【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第496話 諜報員は救えない

 全てのソルシロイドを倒し終えたのは、無垢シエラが消えて3分後の事だった。

 いや、倒し終えたというよりは、目的を果たしたソルシロイドが退いたと言った方が正しいだろうか。

 辺りには爆発や砲撃の痕跡だけが残り、巻き上がった砂塵が辺りの景色をくらませている。

 

「ケイっ!」

「まあ落ち着けって」

「落ち着けだと!? お前はどうしてそんなに冷静なんだよ!」

 

 狼狽するクラムは感情のままにリンカへと掴みかかる。

 止めようと人吞み蛙達がクラムにしがみつくが、今回の彼女はそれでは止まらなかった。

 

「ケイが死ぬかもしれないんだぞ!」

「まだ大丈夫。死なないよ。あの子はきっと松場博士にとって価値がある存在だから」

 

 リンカは最初と変わらない表情でそう言った。

 そこでクラムは思い出す。

 無垢シエラに出会ってからここに至るまで彼女はその表情を大きく変えていない。

 言い換えれば、彼女は感情を殆ど動かされていないようだった。

 

「情報が少ないから完璧にとはいかないけれど、ある程度は松場博士という人間は理解できる。このダンジョン空間や、それぞれの役割ごとに作られたソルシロイド。中々に几帳面だね。慎重に動くタイプ……つまりは相当な臆病者なんだろう。ソルシロイドだって、天使の残骸から作り出していると無垢シエラちゃんは言っていた。ソルシエラ本人と戦ってサンプルを採集するよりもずっと安全かつ確実だね」

 

 どこか別の場所を、松場の姿を見ているようにリンカは言葉を続ける。

 

「自分の実力をよく理解した現実主義者だ。けど、彼の行動には一部の矛盾が存在する。それはソルシロイドの姿を晒した事だ。このダンジョン空間で撮られた写真であることは明白。つまり松場博士が自らネットにこの写真をアップロードした事になる。ソルシロイドを作り潜伏するような人間が、わざわざそんな事をする理由は何だと思う?」

「知らないよそんなの」

「本物のソルシエラをおびき寄せる為だ」

「……は?」

 

 その言葉の違和感がクラムにもよくわかった。

 

「おいおい、だってソルシロイドを作る時はソルシエラとの直接的な接触を避けたんでしょ? それがなんで今更。まさか、ソルシロイドを作ったから大丈夫だって思ったの?」

「そんな訳ない。正直、ソルシロイドは個人製作としてはかなり上質だけど、天使の模造したソルシエラと比べれば劣化品だ」

「確かに、天使の方はソルシエラの技なら大体使えた。けど、ソルシロイドは一つの技しか使えない。なら、ますますこれだけの戦力でソルシエラを誘うのはおかしいよ」

「そう。おかしい。私が松場博士なら、あと一年は潜伏してソルシロイドを量産、外見を変えて学園都市のいたる学園に送り込む。そして学園都市で一斉にテロを起こして混乱に乗じてダンジョン空間内でこっそり神を降臨させるね!」

「えぇ……」

 

 松場博士よりもずっと悪質な提案をするリンカにクラムは素直に引いていた。

 

「そうしなかったのは理由がある。リスクを取ってでもソルシエラを誘い出す……つまりは、もっと完璧なソルシエラを作ろうとしていた? あるいは本物で代用しようとしているか。どうしてそんな事をするのか、そう考えたときに思いつく単純な理由は一つ」

 

 指を鳴らして、リンカは告げる。

 

「時間がない。当初の予定よりもその神様の降臨とやらが早まった可能性があるね」

「マズイじゃん!」

「けど、それが無垢シエラちゃんを生かしている理由でもある。時間がない中生まれたソルシエラに最も近い存在。これを無碍に扱うのは自殺行為に等しい。ソルシエラじゃなくて残念な配信者が釣れちゃった今、外部から本物が介入する可能性も低い。そもそも、本物はずっと遠くにいるしね」

 

 ソルシエラの現状は、限られた人間しか知らない。

 故にそもそもソルシエラが現れる筈がなかった時点で、松場の計画は一部が破綻していたと言って良いだろう。

 

「だから松場博士は無垢シエラちゃんを殺せない。そもそも私達が駆け付けるまで無垢シエラちゃんは一人でソルシロイドと戦っていた。恐らく殺さないように手加減をされていたんだ」

「……成程、そっか」

 

 クラムは納得したように頷く。

 そんな彼女を見てリンカは、一つの仮想ウィンドウを展開した。

 

