【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
ヒカリからのありがたいお説教を終えたクラムは今、実際にソルシエラらしき人物がいた廃ビル――ではなく御景学園へと赴いていた。
「うわぁ、相変わらず人が多いなぁ」
天上決戦を終えて、御景学園はより有名になった。
実際に天上の意思を打倒した剣士がいる。
それはSランクを遥かにしのぐネームバリューである。
故に話題の剣士を一目見ようとする者、進学先として見物に来た者、あるいは戦領祭で最も警戒するべき学園として偵察に来る者など多くの他校生が溢れている。
(こんだけ有名になると逆にやり辛そうだね。あの剣士様も大変そうだ)
他人事の様にそう考えるクラム。
しかし、その耳に入ってきた言葉に彼女は思わず顔を顰めた。
「――ねえ、アレってもしかしてフェクトムの制服じゃない?」
「本当だ! 確か、理事会直属運営のエリート学園だって話だよ」
「どうしよう、私ちょっと話し掛けちゃおうかな……!」
クラムは心の中で何度も舌打ちをする。
こういう形でちやほやされるのはあまり好きではない。
(こういうのはミズヒとかの役割でしょ。くそ、この制服白いから目立つんだよな。今度からパーカーでも羽織ってくるか)
居心地が悪そうに猫背になりながら、そそくさとその場からクラムは立ち去ろうとする。
しかし、今御景学園にいるのはそう言った話題が好きな者達だ。
敢えて彼女達の話題を気にも留めずに進むその姿はむしろ好意的に映っていた。
「私も行っちゃおうかな。なんだか、あの人同じ女の子なのにすごくカッコイイし!」
「本当……少し影がある所も良い……あの人の傷になりたい……!」
フェクトムという知名度にプラスして元来クラムが持ち合わせた顔と引きこもりと不摂生により会得した鋭く陰鬱な目が奇跡的に噛み合わさり、彼女は望まぬタイミングで望まぬ歓声を受けていた。
(なんか変なの増えたなぁ、御景学園。次来るときは、ミズヒに直接生徒会室にでも送ってもらうか)
配信モードでない今のクラムに羨望の眼差しなど毒と同義だ。
故に彼女は愛想を捨て、面倒事は全て自身の従者とも言える存在に擦り付けた。
「マーちゃんズ、よろしく」
途端に至る所から機械仕掛けの蛙が湧き始め、クラムに視線を向けていた者達へと跳ね寄る。
可愛らしくポップな動きはすぐさま目を引き、その場にちょっとした人だかりを作るほどになった。
「かわいい~! 何かのイベントかな」
「凄いなぁ。ジルニアスの発明品? 私、一匹欲しいかもぉ」
「……え、あれって浄化ちゃんの蛙じゃない?」
それが強力な爆弾であるという事に気が付いた者はほんの僅かだった。
殆どがその可愛らしいフォルムに騙され、きゃあきゃあと姦しく騒ぎ立てる。
(ははは、いいぞマーちゃんズ。そのまま私から引き離すんだ)
その人混みに紛れながら、クラムが目指すのはとある訓練場であった。
本来であれば御景学園の生徒しか入れないその場所に入るために、彼女は当然の様にパスをかざし、ゲートをくぐる。
その姿を最後まで見ていた者はもう誰もいなかった。
既に民衆は、蛙のキレキレのダンスに夢中である。
■
そこは天上の意思との決戦後に作られた特別な訓練場であった。
高ランクのダンジョンコアをいくつも掛け合わせ、室内であることを忘れてしまう程に広く高い青空が一面を覆う荒野を丸々一つ戦闘訓練用に用意したのである。
クラムが足を踏み入れた先は、そのダンジョン空間を観測するモニター室だ。
10畳ほどの縦に長い部屋の片側には所狭しと大小のモニターが並び、荒野や学園の至る所を映している。
本来であれば武骨で冷たい印象を感じさせるであろう薄暗い部屋は、大量のクッションや蒼銀の髪の少女が映った非公式タペストリーなどでサブカルに飾り付けが為されていた。
