【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
学園都市で起きた天上の意思との決戦から、数か月が過ぎた。
季節は巡り、春。
アリアンロッド周辺の復興も殆ど完了し、今日から新たな学園生活が始まろうとしている。
別れと出会いが交差し、道行く学生たちは皆どこか浮足立っていた。
決意を胸に校門をくぐる者達を見つめる在校生の視線は温かく、そしてどこか誇らしげだ。
そしてそれは、フェクトム総合学園も例外ではない。
「……なんだか、夢みたいですね」
生徒会室の窓際でミロクは呟く。
眼下に広がるのは今までのようなくたびれ老朽化が進んだ校舎や荒れ果てた校内ではない。
校門へと続く道は色鮮やかな桜並木により華やかになり、西洋風の校舎もまるで歴史的価値があるかのように荘厳だ。
広さも設備も全てが一年前のフェクトム総合学園とは違う。
仮に過去のミロク達に言ったとしても信じて貰えないだろう。
「それで、スピーチの準備は大丈夫ですか? 照上副生徒会長?」
揶揄うような声と共にミロクは振り返る。
そこにはソファで背筋を伸ばし、両手でスピーチ用のメモを持った頼れる幼馴染の姿があった。
いつも冷静沈着な彼女だが、不思議と戦闘の時よりもその額には汗をかいているように見える。
「……ミロク、駄目だ。私は緊張してきた。今からでもミユメに代わって貰った方が」
「駄目ですよ。Sランクで副生徒会長で、戦領祭のMVP。貴女に憧れて入学してきた子が多いんですよ?」
「うっ、それは知っている……」
「まさか入試代わりの面接がただのミズヒとの握手会になるとは思いませんでした」
「ああ。結局入学希望者が多すぎて、私とクラムでそれぞれ模擬戦をしてその成績で決める事になってしまった……。全員が入学できたら良かったのに……」
項垂れる幼馴染を見て、ミロクは「贅沢な悩みですね」と言って笑みを浮かべる。
改めて見た窓の下には、たくさんの新入生の姿があった。
新入生達の目は輝き、学園の校舎を見上げている。
まさしく羨望の眼差しだった。
「時にミズヒ、フェクトムが巷でなんと言われているか知っていますか?」
「む? なんだろう……ワクワクきらきら学園か?」
絵本のタイトルコールのような文言を真面目に答えるミズヒに苦笑を向け、否定する。
「違いますよ。――理事長と最初のSランクが秘密裏に作り上げた対天上の意思討伐用の選抜学園。つまりは、学園都市で最もエリートな学園の一つという事です。スピーチ、頑張ってくださいね」
「なぜプレッシャーを……!?」
驚くミズヒの隣に座り、彼女はスピーチのメモを覗き込む。
そしてすぐに誤字と誤用を10個程見つけた。
「ここの言い回しは重複しているのでカットでいいですね。あと、ここも。それと前から思っていましたが、間違った読み方で覚えているものがいくつか――」
「天使と戦う時より辛いのだが?」
幼馴染のSOSはミロクには届かなかったようだ。
そうして暫くスピーチを添削したミロクとミズヒは暫し沈黙に浸る。
時折こうして二人は言葉も交わさずに同じ時間を過ごす事が増えた。
それは、フェクトムが再建したという感慨と、とある少女への追想だ。
「――ケイは、どこかで見てくれているのだろうか」
しかし、今日は珍しくミズヒがその名を呼んだ。
別に名を呼ぶことを恐れているわけでも忌避しているわけでもない。
今もフェクトムのメンバーの会話にはよく彼女の名前が挙がる。
しかしこうして二人でいるときに挙がる彼女の名前はまた特別な意味を持つ気がした。
彼女にとって唯一と言っても良い二人の先輩。
自分の心が許せる範囲ではあるが、ケイが最後まで頼ってくれていたことを知っている。
「世界の根源からここが見えると良いですけれどね。……案外、新入生に混じって私達を驚かせるかもしれませんよ?」
「はははっ、あいつならやりかねないな」
二人は笑い合い、そして再び沈黙する。
窓の外からは、新入生の明るい笑い声と彼女達を案内するトアの声が遠くに聞こえていた。
「見せたかったな」
「……はい」
ミロクは返事をして天を仰いだ。
しかしもう泣くことはなかった。
「不思議とあの子との学園生活を夢に見るんですよね。それが私にはどうにもただの夢だとは思えない」
それが例え自身の願望が作り出した幻想だとしても構わない。
ケイを待つと決めたのだから。
「そうか……そうだな。私もアイツと再びダンジョンに潜るのが楽しみだ」
「貴女とケイちゃんの二人で向かうなんて、Sランクダンジョンでもなければ過剰戦力でしょうに」
「そんな事を言ったらフェクトムそのものがそうだろう?
