【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
全ての戦いが終わりを迎えた後、天上の意思は気が付けばその場に立ち尽くしていた。
「……なんだ、ここは?」
そこには天も地も存在せず、ただあるがままに星々が輝いている。
天上の意思はその場所をソルシエラの生み出したあの疑似宇宙だと考えた。
その予想は、半分は当たっている。
この場所は、ソルシエラが生み出したものだ。
正確に言えば。
「やあ^^」
ソルシエラの中だったのだ。
「っ、イレギュラー!? ……そうか、自身の魂を宇宙と解釈することで無限とも言える拡張機能を獲得――出来てたまるか! ただの造物だろうが貴様は! 」
そこはある種の精神世界であった。
精神の主が望むなら世界は無限に続き、いかようにも形を変えるだろう。
しかしその全てを維持し、外部から天上の意思という最高位の存在を引きずり込むのは不可能であった筈だ。
「いい響きだね、イレギュラー。ミステリアス美少女は常にイレギュラーでなければならないから」
ソルシエラは「^^」と笑いながらも、冷静かつ落ち着いた声色でそう答える。
それが更に天上の意思の恐怖を煽った。
「ひっ、な、なんだ貴様は! 余の権能を返せ!」
「後で返しても良いけれど、まだ駄目だよ。君には色々と礼をしなければならないから」
「礼……?」
嫌な予感に天上の意思はいくつかの最悪の事態を演算により想定しようとする。
しかし、それは成功しなかった。
天上の意思にとってソルシエラという存在は、もはやまともな思考でその行動を推測できるものではなかったからだ。
「何をしようとしている……? 余は貴様にだけは何があろうと屈しはしないぞ!」
「お、いいねぇ。君は星詠みの杖君と組み合わせたら、相性が良すぎてえっちっちになりそうだ」
「ずっと何を言っているんだ貴様はァ!」
天上の意思は遂に走り出した。
ソルシエラの精神世界にも関わらず、彼女はその中に渦を一つ作り出し、その中からエネルギーの剣を取り出す。
権能を奪われようとも、自身の格のみでソルシエラに挑む様は流石天上の意思と言うべきだろう。
しかし、それでも星には届かなかった。
「ふふ、そう慌てないで」
四方八方から飛び出してきた鎖が天上の意思を縛り上げる。
そして四肢を拘束し、磔のような形で固定してしまった。
「くっ……!」
「まだまだ楽しいパーティーはこれからよ。一緒に楽しみましょう?」
ソルシエラはトウラク達の前にいたときの様に余裕たっぷりにそう答えたかと思うと、次の瞬間には再び例の笑顔に戻っていた。
「君には感謝をしているんだ、天上の意思」
「そのおぞましい笑顔を余に向けるな」
「君のおかげで、俺は気が付いたんだよ」
天上の意思の言葉を無視してソルシエラは語り始める。
「美少女になろうとする行為は、崇高であると同時に否定でもあったんだ。なぜなら、美少女は美少女になろうとはしない。なろうとする時点で、俺は美少女ではないと自己否定をしていたんだよ」
「美少女……やっぱりあの時美少女と言っていたのか貴様は!」
ソルシエラは頷き言葉を続ける。
その反応に天上の意思は会話が通じているのかわからなくなった。
「でもね、違ったんだ。俺達は生まれたときから美少女だったんだよ」
ソルシエラは自分の胸に手を当てる。
「胸の内に宿る無償の愛。これこそが、美少女の証だったんだ。俺達は最初から美少女だったんだよ」
「気でも狂っているのか?」
「それに気が付かせてくれた君には、一生をかけてもこの恩を返しきれないな」
「施したつもりはない!」
「謙遜か。それもまた美少女だ」
「なんなんだ貴様は!」
叫ぶ天上の意思へとソルシエラは近づく。
そして、愛おしそうに彼女の顎先を指で持ち上げ、妖しく笑った。
「心ばかりの礼ではあるけれど、特等席で見せてあげるわ」
「っ、何をだ!? やめろ、やめろおおおお!」
絶叫が世界に響く。
いや、それはもはや産声と言っても良いのかも知れない。
それを星の輝きの影に隠れこっそり覗いていた者達がいた。
「気高い精神をぐちゃぐちゃにしたいねぇ^^」
「おぉ……上司を幼き命にするのは……うーん、うーん」
「のじゃ、また後輩じゃ」
「うわぁ(ドン引き)」
そんな彼女達もまた、その胸に愛を秘めた美少女達であることはもはや語るまでもないだろう。
■
白亜の世界には、二人だけが残っていた。
天の星も海も全てがソルシエラの砲撃と共に消え去っている。
そこに在るのは世界が始まる前の無垢なる白。
故にこれは彼女達だけの時間だった。
「『――終わったのか』」
「ええ、たぶんね」
二人は示し合わせた訳でもないのに顔を見合わせた。
トウラクは力んで前のめりに、ソルシエラは呆れて手を軽く上げる。
そして緩んだ笑みを浮かべてぎこちなくハイタッチをした。
刻まれることのない神話の戦いは少年と少女のハイタッチにより終わりを迎える。
そしてここからは、等身大の彼らの物語だった。
「『後は、僕の中にある世界を再びここに張り付ければ良いってことかな』」
トウラクはそう言って、刀を掲げた。
すると、世界が空からゆっくりと色と形を取り戻していく。
「『完全に戻るまで30分って所かな』」
「いつの間に便利な人間拡張領域になったのかしら」