「まあ、無垢シエラちゃんが生きているってのは全部見てたから知ってるんだけどね!」

「……は?」

 

 画面には蒼銀の髪と僅かに白い壁が見える。

 誰かの髪の中から世界を覗き込んだような景色にクラムはすぐに察した。

 

「カメラを取り付けてたの!? いつの間に!?」

「出会ってすぐにね。捕まったら厄介だなぁと思って、取り付けたんだ。ジルニアス学術院製のすっごく高価なやつね」

「なら先に言えよぉ!」

 

 情けない声をクラムが上げる。

 どうやらようやく焦燥感が和らいだようだ。

 

「映像だけ見せてもお前は急いで向かおうとするだろ。先に理屈を叩きこんであげないと。それに……マーちゃんズもいるしね」

「確かに人探しなら得意分野だけどさ」

「違う違う。こっち」

 

 仮想ウィンドウをリンカが指さす。

 映像の大半は髪の毛だが、確かに時折何かが横切っていた。

 それはクラムにとっては見覚えのある光り輝いた人吞み蛙である。

 

「あっ、一匹転移についていったのか!?」

「そう。……てか、やっぱりその反応だと主は知らないのかよ」

「マーちゃんズ、教えてよぉ!」

「ハナシ キイテクレネエ」

 

 どうやら伝えようと何度もジャンプして主張をしていた様子である。 

 それに気が付いたクラムは「わぁぁ! ごめんよマーちゃんズ!」と言って人吞み蛙達を抱きしめ頬ずりをしていた。

 

「映像から無事も確認できたし、マーちゃんズで位置もわかるでしょ。なら、さっさと助け出せば良い」

「そうだね、そうと決まれば早速行くぞ!」

「待って待って」

 

 向かおうとしたクラムの首根っこをリンカは掴んで停止させる。

 

「なんだよ。まだ喋り足りないのか?」

「私をお喋りモンスターだとでも思ってんのか。そうじゃなくて、お前あの子の事どう思ってんだよ」

「え、どうって……は? え? 突然何?」

 

 唐突な問いにクラムは目を泳がせ、しきりに手汗をスカートの裾で拭い始める。

 足元では人吞み蛙達が「イッタレ! イッタレ!」と言いながら飛び跳ねていた。

 

「べ、別に、ただ助けなきゃいけない相手だし。それ以外はマジで何も思ってないし。は? マジで、は? つか何? え、意味わかんないんだけど」

「思春期にしてもキモめだなぁ。男子中学生でももっとマシだぞ」

「う、うるせえ!」

「恋バナじゃなくて、私が言ってんのは無垢シエラちゃんをケイと同一視してんじゃないかって話」

「……あ」

 

 リンカの指摘にクラムは悲しそうな声を上げる。

 頭ではわかっていてもどうやら彼女は無垢シエラの中に本物の影を見ていたようだ。

 

「あの子はケイだけどケイじゃない。今は良いけど、助けた後はあの子はあの子の道を歩むことになると思うんだ。だから余計なお節介かもしれないけど、クラムにはあの子をあの子として見て欲しい。……他者からの役割を押し付けられて生きるのって、窮屈で苦しいからさ」

 

 それはかつて吾切リンカという役割を押し付けられて生まれた彼女だからこそわかる事だった。

 今の彼女は多くの助力と奇跡の上で自由を手に入れた。

 だからこそ、無垢シエラが必要とする助けを誰よりも理解しているのだ。

 

「あの子はお前を頼っている。私よりもずっと信頼しているみたいだし、ちょっと依存の傾向もあるけど……心の拠り所になっているんだ」

「心の拠り所……私が……」

「そう。そんなお前がずっと、他の女の名前で自分を呼び続けてみろって。あの子は記憶喪失したケイじゃなくて、それをコピーした別人なんだ。そういう生まれの子って精神構造が歪な事が多いから、慎重に接しないと」

 

 クラムと再会した時、無垢シエラは笑っていた。ケイと呼ばれた時も。

 しかしその心に少しずつ本人でも気が付かない程に小さな傷がついていったとしたら。

 そしてそんな苦しみから救い出せるのが自分だけだとしたら。

 

「どうすれば良いんだろう」

「それはクラムが考えて答えを出す事だよ。ま、相談には乗るけど」

 

 かつて星の理解者を自称したその真価が、間もなく試されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……いつの間にカメラ仕込まれたのじゃ?』

『さあ……』

 

 

 

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