「まるでSランクのバーゲンセールですね。おかげで今年の戦領祭も良い成績を収められそう」
風に巻き上げられた桜の花びらが窓の外を舞っていた。
それを二人で眺め、静かに時が流れるのを感じる。
フェクトム総合学園の入学式が始まるまで後少しだ。
「さて、それじゃあそろそろ私も『ミロクちゃーん! 大変だよぉ!』……あら、どうしたんですかトアちゃん」
フェクトムのメンバーのみが知る秘匿回線越しにトアの情けない声が聞こえてきた。
窓へと駆け寄り外を見下ろしてみれば、そこにはプラカードを持って生徒会室へとブンブン振っているトアの姿がある。
その傍には不安そうな新入生の少女が一人いた。
『ここに来るまでに迷子になった子がいるみたいで。学園都市って広いから、誰かが迎えに行ってあげた方が良いかも!』
「連絡はつかないのですか?」
『うん。だから、万が一もあるかなって思って……!』
「成程。ではそれは私が『はいはーい! その子の捜索立候補しまーす!』……ネムトアちゃん?」
トアとよく似ているがどこか大人びて軽薄そうな声が聞こえた。
『あっ、駄目だよ私! 西口で案内するって言ってたじゃん!』
『こっちはもう終わったよのろま! 先におやつも食べちゃったもんねぇ!』
『うぅ……ずるいよぉ!』
『へっへーん! ねえミロクちゃん、私に行かせてよ!』
「やけに積極的ですね。何か理由があるんですか?」
『別に? 今日から正式に身分が与えられるから、ついでに大手を振って観光して来ようなんて思ってないし?』
「……ヒカリちゃんに頼みます」
功績が認められたネームレスは、生徒として学園都市から正式な認可を得た。
それでも数か月かかったのは、彼女に対する僅かな糾弾の声を静める目的もある。
こうして一人の生徒として認められるまでは実質謹慎処分だった彼女にとって、今日は入学式と同時に釈放の日でもあった。
『わわっ噓だよぉ!』
『そもそも終わったらこっちに手伝いに来てぇ!』
『楽しようとするな。ねえミロクちゃん、私が行くのが一番手っ取り早いと思うよ? 最近、何かと物騒じゃん? 出来るだけ色んな事態に対応できるオールラウンダーが最適だと思うけれど』
「……確かに、そうですね」
ミロクとミズヒは顔を見合わせ頷く。
彼女達の脳裏に浮かぶのは、ここ最近になって発生し始めた奇妙な現象だった。
「では、お願いします」
『はいはーい! じゃあ、名前と特徴を教えてね』
『ええっとね、名前は――』
トアとネームレスのやり取りを聞きながら、ミロクはそっとある人物に連絡を入れる。
何かを探すのであれば、彼女ほど適した者はいないだろう。
「……今頃はヒカリちゃんにたたき起こされている所でしょうかね」
■
クラムにとって朝は憂鬱以外の何物でもない。
頭は重いし体は怠いし、ソルシエラの夢から覚める。
全てが最悪であり、必ず訪れる地獄だった。
今日も、そんな地獄の釜が愉快な声と共に開く。
「クラムー! 起きてくださーい!」
「うぇ……今日はヒカリか」
ミユメが起こしに来た日はなんだかんだと2時間は粘れるのだが、ヒカリは違う。
躊躇なくクラムの布団を引っぺがし、光翼で無理やり体を起こすのだ。
「はい! おはようございます!」
「う、おはよ……ごはんは」
「もう入学式が近いので、ここで食べてください! はい! 茄子の漬物とおにぎりです!」
「ありがと……」
むにゃむにゃしながら、クラムは光翼の上に乗せられたおにぎりを少しずつ食べる。
そして人吞み蛙から受け取ったエナジードリンクでのどを潤した。
