【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第494話 裏方ムカデは手加減しない

 無垢シエラを捕らえた時点で、松場のタスクは半分以上が終了していた。

 人質かつ魂の宿った重要なサンプルとして有用な無垢シエラの確保は、彼の研究を大幅に進める。

 

「……ソルシエラではなく、その知り合いが釣れるとは思わなかったが、まあ良いだろう」

 

 ソルシエラの姿を真似た理由は二つ。

 一つは、とある天使の残骸から最も容易に作れたのが、過去に再現されていたソルシエラだったこと。

 そして二つ目は、ソルシエラという最高戦力を自分の手中に収める為だった。

 

「あの星の輝きはいずれ手に入れる。貢物としては十分だろう」

 

 ソルシエラすらも貢物の一つでしかない。

 あの神の前では全てが等しく塵同然なのだから。

 脳内を蠢くように響くその声は、松場にとってはもはや祝福に等しい。

  

「それよりも器だ。あと少し、あと少しで……!」

 

 円柱状の巨大なガラスケースの中は、赤褐色の溶液で満たされている。

 その中にはまるで鳥のような怪物の姿があった。

 赤黒く大小さまざまな触手が絡み合い翼を形成し、嘴の端からは本来は存在しえない鋭利な牙が覗いている。

 奇妙な事に瞳は存在せず、額の中央にある一際赤く腫れた触手がまるで周囲を探る様に溶液の中を揺れていた。

 

 見る者全員が顔を顰め、嫌悪感からそれに名を与える事すら否定してしまいそうなそれこそ松場にとっての最後の希望である。

 名を、セラノエル。

 

 脳裏に響く声より与えられた聖なる設計図により生み出された神の器たる存在だ。

 

「セラノエル……どうか俺を、俺だけを導いてくれ」

 

 ガラスに手のひらを当て、松場は陶酔したように呟く。

 セラノエルはその声に答える事はなく、静かにその時を待っていた。

 今はまだ、その器に宿る者は降臨していないのだから。

 

 

 

 

 根源へと通じる道は鏡界だけとは限らない。

 天上の意思が作り上げた世界には、少なからず綻びが存在していた。

 ソレが見つけた綻びもまた、その一つに過ぎない。

 地球を離れ、遥か太陽系外に存在するとある小さな星。

 五等星に分類されるその星を起点として、ソレは根源への道を創り出したのだ。

 

『――』

 

 今、根源に一つの種が落とされた。

 声とも呼べぬそれは、粘液が泡立つような、あるいは肉をかき混ぜたような水っぽい音を絶え間なく吐き出し続けている。

 ソレの分身でもあり、名を与えられなかった子供でもある存在は初めは赤黒い塊でしかなかった。

 根源に現れたそれは、自身に都合が良いように辺りの世界を形成し直す。

 色も形もなかった不定形かつ無限に支配された根源は、次の瞬間には神聖さの欠片もない青白い洞窟へと変化していた。

 かつての根源の主がいれば決してそんな事は許さなかっただろう。

 

 しかし、今はどういう訳か主は不在のようだ。

 

『――』

 

 ミミズのように細長い肉の塊だったそれはやがて、膨張と増殖を繰り返し十メートルを軽く越えるトカゲへと変化した。

 それでも雛と呼ぶべき未熟な姿である。

 だが、それでよい。

 肉体は既に現世で用意されているのだから。

 

 トカゲの使命は根源を渡り、現世の器に宿る事。

 そうして世界に自身の存在を根付かせ、やがてはソレを降臨させるビーコンとなるのだ。

 そうしてトカゲは根源をゆっくりと這いまわる。

 我が物顔で当然のように。

 器へと向けてゆっくりと前進を始めた、その時だった。

 

「――キヒッ」

 

 嗤う声。

 確かにトカゲへと向けられた嘲笑と僅かな憐れみ。

 それは背後にポトリと落ちた一匹の小さなムカデから聞こえたものだった。

 

『――』

 

 トカゲは振り返る。

 その思考はソレと繋がっているが故に、愚鈍ではあるが無知ではない。

 だからこそ、その現象があり得ない事には気が付いていた。

 

「随分と殺しがいのありそうな見た目じゃのぉ」

 

 虚空より、ムカデがまた落ちる。

 一匹、また一匹と根源にある筈のないものが山のように積み上がっていき、絡み合うように蠢いていた。

 中から聞こえる声は、ムカデが数を増せば増すほどに鮮明に響いてくる。

 

「我はトカゲは好きじゃ」

 

 次第にそれは人間の形を取り始めた。

 一糸乱れぬ統率により、全てが無駄なく一人の少女へと変化していく。

 

「腹は柔らかく、頭蓋も歯ざわりが良い。実に良い、供物としてなら中々に上等じゃの」

 