クラムの目的はここに入り浸っているとある少女に会う事である。
「よっ」
軽く手を上げた先にいたのは、一見して何の特徴もない茶髪の少女だった。
強く覚えようと意識しなければ明日には忘れてしまいそうな程に特徴をそぎ落とした彼女は、クラムを一瞥するとすぐに興味を失ったようにモニターへと再び顔を向ける。
「ん? ……ああ、その辺適当に座って」
「別にお前の部屋でもないだろうここ。話には聞いてたけど、酷いな。あーあ、こんなクッションとか持ち込んじゃって」
「いいだろ? リンカ様専用の監視ルームだぜ? ……まあ、この訓練場の観測所ってのが本来の役割だけど」
リンカはそう言ってクッションの一つをクラムへと軽く放り投げる。
それに座れという事らしい。
「ダンジョンコアをかなりの数融合させているから、常に観測していないとここ自体が鏡界になりかねないんだよね。まあ、なってもアイツなら涼しい顔してすぐに戻ってくるだろうけど」
「ふーん。……で、その今話題の剣士様は?」
「ん」
リンカはモニターの一つを指さす。
そこには荒野の真ん中でレジャーシートを敷き、仲良く座ってお弁当を食べているトウラクとミハヤ、ルトラの姿があった。
『うん、今日も美味しいよ! ありがとうミハヤ!』
『べ、別にいつもと同じでしょ。毎回毎回そんな礼を言ってアンタも飽きないわね……まったく……ふふっ』
『トウラク、そのウインナーは私の』
『もう、そんな事しなくてもルトラの分もきちんとあるわよ』
クラムはすぐにそのモニターから目を逸らす。
「は? 何を見せられてんだこれ」
口からは低い怒りの声が漏れ出していた。
「私もお弁当誘われたんだけど、最初の数回でギブだったよね。見るからに幸せそう過ぎて、見ているこっちが胸焼けするよ」
「本当に……よくもまあこんな事が……こんな事が……」
呆れながらもクラムはチラチラとモニターを見る。
そして、都合の良い妄想を始めようとしていた。
(もしもケイだったら、どんなお弁当を作ってくれるんだろう……あーんとかしてくれるかな)
「お前如きにケイが弁当作るわけないだろ(笑)」
「は? てか、思考を読むなよ」
「読むも何も、小さく「ケイ……」って呟いている奴の考えている事なんて誰でもわかるだろ」
「えっ」
急速に顔が熱くなっていくのを感じた。
クラムは口元を手で覆い、何とか言い訳をしようと考える。
そして。
「わ、悪いのかよ!」
出てきたのは開き直りの言葉だけであった。
「別に? 未だに一人だけ立ち直れなくて配信をしていようとも悪くはないよ?」
「おまっ……見てるのかよぉ!」
「キャラメイクの時、いっつも銀髪のミステリアスゴスロリ衣装にするのどうかと思う。リスナーにも『またかよ』とか『好みの引き出しそれしか入ってない?』とか言われてるし」
「なんで私の知り合いはどいつもこいつも配信見てんだよぉ!」
「ちなみにトウラクとミハヤも知ってる。たまに皆で切り抜き見てるよ」
複雑な感情で口をパクパクとしたクラムは、赤面を誤魔化す様に人吞み蛙を抱きしめながらクッションに腰を下ろす。
リンカはその姿を見て更に追い打ちをかけた。
「今探索者に人気の配信者様だしぃ? サインとか貰っちゃおうかなぁ?」
「くっ……いいから、本題移るよ!」
人の感情の機微がわかるリンカを相手にするのはあまりにも分が悪い。
クラムは誤魔化す様に、スマホを差し出す。
「送ったこの写真について、わかった?」
「うん。色々とね。まあ、お前の事だからソワソワしっぱなしだろうし先に結論から言おう」
リンカはわざとらしく指を鳴らして、写真の廃ビルに立つ少女を指さす。
「それ、コスプレとか酔狂の類じゃないね。本物の可能性も十分にある」
それは何よりもクラムが求めていた言葉だった。