その光景を信じられないと言った風に見つめながらも、ヒカリはしっかりクラムの目を覚ます。
彼女が朝に弱いのは幼い頃から知っている。
「もう、そんなんじゃ
「うあ……」
「どういう返事なんですかそれは」
おにぎりをもっしゃもっしゃと食べながら人吞み蛙に寝癖を直させるその姿に先輩としての威厳は存在していない。
幼馴染と蛙達の力を借りて彼女はようやく朝を乗り越えることが出来た。
「……ん、ミロクからだ。なんだろう」
「入学式くらいは遅れて欲しくないんじゃないですか? クラムは遅刻魔ですからね」
「皆が異常なんだよ。朝は眠いだろ。そして眠いなら寝るだろ普通は」
子供のような戯言をヒカリに聞き流されたクラムは不服そうに、回線を繋いだ。
「おはよう。起きてるよ……ふぁ、眠い」
『あら、今日は珍しく起きたんですね』
「私が起こしました!」
『いつもありがとうございます』
「いえいえ! クラムが真人間になるまで私は手を貸しますよ!」
「引きこもり娘の母親と厚生施設職員の会話か?」
しっかり者二人の会話を聞くクラムの心境は複雑だった。
このままだといつまでも自分の事を悪く言われそうだと考えたクラムはわざとらしく咳ばらいをして会話を遮る。
「あー、私に用があったんじゃないかな?」
『そうです。クラムに一つお願いがありまして。実は、新入生の子が学園都市のどこかで迷子になってしまったようでして、探して連れて来てほしいんですよ。ネムトアちゃんが行ってくれたのですが、念のため』
「成程、確かに人探しなら私が最適か。ちょっと面倒だけど、新入生の案内看板持って右往左往するよりはマシだしね」
クラムはおにぎりと漬物を一気に頬張ると、肩に人吞み蛙を乗せる。
「わかった。行くよ」
『ありがとうございます』
「いいって。生徒会長様よりは楽だし。で、その迷子の新入生の名前を教えてくれる?」
『はい――三ヶ嶋ツグノちゃんです』
■
ぼさついた長い白髪が青空の下、揺れている。
フェクトムの制服の上からくたびれた白衣を羽織るというやや奇妙な出で立ちの少女は、只今捨てられた学区を爆走中であった。
「今日はアタシの厄日か!? 最悪だああああああ!」
「おねえちゃん、大丈夫……?」
背負った幼子の不安そうな声に、少女は安堵させる条件を完璧に揃えたお手本のような笑みを作り答える。
「大丈夫! ツグノお姉ちゃんに任せると良いよ。アタシはあの名高き御三家が一つ、三ヶ嶋の本家当主跡継ぎ候補代理にして稀代の天才。その道に並ぶものなしと言われた天賦の才の持ち主なんだ! アタシに助けられるなんてお嬢さんはツイてるねぇ!」
「本当? おねえちゃん、すっごい汗だけど」
「……あっははは。そりゃあ走っているからさ! 人間、激しい運動をすれば汗をかく。別にこれは焦りや恐怖が発汗を促しているわけじゃあないよ! その気になれば、いつでもあいつらを細切れに出来るさ!」
ツグノはそう言ってチラリと背後を見る。
彼女達へと迫るのは、異形の怪物であった。
その姿は甲殻類に近いが、胴が異常に細長く、そのシルエットだけで言えば馬に近い。
それでも口に当たる部分からは細い触手のようなものだけが伸びて蠢いており、この世の生物でないことに間違いはなかった。
「噂には聞いていたが、こんなに早く会うとはね。アレが噂の招来生物か」
「おねえちゃん、あのオバケのこと詳しいの?」
「人並さ。例えば、奴らはダンジョンを持たずコアを体内に複数持ち、人間への異常な執着を見せるとかね。かの有名な天上決戦の後に現れ始めた異形の怪物さ。まあ、巷じゃそう言われているがアタシからすれば見慣れたものだね。大したことはな――あぶなっ!?」