 そこにいたのは、幼い少女だった。

 年季の入った黒い和服に臓物を開いたかのように赤い長髪。

 笑みを浮かべる口元から覗く歯は人間よりも多く、鋭利である。

 何よりも、その赤い目がトカゲと同じ異常な存在であることを告げていた。

 

『――』

 

 トカゲは警戒するように口を開く。

 中ではミミズの様な触手が大量に蠢いていた。

 

「そうはしゃぐな。客と言えども、それほどまでに誘われてしまったら……我も抑えが効かなくなってしまうじゃろう」

 

 笑みを隠すように片手で顔を覆いながら、ゆっくりと少女は片膝をつく。

 そうして洞窟の床に病的なまでに白く細い掌をあてがった。

 

「喜べ、貴様は我の贄として選ばれた」

 

 瞬間、世界が書き換わった。

 洞窟というテクスチャが純然たる力だけで剥がされ、より強固な世界が構築されていく。

 トカゲの目を通して見ていたソレですら驚くほかない、技術の介在しない生まれ持っての強者の技。

 

 灰色の空と大量に転がる岩、砕けた鳥居や朽ちたしめ縄が意味する事などソレは知らない。

 

「歓迎するぞ、賓客よ。この世界の主である我――赫夜牟が自ら貴様の臓物を啜り食らう為に遊んでやるのじゃ」

 

 遥か頭上より声が聞こえた。

 山のように積み重なった灰色の岩と骸骨の頂、突き刺すように無理やり乗せられた古びた鳥居の上で赫夜牟はトカゲを見下ろしていた。

 

「だが、まずは選定が必要じゃろう」

 

 嗤う彼女の両側の空間が歪み、何かが顔を出す。

 それは骸のような面をした二体のカモシカであった。

 正確にはその姿を模った蟲の集合体である。

 濁った色のタマムシが目を、螺旋の様な角はムカデやナナフシが絡まり合い、その蹄には甲虫が張り付いている。

 カモシカはじっとしているにも関わらず、蟲共は蠢き合い主の号令を今か今かと待っていた。

 

「精々すぐには死んでくれるなよ?」

 

 瞬間、二頭のカモシカは凄まじい勢いで岩肌を駆け下り始めた。

 戦いの合図であると理解したトカゲはすぐさま己の能力を行使する。

 

『――』

 

 根源ではありない筈の暴風が吹き荒れ、自身の肉体を構成していた触手が分裂し、風に乗りカモシカへと迫る。

 その間にも増殖を続け、それは肉の津波となりカモシカと衝突した。

 

「ははっ、それほどまでに肉を散らすとは景気が良いのぉ!」

 

 赫夜牟は相変わらず鳥居の上に立ち、手を叩いて楽しそうに笑っている。

 カモシカと触手の衝突を尻目に、トカゲは選択をした。

 本体を直接叩く他、このイレギュラーな戦いを終わらせる術はない。

 

 故にトカゲは再び権能を行使する。

 巻き起こされた風は、ソレの潜む星で発生し続けるハリケーンの一部を切り取ったものにすぎない。

 つまるところが、その権能の本質は風ではない。

 限界まで極めた次元の移動能力こそが、トカゲ、ひいてはその背後に存在するソレの持つ力の真価であった。

 

 故にトカゲにとって赫夜牟との距離を詰める事など造作もない。

 

『――』

 

 動作も予兆も一切無く、トカゲは赫夜牟の頭上を取っていた。

 大口を開け、極限まで身を細くしたワイヤーのような触手を大量に伸ばし、一気に赫夜牟へと放つ。

 会話の必要などない。トカゲに初めからコミュニケーションという選択肢はなかったのだから。

 鋭利な触手は空気を次元ごと切り裂き、赫夜牟へと迫った。

 

「ぬるいのぉ」

 

 しかし、それは途中でぴたりと制止する。

 そして次の瞬間にはトカゲの体は衝撃と共に岩に叩きつけられていた。

 

『――』

「誰の許しを得て、貴様は我の上に移動した? 一体、誰が貴様に我へ直接攻撃をすることを許したのじゃ?」

 

 語るその手には、トカゲの肉体の一部である触手が握られていた。

 手の中で今まさに絶命した触手たちを無造作に口へと運び、見せつける様に貪り食らう。

 

 そうしてわざとらしく嚥下までして見せた後、赫夜牟は再びトカゲを見下ろして告げた。

 

「躾をしてやろう」

 

 ソレにとっては全くの想定外である根源での戦いが始まろうとしている。

 敵は天上の意思や天使ではない。

 かつて、それらに単身で抗った古代の怪物。

 天上の意思の統べる世界において唯一生まれてしまった、悪神だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうじゃー! テム子ー! 見ておるかー! 我、カッコいいじゃろー!』

『いいですよ先輩! 頑張ってください!』

『のじゃ! 頑張って臓物を啜るのじゃ!』

 

 

  

 

 

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