【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
リンカの言葉にクラムは思わず興奮して一歩前に踏み出す。
「ほっ本当!?」
「近いって。おい、離れろよ」
「で、でもケイが戻ってきているかもしれないんでしょ!?」
「あくまで可能性ね。でもそうするとおかしなこともいくつかある」
リンカは部屋のモニターのいくつかの映像を切り替える。
映されたそれはクラムもよく利用するSNSだった。
「前提として、ソルシエラ同好会とかいうヤバ組織ではない。例の写真が投稿された日は、ソルシエラのミステリアス祭りが三日間連続で開催されていたから、ソルシエラ同好会の構成員は全員クローマにいる」
「奇祭?」
「それにケイが立っているビルの存在する一帯は全部立ち入り禁止。天上の意思の戦いの余波で破壊されたビル群だからね。残留する鏡界エネルギーを除去しないと危険だよ」
「……って事は、もしかしてケイはその鏡界エネルギーを吸収して辺りを浄化しようとしている?」
「可能性としてはある。……けれど、今のケイがそんな事をするとは考えられない」
リンカは自身の願望を押さえ、あくまで冷静に思考していた。
先程目の前で人吞み蛙とハイタッチをしていたクラムと一緒に感情に流される事ほど愚かなことはないと知っているからだ。
「あの子の精神状態はトウラクとの最後のやり取りで比較的安定している事がわかってる。かつてのような危うい状態なら一人で解決するだろうけど、今は素直に頼ると思うんだ。それこそトウラクとか。別に鏡界エネルギーの処分ならアイツでも出来るし」
「じゃあ、どうして……?」
クラムは困惑しながら首を傾げる。
心のどこかではアレがケイであると決めつけていたのだろう。
だからこそこうして理屈により現実を見せつけられて落胆を隠せないでいる。
「それは今からお前が調べるところでしょ? トウラクが動くと大騒ぎになるから、丁度良い人材……だと思ってたんだけど」
呆れた視線がクラムを貫く。
「お前も大概精神状態やばいな。大丈夫? ケイが帰ってくるなら命を投げ出しそうな顔してるけど」
「……大丈夫だよ」
「本当かよ。もう依存始まってるだろお前。配信でやるゲーム必ず銀髪のミステリアスな女の子出てくるじゃん」
「偶然だよ」
「キャラメイクも似てるから毎回『双子かな?』とかいじられてるじゃん」
「おいあんまり配信の事でいじんなよ! 結構恥ずかしいんだって!」
「恥なんて捨てちまえよ。炎上系やってた頃の浄化ちゃんはどこに行ったんだ?」
「うーるーさーいー!」
掴みかかってきたクラムを人吞み蛙達が慌てて止める。
そして何とかなだめようと一匹が頭の上に乗り、小さな手でペタペタと頭を叩いた。
「うぅっ、マーちゃんズ……今日の配信は一時間遅れるって告知しといて」
クラムの言葉に飛び跳ねて答えた人吞み蛙は、器用にスマホをいじり始める。
その光景を見ながら、リンカは内心で首を傾げていた。
(……なんか、自我強くなってない? 自律兵装ってこんなに個性あるっけ?)
持ち主は顔をしわくちゃにしてめそめそしている。
およそまともに操れる状態ではない。
しかし人吞み蛙達は現にテキパキと動いている。
中にはクラムの肩に乗って励ましている個体もいた。
「ありがとぉ、マーちゃんズ……」
「ねえクラム、マーちゃんズってずっとこうだっけ?」
「いや、マネージャー業務は最近お願いしたんだ。待機画面用のアニメーションとか作ってくれる子もいるよ」
「そういう事じゃ……うーん????」
いよいよもって異常性が浮き彫りになってきた。
フェクトムという化け物の巣窟に放り込まれているため気が付けずにいたが、クラムという少女もまたそちら側の人間である。
(少なくとも、こんな事例は聞いたことがない。今すぐにでもジルニアス辺りに検査して欲しいけど……下手に自我を意識して異能が使えなくなったら困るしなぁ)
リンカは取捨選択に迷いが無い。
彼女は人吞み蛙の異常性よりも、現状の解決を優先する事にした。
「まあいいや。じゃあさっさと調査しちゃおう」
そう言ってリンカは訓練場のスピーカーに繋がるマイクへと口を寄せる。
「あのお二人さーん? ちょっと私出かけてくるからー」
『わかった。……ちなみに荒事じゃないよね?』
「違う違う。傷心旅行に付き合ってやるだけ。ま、長くても三日で帰れると思うよ」
『そっか。わかったよ、気を付けて。もしもの時は僕たちを呼んでね』
「はーい」
マイクのスイッチをオフにして、リンカは「よし」と立ち上がる。
そして人吞み蛙の一体を頭に乗せた。
「行くか」
「え? 来るの?」
「当たり前だろ。誰がメンタルブレイクした爆弾魔を放置できるかよ。それに明後日のコラボも楽しみにしてるんだから」
知人の配信を菓子をつまみながら流し見するのが今のリンカの楽しみだった。
「リュウコと浄化ちゃんのコラボ楽しみだなぁ……酷い事が起きそうで」
「知り合いの失敗を求めてる?」
リンカは何も答えない。
ただ笑みを浮かべ、人吞み蛙達に声を掛けて部屋を後にする。
「おい答えろって!」
自分ではなくリンカについていく人吞み蛙達を見ながら、クラムは慌ててその背中を追った。
■
それが目覚めたのは偶然としか言いようがなかった。
失敗作の証明をラベリングされた巨大なカプセルの立ち並ぶ薄暗い部屋で、ゆっくりと少女は目を開ける。
半分ほどが青い水に満たされていたカプセルは、中にいる少女の覚醒を感知すると自動でゆっくりと開いた。
「うぅ」
水の中から這い出た少女は、今まさに生まれた存在である。
が、その脳には既に多くの情報が埋め込まれていた。
学園都市、異能、ダンジョン、そして――外より来る脅威。
それらを恐れて生み出された狂気の産物こそが彼女であった。
彼女は一人ではない。
「こんなに……沢山……」
振り返った先に広がるカプセル群の中には、かろうじて人型を留めているものもあればそもそも形を作るのに失敗したものもある。
それらも含めて全てが廃棄予定の失敗作であった。
少女がそれに手を伸ばそうとしたその時、部屋にけたたましいサイレンが響く。
「っ!?」
自分が目覚めた故か、それとも別の理由があるのかはわからない。
しかし、ここにとどまることが得策でないことは明らかだった。
「行かないと」
少女は傍の椅子に掛けてあった白衣を纏い、液体に濡れた体を覆い隠す。
そして、その部屋を後にした。
「早く、フェクトムの皆に教えなきゃ……!」
機械により植え付けられた記憶の他に自身の中に残っていた温かなそれを頼りに少女は無機質な廊下を駆けていく。
それからしばらくして――。
『……』
扉の隙間から這い出た小さなムカデがその後を追って行った。