【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
崩壊したアリアンロッドは、もはや使い物にならない。
理事長を筆頭として理事会が集めた聖遺物や対天使用に構築された魔法式はその建造物ごと破壊されている。
その為、理事長が運び込まれたのは塔花救護院――ではなく、クローマ音楽院であった。
「な、なんでここに……」
「塔花は既に他の怪我人でパンク寸前なんだ。つーか、お前がいるならどこでも治せるだろォ?」
「それはそうだけど……」
歴代の生徒会長により豪華絢爛な装飾が集められた、荘厳かつ傲慢なその一室は本来はクローマ生徒会の会議に使用されるものである。
が、そんな会議室の大理石テーブルの上は今や血で汚れ、理事長が寝かされていた。
申し訳程度に敷かれたリュウコ抱き枕カバーは血を存分に染み込ませ、少々スプラッタな特殊バージョンの様になっている。
そんな机の上にバルティウスが絶え間なく唾液を流し続けているのだから、光景としては奇妙を通り越して少々歪で恐ろしい物であった。
「理事長、治るかなぁ」
「どうでしょう。マスターは夢幻の杖に銘を直接攻撃されましたから」
傍に立っていたソルフィが答える。
言葉とは裏腹にその声色と態度からは一切の心配が見られなかった。
「変容の銘は戦闘向きではないと本人は言っていました。支援においては無法と言っても良いが、いざ戦うとなれば自分はただの猿真似しか出来ないだろうと」
「……理事長」
ソルフィは理事長の様子には興味がないのか、拡張領域から勝手に色々と取り出して紅茶を淹れ始めた。
主が血まみれで寝かされているとは思えない程に冷静な態度は、見る者が違えば二人の仲を下手に勘ぐってしまいそうだ。
「どうしよう。こうなったら、ミユメちゃんも呼んで例のアレを使って貰おうかな……六波羅さんもアレで治ったし」
「おい、例のアレってなんだ」
「さあ……?」
エイナにこっそり問いかけるも、彼女は不思議そうに首を傾げる。
既にルトラから画像や動画を入手はしているが、それはそれとしてエイナには愛する人の尊厳を守る義務があった。決して一人で楽しむために内緒にしているわけではない。
「大丈夫かな、これで治らなかったら私がなんか言われたらどうしよう……」
「まだ余裕そうだなお前」
心配そうに理事長を見つめるリュウコの視界を、湯気が遮る。
同時に柔らかい香りが鼻孔を覆った。
「よろしければ、どうぞ。こういう時は、ハーブティーで落ち着くのが一番です」
「わぁ、ありがとうございます!」
「ソルフィ姉様、私とリーダーの分もくださいぃ!」
「いや俺はいい。お前だけで飲め」
「じゃあ私に二杯!」
「遠慮はねェのかお前」
両手にそれぞれカップを受け取ったエイナはジュルジュルと音を立てながら紅茶を飲む。
決して遠慮しないその姿に、六波羅は呆れたように笑いながらため息を吐いた。
そこでようやく彼は自分が無意識の内に緊張していたことに気が付く。
(まさか、こいつのクズに感謝する日が来るとは思わなかったなァ)
ソルシエラのあの最期を目撃してもなお、自分本位でいられるエイナを見ていると不思議と次に自分がするべきことがわかった。
くだらない感傷に浸っている暇はない。
六波羅は、戦いに必要ない部分を意図的に無視して思考を回し始める。
(さて、問題は出てきた後の天上の意思をどうぶっ潰すかだが……俺とエイナじゃ相性が悪ィな。トウラク達のサポートをするのが無難か。いや、それだけじゃねェ、殺せばもっとやべェのが出てくるってのが一番の問題だなァ。その辺は賢い奴らが何とかしてくれることを信じるしかねェが……)
そう考えつつも六波羅は思考を止めない。
自分なりの答えと行動指針を持つことが戦場で生き残る秘訣であると、彼はこれまでの戦いで学んでいた。
特に、イレギュラーが存在している現場では。
(……ソルシエラは、本当にくたばったのか? あんな殺しても死ななそうな奴が本当にただ自爆したのか?)