殺気を察知したツグノは姿勢を低くする。
間もなく頭上を招来生物の舌が鞭のようにしなり通り過ぎて行った。
近くのビルの壁が容易く裂かれた所を見るに、直撃すれば命は危ういだろう。
「くそっ、入学早々遅刻はごめんだ!」
ツグノは舌打ちをして拡張領域から、何かを取り出す。
それは琥珀を削り出し作りあげたようなナイフだった。
美術品というには妙な生物らしさを感じるそれを見下ろして、彼女は背負った幼子には聞こえないように吐き捨てる。
「お前のお仲間じゃないのか? こういう時くらいはアタシの言う事を素直に聞いて欲しいものなんだが……!」
「おねえちゃん……!」
「大丈夫。大丈夫だからね。安心してアタシの背にしがみついていると良いよ。あ、それと助かったらきちんと三ヶ嶋ツグノに助けられたって言うんだよ? 謝礼はいらないが、宣伝は頼むからね!」
「うん、いっぱい宣伝するから! クラスの皆におはなしする!」
「よーしならクライアントだ。未来のお得意先は守らないとねぇ!」
ツグノは唐突に足を止め、招来生物へと振り返った。
そして幼子を降ろし、自身の白衣を頭から被せる。
「おねえちゃん……?」
「その白衣に暫く隠れておくと良い。大丈夫。それはアタシの自信作でね、どんな者の視線も通さない。だからその中に包まって隠れておくれ」
ツグノは幼子にピースサインを作ると、そのまま歩き出す。
その手に握る琥珀のナイフは、次第に脈打ち始めた。
「しょっぱなからこれは使いたくなかったんだが、仕方が無い。命あっての物種だ」
ツグノはそう言って、ナイフを逆手に持ち掲げる。
その切っ先が自身の胸へと向かうように。
「……大丈夫だ。理論は完璧。シミュレーションも7割は成功している。アタシならやれる」
自分に言い聞かせるように何度も呟き、ツグノがナイフを力強く握ったその瞬間だった。
「おねえちゃん危ないっ!」
「っ!?」
意識が僅かにナイフに向けられた刹那、招来生物達の舌が飛来する。
それは音を置き去りにし、あっという間にツグノへと迫った。
(マズイっ、直撃する!)
ツグノは咄嗟にナイフを自身に突き刺そうとして――。
「act1」
目の前で、黒い焔が舌を焼き尽くした。
同時に招来生物の近くで爆発がいくつも起きる。
「な、なんだ!? 何が起きたんだこれは!」
「そう慌てるなよ後輩ちゃん」
気が付けば、背後に誰かが立っている。
ツグノが振り返れば、そこには機械仕掛けの剣を肩に担いだ少女の姿があった。
黒い外套の隙間から見える白い制服が、自分と同じ学園の生徒であると証明している。
それどころか、彼女は今ツグノを「後輩ちゃん」と呼んだのだ。
「……まさか、先輩ですか」
それが意味する事はただ一つ。
フェクトムの精鋭である探索者が駆け付けたのである。
「そうそう。迷子だって言うから、私が助けに来たって訳」
「別にお前だけじゃないだろぉ!」
「あ、来た」
叫び声と共に、遠くから駆けてくるのはまたもやフェクトムの制服を身に纏った紫髪の少女だ。
「誰が、ぜぇっ、見つけっ、ぜぇっ、やったと……おえっぷ、まずい、漬物出る……」
「うわダッサ。引きこもってるからだよ」
「うるせえ。……君、ツグノちゃん? 怪我はない?」
「は、はい。ありがとうございます」
クラムは手を膝につき、肩で息をしながら頷き返事をする。
それからしばらく呼吸を整えて、先ほどの醜態などまるでなかったかのように振る舞い始めた。
「初日から人助けなんて、根性あるじゃん」
「っ、ありがとうございます!」
