【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
天外より訪れた異形の怪物と古代の悪神。
その戦いが一方的なものになると果たして誰が予想しただろうか。
もはや戦いと呼ぶことすら烏滸がましいのかもしれない。
灰色の世界に散乱する肉片は既にその殆どが動くことなく蟲に喰らわれていた。
「――期待外れじゃったなぁ」
失望が色濃く乗った幼い声をトカゲは頭上から聞いていた。
聞くことしか出来なかった。
『――』
その四肢は脅威の再生能力を持っているが、常に蟲達に食われ続けては復活もままならない。
空間移動の能力も赫夜牟を相手にしては有効な手札とならない事はこの数分の戦いで十分に理解できた。
「貴様は本当にこの世界を侵す気があったのか? その程度で?」
からん、と下駄の音が響きトカゲの目の前に赫夜牟が降り立つ。
「天上の意思は、この程度では済まぬぞ?」
『――』
「アッハッハッハ! 畜生の言葉はわからんのじゃ! ……まったく、この程度の低俗な存在がよくもまあ思いあがったものじゃ。同じく天上の意思を葬り世界を簒奪しようとした者同士、何か通じるものがあればと思ったのじゃが」
赤い目が冷酷にトカゲを見下ろす。
あるいはトカゲを通して根源を見ているそれに対する侮蔑の視線だろうか。
「弱いのぉ、お主。純粋に力量が足らん。弱者の思考など我にはわからぬが……現状に胡坐を掻いて研鑽を怠ったか?」
『――』
「だからわからぬと言うておるじゃろ」
呆れたようにそう言って、赫夜牟は手のひらをそっと握る。
すると手の隙間から赤い液体が滲み始め、ゆっくりと滴り始めた。
「最後の機会じゃ。飲め、弱き者よ」
それは赫夜牟の体内に流れる劇物というべき血であった。
生まれ持っての強者の体に流れる血は、それだけで生物の格を上げる魔力を保有する。
かつての幻獣大戦により日本全土が汚染されたのは、この血が土地に流れ染み入ったからだという事は言うまでもない。
その血が。
否応なく生物を強者へと引き摺り上げる血が、今まさにトカゲの口元へと流れ込む。
『――』
トカゲはそれを迷うことなく嚥下した。
ソレにプライドという概念はない。
半ば機械的にソレは血が有効であると判断し、己の体に吸収した。
『――!』
変化は間もなく訪れる。
この世界に侵入して初めて体内に入り込んだ魔力。
それも類を見ない程に純度が高く濃厚なそれは、トカゲの体を即座に全快させ、あまつさえその肉体を拡張させた。
「ほう、貴様はそう成るのか」
それはもはやトカゲと呼ぶべきではないだろう。
このダンジョン空間を覆いつくすほどに影を伸ばす100メートルは越えようかという巨躯。
トカゲというよりは、怪獣と呼ぶべき恐ろしい姿へと至ったようだ。
「血で能力を広げるのではなく、肉体の強化に全てつぎ込んだか。思い切りが良いのぉ。確かに、その巨体に次元移動能力があれば、そこそこ暴れられる。じゃがの」
赫夜牟は嬉しそうに笑みを浮かべ、ゆっくりと両手を広げた。
「見下ろされる事を我は好まん」
ピシリと赫夜牟の頭部に亀裂が入る。
それは大きくなり、やがてその幼い体を真っ二つに裂いた。
中から飛び出してきたのは、幼子の体に潜んでいたとは思えない100メートルを超えるムカデの怪物。
天使の攻撃すら通さない甲殻に、羽ばたき一つで世界を複数消滅させる羽。
そして、天上の意思をかみ砕くために作られた牙。
トカゲだったものを怪獣と表現するならば、こちらは怪物だろう。
「来い、これが貴様にとって最後の饗宴じゃ」
『――』
二つの巨躯は同時に動き出した。
怪獣はその尾で岩をいくつも弾き飛ばしながら赫夜牟へと突進する。
その体表からは大量の鋭い触手が生えており、突進と同時に赫夜牟へと斬撃を放っていた。
「良いぞ、受けてやる」
赫夜牟は一歩前に踏み出しただけだった。
その巨大な体が地面を擦り痕を残す。
上体をもたげ、蟷螂の腕の様なものを生やした赫夜牟は、真正面から怪獣の突進を受け止めた。
同時に触手が何度も振るわれるが、赤い甲殻には傷一つ刻まれていない。
「突進の破壊力は申し分ない。が、それでは駄目じゃのぉ。天上の意思はおろか、憎き黒鳥にすらまだ届かん」
ぴたりと怪獣の体が停止する。
時間の流れが極限まで遅くなっているのだ。
それは肉体に始まり、思考の遅延に繋がる。
「仕切り直しじゃ」
赫夜牟は悠然と羽を広げると怪獣へと一度振るった。
巨躯がただの風圧で元居た場所まで押し戻される。
それで時間は元の流れを取り戻し、怪獣は自分に起きた現象がわからずに左右を見渡した。
