理想から逸脱して別の銘になろうとしているんじゃ……ってまだ気絶しているのか……』
『(失神継続中のテム子)』
『テム子ー、起きるのじゃー。もう博愛のソルシエラは帰ったのじゃー』
『おぉ、可哀そうにテム子よ。…………むっ!? この鏡界から接近する圧倒的な気配、まさか――』