「さっきまでぜえぜえ言ってたやつとは思えないなぁ。ま、いいや。じゃあツグノちゃんと、そっちのちびっ子。どっちもフェクトムに送るから。後はフェクトムの頼りなさそうな金髪に声を掛けると良いよ」
「え?」
「じゃあね」
「ちょ、待ってくださ――」
幼子とツグノの姿は黒い焔に包まれ次の瞬間にその場から姿を消した。
それからネームレスは仕事をしたとでも言いたげなドヤ顔でクラムを見る。
「ふふん」
「は? 私でもできるし。舐めんなし」
「はいはい。じゃあ、早速これからの戦いで役に立って貰おうかな」
ネームレスは辺りを見渡す。
気が付けば、周囲には再び異形の怪物が現れ始めていた。
ビルの上や捨てられた建造物の中など、至る場所に発生した妙な渦を通って姿を現す怪物は、例外なくクラムとネームレスを狙うようにその包囲網を形成していく。
「またこいつらか」
「原因がわかればどうにでも殺せるんだけど。ミユメでもわかんないって言うし、しばらくはこうして殺し廻るしかないわな。あー、やっと外に出たと思ったらまたこれだよ」
「文句言うなら引っ込んどけば? 私はお前と違って慣れてるから片付けるし」
クラムはそう言って人吞み蛙達を生み出す。
彼女の足元で飛び跳ねる蛙達はやる気満々であった。
「冗談だろ。こんな楽しいパーティー不参加なんてごめんだね」
ネームレスはそう言っておどけながら機械仕掛けの剣を招来生物へと構えた。
戦闘態勢に移行した事を悟ったのか、招来生物はまるで笛のような鋭く甲高い声で吠えたて、動き出す。
まるで雪崩のように大量の招来生物たちが二人へと迫ってきた。
「なあ賭けようぜ。負けた方が★ヨミ先生の新刊奢りな」
「乗った」
クラムの提案に食い気味にネームレスは乗った。
そして同時に動き出そうとしたその時である。
ネームレス達へと襲い掛かった招来生物を空から降り注いだ銀の光が貫いた。
まるで星の光がそのまま落ちてきたかのような光景に二人はあっけにとられる。
「……収束砲撃?」
クラムの言葉にネームレスは何も言えずに頷いた。
眩い銀の光。
それも量が並大抵のものではない。
まるで雨の様に大量かつ、招来生物一体一体に的確に当てる技量。
そんな芸当が可能な人物など、彼女達は一人しか知らない。
「ゆ、夢じゃないよね!? うわっ、寝癖とか残ってたらどうしよう……!」
「あっあああああ焦るな引きこもり!」
「お前だって焦ってるじゃん!」
激しい爆発と甲高い悲鳴が巻き起こる中、二人は必死にその姿を探し回る。
と、その時クラムの足元にいた人吞み蛙が靴をちょいちょいと叩いた。
「どうしたのマーちゃんズ」
人吞み蛙は必死に飛び跳ねてとあるビルの屋上を指していた。
その行動の意味する所など一つしかない。
「先に行ってる!」
「あ、お前!」
ネームレスは黒い焔と共にその場から消え去った。
先を越されまいと、クラムもそのビルへと向けて移動を開始する。
「マーちゃんズお願い!」
激しい爆発が背で起こり、クラムの体は狙いの屋上へと向かって送り出された。
まるで主の背中を押す様に優しく力強い爆風が完璧に屋上への着地を実現させる。
そしてクラムが顔を上げた先、その少女はいた。
「――はぁ、帰ってきて早々騒がしいなんて。変わらないのね、この都市も貴女達も」
「っ」
春の空に蒼銀の髪が嫋やかに揺れている。
闇を切り取ったかのような黒いゴシック調のドレスは、まるでその場所だけは夜が残り続けているかのようだった。
「う、うわあぁぁぁん!」
彼女の傍では地べたに座り込んだネームレスが大口を開けて泣いている。