「良いか弱き者よ。貴様に一つ、強者に抗う術を授けてやろう。尤も、我も使うのはこれが初めてじゃがな」
強者故に、赫夜牟は自身の勝利を前提としたうえで怪獣へと一つ施す事にした。
それはかつて自身を葬ったとあるダンジョン主の代名詞とも呼べる技。
あるいは今の自分を拘束し使役する愚かな人間の得意とする技。
「――収束砲撃を授けてやろう」
根源に魔力の渦が竜巻のようにして生み出される。
魔法式などという理に沿った弱者の理屈ではなく、結果ありきの力技。
収束し放つ。
その全てのプロセスを、赫夜牟は自身の感覚のみで再現していた。
「理屈は単純じゃ。束ね、放つ。それが魔力であろうと感情であろうと結果は変わらん。己に力を集めるだけで良い」
赫夜牟の巨躯の下に魔法陣によく似たおどろおどろしい赤黒い渦が形成される。
それらは歪な音を立てて回り始めると、やがて赫夜牟の口元へ赤黒い光が集い始めた。
まるで太陽を飲み込む黒焔。
それがゆっくりと根源にて集って行く。
「どうした、呆けていないで真似てみせよ。でなければ即座に死ぬぞ」
『――』
怪獣もまた見よう見まねで力の収束を始めた。
幸運だったのは赫夜牟という理屈を必要としない手本がいた事だろう。
故にこの世界の理に寄り添うことなく、怪獣はその力のみで無理やり魔力の収束を始めた。
それはやがて怪獣の口元に黒い魔力となり迸り始める。
「そうじゃ、いいぞ。荒れ狂う力はねじ伏せ、抑え込むだけで良い。循環や共鳴など気にするな! それは弱者の理屈じゃ! お主も強者になるならばッ、もっともっと傲慢に力を振るってみせよ!」
『――』
怪獣に言葉を伝える術はない。
しかし、魔力の許容量が臨界点を突破した時に額に開かれた第三の目が、その時を示していた。
ぎょろりと動く漆黒の目が、赫夜牟を捉え睨みつける。
「そうか。では――撃ち合いといこう」
一瞬の静寂は、同時に放たれた二つの収束砲撃が根源を揺るがしたからだった。
一時的にではあるが世界の理がほんの僅かに歪み、音が消え黒い輝きだけが世界を染め上げたのである。
『――!』
「キヒヒッ! いいぞ、なかなかどうして気張るのは良いッ! そうじゃ、もっと我にぶつけてみせよ!」
仮にそれが地上で行われていたのならば、地球という星は人間が住めるものではなくなっただろう。
衝撃と轟音が何度も根源内で世界の理を歪め、より一層に輝きを増していく。
両者の丁度境でぶつかった収束砲撃は、数秒の間は拮抗していた。
『――』
が、最後には無情にも強者としての才がこの勝敗を分ける事となる。
「あぁ」
漏れ出す赫夜牟の声と共に、赤黒い収束砲撃が黒を飲み込んでいく。
じりじりと、しかし確実に自身へと迫る収束砲撃を前に怪獣は更に勢いよく魔力を吐き出すが、押し返すことはできなかった。
気が付けば目の前に既に焔が迫っている。
天を焦がす赤黒い焔は、やがて怪獣の体を飲み込み――。
「結局、貴様は弱者のままだったのぉ」
落胆の声を最後に、怪獣はその存在ごと根源から消え失せた。
残されたのは巨大なムカデと灰色の世界。
激しい力のぶつかり合いで嵐が巻き起こり、遥か向こうの鉛色の雲の中では雷鳴が轟いている。
暫く強風に揺られていた赫夜牟だったが、その姿は大量の蟲の塊となってゆっくりと解けていった。
残されたのは、先ほどと同じ幼子ただ一人である。
「うーむ」
怪獣がいた方を見て、赫夜牟はどこか悲しそうな表情を浮かべる。
が、すぐに踵を返した。
「やはり、我に誰かを教え導くのは性に合わんようじゃの」
自分に言い聞かせるように呟いた言葉は風にあっという間にかき消される。
その脳裏に浮かぶのは、かつて自分を封印した黒鳥、そして共に戦っていた人間の姿だった。
「弱者故に群れる。なら、我はこのまま孤高を楽しむとするのじゃ」
赫夜牟は根源から背を向け、一人姿を消す。
強者故の孤独。
寄り添い並び立とうとする者は、彼女の前には現れない。
今は、まだ。
『収束砲撃、一度きちんと撃ってみたかったのじゃぁ! どうじゃテム子! 我、ビシッと決まっておったか!』
『はい、すごく決まってました! 思わずソルシエラにしたくなるくらいには! ムカデのソルシエラ……蟲エラとかどうでしょう!』
『……ほ、褒めておるんじゃよな?』
『はいっ!』
『…………うーん、ならヨシ! 我は褒められる事と赤子の臓物が大好きじゃ! 弱者の蹂躙もなぁ!』
『ソウゴ君編の布石もしっかりコンテンツとして蒔いていましたし、先輩はもうどこに出しても恥ずかしくないコンテンツ生産者ですよ!』
『……うーん、それもヨシ! じゃあ後は、あの器に我がINするのじゃぁ!』