「『ははは、そう言う君だって天使を飼っていたじゃないか』」
「いいでしょう?」
ソルシエラは笑う。
夜が明けそうな空を見つめながら笑う彼女は、今までとはどこか違った気がした。
「私、カメって好きなのよね。だから、あの天使は気に入っているわ」
「『意外だな』」
「あら、言っていなかったかしら」
「『……ああ、初めて聞いたよ。君の事はまだ何も知らない』」
トウラクは同じように夜明けの空を眺める。
今度は、彼女と同じ景色を見ることが出来た気がした。
「『だからこれから知りたいと思っている。僕だけじゃなくて、皆も』」
「……そう」
「『どうかしたのか?』」
ソルシエラは少しだけ言葉に困っている様子だった。
トウラクは静かに隣で彼女が言葉を探しているのを待つ。
その間にも世界はその形を取り戻していった。
「――私はまだ、帰れないわ」
「『……っ、理由を聞いても?』」
空を見上げたまま、トウラクは問いかける。
「天上の意思の権能を正常に機能するプログラムとして安定化させるまでは、誰かが傍にいて天上の意思の真似事をしなければならないわ。勿論、裁定をする気はないけれど。暫くは居残りね」
「『……それは、僕達の世界では出来ないのか?』」
「世界が耐えきれずに壊れるわ。せっかく救ったのに、台無しにするつもり?」
いたずらっぽく笑いながらソルシエラはそう言った。
そこには精一杯の強がりの他に達成感も宿っているように見える。
トウラクはすぐにそれが彼女のやりたい事なのだと理解した。してしまった。
仮にソルシエラがここで助けてと言えば、トウラクは自分の持てる全ての力を発揮して、僅かな可能性をつかみ取ったかもしれない。
しかし、そうはならなかった。
トウラクに出来たのは「『そうか』」と答える事だけだった。
「安心しなさい、トウラク。別にこれは永遠の別れじゃないわ」
空は濃淡を取り戻し、いよいよ都市がそのシルエットを形作り始めた。
そのビル群の輪郭を指で愛おしそうになぞるソルシエラの表情は、どこまでいっても穏やかだ。
「安定したら必ず戻ってくる。もしかしたらそれは明日になるかもしれないし、一か月後、あるいは貴方がお爺ちゃんになった頃かもしれないわね」
茶化す様な言葉だったが、そこに嘘はなかった。
それほどまでに天上の意思の権能は強大であり、少女一人が予想できる範疇を越えていたのだ。
「でも、必ず戻ってくるわ。だからそれまではこの世界をお願いね」
「『……それは、君がまた背負うという事か?』」
「いいえ。解釈が違うわね」
ソルシエラはトウラクの前に立つ。
そして、今まで見たことが無いような笑顔で言った。
「託すのよ。私の大好きな世界を貴方達にね」
「『……責任重大だな』」
「でもやってくれるでしょう? いつも貴方達はヒーローだった。だから、私が帰って来た時に失望させないで頂戴ね」
果たして、その痛々しくも無垢な自己犠牲を成長であると理解できる者はどれ程いるだろうか。
かつて全てを自身の命と引き換えに救おうとしていた少女は変わった。
最後に半分だけではあるが、その小さな背に背負ったものを他者に預けることが出来るようになったのだ。
それも、自分の大切な物を。
「お互い、上手くやりましょう?」
「『……そうだね』」
トウラクは胸いっぱいに息を吸い込み、吐き出す。
それから、剣を握ってソルシエラを見た。
「『じゃあ、最後に僕の我儘を聞いてもらおうかな』」
「我儘? へえ、言ってごらんなさい。今の私は気分がいいから、何でも叶えてあげる」
「『そうか』」
トウラクは、その剣の切っ先をソルシエラへと向ける。
そして驚くソルシエラを見て、してやったりと得意げになり言葉を続けた。
「『最後に僕と決闘をしてくれ。あの時みたいに』」
「……ふふ」
目を大きく見開き小さく笑みをこぼしたソルシエラは、返事をせずに背を向けて歩き出した。
それを見て、トウラクも同じように背を向け歩き出す。
「あの時は、ルトラと契約してもらうためにわざと負けてあげたのよ?」
「『知ってる。だから今度は本気の君と戦いたいんだ』」
「どこまでいっても男の子ね」
「『そう言う君も、負ける気はないだろう?』」
「当たり前でしょ」
二人は同時に振り返る。
瞬間、世界の一部の再形成が完了した。
円状に広がる半径50メートルのステージを囲むように観客席が広がる現代のコロッセオのような場所。
そこは二人のよく知る、御景学園の模擬戦用のステージであった。
「最初と同じね。貴方の敗北を笑いに来た生徒たちがいないのは違うけれど」
「『まだ皆は世界には戻ってきていないよ。ここを最初に作ったのはまあ……僕のちょっとした我儘さ。これくらいはいいだろう?』」
ソルシエラは何も言わず肩をすくめる。
それからその手に持つ大鎌をゆっくりと構えた。
「『ルールは前と同じで良いかな?』」
「制限時間は無し、殺しも無し。片方が負けを認めたらそれで終わりの単純なそれをルールと言うなら、それでいいわ」
「『そうか、じゃあそれで』」
瞬間、辺りに沈黙が訪れる。
風一つない世界は、二人が会話をやめただけでまるで世界そのものが息をひそめたかのようだ。
トウラクは口元に小さく笑みを浮かべ、刀を構える。
いつも通り、あの日の通り。腰だめに刀を構える抜刀居合の姿勢。
「「ッ」」
そして両者は同時に――。