その様を見ていると何故だか感涙よりも先に笑いが込み上げてきて、クラムは思わず笑いながら、目元の涙を拭った。
「な、なんだよ。今日来るなら言っておいてよ……! 皆で準備したのに」
「時間の流れが違うのだから、予想できなかったのよ。……でもまあ取り敢えず」
少女はクラムの方へと向き直る。
そして、どこか気恥ずかしさを残したままはにかんだ。
「ただいま」
「っ、おかえりなさい、ケイ!」
クラムは笑顔に涙を添えて走り出す。
そしてたくさんの感情を込めて、一気に抱き着いた。
「あっ、ずるいよぉ……!」
「私を置いて抜け駆けした奴の言う事か?」
「ふふっ、落ち着きなさい。私はもうどこにも行かないから」
「「それは信用できない」」
「えっ」
三人は顔を見合わせて笑い合う。
その声はいつまで経っても青空の下で楽し気に響いていた。
これは現代ダンジョン世界に生きる探索者の物語。
そして、少女と愛の物語である。
■
思ったより早く帰ってこれたな。
これも天上君の呑み込みが早いおかげだよ。
『余は万能だ。美少女を理解するのは容易い。……いや、訂正しよう。美少女とは誰にも理解できない神秘であり常に進化を続ける愛なのだ』
『結局まともなの私一人ですか!?』
ソルシエラバトルしている時点で君はまともじゃないよ。
ぎりぎり赫夜牟君の方がまともだね。
『えっ』
『そうじゃな。あの殺し合いは流石に正気を疑うのじゃ』
『先輩の言う通りだ。余もそう思う』
『それにしてもあのツグノとかいう女……前に鏡界で見たねぇ。まさかこの世界ではフェクトムに入るとは。あの子はコンテンツだ^^』
『おぉ、幼き命を守るあの気高き精神と行動力。彼女にはカメさん勲章とカメさんワッペンを贈ろう……!』
それ見守り機能とかついてない?
『ん? ついていたらマズいのか? あるに越した事はないだろう?』
『戻ってきて早々やばいなお前^^』
あの怪物でエチエチバケモン作ろうとか進言してきた君も大概だよ。
帰ってきて早々、同人世界にするつもりだったのか。
『だって、敵素材その2みたいな見た目だったし……』
だってじゃないんだよなぁ。
……で、あれ何?
俺、あんなの知らないんだけど。
完全TSミステリアス美少女でもわかんないんだけど。
『いかがでしたか? 今回は招来生物について調べてみましたが良くわかりませんでした!^^』
『おぉ……これからの招来生物の活躍に期待だな』
『期待するものじゃないでしょう』
『でも見た目は結構好みなのじゃ。美味しそうじゃぁ……』
『はは、余は知っているぞ。先導者よ』
知っているのか天上君!
『アレは鏡界より外の別次元からの来訪者。恐らくは余がいなくなったことで世界を侵食しようとしているのだろう。哀れな。ここには既に愛があるというのに』
成程……!
新たな敵に、如何にも属性過多なツグノちゃん。
これは新世代の幕開けだな!
良コンテンツだ! さっそく味付けや飾り付けをしないとね!
『ああっ、また始まってしまう(絶望)』
『後であの死体を分けて欲しいのじゃぁ……』
さあ行くぞ皆!
新たなコンテンツをジュルジュルする準備は良いか!
『当然、余は準備が出来ている』
『嫌です!』
『準備万端じゃ!』
『おぉ、楽しみだな』
『それじゃあ、いつも通り楽しもうねぇ』
各自柔軟かつ臨機応変に、フレキシブルにコンテンツ制作に励もう!
『『『『応っ!』』』』
『嫌です!』
それじゃあ、帰還一発目のコンテンツタイムだ!
※ありがとうございました。完結です
※次回更新は3/4を予定しています