ソルシエラという極大のイレギュラーは、まさにその好例と言えるだろう。
現に過去に一度、彼女はケイの姿ではあるが六波羅の前で敗北を偽装し騙しきった過去がある。
(やりとりをしたわけでも、近くであの光景を見た訳でもねェ。が、またアイツの掌の上な気もするなァ……俺があいつなら、こうして悩んでいる姿でも見てほくそ笑んでいやがるのかァ?)
普通に考えれば、生きているなんてことはあり得ない。
しかし、だからこそ六波羅はその可能性を捨てなかった。
ソルシエラとはそういう存在だと理解していたからである。
「エイナ」
「はいぃ?」
「次は勝つぞ」
「……えっ、アレとリベンジマッチするんですか? それルトラに任せた方が……アッ、なんでもないですぅ」
六波羅の目を見て、懇願が無駄だと悟ったエイナは渋々受け入れ、流れるように紅茶のおかわりを注ぐ。そして、再びジュルジュルと飲み始めた。
とその時、最も感知能力が高いエイナが真っ先に気が付き顔を上げる。
「あ、起きましたぁ」
エイナの視線の先では、ゆっくりと理事長が目を開いていた。
「……どれくらい、寝ていたのかな」
「理事長! よ、良かったぁ」
「おはようございます、マスター。そしてこれは目覚めの一杯です。既に角砂糖六つとミルクを入れています」
いつの間にか傍に立っていたソルフィにカップを差し出された理事長は、上半身を起こし、それを受け取ると静かに口を付けた。
そして、辺りに漂う甘い匂いを肺いっぱいに染み渡らせ呟く。
「生きているね、私は。良かった良かった」
「良くねェよ、理事長。状況は最悪だぞ。意気揚々と出張った結果がコレじゃァ、無様すぎるだろ」
それは理事長というよりは、彼女を含めた自分たち全体へと向けられた言葉だった。
リュウコはその言葉に無意識の内に俯く。
その隣でエイナはスコーンに手を出していた。
不甲斐なさに憤る六波羅と好き勝手に振る舞うエイナ、そして一般人の感性で終末を恐れているリュウコ。
いつも通りの彼らを見て、理事長は笑いながら頷いた。
「じゃあ、今度こそ勝とうか。ソルフィ、思考の同期を」
「はい」
「……ん、成程ね。私が寝ている間に随分と色々な事があったようだ。けれど、変わらないな」
「何がだ」
「私の計画さ」
理事長は大理石の机から起き上がり、床に降り立つ。
その瞬間に彼女の血塗れだった服は新品同然のドレスに戻り、怪我や乱れた髪も跡形もなくなっている。
残されているのは、大理石のテーブルの上で真っ赤で皺だらけの抱き枕カバーだけだ。
「あぁっ、私のカバー……」
「クソ程余ってんだからいいだろ別に」
情けない声を出すリュウコに突っ込みを入れる六波羅を見て、理事長は頷く。
「いつも通りだね。うんうん、それが一番大事だ」
彼らを見つめるその穏やかな目は、大人としての余裕と温かさがあった。
理事長は片手をあげ、ソルフィを見る。
そして、こう告げた。
「デモンズギア使いとSランクを集めてくれ」
銀の黄昏や天上の意思、ソルシエラ。
どれだけのイレギュラーがあろうとも理事長が、この世界の人類代表が怖気づくことはない。
何故なら、銘を受け取ったその日から彼女はこの終末に向けて長い長い年月をかけ準備をしてきたからだ。
生きてきた悠久の時はそのまま彼女の確信へと繋がる。
「明星計画を始めよう」
現人類最後にして最強の切り札が今まさに切られようとしていた。